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第7話

Auteur: 遠山青からず
ハルカは笑顔で答えた。「もう愛していません」

たった一言が、蓮を妙に息苦しくさせた。

蓮はこの場面を何度も繰り返し再生し、ハルカの目の奥に何かを探し出そうとした。

結局、何も見つからなかった。

苛立ち紛れに、ハルカとのチャット画面を開いた。

しかし開いてみると、最後のやり取りは、彼が彼女に九時に役所で離婚届を出すよう念を押し、彼女が「わかった」と一言返信した、ただそれだけの内容だった。

それ以降、何もなかった。

ハルカは以前、いつも彼にべったりで、どんな些細なことでもすぐに共有してきた。彼もそれを見ればすぐに返事をしていた。

彼は履歴を遡ってみた。

履歴を遡ると、後半はほとんどがハルカの独り言だった。

たまに彼が時間を割いて「わかった」とか「了解」と返す程度。

グループの仕事は非常に忙しかった。

桜井先生が亡くなってから鬱病を患った栞里は、何度も自殺騒ぎを起こしていた。

彼には、とても全てに気を配る余裕などなかったのだ。

突然、源英からメッセージが飛び込んできた。

【ハルカさんが能村渚と結婚するそうだ】

蓮は勢いよく立ち上がり、うっかり隣のイーゼルを倒してしまった。あの山水画が床にはらりと落ち、彼は慌ててそれを拾い上げようとした時。

一枚の診断書が画板の下敷きになっていた。

彼は一瞬固まり、全ての内容を読み終えた時、指先が微かに震えた。

【患者は深刻な情緒不安定、反復する自殺念慮、重度の睡眠障害を認め、中程度のうつ病傾向と診断される】

末尾の日付は、彼がハルカに形だけの離婚を切り出した、あの日だった。

「蓮さん、どうしたの?」物音を聞きつけた栞里が、寝室から慌ててアトリエに駆け込んできた。

栞里は蓮の手の中にある診断書を見ると、かすかに計算高い表情を見せた。

「この診断書、見てもいいかしら?」栞里は小声で尋ねた。

蓮は何も言わず、ただ胸が鈍く痛むのを感じていた。

栞里はそのまま診断書を受け取り、数ページめくった後、わざとほっとしたように息をつき、蓮の肩を叩いて慰めた。

「蓮さん、心配しないで」

「蓮さん、忘れたの?私もうつ病患者よ。発作が起きた時がどんな様子か、蓮さんは見たことがあるでしょう」

「あの日、ハルカさんに会ったけど、すごく元気そうで、全然病気には見えなかったわ」

「ハルカさんは、きっと怒りすぎて、
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