ログイン法や規則でがんじがらめ、男尊女卑が激しい国、シャムスで生まれ育ったカミリア 彼女は女性でありながら騎士団長に成り上がる 「男など女性を見下してばかりでロクな生き物じゃない」と思い込むカミリアを助けたのは、騎士団希望の優男、ラウル 彼は入団した翌日に騎士団長の座をカミリアから奪ってしまう ラウルを目の敵にするカミリア、それでも彼女に優しくし続けるラウル
もっと見る白レンガで作られた家や店が綺麗に並ぶシャムスの王都、ルチェソラーレ。陽の光の下で人々は汗水たらし働き、笑い合う。活気づいた街の広場で、複数の少年少女が、ひとりの少年を囲んでいる。囲まれた黒髪の少年の頬には、三日月の焼印があった。
「この恥知らず!」 「不徳の子、お前なんか死んじゃえ!」 「黒髪に焼印なんて最低じゃん」 子供達は心無い言葉を口にしながら、黒髪の少年に石を投げつけたり、太い枝で叩いたりしている。黒髪の少年は口を一文字にし、涙と声をぐっとこらえていた。 周りにいる大人達は子供達を止めるどころか、黒髪の少年を嘲笑っている。「君達、みっともない真似はやめないか」
凛とした女性の声が、頭上から降ってきた。子供達が見上げた先には、銀色と臙脂色の鎧を身にまとった女性が立っている。彼女は長く美しいブロンドの髪をたなびかせながら、子供達を鋭い目つきで見下ろしている。威圧的な彼女の目に、子供達は固まる。彼女の名前はカミリア•ケリー。シャムスの騎士団長だ。氷のような冷たい眼差しと、迷いのない戦い方から、氷の戦乙女と恐れられている。「その子が何をしたというんだ?」
「だ、だって、コイツ、黒髪で……」 「そ、そうよ! それに、顔に焼印だってあるわ!」 少年がおずおずと口を開くと、少女も黒髪の少年を指差しながら、声を荒らげる。カミリアは鋭い目つきを、更に鋭くした。子供達は小さな悲鳴を上げ、尻もちをついたり、立ち尽くしたまま震えたりする。 大人達はカミリアに冷ややかな目線を投げかけた。「その子が黒髪だと、君達にどう迷惑がかかる? 顔に焼印があるから、なんだというんだ?」
カミリアの言葉に、子供達はうつむく。ただひとり、黒髪の少年だけは、彼女をまっすぐ見上げていた。 「髪の色なんて関係ない。焼印だって、この子が罪を犯した印というわけではないだろう。親は親、子は子、別の人間だ。髪色も焼印も、この子をいじめていい理由にはならない。他人を陥れたりいじめたりするのは、卑怯者のすることだ」 「な、なんだよ、身体売って騎士団長になったくせに!」 「っ!」 少年のひとりが叫ぶように言うと、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。「それぞれのメリット・デメリットについて話をしよう。まず、人海戦術のメリットだが、兵器や資金力などを必要としない。だが、デメリットはかなり大きい。数に頼るあまり、ひとりひとりの気が緩む。他人任せにして逃げ出す兵士もいるだろう。連携もロクに取れない。何より、多くの命を犠牲にする。だから、私は人海戦術は絶対に使わない。この騎士団がどれだけ大きくなろうが、君達ひとりひとりに変わりはいない」 少し感情的になってしまったかと思いながら、彼らを見る。騎士達は小声で隣同士の者と話し合いながら、ノートを取っていた。(今のところ順調、ってことでいいんだよね……?) カミリアは資料にざっと目を通して、顔を上げる。「次に、少数精鋭についてだ。少数精鋭のメリットは、連携が取りやすい、数が少ないため、敵に見つからずに任務を遂行しやすいなどがある。大勢に囲まれたとしても、日々鍛錬をしている精鋭なら、立ち向かっていけるだろう」 カミリアは言葉を途切れさせ、この場にいる騎士達を見回す。彼らの顔は真剣そのもので、真面目にカミリアの話を聞いている。「私は、この騎士団がどんな困難にも立ち向かえるよう、ひとりひとりに精鋭になってもらいたいと思っている。王族や国民の命はもちろん、仲間や自分自身の命を守れるよう、日々の鍛錬と勉学を怠らないように。軍学のすべてを覚えろとは言わない。基礎知識だけでもいい、たったひとつの戦術だけでもいい。その知識が、きっといつか皆の役に立つ日が来るはずだ」 話をしているうちについ感情的になり、一気に話してしまった。カミリアは小さく息を整えると、再び彼らを見回した。熱い視線を送られて驚くも、自分の言葉が彼らの心に届いたと思うと嬉しくなる。「今日の授業はここまで。……初めてで正直自信がないんだが、どうだった?」 恐る恐る聞いてみると、騎士達はカミリアを囲んだ。彼らの目はきらきらと輝いており、くすぐったい気持ちになる。
「ラウル団長、私からも質問をしていいですか?」「どうそ」 カミリアを撫で終わると、ラウルは優雅な仕草で紅茶に口をつける。カミリアはその様子を観察するが。剣を握った時の彼とは別人に見える。「どうしてそんなに強いんですか?」 ラウルの動きが止まり、一瞬だけ顔が強張る。だが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。「君には負けるよ」「私に余裕で勝っておいて、よくそんな嫌味が言えますね」「嫌味なんかじゃないさ。本気で言ってるんだ」 カップを置いて言うラウルの顔は真剣そのもので、カミリアは思わず息を呑む。「僕は、君のような戦い方ができない」「それってどういう意味ですか?」 ラウルは質問に答えず、寂しそうに目を伏せた。どう言葉を続けるか考えていると、ラウルは顔を上げて不自然なほど明るい顔をする。「さてね。それよりもう昼近くだ。授業の準備をしよう」 貼り付けられた笑みが痛々しく見え、カミリアはそれ以上踏み入ることができなかった。 午後、ついに人生初めての授業が始まる。カミリアが会議室の前に座ると、騎士達がぞろぞろと集まってくる。席が半分近く埋まったところで、ラウルに授業を始めるように言われた。(大丈夫、付け焼き刃とはいえ、ちゃんと準備してきたんだから) 自分に言い聞かせて資料で顔を隠し、小さく息を吐いて騎士達と向かい合う。「今日から何日か、君達に軍学について教えることになった。こういったことは初めてなので至らぬ点もあると思うが、よろしく頼む」 硬い表情で挨拶をするカミリアに、ラウルを始め、騎士達は少し微笑ましく思い、彼女を見守る。そうとも知らず、カミリアは手元の資料に目を落とす。「今日は、人海戦術と少数精鋭についての授業をする。説明するまでもないが、人海戦術は数で押し切る戦術、少数精鋭は名前の通り少人数の精鋭で戦うことを指す。私は人海戦術より、少数精鋭で戦う方がいいと思っている」 不安になりながら顔を上げると、騎士達は持ってきたノートにカミリアが言ったことを書き込んでいる。真面目に聞いてくれている彼らを見て、少しだけ安心した。
「女性も差別の対象です。これについては、ドゥム達を見てある程度分かったでしょうが、女性が上の地位に立つと、白い目で見られます。実力ではなく、身体を売って入ったと陰口を叩かれます」「なるほど、男は無条件に女より優れてると思われてるって感じかな?」「はい、そうです。女は愛想を振りまいて、家事だけしていればいい。女が勉強や剣術を学ぶなんて考えられない。大抵のシャムス人は男女関係なく、そう考えていると思います」「随分深刻だな……。女性は男の奴隷ではないのにね」 ラウルの言葉に、カミリアは胸が熱くなる。サウラを例外に、男は皆女性を差別していると思った。ラウルにいたっては、女たらしだと。少しだけ、ラウルの見方が変わった。「髪色と女性以外に、差別はあるのかい?」「はい。私個人としては、これが1番問題だと思っています」 脳裏に過ぎるのは、この前助けた黒髪の少年や、焼印でしなくていい苦労をしている人々のこと。いくら地位があるとはいえ、騎士団長にどうこうできる問題ではないが、悲劇を終わらせるためにも、ひとりでも多くの人に知ってほしい。 理由は分からないが、ラウルならこの問題を明るい方向へ持っていってくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。「ラウル団長、焼印について聞いたことありますか?」 焼印という言葉と聞いた瞬間、ラウルの眉間にシワが寄る。「あぁ、詳しいことは知らないけど、三日月の焼印だろ? あれは一体どういう言われがあるんだい?」「あれは、未婚の子に付けられるものです。この国では未婚を不浄のものと考えていて、未婚のまま妊娠したり、出産したりしたカップルは罰せられるんです。子供には未婚の子である印として、三日月の焼印を、顔に……」「はぁ……本当に酷い国だね……。話してくれてありがとう。辛いことばかり聞いてごめんね」 そう言ってラウルはカミリアの柔らかなブロンドの髪を撫でる。カミリアは戸惑いながらも、おとなしく撫でられる。恥ずかしさはあるものの、不思議と心地よく、振り払おうという気は起きなかった。
「美味しい……!」「気に入っていただけたようでよかった。美味しいお茶とお菓子があるから楽しい話をしたいところだけど、昨日約束したとおり、シャムスについて教えてくれるかな? 特に、どういったものがどう差別されているのかを」 真剣な顔で言うラウルに、胃がキュッと締まる感覚がする。シャムスの差別にはカミリア自身も苦しんできた。今までのラウルの行動を見てきて、彼は差別をすることはないだろうと思う反面、万が一のことがあったらという不安も少しある。「まず髪色ですが、黒髪と赤髪が差別の対象になっています。ブロンドが至高とされており、ブロンドの人間が、黒髪や赤髪の人間を虐げるのは日常茶飯事です」「確か、黒髪は夜空、赤髪は夕空を連想させるから、だっけ?」 ラウルの問いに、カミリアは大きく頷く。髪色差別で思い出すのは、子供時代のハーディと、この前街で見かけた黒髪の少年。彼らには罪はないのに、髪色だけで虐げられるのはおかしいと、話をして改めて思った。「自警団にいた頃、被害者は黒髪や赤髪がほとんどで、加害者は決まってブロンドの人間でした。稀に髪色差別をされている者が加害者になることがありますが、彼らは……」 加害者にならざるを得なかった彼らを思い出し、胸が苦しくなる。彼らはただ、普通に暮らしていただけなのだ。それなのに髪色を理由に暴力を振るわれ、愛する者を目の前で殺されたり犯されたりされる。その結果、相手を殺害してしまうという痛ましい事件をいくつも見てきた。「なるほどね、髪色差別だけでも考えられないくらいに酷い……。大丈夫? 気分悪くしたりしてない?」 顔を上げると、ラウルが気遣わしげにのぞき込んできている。このままではダメだと心の中で自分に言い聞かせ、ラウルを見つめ返す。「大丈夫です、続けましょう。このことは、できるだけ多くの人に知ってもらいたいんです」「カミリア……。君は本当に強くて優しい人だね。ありがとう、続けて」 カミリアは小さく頷くと、紅茶で口を湿らせた。