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第3話

Autor: 珠々
「前にも言っただろ。今は入籍するような時期じゃないんだよ。何度も結婚の話をされても、かえって話がこじれるだけだ。

彼は私の目尻の涙を指で拭いながら、さっきより少しだけ声を落とした。

「瑠奈、もう少し落ち着いて考えられないのか?

会社のことで手いっぱいなんだ。余計なことで振り回されたくない。それってそんなにおかしいか?」

空気がぴんと張り詰めた。

胸の奥が、すっと冷えていくのが分かった。

どうして誠司が、こんなふうに私を責められるのか分からなかった。

全部失ったのは私のほうなのに。

気がつけば彼は、自分のほうが迷惑をかけられているみたいな顔をして、もっともらしいことを並べて私を責めている。

「結婚したくないなら――もういい」

立っているのもやっとだった。

誠司がほっとしたような顔をするのを見て、その瞬間、胸の奥がすっと冷えたて。

「外でどれだけ女を作ろうと、もう好きにすればいい。その代わり、これから先、私が誰と結婚しようと、あなたが口を出す資格はないから」

誠司は、とんでもない冗談でも聞いたみたいに笑った。

唇の端をつり上げ、見下すように言う。

「できるもんなら探してみろよ。別に止めない。

本当に結婚するっていうなら、そのときはちゃんと式にも出てやるよ。祝儀だって包んでやる。

俺と別れて、お前を本気で相手にする男がいるのか――見ものだな」

彼はドアを乱暴に閉めて出ていった。

車のエンジン音が遠ざかっていく振動で、テーブル脇のツーショット写真が倒れ、床に落ちた。

広い家の中は、耳鳴りがするほど静まり返っていた。

私はその場に立ち尽くしたまま、見慣れているはずの部屋をぼんやり見渡した。

泣きたいのに、涙はもう出てこなかった。

この家は、私と誠司が二人で設計したものだった。

どこを見ても居心地がよくて、細かなところにまで、あの頃の思い出が残っている。

あの頃の誠司は、あまり外に出たがらなかった。

少しでも時間ができると、彼は家で私と一緒に過ごしてくれた。アイロンビーズを並べたり、花を育てたり。何でもない毎日なのに、好きな人がそばにいるだけで、不思議なくらい満たされていた。

けれど、真琴が現れてからというもの、誠司は変わってしまった。

若くて、きれいで、わがままで――人を惹きつけて離さない熱を持った女だった。長いこと冷めきっていた誠司の気持ちを、あっという間に揺り動かした。

【雨の日って道も危ないし、上司がわざわざ傘を届けに来てくれたうえに、助手席まで独占。そのままおうちでディナーまで】

スマホの画面には、真琴がさっき投稿したばかりのSNSが表示されていた。

彼女は誠司の腕にしがみつくように寄り添い、その胸にもたれかかっている。唇には、彼のネクタイに触れたときについたような濃い赤が残っていた。

彼女が甘えるたびに、誠司は笑っていた。

そのうえ、笑いながら彼女の長い髪をくしゃっと撫でていた。

前の私なら、こんなものを見た瞬間に取り乱していたはずだ。誠司を問い詰めて、もう二度と真琴に会わないと約束させようとしていたに違いない。

でも今の私は、黙って荷物をまとめるだけだった。

ついでみたいに「いいね」を押して、コメントまで残す。

【末永くお幸せに】

家を出る直前、白川雅也(しらかわ まさや)から結婚式の招待状が届いた。

【式は三日後に決まった。会場も押さえてある。近いうちに入籍できそうか?】

それとは別に、彼からメッセージが届いていた。

彼は家同士が決めた私の結婚相手で、幼なじみでもある。誠司が現れなければ、本来は私が結婚するはずだった人だ。

【少し急いでいる。おば様の容体が思ったよりよくないんだ。

先のことはどうなるかわからないから。それに――君に後悔してほしくない】

私は思わず息をのみ、頬が少し熱くなった。

そして翌朝、私は彼と一緒に入籍した。

……

「真琴の投稿に『いいね』したの、どういうつもりだ?」

誠司は電話をかけてくるなり、いきなりそう責め立ててきた。

「昨日あいつ、ずっと泣いてたんだぞ。お前が何かするんじゃないかって怯えて、また調子まで崩してる。

今までのお前の嫌がらせは黙って見過ごしてきた。でも今回は話が違う。真琴が俺と距離を置くって言い出してるんだ。お前が謝るまで、家にも来るなって言われてるんだ」

私は呆れて、思わず笑ってしまった。

手元の招待状の金の箔押しを指先でなぞりながら、皮肉っぽく言い返す。

「やましいことがあるなら、怯えるのも当然じゃない?」
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Último capítulo

  • 九十九回の裏切りのその後   第10話

    「指輪だけではありません。高級マンションも別荘も、いくつか瑠奈名義で用意しています。結納金は4億。返還不要の贈与です。家族信託からは毎年1億の定額給付、それとは別に株式の配当や美術品の資産もあります。それでも、まだ足りませんか?」雅也が言葉を重ねるたびに、誠司の顔からみるみる血の気が引いていった。「お前……白川家の人間なのか」彼はうなずいた。「そうですよ。あなたの会社にとって最大の取引先――その白川家の人間です」誠司は、まるでこの世の終わりを見たみたいな顔になった。誰の目にもわかるほど落ち込んでいた。誠司だけじゃない。正直、私だって雅也の桁外れの財力には圧倒されていた。けれど、ふと気づく。――そういえば、雅也とはまだ婚前契約も交わしていない。ってことは、この資産の半分は私のものになるってことじゃない?そう思った途端、さっきまでのもやもやが一気に晴れた。「まだいたのか。さっさと失せろ」瑠奈の父がうんざりしたように吐き捨てる。「うちの娘の前に二度と顔を出すな」屈強なボディーガードたちに睨まれ、誠司はすっかり怯み、そのまましっぽを巻いて逃げていった。それでも帰り際、未練たっぷりの目で私を見ながら言った。「瑠奈、俺はずっと、お前が戻ってくるのを待ってる」気持ち悪くて、思わず吐きそうになった。その日のうちに病室は徹底的に消毒させ、誠司が触れたものも全部捨てさせた。……結婚式が終わって間もなく、誠司の会社にトラブルが起きた。原因は、誠司がどうしても真琴と手を切ろうとしたことだった。腹を立てた真琴は、誠司の税務問題を外部に暴露したうえ、帳簿の改ざんや不正経営の実態まで次々と明るみに出した。もっとも、それだけならまだ序の口だった。問題はそのあとだ。真琴は競合他社と接触し、機密資料を持ち出し、競合他社に安値で売り渡してしまったのだ。誠司は対応に追われて完全に手が回らなくなり、もう私に連絡してくる余裕すらなくなっていた。しかも、不運はそれだけでは終わらなかった。二人の関係は、真琴の恋人によってネットに晒された。そう。真琴にはもともと恋人がいたのだ。何を考えていたのかは分からない。ちゃんと付き合っている恋人がいながら、それでも誠司と関係を続けていたらしい。

  • 九十九回の裏切りのその後   第9話

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  • 九十九回の裏切りのその後   第5話

    私が口を開くより先に、真琴があからさまに顔をしかめた。「ねえ、自分がいくつだか分かってるの?もう三十も見えてるくせに、まだそんな派手な格好してピンクダイヤまで買うなんて。そんなのつけて歩いてたら、笑われるだけじゃない?」真琴は私の指先をじっと見つめたまま、悔しさを隠そうともしない。「誠司さん、私にピンクダイヤ買ってくれるって約束したよね?式の日取りも決まってるし、明日には入籍するのに、なんでまだ元カノにプレゼントなんてしてるの?」誠司は見るからに動揺していた。真琴をきつく睨みつけると、慌てたように言う。「瑠奈、違うんだ。指輪は真琴への埋め合わせってだけで、結婚のつもりなんてない。お前が嫌なら渡さない」私は口元にかすかな皮肉の笑みを浮かべた。あの頃は、私のほうからプロポーズした。二人のイニシャルを刻んだダイヤの指輪を差し出したとき――誠司はどうした?人前であからさまに顔を曇らせ、私が時間をかけて選んだその指輪をゴミ箱に放り込んだ。感情で縛るなとか、望んでもいないことを押しつけるなとか、好き勝手なことばかり言って私を責めた。それが今では、真琴に少し甘えられただけで、あんなに譲らなかったはずのことまで簡単に変えてしまう。「そうですよね、瑠奈さん。誠司さんの心の中には瑠奈さんしかいませんもの。結婚するのも瑠奈さんだけで、ほかの女なんてただの気晴らしですよね?」真琴の嫌味など聞き流し、私はそのまま背を向けて歩き出した。すると真琴が行く手を遮ろうとしてきたので、私はわざと大きく身を引いた。まだ指先ひとつ触れていないのに、真琴は突然悲鳴を上げ、そのまま階段を踏み外して転げ落ちた。「誠司さん……痛い……!」床にうずくまって泣きじゃくる真琴の白いワンピースが、みるみるうちに血に染まっていく。「どうして……私の子にこんなことするのよ……!」私はその場で立ち尽くしたが、誠司はそこでようやく我に返ったようだった。誠司は怒りに顔を歪めながらこちらへ歩み寄ってきて――次の瞬間、ためらいもなく私の頬を打った。「瑠奈、お前はどこまで性根が腐ってるんだ。真琴が身重だって分かってて突き飛ばすなんて!もし子どもに何かあったら、ただじゃ済まさないからな!」右の頬が焼けるように痛んだ。誠司が真琴を

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