تسجيل الدخول一週間ぶりに帰宅した瀬奈は、その日を家族水入らずで過ごした。三人で夕食を摂り、一緒にお風呂にも入った。実家に帰る前も疎遠だったせいか、家族三人での時間はずいぶんと久しぶりだった。湊斗の傍にいると、彼女はとても安心することができた。やはり私の居場所はここだったのだと、心からそう思えた。疲れていた里亜が眠りについたあと、瀬奈はおもむろに口を開いた。「湊斗……色々とありがとうね」「何だ?急に」彼女は彼が自分のために動いてくれていたことなど全く知らず、浮気を疑い、他の男と過ごしていた。あのときのことを思うと、罪の意識に苛まれた。「言っただろ、お前のためなら何でもするって」「……」以前までは信じられなかったその言葉が、今では他の誰よりも信用できる。しかしそれでも、事の顛末をしっかり聞いておくべきだろう。「湊斗……沙織のことを詳しく聞きたいんだけど……」「……そうだな、お前にきちんと説明しておかないと」瀬奈と湊斗は移動し、話し合いをするために向かい合って座った。湊斗は沙織逮捕の件について、瀬奈に細かく説明した。彼女を捕まえるために友人女性と手を組んでいたとか、その調査のせいであまり家に帰ることができなかったとか。「そういうことなら、私に言ってくれればよかったのに……」「お前に危険が及ぶのだけは避けたかったんだ。騙すような真似をして悪かったな」湊斗は瀬奈の頭をポンポン撫でた。その大きな身体に抱き締められると、ようやく安心することができる。「……湊斗、もうすぐ里亜の誕生日なの、覚えてる?」「忘れるはずがないだろう?俺の唯一の子供の生まれた日だ」あと一ヶ月もしないうちに、里亜は六歳の誕生日を迎える。来年からは小学校に入学する年になる。奇跡のように生まれてきてもう六年が経つのだと思うと、何だか涙が出そうになる。「あの子の誕生日を盛大に祝ってあげたいの。あなたももちろん、そのつもりでしょう?」「ああ、当然だ。プレゼントは何がいいだろうか。会場はどこにしよう。ハワイにでも行くか?お城をプレゼントするか!」「ちょ、ちょっと……」湊斗はよほど楽しみなのか、かなり暴走していた。瀬奈はそんな夫を何とか落ち着かせた。「実はね……里亜が行ってみたいって言ってたところがあるんだけど……」瀬奈は湊斗にそっと耳打ちをした。里亜の行きたい場所を聞いた彼は、意外
暁家に宿泊してから一週間が経過した。静香もそれ以上家を空けることはできず、二人は自然と帰る時間になった。ちょうど今、瀬奈と静香が玄関で泰西、千郷と向かい合っているところだった。瀬奈は兄泰西の手を両手でギュッと握った。こんなことをするのは、もしかすると初めてかもしれない。以前までの二人は、とても仲の良い兄妹とは言えなかったから。「兄さん、色々とありがとうね」「ああ……また旦那と喧嘩したらいつでも来い。待ってるぞ」「ええ、そうさせてもらうわ」泰西の冗談に、瀬奈は笑いながら頷いた。もし来るとしたら、ずいぶん先になりそうだな。父は見送りには来なかった。当然だろう。あんなことがあったあとだし、父は静香とも折り合いが悪いままだったから。(あの人はそうやって……この先も孤独のまま、生きていくんだろうな……)妻に先立たれ、交際していた女性全員にも逃げられてしまった。父の虚しい最期を想像した瀬奈は、彼の暮らしている本邸から目を背けた。父がどんなに寂しい思いをしていたところで、瀬奈にとってはどうでもいい。彼とはもう、完全に縁を切ったのだから。最後の希望を抱いて挨拶に行ったあの日、少しでも仲を改善できたらという彼女の思いは粉々に打ち砕かれた。里亜は泰西の袖を引くと、バイバイと手を振った。「おじさん、またね」「ああ、またな」なぜか里亜はこの一週間で泰西にかなり懐いていた。彼に対する恐れも、今はすっかりないようだ。「じゃあね、兄さん!元気でね、またいつか三人で集まりましょう!」「ああ、お前もな」遠くから瀬奈は泰西に大きく手を振った。横にいた静香は、そんな妹の様子をじっと眺めていた。「姉さんも手を振ったら?」「……何で私があんなヤツに」「あんなヤツだなんて、そんなこと言っちゃダメよ!仲直りしたんでしょう?」瀬奈の言葉に、静香は泰西のほうを振り返った。そして渋々、右手を上げて左右に動かした。静香のその行動に、泰西は堪えきれないという様子で口元を手で抑えて笑った。「やっぱりアイツ、ムカつくわ」「そんなこと言わないの!」今にも掴みかかってしまいそうな静香を、瀬奈は何とか宥めた。***静香とも挨拶を済ませた瀬奈は、里亜と共に神宮司家の本邸へ帰っていた。およそ一週間ぶりとなる、湊斗と暮らす家。(とっても懐かしく感じてしまうのは、気のせいかしら……
警察署に連行された沙織は、警察官による取り調べを受けている最中だった。取り調べ中の彼女の態度は、傲岸不遜で警官を見下している。腕と足を組み、取調室の椅子でふんぞり返っていた。彼女はハァ……とため息をつくと、呆れたように言った。「だから、私はやっていないって言ってるでしょう?」「証拠があるんだ。言い逃れできないぞ」警官はそんな彼女に怒りを募らせた。何の罪もない一人の女性を殺害しようとしただけではなく、最後まで罪を認めないつもりか。「証拠って何のことよ?どうせくだらない状況証拠か何かでしょう?」沙織は絶体絶命の状況であるにもかかわらず、動じる素振りも見せなかった。一体どこからそんな余裕が来ているのかと、警官たちは彼女の精神面の強さに驚いた。「実行犯たちから証言が取れている。お前に命令されてやったと、あの男が証言した」「……減刑したいがための嘘だって可能性もあるでしょう?そんなどうしようもない犯罪者の言葉を、警察は何の迷いもなく信じるわけ?」愚かね―――と沙織は警官たちを嘲笑った。明らかに彼らを馬鹿にしているようないやらしい笑み。見た目こそ美しいが、内面はまるで魔女のようだった。しかし、唯一の取り柄であろう外見も、今は全く綺麗には見えなかった。「お前……いい加減にしろよ……」「私は何もしていないわ。弁護士を呼んでちょうだい。必ず無罪を勝ち取ってみせるから」沙織が無罪になる可能性はないに等しい。それなのに、彼女は自分が勝つことを確信しているようだった。一体何を企んでいるんだ?警官たちは底知れない彼女の恐ろしさを感じた。沙織は学歴こそないが、決して馬鹿というわけではなかった。むしろ悪事においては知恵の働く女だった。そんな彼女は、今何を考えているのだろうか。全く想像がつかなかった。(……このままいけば、私は加害者から一転、被害者として世間に名が知られることになるわ)彼女が心の中でとんでもない計画を立てていることなど、当然警官たちは知らなかった。美しい薔薇には棘がある。沙織の場合は棘ではなく、猛毒だった。彼女の持つ毒は近いうちに警察官たちを蝕むこととなる。「さぁ、早く取り調べの続きをしましょう?私もできるだけすぐ終わらせたいから」「……」ニッコリと笑った沙織に、彼らの中の不信感は強まることとなった。
瀬奈は静香からスマートフォンを受け取り、口を開いた。「も、もしもし……湊斗……」「……ああ、瀬奈」スマートフォンを耳に当てると、湊斗の声がハッキリと聞こえた。何だかいつもより声が低い。疲れているのだろうか。些細な声の変化にすら気付くほど、瀬奈は湊斗のことを愛していた。久々の会話のせいか、胸がドキドキする。瀬奈は何とか言葉を紡いだ。「今日のニュース見たんだけど……驚いちゃった」「ああ……沙織のことか?」湊斗はいつもと変わらない声色で返事をした。その反応で、瀬奈は彼が沙織を追い詰めたのだと確信した。「湊斗、あなたが動いてくれたんでしょう?ありがとう、あの一件はてっきり諦めたのかと思っていたわ」「…………諦める?」そのとき、湊斗の声が途端に低くなった。不快に感じさせてしまっただろうかと、彼女は不安になった。しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、予想外の言葉だった。「―――諦めるなんて、そんなことするわけないだろ。お前を傷付けた人間を、俺が生かしておくとでも?」「湊斗……」湊斗は力強い口調で言葉を続けた。「たとえ、犯人がこの世界のどこにいようとも―――どんなに強い権力を持っていようとも、地獄の果てまで追いかけるだけだ」「…………そこまで私を思ってくれていたなんて、嬉しいわ」瀬奈は嬉しそうに微笑んだ。湊斗は何を今さら――と言いながらクスッと笑った。顔を上げると、一連の会話を聞いていた静香がニヤニヤしながら瀬奈を見ている。こんな付き合いたてのカップルみたいな会話を姉に聞かれるとは、何とも恥ずかしい。「今は……仕事中かしら?」「ん、いや……もう終わった。疲れてるけど、今は家でゆっくりしてるよ」「そう……」聞きたいことが山ほどあったけど、電話で話すのは違うのではないか。様々な思いが交錯し、結局今は何も聞くことができなかった。ただ、言えることは一つだけだった。「―――湊斗、しっかり休んで疲れを取ってね。帰ったら元気な姿のあなたに会えるのを楽しみにしているわ」「ああ、お前も風邪引くことのないようにな」瀬奈はもちろんと頷いた。彼とこんなにも穏やかな会話ができるのは、ずいぶんと久しぶりだった。「……おやすみ、湊斗」「おやすみ」通話を終えると、瀬奈は嬉しそうに静香のほうを向いた。「姉さん、湊斗が……」振り向いた先に見えた姉の姿
その日の夜、瀬奈の元にあるニュースが舞い込んできた。「瀬奈、大変よ」「どうかしたの?姉さん」切羽詰まった様子で瀬奈に声をかけたのは、ちょうど暁家に泊まっている静香だった。彼女は父には挨拶していないが、数日の間瀬奈と共に泰西の暮らす別邸に宿泊することとなっている。静香は自身のスマートフォンの画面を瀬奈に見せた。そこに映っていたのは、ネットニュースだった。ちょうど今日の昼頃に起きたものだった。『青島区で起きた女性誘拐監禁事件・容疑者の女を逮捕』見出しを黙読した瀬奈は、どこかで聞いたことがあるような気がして考え込んだ。彼女が結論に辿り着くより先に、静香が答え合わせをした。「―――沙織が捕まったそうよ」「な、何ですって……!?」それは、瀬奈にとって衝撃的なものだった。瀬奈は慌てて自分のスマートフォンでネットの記事を確認した。どうやらかなり話題になっているニュースで、既にSNSで記事が拡散されていた。「本当だわ……嶋田沙織と書いてある……」そこに書かれていた名前は間違いなく沙織のもので、黒川区在住の無職という点も彼女と完全一致していた。さらに、SNSには沙織が捕まった瞬間の様子が動画で拡散されていた。彼女がみっともなく警察官に暴言を吐く姿まで、世間に知れ渡ることとなったのである。犯罪者として捕まったうえに、そのような姿までさらされてしまうとは、何とも憐れだった。呆然とその動画を眺めていた瀬奈は、ポツリと呟いた。「捜査に進展がなくて捕まらないと思っていたのに……」「…………きっとアイツよ、アイツがやってくれたのよ」静香は瀬奈の手を取り、沙織の逮捕を喜んだ。当然、瀬奈も嬉しかったが、突然のことで理解が追い付かなかった。「姉さん……」「何よ、なかなかやるじゃない!やっぱりアイツは誰よりもあなたのことを思っているのよ!」彼女の言うアイツが湊斗であることが、瀬奈にはすぐにわかった。たしかに、急に沙織が捕まったとなれば湊斗以外には考えられない。「―――そうだ、瀬奈。ちょうどいい機会だし、アイツに電話してみたら?」「え、み、湊斗に?電話?」静香の提案に、瀬奈は困惑した。前に電話で冷たくされたときのことが思い出される。狼狽える瀬奈のスマートフォンを取った静香は、勝手に湊斗に電話をかけた。「ほらほら、愛する旦那にお礼の一つくらい言わないと!」
沙織はまるで罪人のように警察に腕を掴まれ、家の外に引きずり出された。パトカーが家の周りに集まるという異様な光景に、外には人だかりができていた。「……沙織さんが?嘘でしょう?」「そんな……彼女が一体何の罪を犯したというんだ」近隣住民たちは沙織のことをよく知っていた。元々、黒川区で彼女のことを知らない者などほとんどいない。近所に住んでいるのならなおさらだ。沙織は外面だけは取り繕っていたため、美しく愛想が良いことで評判だった。そんな彼女が警察に連れていかれる姿は、人々にとって衝撃だった。黒川区は裕福な家庭が多い都会だが、治安はあまり良いとは言えず、事件が起きるのはよくあることだった。しかし、犯人が美しい女性ともなれば注目を集めるのも当然である。(……みんなが私を見ているわ。噂が立つのだけは避けないと)沙織は近隣住民たちからの視線を避けるように、下を向いた。いつものように弱々しく振舞うことで、自身が被害者であるように見せるつもりだった。しかし、追い詰められたこの状況では意識していても本当の姿が出てしまう。沙織はパトカーに乗せられる際、警官の一人に頭を掴まれた。毎日手入れを欠かさない美しい髪の毛を見ず知らずの男に触られ、彼女は不快感を隠せなかった。「ちょっと、乱暴にしないでよ!」「……」犯罪者が何を言っているんだ――とでも言うかのように、冷たい目。彼女の美貌など、既に本当の姿を知っている警官たち相手には何の役にも立たなかった。彼女を軽蔑している若い警察官は、短く命じた。「さっさと乗れ」一回り以上年下であるにもかかわらず、なんて失礼な言い方。頭に血が上った沙織は思わず反論していた。「何よその言い方!私が釈放されたら、アンタたち全員皆殺しにしてやるわ!」「………」我に返ったときには、既に遅かった。普段の彼女からは想像もつかない暴言を吐いたことで、一部始終を見ていた近隣住民たちの視線が厳しいものへと変化した。「沙織さんがあんな言葉を使うなんて……」「やはり本当は悪人で、何らかの罪を犯して捕まってしまったのだろう」最初は何かの間違いだと思っていた近隣住民たちも、先ほどの暴言で考えを変えたようだった。沙織は羞恥で顔を真っ赤にしながらも、パトカーに乗り込んだ。突然大人しくなった彼女は、諦めたように車内にいる警官に向かって呟いた。「……さっさ







