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第13話

Auteur: 紗々
ボサボサの髪が額にへばりつき、眼窩は深くくぼんでいた。

顔色は土気色で、まるで大病を患ったかのようだ。

唇はひび割れ、顎には無精髭が青々と広がっている。

彼の目に一瞬、人目を恐れるような色が走り、無意識に顔を隠そうと手を上げた。

しかし、もう遅い。

周囲の人々が足を止め始めていた。

「あれ、神崎蒼介じゃない?」

「嘘、マジだ。なんであんなボロボロになってんの」

「早く撮れ!煌星のあの不倫社長だ!」

ヒソヒソ話はウイルスのように瞬く間に広がっていった。

多くの人がスマホを掲げ、彼に向けて写真や動画を撮り始めた。

群衆は一気に殺到し、彼をぐるりと取り囲んだ。

目ざとい動画配信者が数人、すでにスマホを構えて生配信を始めている。

私は口角を上げ、彼に向かって微笑んだ。

「せっかくだから、私がネットで叩かれた苦しみを、あなたも存分に味わうといいわ」

私は一歩後ろに下がり、群衆の中に紛れ込んだ。

空港の警備員や警察がすぐに異変に気づき、駆けつけてきた。

どこから湧いて出たのか数人の記者が現れ、彼にマイクを突きつけた。

「神崎さん、煌星の破産後、どうされるおつもり
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  • 七年の夢の果て、雲の上で笑うのは私   第13話

    ボサボサの髪が額にへばりつき、眼窩は深くくぼんでいた。顔色は土気色で、まるで大病を患ったかのようだ。唇はひび割れ、顎には無精髭が青々と広がっている。彼の目に一瞬、人目を恐れるような色が走り、無意識に顔を隠そうと手を上げた。しかし、もう遅い。周囲の人々が足を止め始めていた。「あれ、神崎蒼介じゃない?」「嘘、マジだ。なんであんなボロボロになってんの」「早く撮れ!煌星のあの不倫社長だ!」ヒソヒソ話はウイルスのように瞬く間に広がっていった。多くの人がスマホを掲げ、彼に向けて写真や動画を撮り始めた。群衆は一気に殺到し、彼をぐるりと取り囲んだ。目ざとい動画配信者が数人、すでにスマホを構えて生配信を始めている。私は口角を上げ、彼に向かって微笑んだ。「せっかくだから、私がネットで叩かれた苦しみを、あなたも存分に味わうといいわ」私は一歩後ろに下がり、群衆の中に紛れ込んだ。空港の警備員や警察がすぐに異変に気づき、駆けつけてきた。どこから湧いて出たのか数人の記者が現れ、彼にマイクを突きつけた。「神崎さん、煌星の破産後、どうされるおつもりですか?」「星野莉奈さんとはすでに破局されたのですか?」「篠原結衣さんへの愛情は、嘘だったのでしょうか?」「ネット上では海外へ逃亡しようとしていると噂されていますが、事実ですか?」刃物のように鋭い質問が次々と彼に浴びせられた。フラッシュがバチバチと焚かれ、シャッター音が鳴り止まない。群衆の中央に押し込められ、彼には逃げ場がなかった。晒し者にされた檻の中の獣のように、その惨めさと醜態は隠しようがなかった。彼は何か言おうと唇を震わせていたが、声は出なかった。顔を隠そうと腕を上げたが、レンズはありとあらゆる角度から彼を狙っていた。逃げられない。かつての私と同じように。私は騒ぎに乗じて、その場を離れた。背を向け、保安検査場へと大股で歩き出し、一度も振り返らなかった。背後の喧騒は次第に遠ざかり、引き潮のように消えていった。保安検査場の光は明るく、心を落ち着かせてくれた。搭乗券を渡すと、スタッフは笑顔で受け取った。「篠原様、良い旅を」私は頷き、そのゲートをくぐり抜けた。飛行機が離陸した時、私は窓から眼下を見下ろした。この街

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    家に戻り、荷造りを始めた。7年間の痕跡を、一つ一つ段ボール箱に詰め込んでいく。結婚式で被ったベールは、すでに黄ばんでいた。一緒に選んだペアの食器は1つ割れてしまい、残ったもう1つに未練はなかった。新婚旅行で買ったお土産には、分厚い埃が積もっていた。これらはすべて手放す。持っていくものはごくわずかだ。しかし、心に刻まれた記憶はあまりにも多い。良いことも、悪いことも。甘い思い出も、痛みを伴う記憶も。でも構わない。これから先、少しずつ忘れていけばいい。出国する日は、見事な快晴だった。空は高く澄み渡り、空港のロビーには陽光がたっぷりと降り注いでいる。スーツケースを引きながら保安検査場へと向かう私の足取りは、見知らぬ異国へ向かうとは思えないほど軽やかだった。長年背負い続けてきた重い甲羅をやっと脱ぎ捨てたかのように。ふと、私の足が止まった。保安検査場へと続く通路の脇に、見覚えのある人影があった。蒼介が柱に寄りかかり、キャップのつばを深く下げていた。彼は黒のパーカーを着ており、かつてのパリッとしたスーツ姿とは別人のようだった。髭は何日も剃っていないらしく、髪もボサボサだ。人目を避けるように日陰に縮こまり、誰かに気づかれるのを恐れているようだった。私はスマホのニュース通知に目を落とした。見出しには「煌星グループ、正式に破産手続きを開始。神崎蒼介社長は出国制限措置へ」とある。国内にはもう居場所がなくなり、正式に出国を制限される前に国外へ逃げようとしているのだ。かつてはあれほど自信に満ち溢れ、どこへ行っても取り巻きを連れていた男が、今では顔を上げることもできずにいる。彼も私に気づいた。視線が交差した瞬間、彼の体は明らかにこわばった。彼は姿勢を正し、しばらくためらった後、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。その足取りは重かった。彼は私の前で立ち止まった。唇が震え、長い沈黙の末にようやく一言絞り出した。「顔色が……随分良くなったな」その声はひどく掠れており、長い間声を出していなかったかのようだった。私は彼を見つめ、無表情のまま立っていた。この顔は嫌というほど見飽きている。愛し、憎み、待ち焦がれ、傷つけられた顔だ。なのに今、彼を目の前にしても、心の中に何の感情も湧いて

  • 七年の夢の果て、雲の上で笑うのは私   第11話

    多数の提携先が、煌星グループとのすべての取引を打ち切ると緊急発表した。銀行は融資を引き揚げ始め、未払いの代金を求めるサプライヤーたちが本社に押し寄せた。かつて飛ぶ鳥を落とす勢いだった煌星というビジネス帝国は、音を立てて崩壊し始めていた。焦った莉奈は、徹夜で長文の釈明をSNSに連投した。彼女は個人のアカウントで、涙ながらにこう訴えかけた。【蒼介は優しすぎるだけなんです。すべての責任を1人で抱え込む癖があるんです。あの声明は脅されて書かされたもので、事実ではありません。どうか世間の噂に流されないでください。心優しい人を傷つけないでください】しかし、これらの長文は投稿されて間もなく、すべて削除された。プラットフォーム側が提示した削除理由は、「権利者からの通報により、虚偽の内容と判断したため」だった。その通報元は、他ならぬ蒼介の会社だった。これに激怒した莉奈は、そのまま蒼介の社長室に乗り込んだらしい。彼女はヒステリックに泣き叫び、ハイヒールで入り口のゴミ箱を蹴り飛ばした。「どうして私の投稿を通報したのよ!私はあなたを助けようとしたのに!どうかしてるわ!自分が何をしてるかわかってるの?!」彼女は蒼介の袖を掴み、爪が肉に食い込むほど強く握りしめた。蒼介は社長椅子に深く座り込み、その表情は極限まで疲弊しきっていた。彼はゆっくりと、自分の袖を彼女の手から引き抜いた。「俺にはもう、お前にやれるものは何もない」彼の声は静かで、ただ事実だけを述べているようだった。「出て行け」莉奈は呆然とし、やがて大声を上げて泣き崩れた。その泣き声は分厚いドアを突き抜け、廊下にいた社員たちは顔を見合わせたという。だが、彼女にどこへ行く当てがあるというのだろう。蒼介が窮地に陥り、煌星が風前の灯火である以上、彼女も無傷で逃げ切れるはずがない。彼女が必死に取り入って得た後ろ盾は、今まさに崩れ落ちようとしていた。蒼介がいなければ、彼女は何の価値もない女なのだ。私はスマホの画面で次々と繰り広げられる茶番劇を眺めていた。心の中にはもはや何の波風も立たず、まるで自分とは無関係のドラマを見ているかのようだった。かつての私なら、一緒に怒り、悲しみ、不条理に憤っていただろう。だが今は違う。私の心は枯れ井

  • 七年の夢の果て、雲の上で笑うのは私   第10話

    蒼介は玄関に立ち、その顔色は嵐の前の空のようにどんよりと沈み返っていた。彼は莉奈の手首を強く握りしめ、その尋常ではない力に彼女は短く悲鳴を上げた。「何をしている?」彼の声は地を這うように低く、言葉が絞り出されたようだった。その視線は凍りついた湖面のように冷たく、そこには一切の温もりがなかった。そして今回、その冷たい視線は莉奈に向けられていた。莉奈は全身をビクッと震わせ、先ほどまでのヒステリックな態度は一瞬にして消え失せた。彼女は唇を噛み、瞬く間に目を赤くして涙を浮かべる。「ネットであなたがひどく叩かれているのを見ていられなくて……私がどれだけあなたを心配しているか分かる?悔しくて、つい彼女のところに来ちゃったの……」彼女の声は泣き声交じりで、甘ったるく弱々しかった。その可憐で庇護欲をそそる様子は、先ほど手当たり次第に物を壊していた狂女とはまるで別人だった。蒼介は彼女の手首から手を離し、眉間を揉んだ。「お前には関係のないことだ。帰れ」その口調は有無を言わせぬもので、まるで鬱陶しい部外者を追い払うかのようだった。莉奈はその場に立ち尽くし、涙をポロポロとこぼし始めた。「でも、蒼介……」「帰れと言ってるだろ」彼はもう一度繰り返した。その声は先ほどよりもさらに冷酷だった。莉奈は悔しそうに私を強く睨みつけた。その目には嫉妬と怨念、そして言い知れぬ恐怖が混じっている。彼女はハイヒールを鳴らして立ち去り、足音は廊下の奥へと遠ざかっていった。部屋の中は静まり返った。蒼介は玄関に立ち、私はリビングの中央に立っている。床には破片が散乱し、空気中にはまだ莉奈の香水の匂いが漂っていた。彼は私を深く見つめた。その眼差しは複雑で、千の言葉を秘めているようだった。しかし、彼は何も言わなかった。ただ、ブラックカードを1枚置き、背を向け、彼もまた去っていった。誰もいなくなった玄関を見つめながら、私の心は自分でも驚くほど穏やかだった。翌朝、スマホに1件のニュース通知が届いた。タップした瞬間、私の指は画面の上で止まった。蒼介が煌星グループの公式アカウントを通じて、声明を発表したのだ。それは言葉を濁した謝罪文ではなく、すべてを認めた、反論の余地のない詳細な自白文だった。彼は私に

  • 七年の夢の果て、雲の上で笑うのは私   第9話

    彼らはこの騒動を「神崎蒼介の不倫」から「夫婦の泥仕合」にすり替えようとしていた。世間に「どっちもどっちだ」と思わせるために。だが、私も黙ってはいなかった。新しいSNSアカウントを作成し、一つ一つ反論していった。罵倒することもなく、お涙頂戴の悲劇を演じることもなく、ただ淡々と事実だけを並べた。私は、煌星グループがこれまで行ってきたグレーな事業の裏側をすべて整理して公開した。蒼介が内部情報を利用してインサイダー取引を行っていた記録。土地を手に入れるため、特定の人物に金品を渡していた証拠。かつて私が目を瞑っていたそれらの事実を、今すべて白日の下に晒してやったのだ。一つ一つ、タイムスタンプ付きのデータやスクリーンショットを添えて。それを投稿した日の夜、サーバーはアクセス過多でダウン寸前になった。【煌星グループの闇】というワードが瞬く間にトレンドを席巻した。翌日の取引開始直後、煌星の株価は一気に12パーセントも暴落した。彼がネット工作員を使って私を叩けば、私は新たな証拠を提示して彼を黙らせた。彼がインフルエンサーを使って火消しを図れば、私はさらに大手メディアに情報をリークした。その応酬は、まるで泥沼の中で取っ組み合いをしている2人の人間のようだった。互いに手を引こうとはせず、絶対に負けを認めようとしなかった。この世論戦は、丸1週間続いた。煌星の株価は上場来の最安値を更新し、時価総額は半分以上吹き飛んだ。10社以上の取引先が次々と契約解除を申し出、もはや違約金すら払いきれない状況に陥った。取締役会からは激しい追及を受け、蒼介は引責辞任を迫られていた。その裏で、莉奈も大人しくしているわけではなかった。その日の午後、私が家で資料を整理していると、壊れんばかりの勢いでインターホンが鳴り響いた。ドアを開けた瞬間、莉奈が有無を言わさず土足で踏み込んできた。「篠原結衣、このクズ女!蒼介を破滅させる気なの?!」彼女はそう怒鳴り散らしながら、玄関の棚にあった花瓶を掴み、床に叩きつけた。陶器が砕け散る耳障りな音が響き、破片が四方八方に散らばる。彼女はそのままリビングのローテーブルに突進し、上にあったものをすべて床に払い落とした。書類が散乱し、グラスが割れ、彼女は私のノートパソコンをヒー

  • 七年の夢の果て、雲の上で笑うのは私   第8話

    復讐される?危害を加えられる?私は無意識に蒼介の目を見つめ、そこに答えを探そうとした。しかし次の瞬間、蒼介は重々しいため息を吐き出した。彼は手を上げて眉間を揉んだ。その動作には隠しきれない疲労感が滲んでいる。よく見れば、目の下には酷いクマができ、唇はひび割れていた。顎には無精髭が伸び、シャツの襟元も少しヨレている。その姿は、かつて意気揚々としていた蒼介とはまるで別人だった。「今回の件は、俺が悪かった」彼の声は低く掠れており、まるで紙ヤスリで木を擦るようなざらついた音がした。私はわずかに虚を突かれた。彼が顔を上げて私を見る。その目は赤く充血していた。「結衣、俺たちは7年も一緒にいた。大学時代から結婚まで、丸7年だ」彼の声は少し震え、何かを堪えているかのようだった。「この7年間の情に免じて——」彼は言葉を区切り、喉仏を上下に動かした。「ほかにどんな補償が欲しい?望むものは何でもくれてやる」私は黙ったまま、彼が最後まで話し終えるのを静かに待った。案の定、次の瞬間には彼の本音が続いた。「だが、今夜君が暴露した内容をすべて否定してほしい。あれは君の勘違いで、証拠は事実ではないと世間に公表するんだ」車内に沈黙が流れた。自分の鼓動が聞こえる。規則正しく刻まれるそれは、とても穏やかだった。ふっ、と笑い声が漏れた。心の底から笑いが込み上げてきた。口角の上がった自分の表情が、皮肉そのものだと自分でもわかった。あれだけもっともらしい前置きをしておいて、結局はこれに行き着くのだ。私にすべてを否定させ、あの動かぬ証拠を揉み消すために。所詮は、自分自身の保身のためなのだ。私は彼に向き直り、はっきりと告げた。「私が望んでいたのは、まさにこれよ」私の声は大きくなかったが、一文字一文字がはっきりとしていた。「あなたが身の破滅を迎えること。あなたに代償を払わせること。人に泥を塗られるのがどんな気分か、存分に味わわせてあげる」蒼介は完全に言葉を失っていた。彼はおそらく、私がこんな態度を取るのを一度も見たことがなかったのだろう。かつて彼の前にいる時の私は、いつも穏やかで、我慢強く、彼を立てる女だった。彼は今回も私が折れると思っていたのだ。7年間の情を交渉の

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