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みそ煮
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みそ煮の小説

二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す

二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す

ハッピーエンドCEO・社長・御曹司浮気・不倫後悔妊娠したまま脱走離婚
暁家の令嬢・暁瀬奈(あかつきせな)と神宮司家の御曹司・神宮司湊斗(じんぐうじみなと)は政略結婚だった。 瀬奈は湊斗に熱烈な想いを寄せていたが、彼は結婚後も彼女を顧みることはなく、七人の愛人との間に五人の子供をもうける。 彼との結婚から二十年経ち、三十八歳になった瀬奈は結婚初日に湊斗から渡されていた離婚届にサインし、家を出て行った。 彼女は実は五年前に生まれた湊斗との子供を隠していた。 「これは一体どういうことだ……?」 帰宅した湊斗は机の上に置かれた離婚届を見て、顔を真っ赤にした。 「どんな手を使ってでも瀬奈を捜し出せ!」
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Chapter: 第351話
暁家に宿泊してから一週間が経過した。静香もそれ以上家を空けることはできず、二人は自然と帰る時間になった。ちょうど今、瀬奈と静香が玄関で泰西、千郷と向かい合っているところだった。瀬奈は兄泰西の手を両手でギュッと握った。こんなことをするのは、もしかすると初めてかもしれない。以前までの二人は、とても仲の良い兄妹とは言えなかったから。「兄さん、色々とありがとうね」「ああ……また旦那と喧嘩したらいつでも来い。待ってるぞ」「ええ、そうさせてもらうわ」泰西の冗談に、瀬奈は笑いながら頷いた。もし来るとしたら、ずいぶん先になりそうだな。父は見送りには来なかった。当然だろう。あんなことがあったあとだし、父は静香とも折り合いが悪いままだったから。(あの人はそうやって……この先も孤独のまま、生きていくんだろうな……)妻に先立たれ、交際していた女性全員にも逃げられてしまった。父の虚しい最期を想像した瀬奈は、彼の暮らしている本邸から目を背けた。父がどんなに寂しい思いをしていたところで、瀬奈にとってはどうでもいい。彼とはもう、完全に縁を切ったのだから。最後の希望を抱いて挨拶に行ったあの日、少しでも仲を改善できたらという彼女の思いは粉々に打ち砕かれた。里亜は泰西の袖を引くと、バイバイと手を振った。「おじさん、またね」「ああ、またな」なぜか里亜はこの一週間で泰西にかなり懐いていた。彼に対する恐れも、今はすっかりないようだ。「じゃあね、兄さん!元気でね、またいつか三人で集まりましょう!」「ああ、お前もな」遠くから瀬奈は泰西に大きく手を振った。横にいた静香は、そんな妹の様子をじっと眺めていた。「姉さんも手を振ったら?」「……何で私があんなヤツに」「あんなヤツだなんて、そんなこと言っちゃダメよ!仲直りしたんでしょう?」瀬奈の言葉に、静香は泰西のほうを振り返った。そして渋々、右手を上げて左右に動かした。静香のその行動に、泰西は堪えきれないという様子で口元を手で抑えて笑った。「やっぱりアイツ、ムカつくわ」「そんなこと言わないの!」今にも掴みかかってしまいそうな静香を、瀬奈は何とか宥めた。***静香とも挨拶を済ませた瀬奈は、里亜と共に神宮司家の本邸へ帰っていた。およそ一週間ぶりとなる、湊斗と暮らす家。(とっても懐かしく感じてしまうのは、気のせいかしら……
最終更新日: 2026-10-11
Chapter: 第350話
警察署に連行された沙織は、警察官による取り調べを受けている最中だった。取り調べ中の彼女の態度は、傲岸不遜で警官を見下している。腕と足を組み、取調室の椅子でふんぞり返っていた。彼女はハァ……とため息をつくと、呆れたように言った。「だから、私はやっていないって言ってるでしょう?」「証拠があるんだ。言い逃れできないぞ」警官はそんな彼女に怒りを募らせた。何の罪もない一人の女性を殺害しようとしただけではなく、最後まで罪を認めないつもりか。「証拠って何のことよ?どうせくだらない状況証拠か何かでしょう?」沙織は絶体絶命の状況であるにもかかわらず、動じる素振りも見せなかった。一体どこからそんな余裕が来ているのかと、警官たちは彼女の精神面の強さに驚いた。「実行犯たちから証言が取れている。お前に命令されてやったと、あの男が証言した」「……減刑したいがための嘘だって可能性もあるでしょう?そんなどうしようもない犯罪者の言葉を、警察は何の迷いもなく信じるわけ?」愚かね―――と沙織は警官たちを嘲笑った。明らかに彼らを馬鹿にしているようないやらしい笑み。見た目こそ美しいが、内面はまるで魔女のようだった。しかし、唯一の取り柄であろう外見も、今は全く綺麗には見えなかった。「お前……いい加減にしろよ……」「私は何もしていないわ。弁護士を呼んでちょうだい。必ず無罪を勝ち取ってみせるから」沙織が無罪になる可能性はないに等しい。それなのに、彼女は自分が勝つことを確信しているようだった。一体何を企んでいるんだ?警官たちは底知れない彼女の恐ろしさを感じた。沙織は学歴こそないが、決して馬鹿というわけではなかった。むしろ悪事においては知恵の働く女だった。そんな彼女は、今何を考えているのだろうか。全く想像がつかなかった。(……このままいけば、私は加害者から一転、被害者として世間に名が知られることになるわ)彼女が心の中でとんでもない計画を立てていることなど、当然警官たちは知らなかった。美しい薔薇には棘がある。沙織の場合は棘ではなく、猛毒だった。彼女の持つ毒は近いうちに警察官たちを蝕むこととなる。「さぁ、早く取り調べの続きをしましょう?私もできるだけすぐ終わらせたいから」「……」ニッコリと笑った沙織に、彼らの中の不信感は強まることとなった。
最終更新日: 2026-10-09
Chapter: 第349話
瀬奈は静香からスマートフォンを受け取り、口を開いた。「も、もしもし……湊斗……」「……ああ、瀬奈」スマートフォンを耳に当てると、湊斗の声がハッキリと聞こえた。何だかいつもより声が低い。疲れているのだろうか。些細な声の変化にすら気付くほど、瀬奈は湊斗のことを愛していた。久々の会話のせいか、胸がドキドキする。瀬奈は何とか言葉を紡いだ。「今日のニュース見たんだけど……驚いちゃった」「ああ……沙織のことか?」湊斗はいつもと変わらない声色で返事をした。その反応で、瀬奈は彼が沙織を追い詰めたのだと確信した。「湊斗、あなたが動いてくれたんでしょう?ありがとう、あの一件はてっきり諦めたのかと思っていたわ」「…………諦める?」そのとき、湊斗の声が途端に低くなった。不快に感じさせてしまっただろうかと、彼女は不安になった。しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、予想外の言葉だった。「―――諦めるなんて、そんなことするわけないだろ。お前を傷付けた人間を、俺が生かしておくとでも?」「湊斗……」湊斗は力強い口調で言葉を続けた。「たとえ、犯人がこの世界のどこにいようとも―――どんなに強い権力を持っていようとも、地獄の果てまで追いかけるだけだ」「…………そこまで私を思ってくれていたなんて、嬉しいわ」瀬奈は嬉しそうに微笑んだ。湊斗は何を今さら――と言いながらクスッと笑った。顔を上げると、一連の会話を聞いていた静香がニヤニヤしながら瀬奈を見ている。こんな付き合いたてのカップルみたいな会話を姉に聞かれるとは、何とも恥ずかしい。「今は……仕事中かしら?」「ん、いや……もう終わった。疲れてるけど、今は家でゆっくりしてるよ」「そう……」聞きたいことが山ほどあったけど、電話で話すのは違うのではないか。様々な思いが交錯し、結局今は何も聞くことができなかった。ただ、言えることは一つだけだった。「―――湊斗、しっかり休んで疲れを取ってね。帰ったら元気な姿のあなたに会えるのを楽しみにしているわ」「ああ、お前も風邪引くことのないようにな」瀬奈はもちろんと頷いた。彼とこんなにも穏やかな会話ができるのは、ずいぶんと久しぶりだった。「……おやすみ、湊斗」「おやすみ」通話を終えると、瀬奈は嬉しそうに静香のほうを向いた。「姉さん、湊斗が……」振り向いた先に見えた姉の姿
最終更新日: 2026-10-08
Chapter: 第348話
その日の夜、瀬奈の元にあるニュースが舞い込んできた。「瀬奈、大変よ」「どうかしたの?姉さん」切羽詰まった様子で瀬奈に声をかけたのは、ちょうど暁家に泊まっている静香だった。彼女は父には挨拶していないが、数日の間瀬奈と共に泰西の暮らす別邸に宿泊することとなっている。静香は自身のスマートフォンの画面を瀬奈に見せた。そこに映っていたのは、ネットニュースだった。ちょうど今日の昼頃に起きたものだった。『青島区で起きた女性誘拐監禁事件・容疑者の女を逮捕』見出しを黙読した瀬奈は、どこかで聞いたことがあるような気がして考え込んだ。彼女が結論に辿り着くより先に、静香が答え合わせをした。「―――沙織が捕まったそうよ」「な、何ですって……!?」それは、瀬奈にとって衝撃的なものだった。瀬奈は慌てて自分のスマートフォンでネットの記事を確認した。どうやらかなり話題になっているニュースで、既にSNSで記事が拡散されていた。「本当だわ……嶋田沙織と書いてある……」そこに書かれていた名前は間違いなく沙織のもので、黒川区在住の無職という点も彼女と完全一致していた。さらに、SNSには沙織が捕まった瞬間の様子が動画で拡散されていた。彼女がみっともなく警察官に暴言を吐く姿まで、世間に知れ渡ることとなったのである。犯罪者として捕まったうえに、そのような姿までさらされてしまうとは、何とも憐れだった。呆然とその動画を眺めていた瀬奈は、ポツリと呟いた。「捜査に進展がなくて捕まらないと思っていたのに……」「…………きっとアイツよ、アイツがやってくれたのよ」静香は瀬奈の手を取り、沙織の逮捕を喜んだ。当然、瀬奈も嬉しかったが、突然のことで理解が追い付かなかった。「姉さん……」「何よ、なかなかやるじゃない!やっぱりアイツは誰よりもあなたのことを思っているのよ!」彼女の言うアイツが湊斗であることが、瀬奈にはすぐにわかった。たしかに、急に沙織が捕まったとなれば湊斗以外には考えられない。「―――そうだ、瀬奈。ちょうどいい機会だし、アイツに電話してみたら?」「え、み、湊斗に?電話?」静香の提案に、瀬奈は困惑した。前に電話で冷たくされたときのことが思い出される。狼狽える瀬奈のスマートフォンを取った静香は、勝手に湊斗に電話をかけた。「ほらほら、愛する旦那にお礼の一つくらい言わないと!」
最終更新日: 2026-10-07
Chapter: 第347話
沙織はまるで罪人のように警察に腕を掴まれ、家の外に引きずり出された。パトカーが家の周りに集まるという異様な光景に、外には人だかりができていた。「……沙織さんが?嘘でしょう?」「そんな……彼女が一体何の罪を犯したというんだ」近隣住民たちは沙織のことをよく知っていた。元々、黒川区で彼女のことを知らない者などほとんどいない。近所に住んでいるのならなおさらだ。沙織は外面だけは取り繕っていたため、美しく愛想が良いことで評判だった。そんな彼女が警察に連れていかれる姿は、人々にとって衝撃だった。黒川区は裕福な家庭が多い都会だが、治安はあまり良いとは言えず、事件が起きるのはよくあることだった。しかし、犯人が美しい女性ともなれば注目を集めるのも当然である。(……みんなが私を見ているわ。噂が立つのだけは避けないと)沙織は近隣住民たちからの視線を避けるように、下を向いた。いつものように弱々しく振舞うことで、自身が被害者であるように見せるつもりだった。しかし、追い詰められたこの状況では意識していても本当の姿が出てしまう。沙織はパトカーに乗せられる際、警官の一人に頭を掴まれた。毎日手入れを欠かさない美しい髪の毛を見ず知らずの男に触られ、彼女は不快感を隠せなかった。「ちょっと、乱暴にしないでよ!」「……」犯罪者が何を言っているんだ――とでも言うかのように、冷たい目。彼女の美貌など、既に本当の姿を知っている警官たち相手には何の役にも立たなかった。彼女を軽蔑している若い警察官は、短く命じた。「さっさと乗れ」一回り以上年下であるにもかかわらず、なんて失礼な言い方。頭に血が上った沙織は思わず反論していた。「何よその言い方!私が釈放されたら、アンタたち全員皆殺しにしてやるわ!」「………」我に返ったときには、既に遅かった。普段の彼女からは想像もつかない暴言を吐いたことで、一部始終を見ていた近隣住民たちの視線が厳しいものへと変化した。「沙織さんがあんな言葉を使うなんて……」「やはり本当は悪人で、何らかの罪を犯して捕まってしまったのだろう」最初は何かの間違いだと思っていた近隣住民たちも、先ほどの暴言で考えを変えたようだった。沙織は羞恥で顔を真っ赤にしながらも、パトカーに乗り込んだ。突然大人しくなった彼女は、諦めたように車内にいる警官に向かって呟いた。「……さっさ
最終更新日: 2026-10-06
Chapter: 第346話
湊斗はここ数日間の出来事を振り返った。瀬奈と里亜がいない屋敷で、一人寂しく過ごすのはなかなかに辛いものがあった。しかし、彼女を危険から遠ざけたいと思っていたため、帰省を反対することができなかった。「それももう終わるんだな……長かったな……」全て終わった――とでも言いたそうに強張っていた表情を緩めた湊斗を、一馬がからかうように声をかけた。「まぁ、終わったとしても瀬奈ちゃんがいつ実家から帰ってくるかわからないけどな。もしかするとこのまま永遠にってことも……」「……お前、一発殴られたいか?」湊斗の身体から放たれる冷気を感じ取り、一馬は慌てて首を横に振った。「じょ、冗談だよ冗談!ちょっと場を明るくしようと思っただけで」「二度とくだらない冗談を言うな」湊斗の忠告に、一馬はわかったわかったと何とか彼を宥めた。「………ところで、子供たち二人は保護してあるんだな?」「ああ、沙織はあの子たちに悪影響を及ぼしてしまうだろうし……今は別の場所で暮らしてる」百合子と愛斗は、湊斗の計らいで今はベビーシッターの家にいる。いくら毒親だったとはいえ、血の繋がった母親が捕まるところを見るのは辛いだろう。そのような配慮からだった。「……今頃、沙織の家に警官が来ているはずだ。アイツに裁きが下る日も近いだろう」***湊斗の言う通り、沙織の家の前にはパトカーが停まっていた。警察官だけではなく、刑事までが彼女の家に集結していた。「ちょ、ちょっと何なのよ!」「――嶋田沙織さんですね?署まで同行願います」自身の家に押しかけた大量の警官を前に、沙織は狼狽えた。決して、心当たりがないわけではない。(どうして今になって警察が……?あの一件は終わったと思っていたのに……!)自分が黒幕だとバレることは絶対にないと高を括っていた。共犯たちは絶対に口を割らないだろうし、証拠だって全て燃やしている。ならば一体なぜ、彼女の存在が明るみに出てしまったのか。考える隙など与えられず、彼女は警官たちに引きずられていく。「ちょ、やめてよ!触らないでちょうだい!私には二人の子供がいるのよ!?」「関係ありません、さっさと連れて行け」沙織は外へ引きずり出され、代わりに刑事たちが家に入った。「何すんのよ!人の家に勝手に入らないでよ!」「家宅捜索です。あなたは容疑者ですから、話したいことがあるの
最終更新日: 2026-10-05
愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー

愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー

現代離婚CEO・社長・御曹司浮気・不倫ざまぁ
夏目家の長女・夏目由利(なつめゆり)は幼馴染で初恋の相手である薄井碧斗(うすいあおと)と結婚した。しかし、彼の本命は由利の妹の夏目紫苑(なつめしおん)だった。体の弱い紫苑は両親から溺愛されて育ち、由利は姉なのだからといつも我慢を強いられた。紫苑が病死したあと、碧斗は由利に「お前が死ねばよかったのに」と言い残し、彼女の目の前で自ら命を絶った。彼の死体を眺めていた由利の時間は巻き戻り、紫苑が亡くなる前に戻っていた。そこから何度か回帰を繰り返すが、由利は自らが死ぬ運命から逃れることができなかった。四度目、彼女はとうとう愛する夫から離れる決意を固める。今さら気遣ったってもう遅すぎた。
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Chapter: 第146話
突如告げられた衝撃的な事実に、由利は目を見開いたまま固まった。そんな姉の姿を、紫苑はクスクスと笑った。「姉さん、何をそんなに驚いているの?別に誰でも知っていることよ。あ、父さんは知らないか。あの人は私が自分の子供だって信じて可愛がってるんだから」「紫苑、どうして……」紫苑が父親の子供ではないという噂は、由利自身も聞いたことがあった。しかし、ただの噂に過ぎないだろうとあまり深くは考えなかった。しかし、当の本人がそのことを知っていて、堂々と認めたのだ。あまりの衝撃に、由利は思考が停止した。「紫苑……知っていたの……?」「当然でしょう?私がどれだけ母さんと一緒にいたと思ってるの?姉さんが知らないような夫婦の秘密まで、私は知ってるんだから」紫苑は平然と言い放った。彼女がいつ知ったのかはわからないが、実の父親だと思っていた人が赤の他人だなんて普通だったらショックだろう。しかし、紫苑はまるで落ち込んでいない。それどころか、口元に笑みすら浮かべていた。「紫苑……悲しくないの?」「悲しい?何のこと?」紫苑はわけがわからないというように笑みを深めた。「父さんが自分の本当の父親じゃないって……私だったらショックで夜も眠れないわ……」「別に悲しくなんてないわ。父さんは昔から仕事が忙しい人だったでしょう?思い入れもあまりないのよ」紫苑の言う通り、父の洋介は仕事人間で昔からあまり家にはいなかった。しかし、由利と違って紫苑はそんな父にとても可愛がられていた。いくら関わる機会が少なかったとはいえ、ショックを受けるのは当然ではないだろうか。「ああ、姉さんは正真正銘父さんの子だから安心してね。あなたは父さんと母さんの血をきちんと引いているわ」「……」そのとき、紫苑は突然アハハッと声を上げて笑い出した。シンと静まり返った夜の空間で、彼女の高い笑い声が響いた。「父さんも馬鹿よね。自分の子を蔑ろにして愛する妻が不倫の末に作った子供を可愛がっていたんだから。おかしくてたまらないわ」「紫苑……」目の前にいる紫苑が、とても人間であるようには見えなかった。そんな酷い言葉を、どうして平然と言えるのか。「当然、母さんは知ってたわよ?母さんは父さんを憎んでいたからね。父さんの血を引く姉さんよりかは……まだ別の男との子である私のほうがよかったんでしょうね」紫苑はそう言うと
最終更新日: 2026-10-09
Chapter: 第145話
病室へ入ってきた紫苑は、慌ててベッドにいる父の元へと駆け寄った。彼女は包帯に巻かれた父の手をギュッと両手で握り、無事を喜んだ。「父さん、よかった!無事だったのね」「紫苑……わざわざ来てくれたのか」突如やってきた愛娘の姿に、父洋介は僅かに頬を緩ませた。最近は紫苑を遠ざけていた父だが、やはり彼女が由利よりも可愛いのは変わらないようだった。「父さん、私すっごく心配したのよ?父さんが階段から落ちて大怪我をしたって聞いて、慌ててここまで来たの」「そうか……嬉しいよ」紫苑は毎回リアクションがかなり大げさだった。プレゼントを貰うときも過剰な反応をするし、ちょっとの怪我でも相手を心配する。そのような点が周囲に好かれるのだろう。しかし、彼女の本性を既に知っている由利と碧斗からすれば、創り上げた偽りの姿にしか見えなかった。それどころか、二人は紫苑に妙な違和感を感じ取った。(……変ね。仕事もしていない紫苑が、病院まで到着するのがどうしてこんなに遅くなるの?)由利や碧斗と違って暇を持て余しているはずの紫苑が、なぜすぐ近くの病院へ来るまでに時間がかかったのか。由利はチラと碧斗に視線を送り、彼の意向を窺った。「……」どうやら、碧斗も全く同じような疑念を抱いているようだった。そんな姉夫婦の疑問に気付くことはなく、紫苑は父の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。「―――父さん、よかったわね。命拾いできて。私もとっても嬉しいわ」***父親は怪我のため、仕事を休んでしばらく入院することになった。お見舞いを終えたあと、由利は帰り際の紫苑を引き留めた。病院の外は既に暗くなっていて、星が出ていた。「紫苑、ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」「どうかしたの?姉さん」紫苑がいつもの柔らかい笑顔で振り返った。星空の下で笑う彼女は、他の誰よりも儚く美しかった。「いや……今日、病院へ来るのがずいぶん遅かったのね」「ああ、部屋で寝ちゃってたのよ。そのせいで携帯の電話に気付かなくって……遅くなっちゃったの」紫苑は照れたようにエヘヘと笑った。さっきまで父親を心配していたとは思えないほど、彼女はいつもと何一つ変わっていなかった。由利はそんな彼女が理解できなくて、続けて尋ねた。「ねぇ、紫苑……あなた、どうしてそんなに平然としていられるの?」「平然と?何のこと?」きょとんと首を
最終更新日: 2026-10-07
Chapter: 第144話
碧斗が車を出し、二人は大慌てで父の運ばれた病院まで向かった。「父さんが階段から落ちて大怪我ってどういうこと?一体何があったの?」「詳しくは俺もわからない。だけど……会社で事故に遭ったそうだ。何とか一命を取り留めたけど、足を骨折したって……」「そ、そんな……」昔からずっと健康で風邪も引いたことがないような父が怪我で入院するだなんて。由利はとても信じられなかった。しばらく車を走らせると、由利たちは父のいる大きな総合病院に到着した。「…………パトカー?」病院の前には、なぜかパトカーが停まっていた。碧斗と由利は疑問に思いながらも、病院内へ入った。「―――父さん!怪我をしたと聞き……」病室へ入ると、何やら刑事と話し込んでいる父親の姿が視界に入った。どうして刑事さんがここに?突然室内になだれ込んだ二人を見た父親が、ゆっくりと顔をこちらに向けた。「……由利、碧斗君」「………父さん」由利と洋介の関係を察したのか、刑事が彼女に向かって頭を下げた。「夏目洋介さんの娘さんですか?」「ええ、そうです……父が怪我をしたと聞いて、急いで来たんです……」由利は隣にいた碧斗を夫だと説明を加えた。二人は洋介の親族として、特別に病室内にいることを認められた。「あの……どうして刑事さんが父の元を……?」由利は抱いていた疑問に触れた。何となく予想はつくものの、念のためきちんと確認しておきたかった。「実は……今回の一件が事故ではなく事件である可能性が浮上したんです」「…………やっぱり、そうだったんですね」由利と碧斗は顔を見合わせた。事故ではなく、事件。つまり、父はたまたま階段から落ちてしまったのではなく、何者かの手によって落ちた可能性があるということ。(一体誰が、父さんを……?)犯人の姿形もわからず、由利は途方もない不安に押しつぶされそうになった。父に危害を加えようとした人間がいる。頭に包帯を巻いた父は、由利に向けて口を開いた。「……意識を失う前、誰かに背中を押されたような気がしたんだ」「……父さん、誰かというのは」「……そこまではわからない。階段の上には誰もいなかった」事件だと判明したはいいものの、肝心の犯人の正体は掴めないままだった。室内にどんよりとした重い空気が流れていたそのとき、突然部屋の扉が開いた。「―――父さん、階段から落ちたと聞いた
最終更新日: 2026-10-06
Chapter: 第143話
碧斗の元から立ち去った由利は、一人部屋に戻った。彼女は突き止めた真実をノートにまとめ、じっくりと考え込んだ。「………やっとわかったわ。この残酷なループを終わらせる方法を」しばらく考えた末に、ある一つの結論に辿り着いた。どうして三度も人生を経験しておきながら、そのことに気が付けなかったのだろう。普通に考えれば、すぐにわかることだというのに。「私にとっての一番の敵は……きっと紫苑―――彼女だわ」―――紫苑こそ、このループの鍵を握っている。そのような考えになるまで、そう時間はかからなかった。彼女がそう思ったのには、当然いくつか根拠がある。(まず、おそらく私は三度とも死んでいるのよ。一度目と二度目は記憶が途切れていたというだけで、本当は死んでいた)つい最近、一度目の生の最後の記憶を取り戻した。三度目の通り魔と全く同じ男に襲われて、最後を迎えた。きっと二度目も同じ人物に刺されて死んだのではないだろうか。その可能性が高いだろう。「紫苑は碧斗のドリンクに何か薬を仕込んでいた……そう考えたほうが自然ね」一度目、二度目と碧斗は紫苑の死に耐えられず自ら命を絶った。最後に由利が見た彼は、あまりにも異常だった。(そうよ、今思えば碧斗はあそこまで平然と暴言を吐くような酷い性格の人ではなかった……多少、冷たいところはあったけれど……)おそらく前世の彼は、紫苑が与え続けていた薬の影響でおかしくなっていたのだろう。中毒性の高い薬を与え続けると、人は簡単に狂ってしまう。そのせいで理性を失い、最後は自死という選択をしてしまったのではないだろうか。もし碧斗が紫苑と不適切な関係を続けていたのも、薬が関係しているのだとしたら、何だか複雑な気分だった。「だとしたら、私は一体誰に憎しみを向ければいいのかしら……」そう呟いたそのとき、突然部屋の扉が勢いよく開けられた。「――ゆ、由利!大変だ!」「……碧斗、どうかしたの?」切羽詰まった様子で中に入ってきたのは、ついさっき話したばかりの碧斗だった。彼は肩で息を吐きながら、由利に縋り付いた。いつも冷静な彼がここまで慌てているなんて、珍しい。一体何があったのだろうか、由利は嫌な予感を隠しきれなかった。「―――義父さんが、階段から落ちて大怪我をしたって!」「…………何ですって?」
最終更新日: 2026-10-05
Chapter: 第142話
由利は探偵に調査を依頼し、紫苑が普段何をして過ごしているのかを徹底的に調べさせた。しばらくすると、彼女の元に調査結果が出た。紫苑は一日の大半を、自宅で過ごしている。仕事も家事もしていない彼女は、特にすることがないため当然かもしれない。親しくしている友人もあまりいないため、遊びに行くこともない。しかし、由利はあることが気にかかった。「………どうして、毎日同じ時間に出かけているのかしら?」調査結果を見ると、紫苑は毎日正午に必ず外出していた。行き先は日によって違うものの、時間帯は、毎回同じ。しかし、会う相手は毎回別の男。そのことに、由利は妙な違和感を感じた。碧斗が仕事から帰ったあと、彼女は探偵が撮影した男たちの写真を彼に見せて尋ねた。「この男……見覚えがあるな。全員」「ほ、本当!?一体いつ!?どこで!?」「お、落ち着いてくれ……」激しくまくし立てる由利を、碧斗は何とか宥めた。「たしか、高校時代紫苑の周囲にいた男たちだ。由利、君は知らないだろうけど……紫苑の学年ではそこそこ有名だったと思う」「……周囲にいた男?」「ああ、いわゆる取り巻きってやつだな」由利は紫苑の学生時代の交友関係を、ほとんど知らなかった。二つ下の彼女は学園内で見かけることもあまりないため、そもそも関わる機会すらあまりない。ただ、異性に対する距離感がバグっているとかいう噂を時々聞いては眉をひそめていた。いくら注意しようと直すような人間ではないので、特に気に留めることもなかった。「高校時代の友人と今でも会ってるってこと?一体何のために?」「さ、さぁ……それだけ仲が良かったんじゃないのか?」碧斗は何とも思っていないようだったが、由利は何かが引っかかった。(いや……そんなことありえない。紫苑は打算的な人間よ。彼女が何の得もなしに高校時代の男たちと関わりを持つとは思えないわ)それに相手は友人ではなく、取り巻きという名の下僕。ますます、彼らと関わる理由がなかった。考えられる可能性はただ一つ。おそらく、接点を持つことで何らかのメリットがあるのだろう。「由利……考えすぎじゃないか?ただの友人同士の付き合いという可能性も……」「そうだったら、いいんだけどね……」逆に碧斗は、紫苑の危険性を何もわかっていなかった。どこまでもお気楽な男だと、由利は呆れていた。「私の言ったこと、覚え
最終更新日: 2026-10-03
Chapter: 第141話
碧斗から聞いたその情報に、由利は驚いた。「変な飲み物ってどういう意味よ?」「俺も詳しくはわからないけど……たしかに紫苑に渡された飲み物を飲んでから、妙な気持ちになったんだ。どうしてあんなふうになったのかはわからない」俺の勘違いかもしれない――と碧斗は困惑した表情で付け加えた。しかし、彼の勘が鋭いということを由利は知っていた。何かが違うと碧斗自身が感じたのであれば、きっと勘違いなどではないだろう。(……もしかして、紫苑は碧斗の飲み物に何か薬を入れたのかしら?)考えられる可能性はいくつかあるけれど、その情報だけだと確信まではいかない。紫苑を問い詰めたところで、言い逃れをされるのは目に見えているし。――由利の脳裏に、こちらを見て笑う紫苑が浮かんだ。その笑顔の裏に隠された本当の姿を、彼女は三度の人生で既に知ってしまっている。まさかそんなことをするだろうかと昔の由利なら思っただろうが、今は違う。常人なら躊躇うようなとんでもないことを、平然とやってのけるのが紫苑だった。碧斗からその話を聞いた由利は、彼に忠告した。「……碧斗、これからはできるだけ紫苑から貰ったものを受け取らないで。食べ物や飲み物ならなおさら、口にしてはダメよ」「……ああ、わかったよ」碧斗は素直に応じた。彼の中でもまた、紫苑に対する疑いを抱き始めていたのだろう。(紫苑のことを……調べる必要があるわ……)――彼女が何か仕掛けてくる前に、今は出来る限りの対策をしなければならなかった。***それから数日後、由利はいつも通り家を出た。しばらくの間休職していた彼女にとって、久々の出勤だった。「――いってきます」玄関で挨拶をすると、起きてきたばかりの紫苑が言葉を返した。「姉さん、いってらっしゃい。今日はいつもより早いのね」「ええ、大事な仕事が急遽入っちゃってね……」既に碧斗と父は家を出たあとだった。二人ともいつも出勤はもっと遅い時間だが、どうやらあまり家にいたくないようだった。特に父は、淳子がいなくなってからというもの、紫苑を避けるように早く家を出ている。元妻にそっくりな紫苑を見るのが辛いのだろう。そのため、由利も最近は父とまともに話していなかった。「姉さん、早めに帰ってきてね。家に一人は寂しいから」「……ええ、できる限りそうするわ」由利は目の前でニッコリと笑う紫苑に笑い返
最終更新日: 2026-10-02
夫の拷問で死んだ私、今世は離婚します!今さら泣いて縋っても戻りません!

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離婚CEO・社長・御曹司浮気・不倫裏切り
九条香織(くじょうかおり)は初恋の人である羽川亮太(はがわりょうた)と結婚し、幸せな毎日を送っていた。香織は亮斗に尽くし、彼のためなら何でもやってのけた。しかし待っていたのは亮太の裏切りだった。彼は会社の部下と関係を持ち、愛人との間に子供まで作った。その後愛人が毒を飲み、亮太は香織を犯人だと疑い凄惨な拷問を加える。失望のまま命を落とした香織の時間は巻き戻っていて…!?香織は亮太との離婚を決意する。一方、香織がいなくなった家で亮太は後悔に苛まれていた。
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Chapter: 第248話
その日の夕方、亮太がいつもより早く帰宅した。ちょうど日菜乃は外出しており、他の家政婦たちも既に帰っていた。まだ仕事を全て終えていなくて残っていた香織は、挨拶をするために階下へ下りた。「おかえりなさいませ、旦那様」「……」亮太は頭を下げる香織を、黙ったままじっと見つめていた。(何……何かしら……?)妙な視線に、香織は何だか嫌な予感がした。すると、唐突に亮太が香織の頬に手を伸ばした。彼女は振り払いそうになるところを必死で我慢した。ゴツゴツした手が白い肌に触れる。こんなにも優しい手つきで触られたのは、前世でも今世でも初めてだった。「お前……名前は何て言うんだったっけ?」「し、志澤です」本当の名前は九条香織だが、ここでは偽名を使っている。特殊メイクのおかげか、日菜乃にも彼女の正体はバレていなかった。(どうして急に名前を聞いたの……?)たしかに初日にちゃんと挨拶をしたはずだった。忘れているのか、それとも何か別の目的があってあえて聞いているのか。どちらにせよ、面倒だ。「下の名前は?」「……唯奈です」「唯奈……」亮太は彼女の決めた名前をボソッと呟いた。頬に触れた彼の手が、スルリとその柔らかい肌を撫でた。何が目的でこのようなことをしているのか。香織は彼の考えが全く理解できずにいた。亮太は彼女の顔を見つめながら、口を開いた。「…………お前の顔、誰かに似ているような気がしてならないんだが」「き、気のせいですよ、旦那様……私はどこにでもいる顔ですから……」亮太は香織の正体を疑っているようだったが、納得したのか頬から手を離した。香織はホッと胸を撫で下ろした。どうなることかと思ったけど、一安心だ。「そうか……別人か……」「はい、別人です」香織はそのまま何事もなく、無事に今日の勤務を終えられることを願っていた。しかし、事態は予期せぬ方向へ進んでいくこととなる。亮太は突然香織の腕を掴むと、壁に押し付けた。「キャアッ!」両手を縫い付けられ、彼女は身動きが取れなくなった。目を開けると、亮太の顔がすぐ近くにあった。一体どういう状況?香織は理解が追い付かなかった。香織にならまだしも、赤の他人にこのような無礼を働く人ではなかったはずだ。亮太は香織の頬をギュッと掴むと、ニヤリと口角を上げた。「―――お前のことをなかなかに気に入った……お前、俺の
最終更新日: 2026-10-12
Chapter: 第247話
あの侵入事件があり、日菜乃は出かける際自室に鍵をかけていくようになった。そのせいで、香織は二度と日菜乃の部屋に入ることができなかった。しかし、犯行内容が詳細に書かれたノートのページは、隠し持っていたスマートフォンで撮影済みだった。そのため、彼女の計画は筒抜けである。偶然ではあるが、日菜乃の計画を事前に知ることができたのは運が良かった。おかげで、対策を取ることができる。(人の家に放火するだなんて……正気の沙汰じゃないわ)香織はちょうど、先輩家政婦と昼食を摂っていた。不幸中の幸いというべきか、先輩たちは優しかった。「奥様はいつもそう。私たち家政婦にパワハラしてばっかり。掃除もちょっとでもホコリが落ちてたらやり直しだし、洗濯物もシワがあったら大激怒。厳しく叱責されるわ」「奥様はとても厳しい方なのですね……」家政婦たちの話題は、主に日菜乃に関する愚痴だった。どうやら彼女はパワハラまでしていたようだ。水をかけられたり、掃除道具を投げられたりした家政婦もいたという。彼女のパワハラのせいで、家政婦たちは入れ替わりが激しかった。美由紀がやめたあとからは特に激しくなったという。「元愛人のくせに、生意気よね。まぁ、今は旦那様からの寵愛が薄れているせいで荒れてるんでしょうけど。だからって人に当たらないでほしいわ」「まったくもってその通りですね」香織は心の中でざまあみろ!と日菜乃を嘲笑った。普段の行いが悪いと人から嫌われてしまうのだ。「三ヵ月もてばいいほうだと思いなさい。どれだけ仕事を完璧にこなしていたとしても……遅かれ早かれあの人のパワハラの餌食になるわ」「……」先輩家政婦はフゥと息を吐くと、香織に向かって告げた。「できるだけ早いうちから、別の仕事を探しておくことね。ここは特別時給が高いわけでもないし……ハッキリ言って働く価値がない。もっと良い職場はいくらでもあるわ」「………ご忠告ありがとうございます」香織は家政婦に礼を言った。しかし、彼女はどれだけ警告されようとも、この仕事をやめるつもりはない。どんなに辛かったとしても、今は我慢しなければいけなかった。(まだ私にやらないといけないことがある。大切な人たちの幸せを守るためにも……絶対にあの女に打ち勝たなければならないわ)香織は決意を固め、拳を握りしめた。
最終更新日: 2026-10-09
Chapter: 第246話
その頃、ちょうど日菜乃が邸に帰ってきていた。てっきり夜まで帰らないと思っていた家政婦たちは、あまりにも早い帰宅に驚いた。今日は日菜乃も亮太もいないから楽できる――なんて思って、サボっていた彼女たちは慌てて仕事を再開した。「お、奥様……ずいぶんお早いお帰りですね……」「ちょっと忘れ物しちゃって、取りに来たのよ」日菜乃はそんな家政婦たちを不審に思いながらも、時間がギリギリだったため、問い詰めることはしなかった。一人の家政婦は部屋の掃除をしながら、声を潜めて尋ねた。「ねぇ、そういえばあの子は?」「ああ、あの新しく来た若い女の子?」彼女たちは香織の身を案じていた。日菜乃の恐ろしさを、よく知っていたからだ。「どこに行っちゃったのかしら……奥様にバレたらまずいことになるわ……何もないといいけれど……」そんな家政婦たちをよそに、日菜乃は香織のいる二階の自室へと階段を上って行った―――***香織は日菜乃のノートを前に、身体が石のように硬直していた。そこには詳しい犯行計画が書かれていたが、想像するだけでゾッとするような内容だった。(家に火をつけて……家族ごと……?)香織はふぅと息を吐いて額を手で押さえた。日菜乃は本当にそんなことを計画しているのだろうか。とても、人間のするようなことではなかった。しかし、最初こそ香織は半信半疑だったが、冷静に考えてみれば日菜乃ならやるかもしれないと思い始めるようになった。(とにかく、この計画が実行されることがあってはならないわ……!)そう意気込んだそのとき、突然こちらへ近づく足音が耳に入った。「………ま、まさか」最悪の事態を想定し、香織の身体が急速に冷えていった。日菜乃は自室に他人を入れることを嫌うため、家政婦ですら彼女の部屋を掃除したことがなかった。―――つまり、ここに来るのは日菜乃以外にありえなかった。(ど、どうしよう……)悩んだ挙句、香織は慌ててノートを引き出しの奥に戻し、部屋の掃除をするフリをした。しばらくすると、部屋の扉が開いた。「…………ちょっとあなた、私の部屋で一体何をしているの?」「掃除をしておりました、奥様」香織は至って平然を装い、日菜乃と対峙した。「掃除?私の部屋はしなくていいと、他の家政婦に教わらなかったの?」「え……あ、そういえばそんなことを言われたような気が……」今にな
最終更新日: 2026-10-07
Chapter: 第245話
日菜乃の部屋にこっそり入った香織は、細心の注意を払いながら室内の調査を始めた。何か貴重なものが出てくるかもしれない。香織は慎重になって部屋の捜査をした。(それにしても……結構ものが多いのね。あまり片付いていないわ)テーブルの上にはメイク道具が散乱し、整理整頓ができていないようだった。日菜乃とは一時期同居していたものの、当然部屋に入ったことは一度もなかった。「あら……これは……母親の写真かしら?」引き出しを一つ開けた香織は、中から出てきた写真にポツリと呟いた。若き日の日菜乃と、彼女によく似た女性が写っていた。残忍な性格の彼女だが、母親を思う気持ちがあったとは意外だった。そんな中、香織は引き出しの一番奥からノートを一冊見つけた。ピンク色の可愛らしい表紙のノートは、おそらく日菜乃の日記か何かだろう。人の日記を勝手に読むのは憚られる行為だが、自分の身を守るためには仕方がない。前世では彼女の策略で凄惨な拷問を受ける羽目になってしまったのだから。香織は意を決して最初のページを開いた。日記だと思ったが、中身はまるで落書き帳のようだった。雑な文字で、乱暴な言葉がぎっしりと並べられている。おそらく日菜乃の書いたものだろうが、そこに書かれた言葉たちがあまりにも物騒だった。「毒を飲む……?」香織は書かれていた文字を声に出した。そこにはたしかに、致死量に満たない毒を飲むとハッキリ記載されていた。(これって……前世で私が日菜乃に受けた仕打ち……)香織の心臓が急にバクバクと激しい音を立てて鼓動し始めた。さらに同じページには、拷問の内容が書かれていた。偶然か、それらは前世で香織が受けたものと全く同じだった。なぜ、こんなものが書かれたノートが引き出しに入っているのか。毒を飲むと書かれたページは、大きくバツ印が打たれていた。その横には、毒を入れる機会がないためと小さく書かれている。計画こそしたものの、今世では途中でやめるという判断に至ったのだろう。香織はホッと胸をなでおろした。彼女はそのままページをめくった。誘拐し、男たちに襲わせる。またしてもバツ印が打たれている。実行したものの、成功しなかったという意味でのバツのようだ。このノートは日記ではなく、日菜乃の犯行記録なのだろう。だとしたら、次の計画が必ず書いてあるはず。鳴りやまない胸を抑えながら、彼女は次のペー
最終更新日: 2026-10-06
Chapter: 第244話
特殊メイクを施した香織は特にバレることもなく、羽川家に潜入することができた。家事は慣れていないが、彼女は元々器用なほうだ。「志澤さんは仕事が早くて助かるわ。私がいなくても、もう一人でできそうね」「ありがとうございます、先輩」そう言って彼女を褒めちぎったのは、羽川家で働く先輩家政婦の一人だった。先輩とはいっても、まだ働き始めて数週間しか経っていない。日菜乃は何かと家政婦たちをクビにするため、入れ替わりが激しい。家政婦たちはいつ首を切られるかわからないという不安の中で働いていた。「そうだ、ここで生き残るための術を教えてあげましょうか?」「……何でしょうか?」一人の先輩家政婦がおもむろに口を開いた。顔を上げると、その家政婦は不敵な笑みを浮かべていた。「―――奥様の気に障るようなことは絶対にしないこと。それとお嬢様の教育には口を出さないことね」「……」それはまるで、警告のようだった。香織は微笑みながら頷いた。「……ご忠告、ありがとうございます」後者は大丈夫だろうけど、前者は守れる気がしなかった。なぜなら、彼女はこれから日菜乃の気に障るようなことを絶対するからだ。「旦那様はそもそも家庭に無関心だから、私たちをクビにすることは滅多にない。奥様のほうが問題よ。あの方は何かと理由を付けて家政婦たちをクビにするんだから」「……とんでもないお方ですね」日菜乃は見た目こそ穏やかで優しそうに見えるが、実際の性格は真逆。他人を貶めることが好きで、気に入らないことがあるとすぐにヒステリックを起こして人に当たる。「…………ところで、奥様と旦那様はいつ頃帰ってこられるのでしょうか?」「さぁ、今日は夜まで帰らないって聞いているわ。奥様はパーティーに参加するために、隣の区まで行っているそうよ」家政婦はシーッと唇に指を当てながら、サボるなら昼までにしなさいよと言った。「……貴重な情報、ありがとうございます」香織は礼を言うと、他の家政婦たちから離れてある場所へと向かった。「…………ここが日菜乃の部屋ね」彼女が訪れたのは、日菜乃が暮らしている自室の前だった。扉に可愛らしいプレートがぶら下げられているその部屋は、間違いなく彼女の部屋だ。香織は迷うことなく、ゆっくりと扉を開けた。
最終更新日: 2026-10-04
Chapter: 第243話
朱里を叔母の元に送り届けてから数週間が経った頃、香織は姿を別人に変えてとある場所で働いていた。「―――初めまして、新しくここで家政婦として働かせていただくこととなりました。志澤唯奈(しざわゆいな)と申します」いつもの黒い髪を明るく染め、特殊メイクを施して全くの別人になった香織。彼女が今いたのは、羽川邸――それも、亮太と日菜乃の前だった。日菜乃は気に入らないというように眉をひそめて、香織を見つめている。一瞬バレたのかと焦ったが、彼女が不快に思っているのは別の理由からだった。「……アンタ、ちょっと髪の毛明るくしすぎじゃない?ギャルにしか見えないんだけど、ちゃんと仕事できるわけ?」「私、父親が外国の出身で……髪色は元々明るいんです。染めたことは一度もありません」「そう……」地毛だと言われてしまえば、それ以上追及することはできない。日菜乃は諦めたように黙り込んだ。どうやら正体がバレてはいないようだ。香織は心の中で安堵の息を吐いた。こんなにも心臓がバクバクするのは生まれて初めてかもしれない。そのとき、横にいた亮太が突然香織に近づいた。「………君の顔、誰かに似ているような」「……!」香織はビクッと肩を上げ、亮太を見上げた。何かを探るようにこちらを見下ろす彼の姿に、彼女は今度こそ終わりかもしれないと痛感した。「…………いや、気のせいだな。そんな偶然あるわけがない」しかし、亮太はそう呟くと、彼女から顔を背けた。疑いが晴れ、香織は慌てて弁明のために口を開いた。「誰に似ていたかは存じ上げませんが……私はこの場所へ越してきたばかりですので勘違いかと」「…………そうか」久々の亮太は、よく見ると顔色があまり良くなかった。疲れているのだろうか。「詳しい仕事内容は他の家政婦から教わってくれ。俺はそろそろ仕事に行く」「はい、旦那様」香織は礼儀正しく、去って行く亮太に向かって一礼した。彼はこの間、一度たりとも妻の日菜乃を視界に映すことはなかった。「……そうね、仕事さえ完璧にやってくれるのならどうでもいいわ。それと……私たち夫婦の内部事情は絶対に外に漏らさないでね」「はい、承知致しました。奥様」不仲だという噂が流れて評判に傷が付くのを恐れているのだろう。そう言われると香織はむしろ噂を流してやりたかったが、今そんなことをするわけにはいかなかった。「精一杯
最終更新日: 2026-10-03
今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか

今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか

現代CEO・社長・御曹司浮気・不倫初恋
初恋の相手である城田宗助(しろたそうすけ)と結婚した永山美里(ながやまみさと)。 しかし夫の昔の恋人であり、初恋の相手・今野萌子(こんのもえこ)が帰ってきた。宗助を貶めたい何者かの手によって美里は拉致され、壮絶な拷問を受けることとなる。結局、宗助は最初から萌子のことしか頭になかったのだ。絶望のまま命を落とした美里は、目を開けると宗助と結婚する前に時間が戻っていた。 今度こそ貴方と結婚したりしない。しかし、美里が距離を置こうとすればするほど宗助が近づいてきて……?
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Chapter: 第135話 番外編 一度目の宗助⑤
――気付いた頃には、家族が全員いなくなっていた。美里は宗真の拉致拷問により亡くなった。そしてその宗真は薬物の過剰摂取により死んだ。一体誰がこんなことをしたのか。宗真は捻くれているが、元々穏やかでそのような残酷なことをするような性格ではない。誰か彼を操った者がいるということは明白だった。美里を失った宗助は死に物狂いで犯人を捜し出した。宗真が死んでしまった今、全てを明らかにすることは難しいかもしれない。しかし、彼は美里をあんな目に遭わせたその結果、中学時代の同級生の里奈とかいう女が関わっていることが判明した。宗助は彼女を捕らえ、一連の事態の顛末を問い質した。「そ、宗助君!?急に何なのよ!」宗助は里奈の胸倉を乱暴に掴んだ。女性に対してあまりにも無礼な行動だったが、そうでもしないと彼の気が収まりそうになかった。「宗真に薬を与え続けたのはお前だろう?」「な、何のことだか……」しらばっくれる里奈の首に、宗助は手をかけた。「そっ、そうよ!ただ私は彼を好きに操ることができればそれでよかったのよ!」「なら何故美里をあのような目に遭わせた?」「そ、それは――萌子って女がそうすれば宗助君を手に入れられるって言うから!」「……何だと?」何故、ここで萌子の名前が出てくるんだ。宗助はあ然とした。里奈は彼が動揺しているその隙を狙い、矢継ぎ早に話した。「薬を飲ませたのは私だけど、宗真君を唆したのは間違いなく萌子よ!その証拠にあの女とのやり取りのデータもちゃんと手元に残ってるんだから!」「……」宗助は呆然としながら、里奈の首から手を離した。***里奈から真実を全て聞いた宗助は、家に帰り、真っ暗な部屋の中から外を眺めていた。「あぁ、美里……」お前はこの広い邸宅で一人、どれだけ辛い思いをして過ごしていたんだ。愚かにも、自分はそのことに全く気付かなかった。俺も今、ここから飛び降りればお前の元へ行けるのか。いや、俺が死んだところでどうせ行くのは地獄だ。お前のように天国へは行けないだろう。なら、せめてもの贖罪としてアイツらを道連れにしないといけないな。その瞬間、彼の虚ろな目が狂気に染まった。部屋に飾られていた写真立てには、愛する女性の映る写真が入れられていた。彼はその写真を胸に抱きしめて呟いた。「俺が、必ずお前を傷付けた者たちを地獄に落としてやるからな」
最終更新日: 2026-05-18
Chapter: 第134話 番外編 一度目の宗助④
萌子の何気ない一言は、その後ずっと彼の頭から離れなかった。あの一件は事故として処理され、すでに終わったことだった。しかし、聡明な宗助は何かがあるような気がしてならなかった。両親の死には彼女が関係しているのか。だとしたら、彼女を野放しにしておくわけにはいかない。「萌子……」宗助は最後に見た彼女の顔を思い浮かべた。社長夫妻の死を悼んでいるに見えたが、その口元は僅かに笑みを浮かべているようにも感じた。萌子は宗助を変わったと言ったが、彼にとっては変わったのはむしろ彼女のほうだった。お前はいつからそんな表情をするようになったんだ。まるで宗助を嘲笑っているようだった。そしてその日から、宗助は事故について独自に調査を進めた。***調査を始めてから一週間後。「犯人の男ですが……今野萌子さんの高校の同級生でした」「……何だと?」彼は部屋で秘書からの報告を受けていた。「萌子と深い仲にあったということか?」「いえ、そこまでは……しかし、萌子さんと同じ高校に通っていたことはたしかなようです」彼の予想は的中していた。やはりあの事故には萌子が関わっている。彼女が実行犯の男を唆したのか、どのような手を使ったのかはわからないが、間違いなく萌子が黒幕だろう。宗助の勘は昔からよく当たるほうだ。握られた彼の拳に力が入った。もし、萌子が今回の一件に関与していたとしたら……彼の目が氷のように凍てついた。両親の死が萌子によるものならば、彼は絶対に彼女を逃がさないだろう。「……萌子のことを調べろ。今何をしているのか、俺と出会う前の彼女のことまで、全て。余す所なく」「はい、宗助様」***萌子に関する調査を始めてからというもの、宗助の彼女に対する疑いは日に日に強くなっていった。初めて知った萌子の過去。彼女はかつて、宗助に男性との交際経験があまりないと言っていた。しかし、秘書からの報告によると、萌子は学生時代から恋人が途切れたことがなかったのだという。(全て嘘だったのか……俺に言っていた家庭の事情も……)そうやって平然と嘘をつくことのできる人間だ。宗助は彼女の本当の姿を垣間見たような気がした。「……萌子と、連絡を取ることはできるか?」「……宗助様、何をなさるおつもりですか?」秘書は宗助がどれだけ心の中で美里を想っているかをよく知っていた。不倫でもするつもり
最終更新日: 2026-05-17
Chapter: 第133話 番外編 一度目の宗助③
その日、白羽区の自宅付近を歩いていた宗助は、たまたま萌子と出会った。六年前と変わっているところが何もなさそうだった。彼が最後に見た、美しい姿のまま。しかし、そんな彼女を見ても彼の胸がときめくことはなかった。――彼はもう、萌子を過去の女性として捉えていた。「……どうしてお前がここに」「たまたま近くへ来てね……懐かしくなっちゃって、ここへ寄ったのよ!」萌子は宗助を見上げながら、嬉しそうに顔を輝かせた。彼女は再会を喜んでいるようだったが、彼は全くそのような気持ちにはなれなかった。「……萌子、二度と白羽区に入らないと両親と約束したんじゃなかったのか?」「……宗助?」彼の冷たい口調に、萌子は一瞬にして真顔になった。どうしてそんなことを言うのか、困惑しているようだった。萌子は縋りつくように彼の胸に手を触れた。「宗助、どうしてあなたは私にそんな目を――」彼は冷たくその手を避けた。「萌子、俺たちはもう赤の他人なんだ。そういうのはよしてくれ」「……何ですって?」以前とすっかり変わってしまった彼の様子に、萌子はショックを受けたようだった。「お前も知っているはずだ。俺にはもう妻がいる」「……!」宗助は泣きそうな顔で俯く萌子をじっと見つめていた。付き合っていたあの頃のように抱きしめもしなかった。萌子はすでに彼の心に自分はいないのだということを、嫌でも思い知らされた。「……宗助、あなたはずいぶん変わってしまったのね」「……どういうことだ?」その言葉に宗助は眉を上げた。「私は六年前のあの日から、あなたを忘れた日は一日たりともなかったわ。そしてずっと、あなたも同じ気持ちでいてくれてるんだって、そう思ってた」「……」「だけど、過去にいつまでもしがみついていたのは私だけだったようね」そこで萌子は顔を上げ、彼と目を合わせた。返ってくるのは、やっぱり冷たい目。萌子は諦めたように、宗助から背を向けた。その姿を確認した彼も、来た道を戻ろうとした。「そういえば、あなたのご両親が事故で亡くなったって聞いたわ」「……」宗助は萌子のほうを振り返った。「薬物中毒者の運転した暴走車に轢かれて亡くなってしまうだなんて……何て酷い話……」萌子は手で口元を覆い、悲しそうに目を伏せた。その言葉が本心から出たものかどうか、彼には判断できなかった。「あんなにも偉大な
最終更新日: 2026-05-16
Chapter: 第132話 番外編 一度目の宗助②
城田家の御曹司宗助と、永山家の令嬢美里の結婚は、政略的なものだった。宗助には元々相思相愛の恋人がおり、彼女がいなくなったことで美里が後釜に据えられた。――宗助は美里を愛してなどいない、彼女はただ萌子の代わりに過ぎないのだ。美里は愛し合う二人の間に割って入る邪魔者であり、宗助が愛するのは萌子ただ一人。二人の結婚は、世間からそのような印象を抱かれていた。しかし、少なくとも宗助は彼女を妻とすることを望んでいた。「――宗助、お前の婚約者っていつ見ても綺麗だよな」「……何を急に」ある日の昼休み、友人が彼にそう漏らした。美里が綺麗なのは当たり前だ。実際に彼は、彼女よりも綺麗な人を今までほとんど見たことがなかった。当然のことすぎて、いちいち言うまでもない。「あんなに美しい人はそうそういない。お前、あの子のこと別に愛してるってわけじゃないんだろ?なら今からでも俺に譲って――」「……お前、死にたいのか?」宗助の鋭い目に、彼は真っ青になった顔で両手を横に振った。「じょ、冗談だよ!」「……どうだかな」美里がどれだけ異性から人気があるかを宗助はよく知っていた。街を歩けば通りすがりの男たちが彼女に見惚れている。そんな男たちを見るたびに、彼らの目をえぐり取ってやりたかった。それからしばらくして、宗助は婚約していた美里と結婚した。二人の結婚式は両家の繋がりを誇示するために盛大に行われた。ウエディングドレス姿の美里は誰から見ても美しく、彼も目が離せないほどだった。美里と結婚したとき、宗助は世界を手に入れた気分になった。こんなにも美しく愛らしい彼女と結婚できるということがとても嬉しかったのだ。彼女と二人なら、きっと温かい家庭を築いていける。そう信じて疑わなかった。しかし、そんな彼の思いとは裏腹に二人の結婚生活はすれ違いの連続だった。ちょうどその頃、宗助の仕事が多忙を極め、美里は家に一人取り残されることが多くなった。彼は早く彼女を安心させてやりたいという思いから、仕事に精を出した。朝早くに家を出て、夜遅い時間に帰る。そんな生活を続けていたせいか、美里と顔を合わせる機会は減っていった。今思えば、あのときにしっかりと彼女と向き合っていればよかったのだろう。そしてその最中、両親が事故によって亡くなった。いつも厳しかった両親だったが、死ぬにはあまりにも早すぎた。彼
最終更新日: 2026-05-15
Chapter: 第131話 番外編 一度目の宗助①
――何も、できなかった。別に彼女のことを嫌いだったわけではない。むしろ、とても大切に思っていた。愛する人を失って疲弊しきっていた彼を支えてくれた唯一の人。昔から、いつも彼の傍に寄り添ってくれた女性。何故、彼女の大切さに気付けなかったのだろうか。彼女がいなくなったあと、彼はとてつもない後悔の念に苛まれた。しかし、後悔したところで既に遅すぎた。***白羽区――都の北部に位置する特別区。富裕層が多いと言われる区内でもひときわ目を引く大きな邸宅。そこには少し前まで、一組の夫婦とその両親が住んでいた。しかし、今は何故かどの部屋も明かりがついていなかった。真っ暗な夜の闇の中で、静かに佇んでいた。「……」邸宅の一室で、彼は一人微動だにせず座っていた。時刻は深夜の一時。人々はとっくに眠りに就いている頃だったが、彼は真っ暗な部屋で目を開けたままある一点を見つめていた。机の上にはさっき開けたばかりの酒瓶が置かれていた。彼は元々そこまで酒が好きではない。こんな夜中に一人で飲むことなど初めてだった。現実逃避をするかのように、彼は浴びるように酒を飲んだ。とても眠れるような気分ではなかった。そういえば、昨日もこんな感じだった。彼女がいなくなってからというもの、仕事も何も手に付かなかった。重くなった瞼をそっと閉じれば、脳裏にその姿が浮かび上がる。『宗助、とっても綺麗なお花でしょう?あなたのために買ってきたのよ』いつだったか、彼女が彼のために白羽区の花屋で花束を買ってきたことがあった。満面の笑みで花を差し出す彼女に、自分は何て言ったんだったか。『あなたが最近寂しそうだったから……綺麗な花を見ると元気が出るかと思って』彼の記憶の中の彼女が切なげに微笑んだ。何故、そんな顔をするんだ?彼は泣きそうな彼女を前に、ただその場に立ち尽くしていることしかできなかった。どうすればいいかわからなかった。いつも笑顔だった彼女が、そのような顔をすると胸が締め付けられるように痛かった。お前にいつまでも笑顔でいてほしいから、ここ最近は仕事に専念していたというのに。『宗助……』彼女は彼の名前を呟き、一筋の涙を流した。涙を拭ってやりたくて手を伸ばそうとするが、何故か体は動かなかった。――彼女はそのまま彼に背を向けて、暗い闇の中へと消えて行った。「……」彼女がいなくなったあと
最終更新日: 2026-05-14
Chapter: 第130話
五年後、城田家の本邸では。大きなお腹を抱えた女性が、急ぎ足で邸宅内を歩いていた。「宗助、宗真くんからハガキが届いたわよ!」「……美里、お前は身重なんだ。そうやってあまり動くものではない」書斎に座っていた宗助は、突然部屋へ入ってきた美里の膨らんだお腹をそっと撫でた。彼女が第一子を妊娠してからもう六か月だ。美里は不安そうに顔を歪ませる宗助を見て笑みを零した。「あら、ちょっとくらいは平気よ?」「俺がどれだけ心配していると思っているんだ」萌子が捕まり、宗真が海外へ旅立ったあの日から五年の年月が流れた。その間に宗助は父親の跡を継いで社長に就任し、美里と結婚した。先代の社長夫妻は田舎にある別邸へと住まいを移し、今や城田家の本邸は美里と宗助のものとなっている。二人は彼の書斎にあるソファに、横並びで座った。彼から届いたはがきを二人で眺めた。「宗真くん、今は海外で楽しく過ごしているようね。私たちの出産祝いのものまで贈ってきたわ」「ずいぶん気が早いけどな」宗真は一年間の留学を終え、今は海外で生活をしている。美里は最初そのことを心配していたが、上手くやっているようだ。「海外生活を謳歌しているようね。楽しそうでよかった」「……そうだな」宗助ははがきを見つめながら軽く頷いた。彼も弟のことはもう心配していないようだ。たびたび帰ってきてはつまらない冗談を言い合うくらいの仲にはなっているようだし。「そういえば、流星と瑠璃子の結婚式がもうすぐ行われるでしょう?招待されたから行きたいんだけど……」「絶対に行かなければならないのか?」流星の名前に、宗助がピクリと眉を上げた。宗助は今でも流星のことが気に入らないようだ。「宗助ったら、流星はもう瑠璃子のことが好きなのよ?そんな風に心配しなくても……」「俺はどれだけアイツがお前に惚れ込んでいたかを知っている」「それは過去の話よ」美里は不快そうに顔をしかめる彼の頭を撫でた。そんな嫉妬深いところも、彼女にとっては愛おしかった。「このあと、お義父さんとお義母さんが久々に来るそうよ」「そうか……楽しみだな」「……今、楽しみって言った?」「言ってない」宗助はそれだけ言うと、美里からぷいっと顔を背けた。いやいや、絶対言ってたと思うんだけど!?「宗助ったら、いい加減素直になりなさいよ」「俺は昔から素直だ」「どこ
最終更新日: 2026-05-13
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