LOGIN観光地で写真を撮るとき、私・若嶋静恵(わかしま しずえ)は何度も場所を変えながら、一番きれいに写るアングルを探している。 カメラを恋人の加久間廉太(かくま れんた)に向け、大声で何度も呼びかけた。 「廉太!こっち向いて」 けれど、聞こえていないのか、廉太は少し離れたところをじっと見つめている。 そこへ、撮影が下手な親友・西内アリス(にしうち ありす)がスマホを取り出し、廉太に声をかけた。 「廉太!カメラ見て!」 すると廉太はすぐに姿勢を整え、アリスのカメラに向かって、愛おしそうな甘い笑みを浮かべた。 それを見ていた若い夫婦が、アリスのスマホの画面を覗き込み、微笑ましそうに冷やかした。 「わあ、きっと彼氏さんにすごく愛されてるのね。写真の彼、目がキラキラしてるわ!」 アリスの顔は一気に真っ赤になり、廉太は気まずそうに咳払いをした。 私はうつむいてスマホの画面を確認した。 そこに写っているのは、彼の横顔のほんの一部だけ。まるで週刊誌の記者が隠し撮りしたみたいな一枚だ。 物心ついたころからずっと、二人は当たり前のように私を無視し、私には何の考えもないと決めつけていた。 学生のころは、遊びに行く場所をいつも二人が楽しそうにはしゃぎながら決め、私がついてくるのが当然だと思っていた。 進路を決めるときも、二人で医者を目指すことにして、私も当然賛成するだろうと思い込んで、勝手に私の分まで医学部に願書を出していた。 その後、二人は病院で「救命救急センターの名コンビ」と呼ばれるようになったけれど、私はどれだけ必死に頑張っても、フェローの修了が認められなかった。 ふと顔を上げると、二人はもう肩を並べて次の撮影スポットへ向かっている。 きっと、私がついてくるのを当たり前だと思っているのだろう。 けれど私は、二人とは反対の方向へ歩き出した。 ずっとあの二人の後ろをついていくだけの、影のような存在だった。 でも、そんな私にだって、ついていきたくない日くらいある。
View More廉太は瞬時に目元を赤く染めた。まるで私の言葉に胸を刺されたかのように。「静恵、そんなに俺が嫌いなのか?」私は冷ややかに口角を上げた。「当たり前でしょ!もう二度と訪ねてこないで」そう言い捨てると、私は警備員を呼んで廉太を外へ追い出させた。それから何日ものあいだ、彼は毎日、病院の前で私が仕事を終えるのを待っている。昔と同じように、後ろから静かに私を見守り、家まで送り届けてくれた。けれど、あの頃の胸の高鳴りは、もう私の中にはない。3日後、手術を終えた私は、医局の扉を開けた。そこには、すでに私の椅子に腰かけているアリスの姿がある。心臓が一瞬ドクンとした。「何しに来たの?」彼女は私のペンをくるくる回しながら、ずいぶん気楽そうな顔をしている。「私の一番の親友に会いに来たの。これから先の明るい未来が見えたんだもの、お祝いしてあげなくちゃと思って。今夜はご馳走するから、一緒に食事でもどう?」その皮肉のこもった言い方に、私は鼻で笑った。「今さら、よく私の親友なんて言えるね。アリスにあんなふうに裏切られるなんて、思ってもみなかった」アリスはふっと笑うと、ゆっくり私の前まで歩いてきた。「じゃあ、静恵は私を親友だと思ってた?いい加減にお高くとまるのはやめたら?本当は、静恵こそ誰よりも偽善者じゃないの?自分が可愛いからって男たちを侍らせて、その陰で私をずっと引き立て役にさせてたのよ!その屈辱がわかる?」私は少し戸惑った。「アリスに引き立て役をさせてたなんて、一度も思ったことないよ。勉強だってずっとよくできたし、そんなアリスのことを誇りに思ってた。どうしてそんなふうに考えるの?」アリスは冷たく笑った。「私のことを誇りに思ってた?じゃあ、これから私が廉太と付き合っても、怒らないでね。私のこと、心から祝ってくれると嬉しいな」その目に燃えるような野心が宿っている。私は彼女が別人のように思えた。でも今となっては、そんなことはもうどうでもいい。心は少しも揺れず、うなずいた。「私の元カレでよければ、好きにすれば?」次の瞬間、アリスは恥をかかされた怒りに顔を真っ赤にし、手を振り上げて私を殴ろうとした。そのとき、廉
飛行機が飛び立ち、見慣れた景色が少しずつ遠ざかっていく。それと一緒に、これまで自分を縛っていたものまで、ひとつずつ消えていく。まるで、廉太もアリスも、私の世界から消えていくようだ。海外の病院では、同僚たちがとても親切にしてくれた。院内を案内してくれて、仕事のことも一つひとつ根気よく教えてくれた。忙しく働くうちに、私はしばらくの間、それらの悩みを忘れることができた。私が真面目に取り組んでいるのに気づいたのか、指導医は少し不思議そうに尋ねた。「本国ではまだフェローを修了できてなかったと聞いたが、どうして?何かあったのか?」私は事の経緯をすべて話した。指導医は私の肩を軽く叩いた。「必ずいつか真実は明らかになる。ここでは安心して働きなさい。経験を積めるチャンス、いっぱいあるから」その日の夜、国内の院長から電話がかかってきた。「若嶋先生、あの件はもうすべて調べがついた。加久間先生も君のために証言してくれた。フェローの修了には影響が出ないようにする。それにしても、私たちもまさか西内先生があんなに計算高いとは思わなかった。君たちは普段あんなに仲がよかったのに……」私は窓の外を眺めながら、静かな声で答えた。「もう終わったことです。もう気にしていません」院長はほっとしたように言った。「そう思えるようになってよかった。向こうでは安心して仕事をしなさい」電話を切ったあと、私は再び指導医の執刀につき、大きな手術を一つこなした。同僚たちからは、フェローを修了して一人立ちしても十分やっていけると褒められた。でも私は、ただ笑って、何も言わなかった。昔の私は、いつも必死だった。廉太の隣に立つためだけに、限界まで一生懸命努力した。自分は本当は無能なんかじゃない、彼の恋人になる資格だってある。そのことを、実力で証明したかった。けれど、どれだけ頑張っても、彼の目に映るのはアリスばかりだった。今になってようやく気づいた。努力するのは、自分が納得できる自分になるためでいい。誰かに認めてもらうためなんかじゃなくて。1日中働きづめで、そろそろ帰ろうとしているとき、看護師が医局の扉を叩いた。「若嶋先生に会いたい方がいらっしゃいまして」「
【廉太、別れよう】廉太は、その文字をじっと見つめ、長い間動かなかった。間違いなく、静恵の筆跡だ。「別れるって?」あまりにもバカげた現実に、頭を殴られたような衝撃が走った。「そんなはずない。静恵が、俺に別れを切り出すなんて……」アリスがさりげなく寄り添い、優しい声でなだめようとした。「たぶん、悪ふざけなんじゃ――」「ありえない!」廉太が突然、声を荒らげた。「静恵は今まで、別れるなんて言葉を一度だって口にしたことはない。ましてや、置き手紙を残して去るなんて……」そのとき、ふいに思い出した。静恵が入院したあの日も、一度だけ「別れよう」と言ったことがあった。あのときは本気で驚いた。けれど、すぐに考え直したのだ。静恵が、自分のもとを離れられるはずがない、と。だから驚きを隠すように、ただの冗談として聞き流してしまったのだ。ひょっとすると、あの頃からもう、静恵は別れることを考えていたのかもしれない。「どうしてだ?」廉太はその場に立ち尽くした。まるで魂が抜け落ちてしまったかのようだ。アリスは彼の胸に頬を寄せ、目の奥に鋭い光を浮かべた。「もしかしたら、本当に他の人を好きになったのかも。ずっと黙ってたんだけど、最近の静恵って、いつもスマホばかり気にして誰かと連絡を取ってたの。ひょっとして相手は男だったりして……もう廉太のこと、好きじゃなくなっちゃったんだよ……」顔を上げた彼女は、そこで初めて、廉太が鋭い目で自分を睨みつけていることに気づいた。「何をバカなこと言ってる?静恵が俺を裏切るわけないだろ」そう言って、アリスを乱暴に突き放した。「静恵を探す。ちゃんと本人と話し合う。静恵が本当に俺から離れていくなんて、信じられるか」廉太は急いで荷物をまとめ、スーツケースを引っ張って出ていこうとした。そのとき、アリスが玄関に立ちはだかった。「静恵なんかのために、そこまでする必要ないよ!目を覚まして。静恵は本当にノロマで、何をやらせてもダメじゃない。今だってフェロー止まりなのよ?そんな女に、廉太に愛される資格なんてあるわけないでしょ!」「どうしてそんなこと言うんだ?」廉太は呆然とし、その顔に驚きが浮かんだ。
「け、研修……?」廉太は自分の耳を疑い、表情を凍りつかせた。同僚はうなずいた。「ええ。若嶋先生が自ら院長に申し出たって聞いた。まあ、それもそうよね。このままだとフェロー修了も厳しいし、海外研修で経験を積めば、何か転機になるかもしれないわ」そう言い残すと、同僚は医局の外へ向かっていった。廉太は、その場に立ち尽くした。耳の奥では、絶え間なく耳鳴りがしている。院長は以前、何度も静恵に海外研修を勧めていた。そのたびに、彼女がきっぱり首を横に振って断っていた。廉太から離れるのも、アリスから離れるのも嫌だったのだ。たとえ一生、フェローのままだとしても、二人のそばにいたかった。「どうして急に……いなくなったんだ?」廉太はぼんやりとスマホを操作し、通知を確認した。けれど、静恵からのメッセージは1通も届いていなかった。「さよなら」の一言すら、なかった。そこへアリスがやってきた。静恵が海外研修に出たと知ると、彼女も少し驚いた様子だ。「なんで急に行っちゃったの?一言も言わないなんて……私が静恵を怒らせちゃったのかな?だったら今すぐ謝って、早く帰ってきてもらおう」そう言って、彼女は静恵に電話をかけた。けれど、応答はなかった。繰り返される冷たいアナウンスを聞いて、廉太の胸はさらにざわついた。慌てて自分のスマホから静恵に電話をかけた。「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」「俺がかけても同じだ」廉太はスマホを握りしめた。指先が白くなるほど強く。まるで静恵が、突然自分の世界から消え去ってしまったかのようだ。廉太の呆然とした顔を見つめながら、アリスはふと口調を変えた。「もしかして、静恵がわざと隠れてるんじゃない?私たちに機嫌を取ってもらうのを待ってるとか。だって、本当に研修に行ったなら、私たちに知らせるはずでしょ?こんなの、静恵らしくないよ」その言葉に、廉太はハッとした。「そうだ。静恵が何も言わずに出ていくはずない。きっとまた意地を張って、ホテルで一人で泣いてるんだ」張り詰めていた空気が、一気に軽くなった。アリスがいたずらっぽく提案した。「今夜
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