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第2話

緋色の追憶
電話を切ると、部屋にはエアコンの低い駆動音が響くばかりだった。

陽翠は手にした辞令を握りしめたまま、ベッドの縁に長いこと座り込んでいた。

彼女は殉職者の遺児だ。十歳の時、父親は風哉の父親をかばって命を落とした。無言の帰宅を果たした父親の亡骸に対し、国は最高儀礼を尽くした葬儀を執り行った。

天涯孤独の身となった彼女を、西園寺家が引き取った。学費から生活費に至るまで、その一切を彼らが担ってくれた。

西園寺家での生活が始まった初日。十五歳の風哉は階段の上から彼女を見下ろしていた。その眼差しはどこまでも冷ややかで、まるで場違いな場所に紛れ込んだ異分子でも眺めているかのようだった。

彼に惹かれ始めたのは、いつからだったか。もうはっきりとは思い出せない。

彼が十八歳で航空学校に入学し、初めて制服姿で帰省した時かもしれない。あの時、肩章が陽の光を浴びて眩しく輝いていた。

あるいは、高校三年の時、授業を終えて雨の中を帰る途中、偶然車で通りかかった彼が窓を下ろし、「乗れ」と声をかけてくれた時だったかもしれない。

そんな、温もりと呼ぶにはあまりに微かな断片を、彼女は大切に拾い集め、ひそかな恋心へと紡いできたのだ。

彼もまた、自分を想ってくれていると信じていた。

二十一歳の誕生日の夜、風哉はひどく泥酔していた。

その日は碧泉が海外へ発つ日で、空港で見送った後、一人書斎に籠もって深酒をしていた。

物音が気になって様子を見に行くと、彼は虚ろな瞳で長いこと陽翠を見つめ、やがて力強く腕の中へ引き寄せた。

「碧泉……」彼は低い声で、切なげに呟いた。

陽翠は全身を強張らせた。

だが、彼は構わず唇を塞ぎ、その手は彼女の服の裾へと入り込んでくる。

突き飛ばしたかった。けれど、相手は風哉だ。何年もの間、ずっと想い続けてきたあの風哉だった。

彼女は目を閉じ、一筋の涙がこめかみへと伝い落ちるのに任せ、最後には抵抗を諦めた。

翌朝目を覚ますと、ベッドシーツの血痕と乱れた彼女の服を目にした風哉の顔は、さっと青ざめた。

「陽翠」彼は彼女の顎をきつく掴み、氷のように冷酷な声で言い放った。「俺を嵌めたな?」

必死に弁解したかった。違う、あなたが人違いをしたのだと伝えたかった。

だが彼は耳を貸すこともなく、扉を乱暴に叩きつけて部屋を出て行ってしまった。

一ヶ月後、彼は彼女と結婚した。

籍を入れた日、彼はただ一言、「責任は取る。だが、それ以上のことは期待するな」と告げた。

それでも陽翠は、「責任」という言葉の裏に、ほんの少しの愛情くらいはあるはずだと信じていた。

今になってようやく分かった。その「ほんの少し」でさえ、彼女の滑稽な自惚れに過ぎなかった。

七年に及ぶ結婚生活で、彼女はずっと透明人間のような存在だった。

風哉の友人、同僚の中で、彼が既婚者であることを知る者は数えるほどしかいない。

どうしても同伴しなければならない公の場でも、彼は「親の友人の娘だ」と誤魔化すか、ひどい時には一切紹介すらしようとしなかった。

「あの子、なんでいつまでも西園寺さんについて回ってるんだ。本当に空気が読めない」影でそんなふうに囁かれているのを、何度も耳にした。

それでも彼女は考え続けてきた。もう少しだけ待てばいい。もう少し彼に尽くせば、いつか必ず私を見てくれる日が来ると。

スマートフォンが短く震えた。

風哉からのメッセージだ。命令のように簡潔な文面だった。【明日の夜七時、栄金ホテル三階で身内の集まりがある。フォーマルな服で来い。絶対に参加しろ】

陽翠はそのメッセージをじっと見つめ、不意に笑みをこぼした。

前触れもなく溢れ出た涙が画面に落ち、「絶対に参加しろ」という文字を滲ませた。

翌日の夜、栄金ホテル三階の貸切ルーム。

陽翠は装飾のないシンプルな黒のワンピースを身にまとい、化粧もせず、髪をゆるくまとめただけの姿だった。

彼女が到着した時、室内はすでに人で埋め尽くされていた。

全員が風哉の友人やその家族だ。大半は顔を見たことがあったが、彼女の名前を覚えている者など数えるほどしかいない。

風哉は上座に腰を下ろし、すぐ隣には碧泉が寄り添うように座っていた。淡いピンクのワンピースを着て、長髪をゆるやかに巻き、非の打ち所のない完璧なメイクを施している。

悠和は風哉の膝の上に座り、小さなフォークでケーキをつついていた。

「陽翠さんが来た」誰かが彼女の存在に気づいた。

一斉に突き刺さる全員の視線。そこには、値踏みするような無遠慮な好奇の光が宿っていた。

陽翠は、数人の女たちが視線を交わし、一斉に冷笑するのを目にした。
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