Mag-log in戦は、終わった。
血と灰と、燃え残った焦げた布の匂いだけが、まだ重たく空気を押し潰している。 ロホは剣を鞘に収め、 泥と煤で黒くなった手袋を外した。 ぺガスは静かに地を踏みしめ、ファドも無言でロホの後ろにぴたりとついていた。 今、この場でなすべきはただひとつ―― 終わったものたちを、きちんと弔うこと。 ロホは、倒れたまま動かない人影に近づいた。 それは、布を巻き付けただけの粗末な防具を着た、若い女だった。 顔に、苦悶の色はない。 まるで、眠るような静けさだった。 ロホはそっとしゃがみ、彼女を抱え、静かな場所へ運ぼうと手を伸ばした―― その瞬間。 小さな影が、ロホの手を遮った。 女の子だった。 年のころは七つか八つ。 服はぼろぼろで、顔も手も煤にまみれていた。 それでも、彼は必死にロホの腕をつかみ、首を横に振った。 声は出ない。 ただ、泣きそうな顔で、必死に首を振り続けた。 ロホは手を止めた。 その子にとって―― この女性は、まだ"ここにいる"存在だった。 たとえ、息をしていなくても。 たとえ、冷たくなっていても。 それでも、まだ――“お母さん”だった。 ロホは、ゆっくりと膝をつき、目線を合わせる。 そして、そっと手を引いた。 女の遺体に触れず、何も言わず、ただその場にひざまずき、祈った。 風が、すすり泣くように草を揺らしていく。 ファドが、何も言えずに肩を震わせた。 ぺガスは、鼻先を低く鳴らして、そっと少女の背を押した。 ロホは、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。 「……ごめんね。それでも、あなたが、また歩ける日が来ることを願うよ。」彼女は、少女の背中に手を伸ばしはしなかった。
慰めることも、約束することも、今はまだできなかった。 できることは、ただ一つ。 そっと、そこにいてあげること。 少女は、ずっと、母親の手を握りしめたまま、空を見上げていた。 ロホは、少女の必死の抵抗に触れながら、しばらくその場に留まっていた。 だが、時間だけは無情に過ぎていく。 吹きつける風は冷たく、夜が来れば獣たちが遺体を汚すかもしれない。 放置することは、できなかった。 ロホはそっと立ち上がり、小さく呟いた。 「……でも、このままにしてはおけない。」 少女は、母親の冷たい手を握りしめたまま、か細く呟いた。 「……お母さん……」 その声には、わずかに、 ほんのわずかに、母が目を開き、自分を抱きしめてくれる奇跡を期待する響きがあった。 ロホは胸の奥をきつく締めつけられる思いで、ただ、隣に立っていた。 ――そのとき。 「どうかしましたか?」 穏やかな声がした。 振り向くと、上質な衣をまとった若い男が馬にまたがっていた。 その背後には、甲冑を着た数人の護衛も控えている。 高貴な家の者だろう。 ロホが簡潔に事情を話すと、青年は小さく頷き、護衛たちに命じた。 「遺体を荷台に積め。できるだけ早く、集めて処理する。」 護衛たちは、無遠慮に、女の遺体に手をかけた。 少女が、身を固くした。 そして次の瞬間、火がついたように叫んだ。 「おかあさああああああああああああああああああああん!!」 絶叫だった。 声にならない嗚咽と、魂を引き裂くような悲鳴が、焼けた空に響いた。 だが、護衛たちは構わず女の遺体を荷台に放り込む。 青年はわずかに顔をしかめ、 それでも手際よくスカーフを拾い上げ、少女に握らせた。 「お母さんの形見です! あなたは、強く生きなければいけません!」 ――立派な言葉だった。 正しい励ましだった。 だが、その言葉は、 少女の痛みに届くことはなかった。 少女は、スカーフを握りしめたまま、 いつまでも、いつまでも、 喉が裂けるように泣き続けた。 泣いて、泣いて、世界のすべてを呪うかのように、それでもまだ、泣き続けた。 ロホは、その場に立っていた。 剣を抜くでもなく、何かを叫ぶでもなく、ただ、静かに、怒りと悲しみを胸に抱いて。 これが―― これが、戦の後には、本当によくある光景だった。 誰もが正しく、誰もが間違っていて、誰もが傷つき、誰もが何もできない。 「私は神様ではない。でも……神様も、きっと泣いていただろう。」 ロホは、ゆっくりと目を閉じた。 そして、また歩き出した。 少女の絶叫を背に受けながら。 前へ。 歩き続ける者として。序「この国のすべてが嘘だとしても――わたしの剣と、歩みだけは、本当でいたいの」第一幕 招かれざる旅人その国の名は――ゼレトリア。大陸の南西、常に霧に包まれた“契約国家”。あらゆる条約、協定、言葉ですら“証文”でなければ意味を持たない。「……この国、やたらサイン求めてこない?」「“旅人歓迎”って言葉も、文書がないと無効なんだって」ファドは目を白黒させる。ロホは警戒を解かず、剣の柄に手を添えたまま城門をくぐった。その背後で、門番たちはひそひそと話す。「例の“銀の剣”じゃないか……」「証拠は?」「まだ……だが、“本物”なら“試練”を与えられるはずだ」第二幕 偽りの審問ゼレトリア王都・ガルメン。石畳の大通りには「契約の祭」を知らせる旗が並び、行き交う人々の指には細い鎖が巻かれていた。それは“誓約の印”――嘘をついた者の鎖は重くなり、やがて声を奪うとされる。「ねぇロホ、この鎖、子どもまでつけてるよ……」「生まれた時に“真実を誓う書”にサインさせるんだろう」「書けない赤ん坊は?」「親が代筆する」ロホは答えながらも、足を止めなかった。広場の中央には白い布を張った台があり、その上に“契約官”と呼ばれる役人たちが並んでいた。「異国の旅人よ!」高らかな声が響く。「ゼレトリアの地に足を踏み入れた以上、あなたも“真実の証明”を行う義務があります」「証明?」「はい。あなたの言葉が嘘でないことを、剣と血で示していただく」ファドが飛び上がった。「剣と血!?なにそれ、契約っていうより拷問だよ!」ロホは静かに前に出る。「手続きの一つ……って顔してるわね」契約官は淡々と頷いた。「“銀の剣の旅人”と噂されるあなたにこそ、ふさわしい試練です。――この国では、言葉の真偽を“剣”で確かめるのです。」沈黙が落ちた。ロホは腰の歩影を抜く。その刃が霧を払うように光り、観衆の息が止まった。「この剣は嘘をつかない」彼女はゆっくりと構えた。「切る者も、斬られる者も、真実だけを映す」契約官は笑みを浮かべ、白手袋の指を上げた。「では問います。“あなたは、この国のために祈る心を持ちますか?”」ロホは一歩、踏み出した。その刃先が、空気の中の霧を裂く。「――祈る。けれど、国のためじゃない。嘘で眠らされた人たちのために、祈る。」
――風の匂いが、どこかおかしかった。ロホは丘を越え、灰色の王都を見下ろした。煙は上がらず、鐘も鳴らない。人々は行き交うが、誰ひとりとして声を発していない。市場の女が指を二本立てて値を示し、子どもが転んでも泣かない。兵士たちは金属板に刻まれた符号を掲げて命令を伝え、老人は、手の甲に墨で言葉を書き合っていた。「……音が、死んでいる」ロホはつぶやいた。ファドが首をかしげる。「変な国だね。誰も喋らないなんて。」ロホは微笑む。「喋れないんじゃない、喋らないのよ。どこかに理由がある。」彼女は宿を取らず、町を歩いた。広場には立派な碑があり、そこにこう刻まれていた。『言葉は刃、沈黙こそ平和なり。』石碑の前では、民が列をなし、無言で頭を垂れている。まるで祈りのようだが、声はない。空には鳥さえ鳴かない。ロホは目を閉じ、指先で地面を撫でた。砂が乾ききっている。人の声がない国では、土も眠っているのだ。「ここは……かつて言葉に殺された国ね。」遠い昔、彼女は同じ光景を見たことがあった。声を奪われた民は、争いを止めた。だが、同時に想いも止めた。ファドがぽつりと言う。「ねえロホ、誰かが泣いてる。」ロホは足を止めた。路地の奥で、小さな少女が口を押さえていた。声を出すまいと、震える手で。泣き声が罪になると、教えられているのだ。ロホはそっと膝をつき、少女の肩に手を置く。そして、誰にも聞こえぬほどの小さな声で囁いた。「泣いていいのよ。声は、生きている証だから。」少女の瞳が揺れ、ひとすじの涙がこぼれた。そのとき、ロホの胸の奥に古い痛みが走る。――この国には、声の記憶が封じられている。「行こう、ファド。」「どこへ?」「この沈黙の源へ。」白い馬ペガスが蹄を鳴らす。その音だけが、王国の静寂を裂いた。そしてロホは歩き出す――声を奪われた国に、最初の風を吹かせるために。――夜。王都の空は、星のひとつも灯っていなかった。ロホは宿の屋根の上に腰を下ろし、風の流れを感じていた。音のない世界は、まるで水の底にいるようだ。息づかいすら罪のように重く、胸が痛む。ファドが肩に降り立つ。「ロホ、街の南に沈黙の塔がある。 誰も近づかない。見張りもいない。けど、みんな避けてる。」「……塔が、沈黙の中心ね。」ロホは目を細めた。
夜は、深かった。焚火の火はとうに絶え、星明りだけが、ひっそりと野を照らしていた。ファドは、丸くなって夢の中。ぺガスも、微かな寝息を立てている。ロホは一人、空を仰いでいた。剣も、弓も、ローブも――すべてを地に下ろし、ただ素の自分で、静かに座っていた。誰も聞いていない。だから、ロホはそっと呟く。「……私が歩くのはね。」「旅が好きだからじゃない。自由だからでもない。」「――贖罪なの。」空は答えない。ただ、凍てつくほど静かだった。ロホは、自分の手を見下ろした。細く、しなやかで、幾千の命を救い、また奪った手。「……はるか昔。私は、初めてこの地に、“争い”をもたらした。」「理由なんて、今となっては、どうでもいい。」「知らなかったから?間違っていたから?誰かを守りたかったから?」ロホは、かすかに首を振った。「結果が、すべてよ。」彼女は、目を閉じた。まぶたの裏に、幾千幾万の火と血と、泣き叫ぶ声が蘇る。忘れたくても、忘れられない。赦されなくても、仕方ない。だから。だから――「私は、赦しを求めない。」「ただ、歩く。世界が、戦いを手放すその日まで。」少し、風が吹いた。ロホは、そっと笑った。「……ずっと先のことだろうね。」「それでも、歩く。」「それしか、できないから。」ファドが寝返りを打き、ぺガスが鼻をふん、と鳴らす。その気配に、ロホは目を細めた。そうだ。たとえ永遠の籠に囚われていても、今、ここに、隣で眠る者たちがいる。それだけで、今日という一日は――少しだけ、救われている。ロホは立ち上がり、剣を腰に戻し、ローブを翻した。そしてまた、誰も知らない夜道を、歩き出す。「私は、歩き続ける者。それだけが、私に許された、生き方。」
その街には、妙に評判の良い宿があった。「サービスが良すぎる」「料理が贅沢すぎる」「値段は安すぎる」──そんな噂が旅人たちの間でささやかれていた。ある日、一人の若い旅商人がその宿に泊まった。白髪混じりの宿主が笑顔で迎え、上等な部屋へと案内する。そして夜半、彼は静かに消えた。翌朝、荷物も衣服も残された部屋に、旅商人の姿はなかった。「夜のうちに出て行かれたのでしょう」宿の者は、そう言って笑った。だが、真実を知る者はいなかった。……彼は“狩られた”のだった。私がその宿に入ったのは、数日後のことです。旅の途中、山あいの街に立ち寄ったロホとファドは、妙に丁寧な応対を受けた。「旅人様には特別に、上質な部屋と夕餉を」「ええと、これ……一泊でいいのよね?」とロホ。宿の者はにこやかに笑い、「もちろんです」と応える。温泉、食事、部屋……どれも豪勢すぎた。ファドがそっと呟く。「ロホ……この宿、変だよ。よすぎるもん。」ロホは湯気の立つ茶を飲みながら答えた。「わかってる。……何かが“こちらを試してる”」その夜、静けさが深くなったとき、宿の裏手で“何か”が動いた気配がした。翌朝、ロホが外へ出ると、宿屋の主人が満面の笑みで貴族に金貨の袋を手渡されていた。「良い獲物でございますよ、旦那様。なにせ……筋の通った、美しい女です」貴族たちはくすくすと下品に笑い、袋を揺らす音を楽しむように聞いた。ロホが近づき、低い声で抗議した。「こんなこと……いずれ露見する。法も秩序もないのか」貴族の一人が鼻で笑う。「ここは私有地だよ。お嬢さん」「外の世界の常識など通用しない」「さあ、森へ行こうか。きみの“逃げ道”は、用意してある」兵士たちに武器を取り上げられ、ロホは丸腰で森の縁へと押し出された。背後では、貴族たちが笑いながら下劣な言葉を投げ合っていた。「腰を抜かせてやるのが楽しみだ」「あの気位の高さを、どこまで砕けるか……」彼らの笑い声が、森の奥に響いていた。森へ入ってすぐ、空気が変わった。ロホは立ち止まり、空を仰ぐように目を閉じて呟いた。「……これは、私を怒らせる遊びだったのね」最初の矢が放たれるより早く、ロホの姿が森に溶けた。一人の貴族が弓を構えるより先に、背後から音もなく襲われる。ロホはその男を無言で倒し、弓と短剣を奪った。そこから
旅の途中、森を抜けた先の、緩やかな丘のふもとに、一軒の小さな小屋があった。木の壁は少し傾き、屋根は草に覆われ、それでも扉には、きれいな布が結ばれていた。ロホはぺガスを降り、慎重に扉を押してみる。きい、と優しい音を立てて扉が開くと、中には──台の上に整然と並ぶ、干し肉、保存用の野菜、果物、そして旅に必要な小物たち。そして台の端には、木の板。素朴な文字で、こう書かれていた。【ご自由にどうぞ。代金は箱へ。】横には、小さな木箱が置かれ、錠も、鎖も、なにもなかった。ファドが目を丸くする。「えっ!?こんなとこに置いといたら、盗まれちゃうよ!」ぺガスも鼻をひくつかせ、不思議そうに覗き込んでいる。ロホは、しばらく台と箱を見つめ、ふっと笑った。そして珍しく、少し興奮した声で言った。「……すばらしいわ」「箱に嘘を言う必要がないなんて──こんな奇跡、滅多にないわ」ロホは、干し肉と林檎、そして小さな水袋を選んだ。代金をきちんと木箱に入れ、手のひらをそっと箱に重ねる。「どうか、この善意が、少しでも長く続きますように」ファドが首をかしげて尋ねる。「でも、もし誰かが全部盗ったら?」ロホは笑って肩をすくめた。「盗む人もいるかもしれない。でも、ここには“信じようとする人”がいた。それだけで、十分よ」ロホは、小さく、でも確かに微笑んでいた。ロホが干し肉と林檎を袋に詰め、木箱に代金を収めていたとき。ぎぃ、と小屋の裏手の扉が開き、一人の男が現れた。年の頃は四十を過ぎた辺り。日に焼けた顔に、優しい笑みを浮かべた旅人のような男だった。男は、背中に担いだ籠から、新しい野菜や、編み籠に入った果物を台に並べ始めた。ロホは静かに見守っていた。ふと、男がこちらに気づく。そして、にこにこと笑って言った。「おっ、いいとこ来たね。取り立ての林檎と麦だ。よかったら、どうだい?」そう言って、まだ朝露のついた林檎を差し出す。ロホは一瞬迷ったが、男の飾り気のない態度に、ふっと微笑んだ。「……では、ありがたく」彼女は手に取った林檎を軽く撫で、それから再び、代金を箱にそっと追加した。男は目を丸くして笑った。「正直者だねぇ。ここ、取っていくだけの奴もいるんだけどさ、それでも俺、続けてるんだ」ロホは林檎を手の中で転がしながら答えた。「……信じるということは、相
「誰も目覚めない村。けれど、誰も死んでもいないというのなら――わたしが、その夢の続きを歩こう」第一幕:白銀の森、沈黙の案内その村へ向かう道は、誰にも教えられなかった。ただ、旅の道中に出会った老婆が、手紙のような語りで言ったのだ。「そこは、冬が続くのよ。春が来ない村。でもね……誰も泣かないの。泣く暇も、ないのかもしれないわね」ファドがひそひそとロホに話す。「ねぇ、嫌な予感しかしない。ほら、“誰も泣かない”とか、“春が来ない”とか、ホラーじゃん。絶対なんか出るでしょ。しかも、雪!」「雪が怖いの?」「いや、雪の中の“静かすぎる場所”が怖いの!」そして、たどり着いたその村は――雪に閉ざされ、音のない、永遠の眠りのような場所だった。第二幕:動かぬ人々、揺れぬ時間村の家々には灯がともり、暖炉の火も燃えていた。鍋の湯もわずかに立ち上っている。しかし、人々は皆、眠ったままだった。老いた者も、子供も、若者も。誰もが、まるで物語の一節で止まった人形のように――呼吸していた。ロホはゆっくりとひざまずき、眠る少女の頬に手を添える。「……生きてる」ファドが言う。「これ、全員が同じ夢見てるとか……?」「それが“誰かの魔法”なら、何かがまだ“生きてる”ってことよ」第三幕:夢の主村の奥、白い教会のような建物に足を踏み入れると、そこにはひとりの“少女”がいた。少女の名は、ソルナ。凍てついた花の上に座り、目を開けたまま、微動だにしない。だが、ロホが近づいたとき――少女の瞳が、こちらを見返した。「あなたは、夢の外から来た人。でも、ここはもう夢になった場所……わたしの、“もう来ない春”なの」少女はかつて、村でただ一人生き残った“魔導の子”だった。冬の凍結病が村を襲ったとき、彼女は魔法で皆を“眠らせる”ことで命を救った。だが、春が来なければ、彼らは目を覚まさない。「私は、起こすことができない。誰かが、続きを歩いてくれないと、私は……ただ、春を待つ人形になる」第四幕:歩く者の祈りロホは、そっと髪を編み込み直す。そして、火のない指先で、空を指し示す。「……冬は、終わらせるものじゃない。“超える”ものよ」彼女は魔法を使う。自らの魔力で、村全体に**“春の幻”**を編み上げる。花が咲き誇る幻影鳥の囀り冷えた空気を包む、微か
森の中。焚火の残り香のする広場で、ロホは立ち止まった。血の匂いが、微かに漂っている。近づくと、そこには、皮を剥がれ、投げ捨てられた鹿たちの屍があった。三頭。どれも腹だけ裂かれ、肉も取らず、放置されている。そしてその傍で、数人の若い傭兵たちが笑いながら酒をあおっていた。「ったく、こんなクソ森で狩りごっこしかできねぇなんてな!」「ま、戦場までのヒマつぶしだろ!」ロホは、ただ静かに、彼らの前に歩み寄った。そして、何も言わず、足元の鹿を見下ろした。傭兵たちは、最初はロホを面白半分に眺めていた。「なんだよ、ババア。肉が欲しいのか?」その言葉に、ロホは一度も顔を上げず、ただ言っ
夕暮れだった。旅の途中、古びた祠の前で、ロホは一人の老賢者と出会った。雪のように白い髪。深い皺に刻まれた穏やかな微笑み。その目には、幾多の時代を越えてきた者だけが持つ、静かな光が宿っていた。ロホは、ぺガスを休ませ、ファドとともに、その老人のそばで、しばし火を囲んだ。言葉は、少なかった。けれど、心地よい沈黙が続いた後、賢者はふと、ロホに語りかけた。「ロホさん。」「助けてもらった人以上に、自分が助けた人には感謝しなさい。」ロホは、少しだけ眉を寄せた。「……助けた側が、感謝する、のですか?」賢者は、頷いた。その動きは、夕暮れの光の中で、まるで大地そのものが微笑んだかのように
ある日のこと。ロホは、旅の途中で立ち寄った町で、一人の若き書生に呼び止められた。痩せた手に筆を持ち、額には知識への飢えと苦悩が滲んでいた。書生は、ためらいがちに尋ねた。「ロホ様……教えてください。 武器を作る者は、効率よく殺すために励みます。 鎧を作る者は、武器を防ぐために励みます。 ならば、武器を作る者は悪人で、鎧を作る者は善人なのでしょうか?」ロホはしばらく何も言わず、近くの湧き水を手ですくい、掌からこぼした。そして、静かに言った。「……水に、善悪はないわ」書生は目を瞬かせた。ロホは続ける。「水は、喉を潤すことも、命を救うこともできる。 でも、流れを誤れば、
日中の陽射しは鋭く、大地に突き刺さるようだった。乾いた空気に汗は乾かず、ファドは舌を出しっぱなしでぐったりしていた。「ロホ~、溶けそうだよぉ……」ロホはぺガスのたてがみに手を添え、汗を袖でぬぐった。「……もう少し歩くと、風の匂いが変わるはず。」その言葉の通り、しばらく進むと風の温度が変わり、やがて鬱蒼とした木々に包まれた、深い森へと足を踏み入れた。森は、涼しかった。頭上から射す僅かな木漏れ日は、斑に地面を照らし、あれほどまとわりついていた汗が、少しずつ引いていくのが分かる。ぺガスは鼻を鳴らし、ファドは「生き返る~」と枝にぶら下がった。ロホは、静かに息を吸い込む。「……この