author-banner
みそ煮
みそ煮
Author

Novels by みそ煮

二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す

二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す

暁家の令嬢・暁瀬奈(あかつきせな)と神宮司家の御曹司・神宮司湊斗(じんぐうじみなと)は政略結婚だった。 瀬奈は湊斗に熱烈な想いを寄せていたが、彼は結婚後も彼女を顧みることはなく、七人の愛人との間に五人の子供をもうける。 彼との結婚から二十年経ち、三十八歳になった瀬奈は結婚初日に湊斗から渡されていた離婚届にサインし、家を出て行った。 彼女は実は五年前に生まれた湊斗との子供を隠していた。 「これは一体どういうことだ……?」 帰宅した湊斗は机の上に置かれた離婚届を見て、顔を真っ赤にした。 「どんな手を使ってでも瀬奈を捜し出せ!」
Read
Chapter: 第186話
一方その頃、神宮司邸では。書斎に座っていた湊斗は、一馬からの報告を受けていた。「里亜ちゃんの父親に関してだが……やっぱり誰かまではわからなかった」「そうか……」あの日、湊斗は秘書の一馬に里亜の父親について調べさせていた。しかし、やはり彼女の父親を特定するのは簡単なことではなかった。瀬奈は父親は既に亡くなったと言っていたが、湊斗はそれが嘘であることを見抜いていた。元々彼は人の心を読むのが得意だった。昔から長い時間を共にしてきた瀬奈相手ならなおさら、間違えるはずがない。(想像がつかないな……瀬奈が他の男といるところなんて見たことが無いから……)元々内向的だった瀬奈には、湊斗以外の男友達なんていなかった。人目を引くほどの美貌を持ち合わせている彼女であれば、言い寄る男はかなりいそうではあるが。里亜の父親――つまり、瀬奈の不倫相手。湊斗の脳裏に、彼女が他の男と抱き合う姿が浮かび、彼は思わず唇を噛んだ。(……俺もどうかしているな)瀬奈と他の男との愛の結晶をあそこまで可愛がるだなんて。しかし、里亜を見るたびに胸の奥から湧き上がる愛おしい気持ち。あれは間違いなく愛情だ。認めざるを得なかった。それに、湊斗には彼女を責める資格なんて最初からなかった。「そういえば湊斗……瀬奈ちゃんは結婚生活の間、周囲に内緒でパートをしていたそうだ」「……パート?」湊斗は驚いて顔を上げた。「あぁ、ちょっと遠くにあるスーパーで五年くらい働いていたらしい」「スーパー?レジ打ちとかやってたってことか?」「……多分」湊斗は瀬奈がスーパーの従業員の制服を着て働いているところを思い浮かべたが、全く想像がつかなかった。何より、暁家のお嬢様がスーパーでパートをしているとは。(生まれてこのかた、働いたことすらないくせに……)しかも、湊斗はそのことを全く知らなかった。勤務先で辛い思いをしていなかっただろうか。彼は自分でも無意識に瀬奈のことを心配していた。「そのことで、勤務先のスーパーの店長や同僚の男たちを全て当たってみたが……瀬奈ちゃんと深い仲にあるような人間はいなかったよ」「そうだったのか……」「元々瀬奈ちゃんはあまり家から出ないからな……神宮司家の人間に父親がいるのかと思って探ってみたけど……」その言葉に、湊斗の目が一瞬にして鋭くなった。「と、特に彼女と関係を持っていた者
Last Updated: 2026-05-19
Chapter: 第185話
下の階へ降りると、帰宅したばかりの泰西の姿が目に入った。上着を脱ぎ、ネクタイを緩めるその姿はとても美しかった。千郷の胸がトクンと高鳴った。たとえ疎遠になったとしても、彼が彼女の最愛の人であることに変わりはないのだ。千郷は泰西にそっと近付き、声をかけた。「泰西、お帰りなさい……」「……ああ」泰西は短く返事をした。いつからだろう、彼が冷たくなったのは。その理由が他に女ができたからなら、千郷は耐えられそうになかった。「今日は早かったのね」「面倒なことが全て終わったからな……」千郷はそのまま部屋へ向かおうとする泰西を引き留めた。「面倒なこと?それって一体何だったの?」「……」いつもと違って食いついてくる千郷を、彼は平淡な瞳で見つめた。昔と違って冷めているような目に、彼女は何だか悲しくなった。「……お前が知らなくていいことだ」「……泰西」その返事に、千郷はショックを受けたように俯いた。泰西はそんな彼女を一人置き去りに、部屋へ戻ろうとした。千郷は悔しさと惨めさで体をプルプルと震わせながら言葉を継いだ。「……でしょ」「……何だ?」眉をひそめた泰西が振り返った。千郷は顔を上げると、彼に向かって言い放った。「本当は……女がいるんでしょう……?」「何を言って……」「隠さなくてもいいわ!」千郷は声を荒らげた。彼女はもう我慢の限界を迎えていた。「私、知ってるのよ!あなたが私と結婚する前から他の女と関係があったってこと!帰りが遅いのも、その女のところに行っているからでしょう!?」「……」千郷はこの日初めて、泰西に長年の不倫相手のことを問い質した。彼女が彼の愛人の存在を知ったのは、今から八年ほど前のことだった。突然彼女の元に現れた若い女が自分は泰西の愛人だと言い放ったのだ。もちろん千郷も最初からそのことを信じたわけではなかった。女が泰西と写っている写真を持っていたのだ。そのことを知った千郷は、ショックで何日も眠ることができなかった。そして泰西はそんな彼女のことを気にも留めず、いつもと変わらない様子で仕事へ行っていた。彼はしばらくの間、目の前の妻をじっと見下ろしていた。動じているわけでもない、普段と変わったところのない冷たい目。彼が何を考えているのかは、二十年以上の付き合いがある千郷ですらわからなかった。彼は呆れたようにため息をついたあと
Last Updated: 2026-05-18
Chapter: 第184話
それから、千郷は泰西の恋人となった。泰西は学内で平然と千郷を横に連れて歩いた。そんな彼に、周囲の人間は驚きを隠せなかった。女遊びを繰り返し、恋人を一切作ってこなかった彼がそんな風に一人の女を愛したのだから当然だった。千郷は学内の女子からの羨望と妬みの視線に晒された。しかし、泰西はどこへ行くにも千郷を連れて行き、とても大切にしていた。彼の寵愛が長く続けば続くほど、くだらないことを言う人間はいなくなった。大学一年生から、二人が卒業する四年生になるまで。何と四年間もの間彼の千郷への寵愛は続いたのだ。昔から異性に興味の無かった千郷が初めて愛した相手が泰西だった。彼はたしかに性格に問題があったが、千郷に対しては柔らかい目を向け、屈託の無い笑顔で接していた。そんな彼の姿に、次第に千郷も心を開いていった。体の関係から始まった二人だったが、交際は順調だった。二人が三年生になったある日、いつものように彼女を家に招いていた泰西は千郷に対して言い放った。「今日からお前はここに住め」「あ、暁君!?何を言っているの!?」「わざわざお前のとこに行くのが面倒なんだ、俺と一緒に暮らせば解決だろう?」いやいや、それはそれで大問題なんだけど!千郷は心の中で叫んだ。「大学生で同棲だなんて……両親が何て言うか……」「お前の父親には既に許可を貰っている」「え、ええ!?」泰西は先に千郷の両親に手を回していたようで、二人の同棲はすぐに始まった。高級官僚である父は、千郷が有名企業の御曹司を捕まえたことにかなり喜んでいた。昔から何よりも一族の利益を優先する人だ。絶対に泰西と結婚するようにと念を押した。もちろん、千郷も彼との結婚を真剣に考えていた。父のように財力や地位目当てではなく、彼女は本気で泰西を愛していたのだ。彼が御曹司でなかったとしても、彼女は彼を選んだだろう。そう思えるほどに、本気の恋だった。社会人になった二人は、二十九歳のとき約十年にも及ぶ交際を経て結婚した。彼と交際してからの十年間、千郷はとても幸せだった。泰西は記念日には必ず千郷と二人で過ごし、彼女のために高価なプレゼントまで用意した。長く付き合っていると冷めるとよく言うが、泰西の千郷への愛は深まる一方だった。彼にプロポーズされた日は最も幸せな日だった。泰西が真っ赤な薔薇の花束に、大きなダイヤモンドの指輪を手に、
Last Updated: 2026-05-17
Chapter: 第183話
部屋にあったテーブルに、千郷と泰西は向かい合って座った。(タワマンの最上階ってこんな感じだったのね……)彼女は窓から見える美しい景色に釘付けになっていた。大学生にしてこんなところに住めるだなんて、一体彼は何者なんだろうか。泰西はグラスに酒を注ぎ、千郷に差し出した。「あ、ありがとうございます……」千郷は酒を飲むつもりは無かったが、彼の視線が痛い。元々酒はかなり強いほうだ。どうにでもなれ、と彼女はグラスの中身を一気に呷った。「良い飲みっぷりだな」「……」彼の正体がわからない今、気に障るようなことをして不興を買うわけにはいかなかった。さっきのパーティーでも一番上座に座っていたところを見ると、かなりの権力者みたいだし。「あの、どうして私をここに連れてこられたんですか?」「……お前を俺の家に連れてきた理由がそんなに気になるのか?」泰西は千郷の質問には答えなかった。最上階から見える景色は綺麗だったが、彼女はこれ以上ここにいる理由がなかった。「私、家に帰りたいです……」「帰りたいだと?」その言葉に、泰西がピクリと眉を上げた。「俺の家に来て帰りたいと言った女はお前が初めてだ」「初めて?なら他の女性たちは何て言っていたんですか?」「そうだな……例えば……」彼は千郷に対し、いくつか例を挙げた。『泰西君、今夜は私を好きにしていいわ。私がこんなことを言うのはあなたにだけよ』『今日は帰りたくないの……一人で寝るのはとっても寂しいから』『早くこっちに来て。前みたいに激しく抱いてほしいの』あまりにも生々しい会話に、千郷の顔が真っ赤になった。「それどころか、いきなりキスをしてきた女もいたぞ」「キ、キス!?」大声を上げた千郷に、泰西が笑いを堪えるように口元を手で押さえた。千郷の顔は今にも破裂しそうなくらい真っ赤になっていた。どうして平然とそのようなことができるのか。男性経験のない彼女にとってはあまりにもハードルの高いことだった。泰西はもはや、そのような千郷の反応を楽しんでいるようだった。「千郷って言ったっけ……お前、俺の女にならないか?」「……どういうことですか?」「そのままの意味だ。俺の女……彼女になれ」困惑する千郷に、泰西は椅子から立ち上がってゆっくりと近付いた。彼の手が、彼女の髪の毛に触れた。妙に優しい手つきに、千郷の胸がトクンと
Last Updated: 2026-05-17
Chapter: 第182話
大学時代の泰西は女子たちからの憧れの的だった。「キャア!みんな、見て!暁泰西君よ!」「やだ、超カッコイイ!あんな人と付き合えたらどれだけ幸せかしらね……」キャンパス内を歩くだけで女子たちの歓声が響き渡り、まるで学内のアイドルのような存在だった。彼と同い年だった千郷は特に深く関わることも無く、いつも遠くからその姿を眺めているだけだった。(暁泰西……?誰だか知らないけど、随分人気なのね……)千郷は官僚の娘として生まれたいわゆる上級国民だった。美貌も家柄も持ち合わせていた彼女の唯一の欠点ともいえるのが、昔から異性にあまり興味がないことである。千郷は何度か告白をされたことがあったが、全て断っている。そのため、男性経験は一切なかった。泰西の麗しい姿を見たところで、彼女が心を動かされることなんてない。どうせ私にはこの先一生関わることはないだろう。このときまで、千郷は間違いなくそう思っていた。「――ねぇ、千郷。一週間後に開催される学内の合コンに来てくれない?」「……合コン?」ある日、千郷は同じ学部の友人から思わぬ誘いを受けた。「合コンだなんて……私は恋人を作る気はないわ。あなた一人で行ってこればいいじゃない」「千郷が異性に興味無いのはわかってるって!数合わせだよ数合わせ!美人な子呼ぶとみんな喜ぶからさ!絶対彼氏作らないといけないってわけじゃないんだから!」結局、押しに負けた千郷は渋々合コンに参加することとなった。「……ねぇ、本当にこんなところで合コンがあるの?」「千郷ったら、疑ってるの?早く行こうよ、タワマンパーティーなんて初めてでしょ?」「そ、それはそうだけど……」夜になり、千郷が連れて行かれたのは近くにあるタワーマンションだった。(何か嫌な予感がするわ……今からでも帰ったほうがいいかな……)そう思いながらも、千郷は信用している友人について行った。「ねぇ、やっぱり私にはこういう場所は……」「千郷、今日はすごい人がいるみたいだよ。絶対来たほうがいいよ」「……すごい人?」千郷は手を引かれ、最上階へと通された。そこにいたのは、複数人の若い男女だった。(……合コンが行われるというのは本当だったのかな)女の子がいたからか、千郷は安心して中に入った。男たちは目がギラついていてちょっと怖かったけれど、自分の他にも女の子はいるのだからきっと大
Last Updated: 2026-05-16
Chapter: 第181話
湊斗の愛人宅から出た涼は、今度は暁家の本邸へと向かった。黒川区に来たついでに、泰西に挨拶でもしようと思ったのだ。「いつ見てもでっかいな……」涼は目の前に広がる大豪邸を見上げた。暁家は、敷地内に本邸とは別にもう一つ大きな邸宅がある。最も大きな本邸には社長が住み、別邸には後継者の泰西とその妻子が暮らしているのだという。涼は泰西と特別仲が良いわけではなかったが、彼のことは昔からよく知っていた。泰西は暁家の中でも有名人だったからだ。社交的でスポーツ万能な長女。何事においても完璧な長男。特に目立ったところのない次女。暁家の三人の子供たちは界隈ではかなり有名で、その中でも一目置かれていたのが長男の泰西だった。(……まぁ、性格は父親にそっくりで難アリだけど)涼はそんなことを考えながら、家のインターホンを鳴らそうと腕を上げた。そのとき、後ろからふいに声をかけられた。「――あの、一体ここに何の用ですか?」「……あなたは」振り返ると、ロングヘアの綺麗な女性が視界に入った。どこかで見たことがある顔だった。涼は必死になって記憶を辿った。(そういえば……前のパーティーで社長の傍にいたな……)ということは、この家の女主人だろうか。暁社長は未婚のはずだから内縁の妻か恋人か何かか。随分と歳が離れているが、暁グループの社長なら若い美人をいくらでも捕まえられるだろう。「暁社長の奥さんですか?」「……違います。私は副社長である暁泰西の妻です」「あ」彼女は眉をひそめた。(社長の義理の娘だったのか……)泰西の妻は一般女性なため、彼と違って表舞台に姿を現すことはほとんどない。大人になってから泰西とあまり会っていなかった涼は彼女が彼の妻だということに気が付かなかったのだ。「……すみません」「いえ、気にしないでください」泰西の妻はそうは言ったものの、眉間にシワが寄ったままだ。何とも気の強そうな女だ。そういうところが泰西と気が合ったのだろうか。彼女は腕を組んだまま、再度涼に尋ねた。「ところで、こちらへは一体何の用ですか?」「泰西……いえ、副社長に会いに来たんです。高橋涼と言えば伝わると思います」泰西の妻は冷たい瞳で涼を見つめていた。(俺のことを疑っているのか?)しばらくすると、ぷいっと彼から顔を背けた。「夫は今家にはいません。夜には帰ってくるかと」「そ、そう
Last Updated: 2026-05-16
愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー

愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー

夏目家の長女・夏目由利(なつめゆり)は幼馴染で初恋の相手である薄井碧斗(うすいあおと)と結婚した。しかし、彼の本命は由利の妹の夏目紫苑(なつめしおん)だった。体の弱い紫苑は両親から溺愛されて育ち、由利は姉なのだからといつも我慢を強いられた。紫苑が病死したあと、碧斗は由利に「お前が死ねばよかったのに」と言い残し、彼女の目の前で自ら命を絶った。彼の死体を眺めていた由利の時間は巻き戻り、紫苑が亡くなる前に戻っていた。そこから何度か回帰を繰り返すが、由利は自らが死ぬ運命から逃れることができなかった。四度目、彼女はとうとう愛する夫から離れる決意を固める。今さら気遣ったってもう遅すぎた。
Read
Chapter: 第26話
「碧斗義兄さん、姉さん。私お腹が空いたわ」「なら、そろそろご飯にしようか」「そうね、ちょうど七時だし」由利は頷き、三人は近くの飲食店を探した。水族館の周りはかなり都会で、お店はいくらでもある。碧斗は横を歩く紫苑に尋ねた。「紫苑、何か食べたいものはあるか?」「あそこのハンバーグ屋さんとかとっても美味しそう!」紫苑は近くにある洋食屋を指さした。「由利は……」「私は何でもいいわ」「……そうか、ならあそこにするか」碧斗は由利をチラリと一瞥しながらそう言った。(どうせ私が希望を言ったところで紫苑の方を優先してたでしょうに)彼が由利の希望を聞くのは形式的なものだ。わざわざ口にしたところでそれが通ることはほとんどない。わかっていて、いちいち答えるような面倒なことはしない。「楽しみだわ、碧斗義兄さん」三人は洋食屋の列に並び、十分ほど待ったあと、店内へ通された。「碧斗は紫苑の横に座って。私は一人でいいわ」「……」案内されたのは四人がけのテーブル席だ。由利は碧斗と紫苑を隣同士で座らせ、自分は向かいに一人で座った。(普通なら、夫婦が隣同士で座るわよね……)当然、最初は由利も碧斗の隣に座り、紫苑を正面に座らせていた。しかし、いつからか碧斗は紫苑委何かあったときにすぐ反応できるようにと彼女の隣を望むようになったのだ。前世ではそれが当たり前となっていた。紫苑がメニュー表を見ながら声を上げた。「とっても美味しそう!私、このチーズのハンバーグが良いわ!」「紫苑、一人でこんなに食べきれるか?」「あら、残したら碧斗義兄さんが食べてくれるんでしょう?」「そうだな……」紫苑は自然に碧斗の腕に自身の手を絡ませた。そのようなボディタッチを見せられたところで、今さら何とも思わない。「由利はもう決めたのか?」「ええ、店員を呼んでいいわよ」碧斗がボタンを押して店員を呼び、三人はそれぞれの注文を口にした。店内は満員で、料理が運ばれてくるまでは二十分ほどかかるそうだ。適当にスマホをいじっている由利とは対照的に、紫苑と碧斗は和気あいあいと話をしていた。「碧斗義兄さん、仕事は順調かしら?」「ああ……最近はちょっと忙しくてな……それでも、幹部として何とかやってるさ」「わぁ、義兄さんはとってもすごいのね!」碧斗の父親は、夏目家に引けを取らないくらいの有名企業の
Last Updated: 2026-05-19
Chapter: 第25話
「――姉さん、そんな顔してどうしたの?」「……」由利は何も答えることができなかった。目の前にいる紫苑が恐ろしくてたまらなかったのだ。いつもと変わらない、愛らしい笑顔を浮かべているはずなのに、どうしてこうも不気味に見えるのだろうか。由利はあの日の出来事を忘れたことはなかった。彼女が家族全員から嫌悪され、見放された日だったからだ。あのときの両親と碧斗の目が未だに頭から離れない。もう一度あのような目に遭ったら、由利の心はきっと壊れてしまうだろう。(……紫苑はきっと、あの日のことを忘れているのよ。そうだわ、そうに違いない)紫苑は昔から忘れっぽいタイプだった。きっとさっきの発言も、わざとではないのだろう。「い、いいえ……何でもないわ……」「そう?なら、私をどこかへ連れて行ってくれるのね!」「え」紫苑が嬉しそうに目を輝かせた。(紫苑をどこかへ連れて行くですって……?)由利はあのような目に遭うのは二度と御免だった。そのため、断りを入れようとした。「紫苑、私は……」「――碧斗義兄さん、姉さんはとっても車の運転が上手いのよ。前に乗ったことがあるんだけど、駐車がすっごく上手だったわ!」「……!」その言葉で由利は確信した。紫苑はあの日のことを忘れてなんていない。しっかり覚えていた。――なら、どうして私にそんなことを言えるの……?私があの一件でどれだけ両親に叱られたかはあなたもよく知っているはずなのに。「……そうなのか?君が運転が上手いとは、意外だな」「……」碧斗は顔色の悪くなった由利を、首をかしげて見つめた。由利は二人の視線を受けて、震える声で何とか言葉を紡いだ。「……そんなことは、ないわ……運転なら、碧斗の方がずっと上手いわよ、だから碧斗に連れて行ってもらったらどうかしら?」「そうね、たしかに碧斗義兄さんもとっても上手だわ。碧斗義兄さんの車の助手席にまた乗りたいわ」「今度な」碧斗は紫苑の頭を優しく撫でた。紫苑が照れたようにエヘヘと笑った。(助手席に”また”乗りたい、か……)紫苑は碧斗の車の助手席に乗ったことがあるようだ。自分で運転できる由利は碧斗の助手席に乗ったことなんて一度もない。どっちが本妻で、どっちが義妹なんだか。「そうだ、この近くに海があるから……帰りにちょっと見に行くか?」「本当!?嬉しい!行きたいわ!」碧斗
Last Updated: 2026-05-18
Chapter: 第24話
それは、今から数年前のことだった。『姉さん!私ね、どうしても行きたい場所があるの』『……紫苑?』夜遅く、とっくに寝たと思っていた紫苑が彼女の部屋を訪れた。紫苑は寝間着姿のまま、由利の横に腰を下ろした。『紫苑、急にどうしたの……』『姉さん、一生に一度のお願いがあるのよ。私、明日どうしても外に出たいの』『外に……?どうして急に……』由利は紫苑のその頼みをすぐには受け入れることができなかった。紫苑を勝手に家から連れ出すだなんて、過保護な両親が知ったら卒倒してしまうかもしれない。『紫苑、お父さんとお母さんには伝えたの?』『いいえ、言っていないわ。言えるわけないじゃない、どうせ反対されるだけなんだから』わかっているならどうして私にそんなお願い事をするのか。いくら紫苑のお願いとはいえ、受け入れられない。由利は断りを入れて紫苑を帰すつもりだった。しかし、彼女はなかなか退かなかった。『お願い、姉さん。明日、私の好きな芸能人のイベントが隣の区で行われるの。私、どうしても見に行きたいの』『紫苑……』紫苑は一時間以上も由利の部屋に居座り続け、何度も渋る彼女を説得した。『病気がちだった私を元気付けてくれた推しなのよ……お願い、姉さん。一目見れたらすぐに帰るから』『……わかったわ、お父さんとお母さんには内緒よ?バレたら私が叱られるから……』『姉さん、ありがとう!』紫苑は嬉しそうに笑みを浮かべて由利に抱き着いた。(まったく……本当に困った子ね……)由利は紫苑のそんな我儘なところも愛らしいと思っていた。その行動が最悪な結果を招くことになるなど、このときの彼女は知る由もなかった。翌日、由利は両親に内緒で紫苑を車に乗せ、イベントが行われる場所へと向かった。ちょうど父親は仕事でおらず、母親も不在だった。由利は出かける前、紫苑と固く約束をした。一目見るだけで帰るということと、絶対に勝手な行動はしないということ。しかし、会場に着いた頃には紫苑は由利と交わした約束などすっかり忘れていた。『キャー!姉さん、推しが私の目の前にいるわ!とっても素敵!』『し、紫苑……危ないからあまり走らないで……』車を降りた紫苑は、一目散に駆けて行った。由利は紫苑を引き留めようとしたが、もはや彼女の制止など耳には入っていなかった。『ま、待ちなさい!紫苑!』すぐに帰ると約束した
Last Updated: 2026-05-17
Chapter: 第23話
由利は碧斗と紫苑について水族館内へと入って行った。「初めて来たわ……」由利は広い館内を見回してポツリと呟いた。二十六歳にして水族館に一度も来たことがないだなんて。彼女は何だか恥ずかしくなった。(碧斗と紫苑はどこにいるのかしら?)由利がきょろきょろと周囲を見渡していると、突然横から腕を引っ張られた。「姉さん、早く行きましょうよ!」「紫苑……」彼女の腕にしがみついたのは紫苑だった。その後ろには碧斗もいた。どうやら由利を待っていたようだ。(てっきり置いて行かれたと思っていたけれど……)由利は腕を絡ませる紫苑をじっと見つめた。いつもと変わらない、純真無垢な瞳で由利を見上げている。悪意のないその顔は、前世で見たものと全く同じだった。「姉さん、私あっちへ行きたいわ」「ええ、そうね……」紫苑は由利の腕を引いて歩き出した。紫苑は元々人懐っこい性格だ。そのようなところが周囲から好かれるのだが、一部からは異性に対する距離感がバグっているとも言われていた。恋人のいる男性への距離感の近さでトラブルになったことも何度かあったほどだ。姉の旦那と平然と関係を持つ紫苑のことだから、元々そんなもの気にも留めていなさそうだが。由利は無表情のまま碧斗の方を振り返った。「碧斗、何を突っ立っているの?」「義兄さん、早く来て!置いてっちゃうわよ!」「あ、あぁ……」碧斗は我に返った様子で二人について行った。***「わぁ、姉さん、碧斗義兄さん!すっごく綺麗よ!本物の海の中にいるみたい!」「えぇ、そうね……」紫苑が感激したように声を上げた。由利たちが今いるのは、シャチやイルカを見ることのできるエリアだ。透明なアクリルガラスの中では数頭の白いイルカが泳いでいる。(やっぱり、家族連れやカップルが多いわね)由利はすぐ隣にいた小さな子供とその両親をじっと見つめた。もし、あの子が産まれてきていれば碧斗とあんな風になれたのだろうか。顔すら見ることができずに亡くなってしまったけれど、由利は流産したあともあの子を忘れたことなんて一度もなかった。そういえば、三度目の生で私が死んだあと、紫苑は無事に子供を産めたのかな。普通の人よりも体が弱い彼女のことだから心配だった。紫苑の場合、由利と違って無事に生まれるまで碧斗が付き添ってくれるだろうから……「――ねぇ、姉さんは昔海に行ったこ
Last Updated: 2026-05-16
Chapter: 第22話
しばらくすると、バスは目的地に到着した。立っていた由利は、紫苑たちよりも一足先にバスから降りた。ちょうど席を譲ったおばあさんもそこで降りるつもりだったようで、由利は最後まで手助けをした。「ゆっくりでいいですよ」「ありがとう」バスから降りたところで離そうとした由利の手を、彼女がギュッと掴んだ。「お姉さん、本当にありがとうね。よかったら受け取ってちょうだい」おばあさんは由利の手を握ったまま、あるものを彼女に渡した。「……お菓子?」由利の手の中にあったのは、チョコレートの包み紙だった。由利は何かに導かれるかのように、包み紙を開けてチョコレートを口に運んだ。「……美味しい」それを食べると、何故かとても胸が温かくなった。気付けばおばあさんの姿はなくなっており、代わりにある人物が由利の元へ駆け寄ってきた。「――姉さん!」「……紫苑、碧斗」駆け寄るなり、紫苑は由利の手をギュッと握った。おばあさんに握られたときはとても温かかったのに、何故か紫苑は冷たく感じた。「姉さん、さっきはとってもすごかったわ!」「……さっき?」由利は不思議そうに首をかしげた。「ほら、さっきお年寄りに席を譲ったでしょう?みんなが姉さんのことを褒めていたわ!」「あぁ……そうね」「すぐにああやって行動できる姉さんはやっぱりすごい!尊敬に値するわ!」「そ、そうかしら……?」紫苑は感動した、とでも言うかのように由利の手を掴んで揺さぶった。(あなたはずいぶんと迷惑をかけていたみたいだけどね)碧斗もちょうど由利と同じことを思っていたようで、後ろから困ったように紫苑を見つめていた。紫苑は満面の笑みを浮かべた。「誰にでも優しい姉さんは私の自慢の姉よ!」「優しい……」由利が紫苑に優しいのは当然だった。幼い頃からそうなるように教育されてきたのだから。他でもない両親や家庭教師の手によって。当然、紫苑自身はそんなこと知りもしないだろうが。由利は握られていた紫苑の手をそっと引き剥がした。「……紫苑、碧斗。そろそろ行きましょう」「ああ、そうだな」碧斗が首を縦に振り、三人は目的地へと向かった。「それにしても水族館なんていつぶりかしら……!最後に行ったのは子供の頃だったわ!お父さんとお母さんと一緒に行ったのをよく覚えているの」「そうだったのか」「……」由利たちが向かっていた
Last Updated: 2026-05-15
Chapter: 第21話
しばらく歩くと、近くにあるバス停に到着した。いつもなら車で移動しているところだが、公共交通機関を使うのは紫苑たっての希望だそうだ。普段あまり外に出ない彼女だからこそ、こうやって外を歩きたかったのだろう。「紫苑」「義兄さん、ありがとう」バスの段差を上がる際、碧斗が紫苑に手を差し伸べた。彼女は笑顔で彼の手に自分の手を重ねた。「あら、とっても優しい旦那さんね。羨ましいわ」そんな二人の姿を見て、後ろに並んでいたご夫人がクスクスと笑った。「うふふ、ありがとうございます」”旦那”という言葉に、紫苑は否定することもなくただ礼を言った。碧斗は紫苑の夫ではなく、本当はその後ろに並んでいる由利の夫だということを知ったら、彼女は驚いて卒倒してしまうのではないだろうか。(まぁ、いちいち訂正するのも面倒だからどうだっていいわ)由利は紫苑と碧斗について段差を上がり、先に乗っていた二人の元へ近付いた。「碧斗と紫苑は二人で座って。私は一人でいるわ」それだけ言うと、由利はすぐ傍にあった一人席に腰を下ろした。「……」他には誰も寄せ付けないというような彼女の振舞いに、碧斗は眉間にシワを寄せた。「行きましょう、義兄さん。私たちは……そうね、あそこの二人席に座ればいいわ」「……そうだな」紫苑と碧斗は再び段差を上がり、由利から少し離れた二人席に並んで腰を下ろした。(二人が近くにいないと思うと、何だか気が楽ね……)しばらくして、三人を乗せたバスが発車した。車内は満員で、立っている人も何人かいた。「わぁ、すごい!碧斗義兄さん、あれが有名なタワーよね?写真で見たことあるわ!」「し、紫苑……他にも人がいるんだから、もうちょっと静かに……」バスの車内で、紫苑は外の景色を眺めながらみっともなく騒ぎ立てた。人々の視線が彼ら二人に集中する。子供でもない紫苑がそのような行動を取るのは明らかにおかしかった。彼女は人々の刺すような視線に気付いていないのか、きょとんとした顔で碧斗を見た。「あら、別にいいじゃない。義兄さんも私はそのままでいいんだっていつも言ってくれていたでしょう?」「そ、それはそうだが……ここは公共の場なんだ……」碧斗は何とか彼女を落ち着かせようとした。由利はこのとき、やはり二人から離れた席を選んで正解だったと心から思った。しかし、いくら自分に害はないとはいえ、血
Last Updated: 2026-05-14
夫の拷問で死んだ私、今世は離婚します!今さら泣いて縋っても戻りません!

夫の拷問で死んだ私、今世は離婚します!今さら泣いて縋っても戻りません!

九条香織(くじょうかおり)は初恋の人である羽川亮太(はがわりょうた)と結婚し、幸せな毎日を送っていた。香織は亮斗に尽くし、彼のためなら何でもやってのけた。しかし待っていたのは亮太の裏切りだった。彼は会社の部下と関係を持ち、愛人との間に子供まで作った。その後愛人が毒を飲み、亮太は香織を犯人だと疑い凄惨な拷問を加える。失望のまま命を落とした香織の時間は巻き戻っていて…!?香織は亮太との離婚を決意する。一方、香織がいなくなった家で亮太は後悔に苛まれていた。
Read
Chapter: 第147話
二人が部屋から出て行ったのを確認すると、香織はそっと起き上がった。「行ったみたいね……」部屋の扉に手をかけてみるが、どれだけ押してもうんともすんともしなかった。どうやら再び閉じ込められてしまったようだ。こんなことになるんなら、二人が入ったあのときに殴ってでも強引に外へ出るべきだったかな。しかし、犯人が二人だと確定しているわけではないため、その行為は危険だった。(どうすればここから出られるのかしら……)それに、柚果の言うあの方とは一体誰なのか。どのような目的で、私をここに監禁しているのか。皆目見当もつかない。「私、拉致監禁されるほど誰かの恨みを買ったのかしら……」考えても全くわからなかった。前世では当然、このようなことはなかった。ドアも窓も開かないし、スマホも無いから外へ連絡を取る手段もない。香織の目の前が絶望で暗く染まっていった。「あーもう、誰か助けて!」その叫びは誰にも届かないまま、消えていった。***その頃、有真と忠嗣はあまりにも遅い香織の帰宅を不審に思っていた。「香織は……まだ帰ってこないのか?」「ええ、旦那様。一応香織さんから連絡はあったのですが……」有真の元には、香織から帰宅が遅くなるという連絡が入っていた。そして、今日は友人の家に泊まって行くということも。しかし、有真と忠嗣はそのメッセージを不審に感じていた。「香織が急に外泊するだなんて……今までそんなことは一度も無かったというのに……」香織は昔から真面目で、朝帰りなんてしたこともなかった。そのせいで今、九条邸の空気はピリピリしていた。「……もしかすると、香織さんの身に何かあったのではないでしょうか」「……」有真の言葉に、忠嗣は黙り込んだ。彼もまた、娘の異変を感じ取っていたようだ。「だって明らかに変ではありませんか。電話をかけてみても、繋がらないんですよ?」「……そうだな」有真は香織のスマートフォンに何度も電話をかけたが、昨日からずっと繋がらないままだ。以前の香織ならともかく、今の彼女が有真からの電話を無視するとは考えにくい。「さっき会社に連絡してみたのですが、出社していないそうです。無断欠勤なんてするような人ではないというのに」「……」明らかに異様ともいえる事態だった。忠嗣はポケットから自身のスマホを取り出した。「……今、九条家の者で周辺を捜
Last Updated: 2026-05-19
Chapter: 第146話
目を覚ますと、香織は知らない場所にいた。(ここはどこ……?)見知らぬ天井がぼんやりとした視界に入る。小さな部屋の床に、彼女は倒れるようにして寝ていた。体をそっと起こすと、頭がズキズキと痛んだ。やっぱり飲みすぎたようだ。香織は痛む頭をそっと手で押さえた。二日酔いしたかのように気分が悪かった。「誰もいない……のかな……?」何とか立ち上がると、部屋の中を見渡した。香織のほかに人はいなさそうだった。部屋にはベッドやテレビ、テーブルなどがあり、誰かが暮らしている形跡が残っていた。それらの状況から、考えられる可能性は一つ。「ここはもしかして……桜庭さんの部屋かしら?」飲み会からの記憶が随分曖昧だったが、最後に柚果の顔を見たことだけは覚えている。彼女が家まで送ってくれている途中に倒れたはずだから……「倒れた私を、桜庭さんが運んでくれたのね……」愚かにも、彼女は今の状況を理解できていなかった。部屋の扉へ向かった香織は、ドアノブに手をかけた。しかし、固く閉ざされていて開かない。どうやら外側から鍵をかけられているようだった。なら、外へ連絡しようと思いポケットの中に手を入れてみるも――「あれ?スマホが無いわ……」何故か彼女の体からはスマホも財布も無くなっていた。たしかにいつも同じポケットに入れているはずなのに。「一体何が起きているというの?」部屋の窓に手をかけてみるが、こちらもまた扉と同じように開かなかった。つまり、彼女はこの部屋に閉じ込められてしまったということだ。「どうして……」一体誰がこんなことを。いや、考えなくてもわかることだった。犯人としてあり得るのは一人だけだったから。「外にも連絡できないんじゃ……永遠にここから出られないわ……」時刻は既に夜の十時。この時間まで何の連絡も無しに帰らないだなんて、きっと両親が心配しているだろう。焦って部屋の中をウロウロしていたそのとき、外から足音がした。「……誰か、来る」香織は即座に床に寝転がって目を閉じた。自分が連れてこられたときのように、寝ているフリをした。それからしばらくして、部屋の扉が開いた。誰かが中に入ってきたようだ。目を閉じているため誰かはわからないが、聞こえてくる足音は二つ。つまり、彼女を誘拐した犯人は少なくとも二人いるということだ。一人ならともかく、か弱い女性が二人を相手にす
Last Updated: 2026-05-18
Chapter: 第145話
飲み会が終わり、社員たちはそれぞれ帰路についた。(ちょっと飲みすぎたかな……何だか頭がクラクラする……)居酒屋を出た香織は、朦朧とする意識の中で何とか立っていた。さほど飲んでいないはずなのに、どうしてこうも具合が悪いのだろうか。彼女は思わず頭を手で押さえた。久々に酒を飲んだせいか。「九条さん、大丈夫?」「……はい、平気です」心配そうにこちらを見つめる同僚に、香織は平静を装って言葉を返した。本当は全然平気ではなかったが、彼らに余計な心配をかけるわけにはいかない。「せんぱぁい……何かフラフラする……」明らかに飲みすぎている希美は、女性社員に肩を支えられて何とか立っていた。「……大丈夫でしょうか?」「ああ、いつものことだから心配しないで。彼女は私が家まで送って行くし」なら安心――と言いかけたそのとき、後ろから鈴の鳴るような穏やかな声が割って入った。「――なら、九条さんは私が家まで送っていくわ」「……!」振り返ると、立っていたのは柚果だった。「桜庭さんが送ってくれるなら安心ね!九条さんはちょっと体調が悪そうだから……」「い、いえ……私は平気です……」香織は慌てて両手を横に振った。「だけど、九条さん……」柚果が彼女に手を伸ばした。何をする気か、香織は恐怖で動くことができなかった。伸ばされた彼女の手は、優しく香織の頬を両手で包み込んだ。「――とっても、顔色が悪いわ……」「……そ、そう見えますか?」柚果は心配そうな顔で香織を見つめているが、その瞳の奥には何の感情も感じられなかった。気のせいだろうか、何だか彼女が全くの別人であるかのように見える。「そうよ、九条さん。途中で倒れでもしたら大変だわ。桜庭さんに送っていってもらうべきよ」「……いえ、そこまで迷惑をかけるわけには」「九条さん、あなたに何かあったら社長に合わせる顔が無いわ。私たちのためにも……提案を受け入れてほしいわ」「……」そう言われてしまえば、香織は柚果に送ってもらうほかなかった。「さぁ、行きましょう。九条さん」「……はい」香織は大人しく柚果について行った。二人は間隔を空けて横並びで九条邸までの道を歩いた。その隙間が、今の二人の距離感を表しているかのようだった。柚果は笑みを零しながら口を開いた。「九条さん、ちょっと飲みすぎちゃったみたいだね」「……いえ
Last Updated: 2026-05-17
Chapter: 第144話
それからすぐに、飲み会が始まった。乾杯という掛け声と共に、ジョッキがぶつかる音が響いた。飲み会のスタートだ。「九条さん、今日は九条さんが主役ですから!楽しんでいってくださいね!」「ええ、ありがとうございます」香織は希美にすすめられた酒を一口だけ飲んだ。(酔いそう……)酒にあまり強くない彼女は飲みすぎに注意しなければならなかった。「ところで、九条さんは再婚とか考えていないんですか?」「再婚……ですか?」唐突に希美から話を振られ、香織は我に返った。「いえ、特には考えていないですね……今は自分のことだけで手一杯というか……」「そうだったんですね……九条さん美人だから男性陣が放っておかなさそうですけど」一人の女性社員のその言葉に、飲み会に参加していた男性たちが気まずそうに顔を見合わせた。香織は美しい見た目に加え、スタイルが良かった。そのため、彼女を狙っている男は社内でも一人や二人ではなかったのだ。亮太との離婚が成立したとはいえ、香織は新しく恋愛を始める気なんてなかった。彼らの好意には応えられない。そのことをアピールするかのように香織は彼らの視線を避けて黙り込んだ。「そういえば私、九条さんに関するある噂を耳にしたんです」「……噂?」すでにかなり酔いが回っている希美が、顔を赤くしながら口を開いた。「――九条さんがavisの社長さんと恋仲だって噂です!」「………………へ?」香織は口を開けたまま固まった。avisの社長といえば、礼音だ。彼は今や多くの人が知っている有名人であり、敏腕経営者だ。(私と礼音が恋仲?いやいや、ありえない!こないだ彼からもそういう仲ではないとハッキリ言われたし……)大体彼が私に優しくしているのは元カノに似ているからであって、私のことを好きというわけではないのだ。香織は必死で自分に言い聞かせた。「違いますよ、社長とはただの友人です。付き合っているわけじゃありません」「あらぁ、残念。お似合いだと思ってたんだけどなー」希美はそれだけ言い残すと、机に顔を伏せて寝てしまった。(私に危ないだなんて言っておいて……)彼女の危機感の無さには驚かされる。香織よりも自分の心配をするべきだろう。「――九条さんは、もし付き合うとしたらどんな人がいいの?」「……?」声のしたほうに振り返ると、香織の左隣に座っていた柚果が頬杖
Last Updated: 2026-05-16
Chapter: 第143話
昼休みが終わり、夜になった。一日の仕事が無事に終わり、今からは飲み会の時間だ。香織は希美に手を引かれて外へ出た。希美はウキウキした様子で香織に話しかけた。「九条さん、早く行きましょう!」「ええ、飲み会なんて久しぶりなのでとっても楽しみです」居酒屋までの道のりを歩きながら、希美は香織に尋ねた。「九条さんはお酒強いほうですか?」「……実は、恥ずかしながらあまり強くないんです」香織が恥ずかしそうに笑いながら言うと、希美は驚いたような顔で意外だと口にした。どうやら私は他人からは酒に強く見えるようだ。実際は全然そんなことないし、むしろ普通の人と比べてもかなり弱いほうだった。「――あら、そうだったのね」「……桜庭さん?」二人の会話に割って入ったのは、それまでずっと後ろを歩いていた柚果だった。彼女は笑顔で香織に話しかけた。「九条さんはお酒が弱いんですね」「え、ええ……あまりたくさんは飲めないんです」香織はその笑顔に気味の悪さを感じながらも、言葉を返した。何だか今日の柚果は変だった。どこかで見たことがあるようなその瞳。香織の脳裏で、彼女の瞳がある人物と重なった。(日菜乃……?)柚果を見ていると、何故か彼女のことを思い出した。見た目も似ていなければ、性格なんて正反対のはずなのに。どうして今は似ているように見えるのだろうか。――私に敵意を向けている……?香織は今になってようやく、そのことに気が付いた。理由はわからないが、柚果は香織を嫌っていた。人当たりが良く、誰に対しても優しい彼女がどうして。そんな香織の心の内に気付いているのかいないのか、柚果はニッコリと笑った。「――なら、飲み会では気を付けないといけないわね」「……どういうことですか?」香織は彼女の発言の意味がわからず、眉をひそめた。私に何かをする気なのか。香織が身構えていると、柚果は誤解しないでとでもいうかのように両手を横に振った。「ほら、女の子を酔わせて眠ってる間に襲うヤツとかいるでしょ?お酒に弱い女の子はそういう事態になりかねないから……」柚果のその言葉に、傍で聞いていた希美が同調した。「ああ、それはたしかにそうですね!九条さん美人だから……余計に心配ですね」「そ、そうですか……?」希美はともかく、柚果は本心でそう思っているようにはとても聞こえなかった。「……心配しなくても
Last Updated: 2026-05-15
Chapter: 第142話
数日後、香織はいつも通り会社に出勤していた。ちょっと前まで除け者にされていた彼女だったが、今では全員と安定した関係を築けている。以前のように挨拶を無視されることもなければ、軽蔑の眼差しを向けられることもない。それだけで彼女の心はずいぶんと楽になった。(職場が居心地良く感じるのは初めてかもしれないわね)昼休みに、香織はパーティーでのことを同僚たちに話していた。香織と亮太の離婚、そして期間を空けずに日菜乃との再婚。社内にいる全員が興味津々で彼女の話を聞いている。「……と、いうことがあったんです」「そんなことが……」話を聞き終えた社員たちは、香織に同情の目を向けた。そのうちの一人である希美は、香織を労うように彼女の肩に手を触れた。「それは災難でしたね……九条さん……」「ええ、でもおかげで元夫と離婚することができましたし……」あのままずっと亮太との結婚生活を続けなければならないほうが、香織にとっては苦痛だった。頬を打たれたくらい、どうだってことない。前世での仕打ちに比べれば、痛くも痒くもないのだ。「そうだ、今日はみんなで飲みに行きませんか?香織さんの離婚祝いも兼ねて」「それはいいですね、九条さんも行けそうですか?」「はい、もちろんです」香織は笑顔で首を縦に振った。飲み会なんて久しぶりだ。(こうしてみんなと過ごしていると、自由になったって感じがするわね……)もう香織を縛り付けているものは何もなかった。確実に前世とは違う道を歩んでいる。そのとき、和気あいあいと会話をしていた香織たちの間にある人物が割り込んだ。「――その飲み会、私もご一緒してもいいですか?」「…………………桜庭さん?」香織の先輩、桜庭柚果だった。柚果はいつものように口元に微笑を携えながら、香織たちに近付いた。その姿に、香織は妙な違和感を感じた。目が笑っていないような、どこか違和感のある笑みだった。柚果を視界に入れた希美は、嬉しそうに彼女に駆け寄った。「桜庭さん、もちろんですよ!何なら、桜庭さんも誘おうと思っていたところでした」「ありがとう、私もそういう飲み会は久しぶりだから……ぜひ参加したいと思ってね」「嬉しいです!」希美は満面の笑みで柚果の手を握った。優しくて仕事のできる彼女は、社内全員から好かれている。その中でも希美のような若手社員には特に懐かれていた。香織
Last Updated: 2026-05-14
今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか

今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか

初恋の相手である城田宗助(しろたそうすけ)と結婚した永山美里(ながやまみさと)。 しかし夫の昔の恋人であり、初恋の相手・今野萌子(こんのもえこ)が帰ってきた。宗助を貶めたい何者かの手によって美里は拉致され、壮絶な拷問を受けることとなる。結局、宗助は最初から萌子のことしか頭になかったのだ。絶望のまま命を落とした美里は、目を開けると宗助と結婚する前に時間が戻っていた。 今度こそ貴方と結婚したりしない。しかし、美里が距離を置こうとすればするほど宗助が近づいてきて……?
Read
Chapter: 第135話 番外編 一度目の宗助⑤
――気付いた頃には、家族が全員いなくなっていた。美里は宗真の拉致拷問により亡くなった。そしてその宗真は薬物の過剰摂取により死んだ。一体誰がこんなことをしたのか。宗真は捻くれているが、元々穏やかでそのような残酷なことをするような性格ではない。誰か彼を操った者がいるということは明白だった。美里を失った宗助は死に物狂いで犯人を捜し出した。宗真が死んでしまった今、全てを明らかにすることは難しいかもしれない。しかし、彼は美里をあんな目に遭わせたその結果、中学時代の同級生の里奈とかいう女が関わっていることが判明した。宗助は彼女を捕らえ、一連の事態の顛末を問い質した。「そ、宗助君!?急に何なのよ!」宗助は里奈の胸倉を乱暴に掴んだ。女性に対してあまりにも無礼な行動だったが、そうでもしないと彼の気が収まりそうになかった。「宗真に薬を与え続けたのはお前だろう?」「な、何のことだか……」しらばっくれる里奈の首に、宗助は手をかけた。「そっ、そうよ!ただ私は彼を好きに操ることができればそれでよかったのよ!」「なら何故美里をあのような目に遭わせた?」「そ、それは――萌子って女がそうすれば宗助君を手に入れられるって言うから!」「……何だと?」何故、ここで萌子の名前が出てくるんだ。宗助はあ然とした。里奈は彼が動揺しているその隙を狙い、矢継ぎ早に話した。「薬を飲ませたのは私だけど、宗真君を唆したのは間違いなく萌子よ!その証拠にあの女とのやり取りのデータもちゃんと手元に残ってるんだから!」「……」宗助は呆然としながら、里奈の首から手を離した。***里奈から真実を全て聞いた宗助は、家に帰り、真っ暗な部屋の中から外を眺めていた。「あぁ、美里……」お前はこの広い邸宅で一人、どれだけ辛い思いをして過ごしていたんだ。愚かにも、自分はそのことに全く気付かなかった。俺も今、ここから飛び降りればお前の元へ行けるのか。いや、俺が死んだところでどうせ行くのは地獄だ。お前のように天国へは行けないだろう。なら、せめてもの贖罪としてアイツらを道連れにしないといけないな。その瞬間、彼の虚ろな目が狂気に染まった。部屋に飾られていた写真立てには、愛する女性の映る写真が入れられていた。彼はその写真を胸に抱きしめて呟いた。「俺が、必ずお前を傷付けた者たちを地獄に落としてやるからな」
Last Updated: 2026-05-18
Chapter: 第134話 番外編 一度目の宗助④
萌子の何気ない一言は、その後ずっと彼の頭から離れなかった。あの一件は事故として処理され、すでに終わったことだった。しかし、聡明な宗助は何かがあるような気がしてならなかった。両親の死には彼女が関係しているのか。だとしたら、彼女を野放しにしておくわけにはいかない。「萌子……」宗助は最後に見た彼女の顔を思い浮かべた。社長夫妻の死を悼んでいるに見えたが、その口元は僅かに笑みを浮かべているようにも感じた。萌子は宗助を変わったと言ったが、彼にとっては変わったのはむしろ彼女のほうだった。お前はいつからそんな表情をするようになったんだ。まるで宗助を嘲笑っているようだった。そしてその日から、宗助は事故について独自に調査を進めた。***調査を始めてから一週間後。「犯人の男ですが……今野萌子さんの高校の同級生でした」「……何だと?」彼は部屋で秘書からの報告を受けていた。「萌子と深い仲にあったということか?」「いえ、そこまでは……しかし、萌子さんと同じ高校に通っていたことはたしかなようです」彼の予想は的中していた。やはりあの事故には萌子が関わっている。彼女が実行犯の男を唆したのか、どのような手を使ったのかはわからないが、間違いなく萌子が黒幕だろう。宗助の勘は昔からよく当たるほうだ。握られた彼の拳に力が入った。もし、萌子が今回の一件に関与していたとしたら……彼の目が氷のように凍てついた。両親の死が萌子によるものならば、彼は絶対に彼女を逃がさないだろう。「……萌子のことを調べろ。今何をしているのか、俺と出会う前の彼女のことまで、全て。余す所なく」「はい、宗助様」***萌子に関する調査を始めてからというもの、宗助の彼女に対する疑いは日に日に強くなっていった。初めて知った萌子の過去。彼女はかつて、宗助に男性との交際経験があまりないと言っていた。しかし、秘書からの報告によると、萌子は学生時代から恋人が途切れたことがなかったのだという。(全て嘘だったのか……俺に言っていた家庭の事情も……)そうやって平然と嘘をつくことのできる人間だ。宗助は彼女の本当の姿を垣間見たような気がした。「……萌子と、連絡を取ることはできるか?」「……宗助様、何をなさるおつもりですか?」秘書は宗助がどれだけ心の中で美里を想っているかをよく知っていた。不倫でもするつもり
Last Updated: 2026-05-17
Chapter: 第133話 番外編 一度目の宗助③
その日、白羽区の自宅付近を歩いていた宗助は、たまたま萌子と出会った。六年前と変わっているところが何もなさそうだった。彼が最後に見た、美しい姿のまま。しかし、そんな彼女を見ても彼の胸がときめくことはなかった。――彼はもう、萌子を過去の女性として捉えていた。「……どうしてお前がここに」「たまたま近くへ来てね……懐かしくなっちゃって、ここへ寄ったのよ!」萌子は宗助を見上げながら、嬉しそうに顔を輝かせた。彼女は再会を喜んでいるようだったが、彼は全くそのような気持ちにはなれなかった。「……萌子、二度と白羽区に入らないと両親と約束したんじゃなかったのか?」「……宗助?」彼の冷たい口調に、萌子は一瞬にして真顔になった。どうしてそんなことを言うのか、困惑しているようだった。萌子は縋りつくように彼の胸に手を触れた。「宗助、どうしてあなたは私にそんな目を――」彼は冷たくその手を避けた。「萌子、俺たちはもう赤の他人なんだ。そういうのはよしてくれ」「……何ですって?」以前とすっかり変わってしまった彼の様子に、萌子はショックを受けたようだった。「お前も知っているはずだ。俺にはもう妻がいる」「……!」宗助は泣きそうな顔で俯く萌子をじっと見つめていた。付き合っていたあの頃のように抱きしめもしなかった。萌子はすでに彼の心に自分はいないのだということを、嫌でも思い知らされた。「……宗助、あなたはずいぶん変わってしまったのね」「……どういうことだ?」その言葉に宗助は眉を上げた。「私は六年前のあの日から、あなたを忘れた日は一日たりともなかったわ。そしてずっと、あなたも同じ気持ちでいてくれてるんだって、そう思ってた」「……」「だけど、過去にいつまでもしがみついていたのは私だけだったようね」そこで萌子は顔を上げ、彼と目を合わせた。返ってくるのは、やっぱり冷たい目。萌子は諦めたように、宗助から背を向けた。その姿を確認した彼も、来た道を戻ろうとした。「そういえば、あなたのご両親が事故で亡くなったって聞いたわ」「……」宗助は萌子のほうを振り返った。「薬物中毒者の運転した暴走車に轢かれて亡くなってしまうだなんて……何て酷い話……」萌子は手で口元を覆い、悲しそうに目を伏せた。その言葉が本心から出たものかどうか、彼には判断できなかった。「あんなにも偉大な
Last Updated: 2026-05-16
Chapter: 第132話 番外編 一度目の宗助②
城田家の御曹司宗助と、永山家の令嬢美里の結婚は、政略的なものだった。宗助には元々相思相愛の恋人がおり、彼女がいなくなったことで美里が後釜に据えられた。――宗助は美里を愛してなどいない、彼女はただ萌子の代わりに過ぎないのだ。美里は愛し合う二人の間に割って入る邪魔者であり、宗助が愛するのは萌子ただ一人。二人の結婚は、世間からそのような印象を抱かれていた。しかし、少なくとも宗助は彼女を妻とすることを望んでいた。「――宗助、お前の婚約者っていつ見ても綺麗だよな」「……何を急に」ある日の昼休み、友人が彼にそう漏らした。美里が綺麗なのは当たり前だ。実際に彼は、彼女よりも綺麗な人を今までほとんど見たことがなかった。当然のことすぎて、いちいち言うまでもない。「あんなに美しい人はそうそういない。お前、あの子のこと別に愛してるってわけじゃないんだろ?なら今からでも俺に譲って――」「……お前、死にたいのか?」宗助の鋭い目に、彼は真っ青になった顔で両手を横に振った。「じょ、冗談だよ!」「……どうだかな」美里がどれだけ異性から人気があるかを宗助はよく知っていた。街を歩けば通りすがりの男たちが彼女に見惚れている。そんな男たちを見るたびに、彼らの目をえぐり取ってやりたかった。それからしばらくして、宗助は婚約していた美里と結婚した。二人の結婚式は両家の繋がりを誇示するために盛大に行われた。ウエディングドレス姿の美里は誰から見ても美しく、彼も目が離せないほどだった。美里と結婚したとき、宗助は世界を手に入れた気分になった。こんなにも美しく愛らしい彼女と結婚できるということがとても嬉しかったのだ。彼女と二人なら、きっと温かい家庭を築いていける。そう信じて疑わなかった。しかし、そんな彼の思いとは裏腹に二人の結婚生活はすれ違いの連続だった。ちょうどその頃、宗助の仕事が多忙を極め、美里は家に一人取り残されることが多くなった。彼は早く彼女を安心させてやりたいという思いから、仕事に精を出した。朝早くに家を出て、夜遅い時間に帰る。そんな生活を続けていたせいか、美里と顔を合わせる機会は減っていった。今思えば、あのときにしっかりと彼女と向き合っていればよかったのだろう。そしてその最中、両親が事故によって亡くなった。いつも厳しかった両親だったが、死ぬにはあまりにも早すぎた。彼
Last Updated: 2026-05-15
Chapter: 第131話 番外編 一度目の宗助①
――何も、できなかった。別に彼女のことを嫌いだったわけではない。むしろ、とても大切に思っていた。愛する人を失って疲弊しきっていた彼を支えてくれた唯一の人。昔から、いつも彼の傍に寄り添ってくれた女性。何故、彼女の大切さに気付けなかったのだろうか。彼女がいなくなったあと、彼はとてつもない後悔の念に苛まれた。しかし、後悔したところで既に遅すぎた。***白羽区――都の北部に位置する特別区。富裕層が多いと言われる区内でもひときわ目を引く大きな邸宅。そこには少し前まで、一組の夫婦とその両親が住んでいた。しかし、今は何故かどの部屋も明かりがついていなかった。真っ暗な夜の闇の中で、静かに佇んでいた。「……」邸宅の一室で、彼は一人微動だにせず座っていた。時刻は深夜の一時。人々はとっくに眠りに就いている頃だったが、彼は真っ暗な部屋で目を開けたままある一点を見つめていた。机の上にはさっき開けたばかりの酒瓶が置かれていた。彼は元々そこまで酒が好きではない。こんな夜中に一人で飲むことなど初めてだった。現実逃避をするかのように、彼は浴びるように酒を飲んだ。とても眠れるような気分ではなかった。そういえば、昨日もこんな感じだった。彼女がいなくなってからというもの、仕事も何も手に付かなかった。重くなった瞼をそっと閉じれば、脳裏にその姿が浮かび上がる。『宗助、とっても綺麗なお花でしょう?あなたのために買ってきたのよ』いつだったか、彼女が彼のために白羽区の花屋で花束を買ってきたことがあった。満面の笑みで花を差し出す彼女に、自分は何て言ったんだったか。『あなたが最近寂しそうだったから……綺麗な花を見ると元気が出るかと思って』彼の記憶の中の彼女が切なげに微笑んだ。何故、そんな顔をするんだ?彼は泣きそうな彼女を前に、ただその場に立ち尽くしていることしかできなかった。どうすればいいかわからなかった。いつも笑顔だった彼女が、そのような顔をすると胸が締め付けられるように痛かった。お前にいつまでも笑顔でいてほしいから、ここ最近は仕事に専念していたというのに。『宗助……』彼女は彼の名前を呟き、一筋の涙を流した。涙を拭ってやりたくて手を伸ばそうとするが、何故か体は動かなかった。――彼女はそのまま彼に背を向けて、暗い闇の中へと消えて行った。「……」彼女がいなくなったあと
Last Updated: 2026-05-14
Chapter: 第130話
五年後、城田家の本邸では。大きなお腹を抱えた女性が、急ぎ足で邸宅内を歩いていた。「宗助、宗真くんからハガキが届いたわよ!」「……美里、お前は身重なんだ。そうやってあまり動くものではない」書斎に座っていた宗助は、突然部屋へ入ってきた美里の膨らんだお腹をそっと撫でた。彼女が第一子を妊娠してからもう六か月だ。美里は不安そうに顔を歪ませる宗助を見て笑みを零した。「あら、ちょっとくらいは平気よ?」「俺がどれだけ心配していると思っているんだ」萌子が捕まり、宗真が海外へ旅立ったあの日から五年の年月が流れた。その間に宗助は父親の跡を継いで社長に就任し、美里と結婚した。先代の社長夫妻は田舎にある別邸へと住まいを移し、今や城田家の本邸は美里と宗助のものとなっている。二人は彼の書斎にあるソファに、横並びで座った。彼から届いたはがきを二人で眺めた。「宗真くん、今は海外で楽しく過ごしているようね。私たちの出産祝いのものまで贈ってきたわ」「ずいぶん気が早いけどな」宗真は一年間の留学を終え、今は海外で生活をしている。美里は最初そのことを心配していたが、上手くやっているようだ。「海外生活を謳歌しているようね。楽しそうでよかった」「……そうだな」宗助ははがきを見つめながら軽く頷いた。彼も弟のことはもう心配していないようだ。たびたび帰ってきてはつまらない冗談を言い合うくらいの仲にはなっているようだし。「そういえば、流星と瑠璃子の結婚式がもうすぐ行われるでしょう?招待されたから行きたいんだけど……」「絶対に行かなければならないのか?」流星の名前に、宗助がピクリと眉を上げた。宗助は今でも流星のことが気に入らないようだ。「宗助ったら、流星はもう瑠璃子のことが好きなのよ?そんな風に心配しなくても……」「俺はどれだけアイツがお前に惚れ込んでいたかを知っている」「それは過去の話よ」美里は不快そうに顔をしかめる彼の頭を撫でた。そんな嫉妬深いところも、彼女にとっては愛おしかった。「このあと、お義父さんとお義母さんが久々に来るそうよ」「そうか……楽しみだな」「……今、楽しみって言った?」「言ってない」宗助はそれだけ言うと、美里からぷいっと顔を背けた。いやいや、絶対言ってたと思うんだけど!?「宗助ったら、いい加減素直になりなさいよ」「俺は昔から素直だ」「どこ
Last Updated: 2026-05-13
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status