星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―

星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―

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女海賊ツーシームと、父の仇を討たんとする少年貴族ユリウス。 二人が武器に選んだのは巨大戦艦や新兵器だけではない――資源、信用、そして嘘だ。 惑星を担保にした借金、商人と貴族の癒着、貴金属相場を操る情報戦。 難攻不落の要塞すら、古代兵器の「威容」だけで屈服させる。 戦場では兵が血を流し、市場では金が血を流す。 やがて明かされる、帝国が千年保ってきた支配の仕組み。 金融と利権で縛り、地方を戦わせ、中央に従わせる冷酷な均衡。 最後に価値を持つのは、兵器でも通貨でもない。 生命を育む「土」かもしれない。 これは、戦争を「勝つ物語」ではない。 世界が壊れていく音を、静かに聞き取る物語。 〇カルダシェフ・スケール:タイプⅡ相当

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الفصل الأول

第1話……死んだ星に笑い声

 ヴァルカン星――かつて鉱脈の豊かさで知られ、銀河聖帝国の各地に金属鉱石を送り出した辺境惑星である。

 だが最盛期はとうに過ぎ去った。主要鉱脈は枯れ、今も稼働する鉱区は数えるほど。

 赤褐色の大地には廃坑と錆びた掘削機械が並び、人口も二十万を割り込んで久しい。

 帝国にとっては、もはやどうでもよい辺境の一領地。

 この衰退した惑星を治めるのは地方貴族アストレア子爵家であった。

 彼らはかつての威光を辛うじて保っていたが、領民の不満は膨らみつつあった。

 ――その夜、領主館を覆うシールドが突如として沈黙する――。

◇◇◇◇◇

 アストレア子爵邸の衛兵の体が、静かに崩れ落ちる。

 外周センサーは無効化され、自動迎撃銃座は反応しない。――内部から暗号を解かれたのだ。

 直後、屋敷を取り囲んだのは、子爵の重臣であるルシアン・クロイツ準男爵の私兵部隊。

 無音走行の装甲車が並び、暗視ゴーグルの兵士たちがレーザーライフルを構えて突入する。

 壁を切り裂く切断ビーム、炸裂する閃光グレネード。屋敷は一瞬にして戦場へ変わった。

「ルシアン……裏切ったか!」

 寝間着のまま、年代物の短剣を握ったアストレア子爵が廊下に姿を現した。

 護衛兵たちも銃を構えるが、私兵の携行シールドに阻まれ、すぐさま返り討ちにあう。

「子爵殿。あなたには民衆の敵として死んでもらう。今日からこの惑星は私が治めるのだ」

 クロイツの一声と同時に、赤色レーザーが走り、子爵の胸を焼き抜いた。

 鈍い倒壊音が広間に響く。

 二階の回廊でその光景を目にした少年、ユリウス・アストレアは声を失った。

 震える両手を握りしめた瞬間、背後から老家臣グレゴールが駆け寄る。

「若君、急ぎますぞ!」

「父上が……!」

「もはや抗う術はございません! 生き延びることが御家の責務です!」

 二人は緊急用の搬送トンネルへ滑り込んだ。

 床のリニアガイドが青白く光り、貨物用カプセルが自動的に発進。

 数秒後、屋敷の外周区画にある脱出ハンガーへ到着した。

 そこに隠されていたのは、小型の軌道離脱艇。

 旧式だが短距離ワープ機能を備えており、この惑星から脱出するには十分だった。

「若君、これに乗ってください。……生き延びるのです。必ずや、アストレアの血統が報われる日が来ます。」

 ユリウスは涙をにじませながら、無言で操縦席に腰を下ろした。

 艇体の推進ノズルが赤熱し、機体が浮上。

 燃え盛る屋敷を眼下に見下ろしながら、ユリウスはただひとつ言葉を絞り出した。

「……父上……!」

 小艇は加速し、成層圏を突き抜けて漆黒の宇宙へ旅立った――。

◇◇◇◇◇

 小型の離脱艇は、赤褐色のヴァルカン星を背にして加速していた。

 振動で軋む機体は旧式の設計で、耐久は心許ない。だが推進炉は健気に火を噴き、薄い大気を突破して漆黒の宇宙へと飛び出した。

 青白いプラズマ光が窓の外で尾を引く。

 ユリウスはシートに縛りつけられ、震える指で安全ベルトを握りしめていた。

 老家臣グレゴールが隣席で必死に航法レバーを操作する。

「……重力圏を離脱。よし……!」

 老いた声にかすかな安堵が混じった、その瞬間だった。

 警告灯が赤く点滅し、艇内に警報音が響き渡る。

 外部センサーが捕捉したのは、後方から急速接近する複数の熱源――。

「くそ、追手か! クロイツ派の船か?」

 グレゴールの顔が蒼ざめる。

 モニターに映し出されたのは、武装小型艇の編隊。

 真紅のスラスター炎を引き、まるで獲物を追う獣のように離脱艇を追いすがってくる。

「わ、我々は逃げられるのですか……!」

 ユリウスの声が震える。

「若君、しがみついておられよ! ……この老骨、身命に賭けてでも、必ず逃がせてみせまする!」

 老家臣の手が加速レバーを押し込み、艇体が唸りを上げて前方へと躍り出た。

 赤いレーザー光が外殻をかすめ、離脱艇の機体を震わせた。

 警告灯が一斉に赤く点滅し、パネル上には「外殻損傷」「推進出力低下」の表示が並ぶ。

 ユリウスは衝撃でシートに叩きつけられ、喉の奥で悲鳴を呑み込んだ。

「くそっ、このままでは持たん……!」

 老家臣グレゴールは汗に濡れた手で、ためらうことなくワープドライブの主スイッチを叩き込んだ。

「座標入力が――」

「間に合いませぬ! 一か八かだ!」

 次の瞬間、艇体が白光に包まれた。

 視界が裏返り、星空が溶けるように伸び、無数の光の筋がユリウスの眼を刺す。

 激しい加速度に全身を押しつぶされながら、少年はただ祈るように目を閉じた。

 そして――。

 閃光の中から現れたのは、見知らぬ宙域だった。

 艇体は火を噴きながら回転し、慣性を殺せず岩塊の群れへと突っ込んでいく。

 眼前には、恒星の光を反射する大小無数の小惑星帯。

 離脱艇は制御を失い、巨大小惑星の表面に叩きつけられた。

 緊急逆噴射で減速はしたものの、機体は砂礫を巻き上げながら滑走し、外殻を歪めて停止する。

 コクピットの計器は真っ赤に点滅し、「航行不能」の文字が点滅していた。

――すべての衝撃が去ったあと、耳に残ったのは自分の荒い呼吸音だけだった。

 宇宙の静寂が、壊れた艇を包み込んでいた。

「若君、ご無事で……」

 呻きながらグレゴールはハッチを開く。薄暗い艇内で二人は簡易宇宙服に身を包み、ヘルメットを装着した。

 酸素残量は数時間程度。ここで救助がなければ命はない。

 気圧調整のランプが緑に変わる。

 エアロックが開き、彼らは灰色の岩肌に足を下ろした。

 重力は弱く、一歩ごとに体がわずかに浮き上がる。周囲は鉱石と砂礫に覆われ、遠くに赤い恒星の光が淡く差し込んでいる。

 離脱艇を後にした二人は、宇宙服を着込んで荒涼とした地表を進んでいた。

 灰色の砂礫は靴音を吸い、ただ呼吸器のノイズだけが耳に響く。

 やがて岩壁の向こうに、朽ちかけた居住ドーム群が現れた。

 崩れ落ちた補給タンク、ひび割れた窓。まるで時間が止まったように、……そこは死んだ街のようだった。

「……昔の採掘コロニーですな」

 老臣グレゴールの声が、ヘルメット越しの通信に重々しく響く。

 ユリウスは不安げに周囲を見渡した。

 看板にはかすれた帝国文字――「第七採掘コロニー」とある。

 息を潜めながら進むうち、ユリウスは奇妙な違和感を覚えた。

 完全に放棄されたはずの建屋の一つ、その扉の隙間から、微かに光が漏れていた。

 そして――静寂の中、誰かの笑い声のようなざわめきが、確かに響いた。

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第1話……死んだ星に笑い声
 ヴァルカン星――かつて鉱脈の豊かさで知られ、銀河聖帝国の各地に金属鉱石を送り出した辺境惑星である。 だが最盛期はとうに過ぎ去った。主要鉱脈は枯れ、今も稼働する鉱区は数えるほど。 赤褐色の大地には廃坑と錆びた掘削機械が並び、人口も二十万を割り込んで久しい。 帝国にとっては、もはやどうでもよい辺境の一領地。 この衰退した惑星を治めるのは地方貴族アストレア子爵家であった。 彼らはかつての威光を辛うじて保っていたが、領民の不満は膨らみつつあった。 ――その夜、領主館を覆うシールドが突如として沈黙する――。◇◇◇◇◇ アストレア子爵邸の衛兵の体が、静かに崩れ落ちる。 外周センサーは無効化され、自動迎撃銃座は反応しない。――内部から暗号を解かれたのだ。 直後、屋敷を取り囲んだのは、子爵の重臣であるルシアン・クロイツ準男爵の私兵部隊。 無音走行の装甲車が並び、暗視ゴーグルの兵士たちがレーザーライフルを構えて突入する。 壁を切り裂く切断ビーム、炸裂する閃光グレネード。屋敷は一瞬にして戦場へ変わった。「ルシアン……裏切ったか!」 寝間着のまま、年代物の短剣を握ったアストレア子爵が廊下に姿を現した。 護衛兵たちも銃を構えるが、私兵の携行シールドに阻まれ、すぐさま返り討ちにあう。「子爵殿。あなたには民衆の敵として死んでもらう。今日からこの惑星は私が治めるのだ」 クロイツの一声と同時に、赤色レーザーが走り、子爵の胸を焼き抜いた。 鈍い倒壊音が広間に響く。 二階の回廊でその光景を目にした少年、ユリウス・アストレアは声を失った。 震える両手を握りしめた瞬間、背後から老家臣グレゴールが駆け寄る。「若君、急ぎますぞ!」「父上が……!」「もはや抗う術はございません! 生き延びることが御家の責務です!」 二人は緊急用の搬送トンネルへ滑り込んだ。 床のリニアガイドが青白く光り、貨物用カプセルが自動的に発進。 数秒後、屋敷の外周区画にある脱出ハンガーへ到着した。 そこに隠されていたのは、小型の軌道離脱艇。 旧式だが短距離ワープ機能を備えており、この惑星から脱出するには十分だった。「若君、これに乗ってください。……生き延びるのです。必ずや、アストレアの血統が報われる日が来ます。」 ユリウスは涙をにじませながら、無言で操縦席に腰を下ろした。 艇
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第2話……女海賊ツーシームとの契約
 気密扉を押し開けた瞬間、ヘルメットのバイザー越しに強烈な光と喧騒が飛び込んできた。 廃墟の外見からは想像もできないほど、中はざわめきに満ちていた。 狭い酒場に詰め込まれているのは、粗野な宇宙服姿の男たち。 テーブルには合成酒のボトルが乱雑に置かれ、グラスが打ち鳴らされるたびに乾いた笑い声が響く。 壁面の古びたネオンはチカチカと点滅し、濃い煙と油の匂いが充満していた。 老家臣グレゴールは、背筋に冷たい汗を感じた。 ――見間違えるはずがない。ここは、ならず者たちの巣窟だ。 宙域管区から指名手配されて久しい無頼の連中……宇宙海賊どもが屯している。「若君、ここは……危険すぎます……!」 低い声で囁くが、ユリウスは酸素残量の表示を見て顔を歪めた。「でも……入らなければ、酸素が……!」「…………」 老家臣は一瞬、迷った。 だが背後に広がるのは死んだコロニーの闇、そして限られた酸素残量。 選べる道など最初からなかった。 二人は硬い足取りで店内に踏み込み、カウンターの一隅へ腰を下ろす。 周囲の視線が突き刺さる。 空腹を思い出したユリウスは、震える声で言葉を搾り出した。「……食べ物を……何か……」◇◇◇◇◇ 湯気の立つ粗末なスープが運ばれ、ユリウスは空腹を抑えきれずに口をつけた。 硬いパンを噛みちぎるたび、乾いた喉がわずかに潤う。 グレゴールは周囲に警戒の眼を走らせ、背筋を張ったまま一口も手を伸ばさない。 スープをすすりながら、ユリウスはふと酒場の隅に目を向けた。 煙草の煙がゆらめく奥の席に、ひとりの女が腰を下ろしていた。 ボロの革上着に安酒の瓶、安そうな巻き煙草。 傍目にはただの酔いどれにしか見えない。 だが不思議なことに、周囲の荒くれ者たちが彼女の卓には近づこうとせず、時折ちらりと視線を送るだけだった。 まるで、そこだけが見えない境界線で囲まれているように。 ユリウスは気づいた――この女は、ただ者ではない。 酔ったふりをしていても、全員が彼女を頭領のように意識している。 老家臣グレゴールは、少年の様子に気づいて眉をひそめた。「若君……あの女は……」「……あの人なら、助けてくれるかもしれない」 少年は震える足で立ち上がり、カウンターの視線をすり抜けて、酒場の隅の女へと歩み寄った。 恐怖に押し潰されそうな胸の奥
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第3話……モリガン、牙を剥く
「おいおい、領主坊ちゃんを脅して、姐さんも落ちぶれたもんだな」 誰かが酔いに任せて口走った瞬間――。 隣の席から立ち上がった巨影が、音もなくそいつの襟首を掴み上げた。 身長は2m50cmを超える筋肉だるま。その赤毛の巨漢が低く唸る。「……姐さんの言葉に文句あるか?」 顔を真っ青にした酔っ払いが首を振ると、巨漢は無造作に床へ放り捨てた。 酒場中が静まり返る。「副長のビッグベアだ……!」「やべぇ……」 誰かの震える声が広がり、空気が一変した。 ツーシームは煙草をくゆらせながら肩をすくめた。「まったく、トムは物騒だねぇ」 赤毛の巨漢――「ビッグベア」は答えず、ただ鼻を鳴らす。 場の空気を凍らせたまま、彼は振り返り、ユリウスたちを顎でしゃくった。「……来い」 低く短い声。 その巨体が動くたび、床板がきしみ、周囲の海賊たちが無言で道を開けた。 グレゴールは警戒を隠さず、だが少年の肩を押して、その背に従ったのだった。◇◇◇◇◇ 酒場の裏口を抜けると、暗い通路が岩盤の奥へと続いていた。 先頭を歩くのは、巨躯の副長――「ビッグベア」と呼ばれる男。 無言のまま、低い足音だけが響く。 ユリウスと老家臣グレゴールは互いに目を合わせた。 戻る道はない。この巨漢の背に従うしか生き残る術はなかった。 やがて通路は広間に開けた。 そこは崩れた採掘場の跡地を改造した、秘密のドックだった。 赤茶けた岩壁に隠されるように、黒光りする艦影が横たわっている。 装甲板は煤と傷で覆われ、ところどころ継ぎ接ぎの補強痕。 だがその姿には、幾多の戦いを潜り抜けてきた殊勲艦のような迫力があった。「……あれが、海賊船……」 ユリウスは息を呑む。 ツーシームの宇宙海賊船の船腹には、「モリガン」と大きく描かれていた。 帝国の宇宙巡洋艦艦より一回り小さいが、艦首には大型の収束砲を備え、船体側面には突撃艇のハッチが並んでいる。 黒く塗りつぶされた船体には、かすかに白で描かれた飛竜の紋章。 艦内からは整備兵の怒号と、エンジンの低い唸りが響き出ていた。「乗れ」 レッドベアが短く言った。 ハッチが開き、金属のタラップが伸びる。 グレゴールは一瞬ためらったが、ユリウスの肩を抱き、二人でその影に足を踏み入れる。 重厚な扉が閉じた瞬間、少年は背筋に冷たいものを
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第4話……ヴァルカン急襲作戦
――それから数時間後。 惑星ヴァルカンの灰色の雲を突き破り、黒き海賊船モリガンが稲妻とともに姿を現した。 空気との摩擦で船体が赤く焼け、尾を引くプラズマ光が空を裂く。 制動装置が壊れた様、まるで獲物に飛びかかる飛竜のように――急降下。「減速制御、限界値ぎりぎり!」「いいから続けな、ビッグベア!」 操舵席で副長の低い声が響く中、ツーシームは冷笑を浮かべた。 モリガンは宇宙港の上空数百メートルでようやく制動。 防御重力場を展開し、港全体を覆うように上空を支配する。 その威圧的な重低音が空気を震わせ、空港施設の窓ガラスを爆散させた。「宇宙港管制塔、応答なし!」「そりゃあそうさ。最初から沈黙してもらうつもりだ」 ツーシームは立ち上がり、操舵席横のスクリーンに映る港の全景を見下ろす。 逃げ惑う係員、混乱する使役ロボット、そして滑走路で沈黙する小型警備艇。 そこへ、海賊船の影が覆いかぶさる。「降下部隊、出せ。獲物を逃がすな」「了解!」 艦腹のハッチが開き、突撃ポッドが次々と射出された。 火を引く金属弾頭が降下し、着地と同時に分離。 内部から飛び出すのは、黒い装甲服の海賊兵たち。 各々がプラズマ式の突撃銃を構え、宇宙港湾の主要施設を手際よく制圧していく。「第1班、補給タンク確保! 第2班、通信指令室の掌握完了!」 極周波無線に報告が飛び交い、赤い警報灯が港を染めた。 大方の防衛部隊は投降。警備ドローンは次々と撃墜され、管制塔は火柱を上げる。 モリガン艦橋の窓越しに、その光景を見下ろすツーシーム。 彼女は腰の剣の鞘を軽く叩き、満足げに息を吐いた。「いいねぇ。やっぱり正面から潰すのが一番手っ取り早い」「宇宙港、完全制圧。残敵、散発的抵抗のみ」 地上のビッグベアの報告に、ツーシームは頷いた。「よし、港は取った。これでクロイツの退路はない。次は本命だ。クロイツの犬どもに、“ご挨拶”を届けてやろうじゃないか」 艦内の空気が一変する。 わずか十数分――それだけで辺境惑星とはいえ、アストレア子爵家が誇る宇宙港が完全に沈黙したのだ。 その様子を、後方の観測窓から見ていたユリウスは息を呑んだ。「……たった、十分かそこらで……?」 信じられない光景だった。 誰もが無秩序な盗賊と思っていた海賊たちが、まるで訓練された軍隊のように動
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第5話……帝都は踊り、辺境は燃える
 二時間後――。 夜空を焦がす砲火の光が、アストレア子爵家館の外壁を断続的に照らしていた。 空から放たれる収束光線が次々と命中し、シールド発生器が火花を散らす。 ビッグベア率いる地上部隊の強襲に、クロイツ準男爵が命じた防衛線は、もはや形を保っていなかった。「西ゲート突破! 敵部隊、南側通路に侵入!」「なに!? まだ内壁の防御区画が――」「――沈黙しました!」 報告の声が飛び交い、館内の照明が赤く明滅する。 焦げた金属の匂い、崩落する天井の音。 戦況の趨勢は明らかだった。 中庭では、ツーシーム率いる小部隊が到着していた。 飛竜の紋章を肩章に掲げた海賊兵たちが、煙の中から姿を現す。 先頭の女――ツーシームは、片手に鞘を払った剣を持ち、もう片方の手で少年ユリウスの肩を軽く押した。「行くよ、坊ちゃん。あんたの仇の顔、見せてやる」 ユリウスは唇を噛み、うなずいた。 彼女の背後で、火の粉が舞う。 崩れ落ちた外壁を抜け、二人は館の中へと踏み込んだ。 ――廊下の両脇には倒れた私兵たち。 床には焼けた鎧の残骸と、焦げた旗印。 ゆっくりとであるも、ツーシームの足取りは止まらない。 奥の広間、最後の自動防御砲座が火を噴いた。 その瞬間、ツーシームの瞳が淡く光る。  彼女は一歩も迷わず、音もなく後方へ滑る。 空気がわずかに歪み、弾丸は彼女の戦闘服を掠るに留める。 彼女は周囲の重力の歪を「読んだ」のだ。 砲座が沈黙し、広間の扉が破られる。 爆煙の向こう、クロイツ準男爵が震える手で拳銃を構えていた。 その頬には疲労と焦燥、そして恐怖が刻まれている。「こ、ここまで来たか……! 貴様、海賊風情が……!」 ツーシームは片眉を上げ、剣を軽く傾けた。「……ん? 海賊? あたい達は、正当なご領主様の側なんだけどね……」 彼女の後ろで、ユリウスが一歩進み出た。 乱れた髪に焦げた服、だがその瞳は揺れていない。「――父上を殺したのは、お前だな」 クロイツは言葉を失い、銃口が震えた。「お、おのれ……!」 その瞬間、金属音が短く鳴り、銃が床に落ちる。 ツーシームの剣が、その手首の直前で止まっていた。「殺すかどうかは、坊ちゃんが決めな」 広間に沈黙が落ちる。 炎に照らされる中、ユリウスは目を閉じた。 震える唇が、小さく動く。「……
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第6話……戦果は紙の上で
 反乱鎮圧から七日後、惑星ヴァルカンの子爵館。 焼け焦げた壁の匂いがまだ残る広間に、元家臣たちが列をなし、少年の前にひざまずいていた。 「このたびは誠に遺憾な事件でございましたな、若君」 「我らはあくまで平和を保ち、館を守っておりました」 「戦後の秩序維持のためにも、何かしらのご褒賞を――」  ひとりが言えば、続くように皆が頭を下げる。  その衣の袖には血の匂いではなく、贅沢な香油の匂いがした。 「……それと、閣下」 一人の家臣が、恐る恐る口を開く。「クロイツ殿は反省しておられます。何かの誤解があっての反乱であったと聞き及んでおりまする。旧来の功績もございますゆえ、どうか寛大な処置を――」 ざわめき。 少年の拳が静かに震える。 彼の父母を殺し、館を焼いた男の名が、その場で平然と口にされたのだ。「……誤解、か」 少年の声はまだ幼く細い。だが、その静けさに誰もが息を呑んだ。「では、父の首を掲げたのも誤解だったと?」 怒りの言葉が空気を震わせた。 少年は立ち上がり、玉座の階段を踏み鳴らす。 「父の仇を赦せと言うのか! そんな理があるものか!」 そのとき、年長の老臣が一歩前に出た。 「……若君」 低く、しかし明瞭な声だった。「この惑星は、アストレア子爵家のご当主お一人のものではございません。領地の統治は、古来より家臣団の合議により成り立っております。彼らの協力なしには、ヴァルカンの政も産業も、何ひとつ動きませぬ」 少年の瞳が揺れる。 怒りは理解に変わり、理解は無力の苦味へと沈んでいく。 「……では私は、父の仇にも頭を下げねばならぬのか」 その呟きに、老臣は答えなかった。 広間に沈黙が落ちる。 家臣たちは互いの顔を見合わせ、誰も言葉を継げぬまま、ひとり、またひとりと退室していった。 残されたのは、焦げた旗と、少年の影だけ。◇◇◇◇◇ 翌日、子爵館の大広間では合議が開かれた。 乾いた議論は長く、果てしなく無常であった。 反乱の首謀者クロイツ準男爵は、二割の領地削減にとどまり、家臣団への恩賞として、子爵家の直轄地からも広大な土地が分割された。 会議が終わる頃には、アストレア家の地図は見る影もなかった。 北方の鉱山群は戦傷者への補償に、南方の牧地は分与、宇宙港湾税も家臣団の共同管理へ。 合議が終わった夜、館
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第7話……裏切りの位相鉄鉱石
 クロイツ準男爵邸。 ――重厚な石造りの館の奥、誰も知らぬ隠し部屋。 その暗闇の中、極低周波通信機のスクリーンには、隣接星系イーグルを支配するトブルク伯爵の姿が映し出されていた。「閣下。ご指示どおり、惑星ヴァルカンの掌握を完了しました。例の鉱脈の探索も始めております。よって、その……」「覚えているよ、クロイツ君。」 伯爵の声は低く、しかし柔らかく響いた。「中央への推薦状はすでに手配してある。君を正式に『男爵』にしてやろう」「……あ、ありがとうございます!」「さて――肝心の位相鉄鉱石は、いつこちらに届くのかね?」「はっ、一か月後を目途に輸送を開始できる見込みであります。」「うむ。励めよ。」「ははっ!」 通信が切れ、青白い光が部屋から消える。 クロイツは深く息を吐き、机上の通信機をそっと撫でた。 やがてベルを鳴らし、執事を呼びつける。「――86鉱区の探査を最優先せよ。人員を倍増だ。」「はっ、ただちに!」 86鉱区――それは、かつてヴァルカンの前統治者アストレア子爵が密かに試掘していた秘密鉱区。 そこから得られる位相鉄鉱石は、現存する金属で最高を誇る強度を誇るとされていたのだ。 その存在を知ったトブルク伯爵の甘い言葉により、クロイツは主君を裏切り、反乱を起こしたのである。 今や彼は伯爵の操り人形に過ぎなかった。 それでも、宇宙港の桟橋で輸送船団を見送るクロイツの顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。 ワインの杯を掲げ、血のように赤い液体を傾けながら、彼は呟く。「これが――俺の、覇道への始まりよ」◇◇◇◇◇ エールパ星系外縁部――惑星ヴァルカンから二日航行ほど離れた、無数の岩塊が漂う小惑星帯。 地方政府の監視も届かぬその宙域で、一隻の大型輸送船が一隻の海賊船に襲われていた。「……機関を停止せよ。さもなくば撃沈する」 通信越しに響く冷たい声。 その発言者は、女海賊ツーシームだった。「お、お待ちを! 恐れ多くも、この船はトブルク伯爵家の輸送船であるぞ!」 船長が青ざめた顔で叫ぶ。 トブルク伯爵といえば、この辺境宙域を実質的に支配する有力貴族。 報復を恐れ、通常の海賊ならその旗を掲げた船には決して手を出さない。 だがツーシームは、艦橋で脚を組みながら淡々と答えた。「……知らないね。それで――停船するか? それと
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第8話……冷凍睡眠の貴族
 ――6か月後。 ツーシームたちは、襲撃した輸送船から持ち帰った積荷を順に検分していた。 その中に、一際異様な箱があった。 厚い断熱素材に覆われ、表面には惑星ヴァルカン医療局の封印と警告文。 『生体貨物――要冷保持』と刻まれている。「……生体貨物? まさか臓器の密輸じゃないだろうね?」 ゾル婆が眉をひそめる。 ツーシームは腕を組み、冷たい視線でその箱を見つめた。「開けるしかないね。誰のものか、確かめてやろうじゃないか」 ビッグベアが溶断機を操作すると、金属が焦げる臭いとともに蓋が開く。 白い冷気が噴き出し、室内を覆った。 その中には――少年がひとり、薄青い液体のカプセルに沈んでいた。 冷凍睡眠装置だ。 凍結された瞳は閉じられ、呼吸すら見えない。 だが、制服の襟元に、名札が半ば凍りついたまま光っていた。 『ユリウス・フォン・アストレア』 ツーシームは一瞬、言葉を失った。「……冗談だろ。あのガキが、こんなとこで……?」 ビッグベアがコンソールを覗き込み、低く唸る。「生命反応あります。低温休眠状態ですね。割高な医療を施せば目を覚まさせられるが……」 ツーシームは唇を噛んだ。 かつて、自分が雇われ、共に戦った「雇い主」の名。 その彼が――貨物として扱われ、ここに眠っている。「……最低の冗談だね、伯爵の連中」 ツーシームは煙草を取り出し、火をつけた。「ビッグベア、こいつを医務区画へ運べ。ゾル、装置を解析して目を覚まさせる方法を探しな」「了解」 ツーシームは立ち去り際、もう一度カプセルを見た。 冷気の向こう、少年の顔は穏やかに眠っている。「生きかえりゃ――また、あの時みたいに頼み事をしてくるんだろうね。……まったく、厄介な奴だよ。」 彼女は残念を装いつつも、なぜか懐かしく温かい感情を抱かずにいられなかった。◇◇◇◇◇ 低い唸りとともに、冷凍装置の蓋がゆっくりと開いた。 白い冷気が医務室に溢れ、そこから一人の少年が吐息を漏らす。「……う……ここは……?」 ユリウスのまつげが震え、薄く目を開く。 ぼやけた視界の中に、安煙草の煙と、腰に片手を当てた女の影が見えた。「おはよう、坊っちゃん。一年半ぶりかね?」 その声に、ユリウスの目が見開かれる。「ツーシーム!? 君……どうしてここに……」「どうしてもなにも
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第9話……バリスタ強襲
 海賊船モリガンの薄暗い作戦室に、惑星ヴァルカンの立体投影が浮かぶ。 青く光る地表の各地に、赤い灯が点滅していた。 そこはすべて、今の支配者――クロイツ男爵の軍が占拠している。 ツーシームは腕を組み、ホログラムを見上げながら言った。「敵の地上軍の主力は二個戦車大隊。領主館にはクロイツの親衛隊の高射砲中隊も陣取っている。よって、まずは防備の手薄な宇宙港バリスタを落とす」 部下たちのざわめきの中、若い砲術士の一人が遠慮がちに手を上げた。「……姐さん、ひとつ聞いていいですか?」「なんだい?」「今回は……その、ちゃんと報酬、もらえるんですよね? 前回みたいに『領地の四割』が幻になったりは……」 その瞬間、金属椅子がグシャリと潰れる音とともに、巨体の副長、レッドベアがゆっくり立ち上がった。 そして、猛獣が低く唸るような声が室内を震わせた。「船長の決めた仕事に疑いを挟むな。前回の件は過去だ。今回は契約書もある――それでも払わねば、今回は力づくで奪い取るまでだ!!」 若い砲術士はたじろぎ、慌てて頭を下げる。「し、失礼しました……!」 ツーシームは笑いもせず、静かに煙草を口にくわえた。「……いいんだよ、マテオ。疑うのも当然さ。だが、今回は違う。」 彼女は端末を操作し、契約データを宙に映し出す。 そこには、ユリウス・アストレアの署名と、正式な帝国認証コードが輝いていた。「クロイツの時代はすぐに終わる。今度こそ、惑星ヴァルカンを『元の持ち主』に返すだけの話さ」 レッドベアがゆっくりとうなずく。「発進準備急げ! 敵上空の防衛衛星はゾルがすでにハッキング中だ!」 ツーシームはモリガンの艦章を映したモニターを一瞥し、低く笑う。「クロイツ男爵ね……あの男、戦場で会うのは二度目だ。前は『海賊風情』と笑ってくれたっけ。――なら、今度は満足に口が開けないようにしてやる」 彼女の言葉に、作戦室の空気が変わった。 誰もが黙り、全員が立ち上がる。 ツーシームは最後に一言だけ告げた。「報酬は四割と半年分の利息――取り立ての時間だ。行くぞ、我が海賊船モリガン、発進!」 明るい照明が落ち、赤黒い非常灯に置き換わる。 惑星ヴァルカン奪回作戦が、静かに動き出した。◇◇◇◇◇ 老婆であるゾルが、情報端末の前で指を踊らせると、海賊船モリガンの薄暗い電子作戦室
last updateآخر تحديث : 2026-06-05
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第10話……約束は紙屑、信頼は灰
 惑星ヴァルカンの夜側軌道上。 ツーシームは旗艦「モリガン」の通信卓に座り、光の粒のようなホログラムをいくつも立ち上げていた。 それは――クロイツ男爵に加担している地方領主たちの通信アドレスだ。「さて、連絡を回すよ。内容は『選択の自由』ってやつさ。」 ツーシームは煙草を咥えながら、短く指示する。 送信される通信文には、こう書かれていた。『クロイツ男爵の敗北は時間の問題だ。いま離反すれば、領地の保全と戦後の地位を保障する。だが、固執すれば――家も血も、ヴァルカンの大地に残らぬだろう。次の朝を迎える選択をせよ』 短い文面、しかし決定的だった。 彼女は同時に、各地の村や都市に噂を流した。「クロイツ男爵を守る私兵たちの家族が、海賊の略奪に遭っている」「海賊たちは女や子どもも容赦しない」「抵抗した家は、跡形もなく焼かれた」 最初はただの流言だった。だが、ゾル婆が工作班に指示を飛ばす。「『真実味』が足りん。火の手を上げりゃ、皆信じる」 そして――本当に幾つかの屋敷が襲われた。 標的は慎重に選ばれ、被害はクロイツの私兵の家族や親族筋の屋敷ばかりだった。 全体を考えると被害は軽微、しかし血の跡は確かに残された。 それはやがて、惑星各地で怯えと不安が広がる。 各地の地方領主たちは動揺し、兵たちは帰郷を強く望むようになった。 通信報告が次々とモリガンに届く。「クロイツ派の第三地域、旗を下ろしました!」「西岸防衛隊、離反!」 ツーシームは薄く笑い、スクリーンの煙草の煙を見上げた。「戦争ってのはね、撃ち合うより『疑わせる』方が早い。――人間の信頼は、時に紙屑より脆いからねぇ」 ビッグベアが腕を組み、重々しくうなずいた。「……で、次はどうする?」「アーバレストの包囲網を徐々に縮める。やつらの補給線を断てば、あとは勝手に崩れるさ」 そう言ってツーシームは立ち上がった。 背後の星々の光が、彼女の瞳に反射する。「――恐怖と欲。どっちも人を動かす最高の燃料だね」◇◇◇◇◇ 惑星ヴァルカン首都アーバレスト。 厚い防爆壁に囲まれた新政庁の作戦室では、赤い警告灯が断続的に点滅していた。 クロイツ男爵は机に両手を突き、報告を浴びるように聞いていた。「……なんだと? 妻の親戚筋の第三地域まで旗を下ろしただと!」「はっ、はい。領主ガドール騎
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