LOGINその後、三人は近くにあるデパートでショッピングを楽しんだ。セレブが多く訪れる都内の高級デパートに来るのは久しぶりだった。「姉さん、兄さん、早く早く!」「瀬奈、あまり急ぐな……」瀬奈は年を取ってもなお、お転婆なところが昔と変わらない。そんな彼女に、泰西も静香もクスリと笑みを溢した。「昔はいつも走っては転んで泣いちゃってたのに……今はすっかり大人ね」「姉さんったら、私のことを何だと思っているの?もう子供じゃないんだから」泰西はそんな妹の姿に、懐かしさを覚えた。そういえば、昔は時々二人で遊んだっけ。瀬奈は幼すぎて覚えていないだろうが、彼にはたしかにそんな記憶があった。無邪気な姿が、あのときに見た彼女と重なった。はしゃぎまわるところも、自分には到底作れない屈託のない笑顔も。瀬奈は良い意味で、昔から何も変わっていなかった。もしも、彼女がいなければ、静香とこんなふうに和解することもなかっただろう。その点で言えば、瀬奈には感謝してもしきれない。「ねえ、見て!あの人たち、とっても綺麗だわ!芸能人か何かのグループかしら?」「あら、本当!特にあの男の人……俳優さんみたいね」誰から見ても美しい三兄弟は、周囲からかなりの注目を集めていた。しかし、三人の時間に入り込んでいる瀬奈たちは、当然そんなこと気にも留めていない。三人全員にそれぞれ配偶者がいるし、別に異性からの人気を集めたいとも思っていなかった。「今日は……欲しいものがあったら何でも言え。特別に俺が買ってやろう」「あら、兄さん、太っ腹なのね?」その言葉に、瀬奈は嬉しそうに笑った。彼女の笑顔に、彼は昔から勝てなかった。泰西は何だかんだ、妹には甘い兄だった。「デパ地下でケーキでも買いましょうよ!今日は兄さんの奢りだし、甘いものを食べると幸せになれるんだから!」「あら、いいわね」静香は彼女の提案に賛成し、三人はエスカレーターで地下へと下りて行った。以前の三人の関係からは信じられないくらいに穏やかな時間が流れていた。(この幸せが永遠に続いたらいいな……)瀬奈は静香と泰西に囲まれながら、心の中で願った。一方その頃、湊斗は愛する瀬奈のためにある決断を下していた――
その後、瀬奈たち三人は近くにあるファミリーレストランで昼食を摂ることにした。暁家の令嬢と令息がファミレスを昼食に使うなど前代未聞だった。メニュー表を見た泰西がポツリと言葉を溢した。「……こんなものを食べるのか?」「アンタ、庶民の飯は食べられないとでもいうわけ?」「兄さん、ここのご飯とっても美味しいのよ!」瀬奈と静香は暁家を既に出ており、質素な暮らしを送っていた。そのため、彼女たちにとってはファミレスのご飯なんて食べ慣れたものだ。しかし、泰西だけは違う。彼はいつも高級なランチを嗜んでおり、ファミレスなんて入ったこともなかった。庶民的な食事を嫌っているわけではないが、ただ初めてなので困惑していた。そんな彼を置き去りに、瀬奈と静香は話を進めていく。「私ハンバーグにしようかな!ライスとセットで!姉さんは?」「そうねぇ……期間限定のこのドリアすごく美味しそうだわ」二人がタブレットで注文を終えたあと、瀬奈は一人取り残されている泰西に尋ねた。「兄さんは何にするの?」泰西は未だ決められていないのか、メニュー表をめくってばかりいる。そんな彼に呆れた瀬奈は、勝手に注文を始めた。「兄さんの分は私が決めてあげるね!一番のオススメを注文しておくわ!」「お、おい……瀬奈……」泰西は瀬奈を止めようと声を上げたが、彼女はお構いなしに注文を終えた。泰西の食の好き嫌いを把握しているわけではないが、このままではいつまでたっても決められない。時間は無限にあるわけではないのだ。このあとも、久々に二人と買い物でもしたいし。「私が責任もって美味しいものを選んでおいたから、安心してね。兄さん」「……お前、そこまで大胆だったか?」ニッコリと笑う瀬奈に、泰西はそれ以上何も言えなかった。しばらくすると、三人のいるテーブルに料理が運ばれてきた。瀬奈が泰西のために選んだのは、一番人気メニューであるチーズインハンバーグだった。「兄さん、私のイチオシよ。ぜひ食べてみて」「……」瀬奈に薦められ、泰西はナイフで一口サイズに切ったハンバーグを口に運んだ。何回か咀嚼をしたあと、ゴクリと飲み込んだ。「……美味いな」「ね!?美味しいでしょう!?」泰西がポツリと溢した一言に、瀬奈は嬉しそうに笑った。完璧な兄に初めて認められたような気がしたのだ。「昔から誰よりもプライドの高いアンタがね…
それから数日後。「――姉さん、兄さん!仲直りしたようでよかったわ!」「……アンタ、私を嵌めたわね」静香の鋭い視線に、瀬奈はビクッと肩を上げた。結果仲直りできた静香と泰西だったが、静香は瀬奈に騙されたのが何とも気に入らなかった。彼女はたった一人の妹を心配していた。瀬奈を助けるためにここまで来たというのに、こんなことになるとは思ってもみなかったのである。「アンタがこういうことを企むとは……予想外だったわ」拗ねたような静香に、泰西は横から口を挟んだ。「だが、その罠にまんまと嵌まったのはお前だろう?」「何ですって?」仲直りしてからまだ数日しか経っていないというのに、既に一触即発状態。瀬奈は慌てて二人の間に入り、彼らを宥めた。「姉さん、兄さん、落ち着いて!今日は喧嘩なんてしに来たわけじゃないでしょう?」「……」瀬奈が二人の肩をポンポンと叩き、喧嘩寸前の兄姉を何とか落ち着かせた。今まで誰も止めることができなかった二人の喧嘩だが、瀬奈が間に入れば話は別だ。「……そうね、今日は別に目的があってここに来たんだから」「……たしかに、俺は今も喧嘩なんてするような気分じゃないしな」瀬奈の言葉で、静香と泰西も今日何をしに来たのかを思い出した。泰西が運転する車から降りた三人は、そのまますぐ傍にある墓地へ入った。(兄さんと姉さんと並んで歩くだなんて、初めてかもしれないわね……)瀬奈は横にいる兄姉にチラリと目を向けた。なぜか、二人が一緒にいるととても心強く感じる。しばらく墓地の中を歩くと、目的地に到着した。――『暁家之墓』墓石に刻まれたその文字を前に、瀬奈は二人を振り返った。「兄さん、姉さんも。今日この場所へ三人で来ることができてとっても嬉しいわ」長い間微妙な関係だった二人と、母親の墓参りに行きたいというのは瀬奈の夢だった。しかし、心のどこかで叶うはずがないと諦めていた。「ああ、そうだな……」「それに関しては私も同じ気持ちよ」泰西と静香が、柔らかく微笑んだ。こんなにも穏やかな時間が三人の間に流れるとは、本人たちも想像していなかった。三人は花を供えると、墓の前で手を合わせた。つい最近、日記を読んで初めて知った母の本当の愛。かなり衝撃を受けたが、今ではだいぶ受け入れることができた。(……母さん、どうか安らかに眠ってください)瀬奈は両手を合わせなが
静香は信じられないような目で、目の前の泰西を見つめていた。彼女の知る彼は、こんな顔をするような人間ではなかった。それも因縁とも言える静香の前で。(……どうして、そんな顔をするの?まるで、幼い頃の泰西を見ているみたい……)静香と泰西は昔から仲が悪いわけではなかった。瀬奈が生まれるまで、彼らはお互いにたった一人の血の繋がった姉弟だった。そのため、絆も深く、母親の目の届かないところで遊んだりもしていた。今ではもうほとんど覚えていないが、たしかに薄っすらと記憶に残っている。あの頃に戻れたらいいななんて、思ったことも一度や二度ではなかった。しかし、今さら何て言って仲直りをすればいいというのか。そもそも泰西と会う機会も少ないうえに、顔を合わせればつい憎まれ口ばかり叩いてしまう。そんな状況では、とても仲良くすることなどできなかった。泰西は照れくさそうに頭を掻くと、目を逸らしながら口を開いた。「……静香、すまなかった」「泰西……」プライドの高い泰西の口から飛び出したとは思えないような言葉だった。彼女も何かに導かれるように、釣られて言葉を発した。「……私も、ごめんなさい。くだらないことであなたに当たっちゃって……」「……いや、いいんだ。もう終わったことだし……」泰西は静香に向かって柔らかく微笑んだ。そんな彼に、彼女も笑みを返した。静香と泰西の間で、久々に流れる穏やかな時間だった。(……瀬奈はこのことを想定して、私をここに呼んだのかしら)思えば最初から変だった。我慢強い瀬奈が耐えられなくなって静香を呼び出すなんて、考えてみればあり得ないことだ。「……あの子にまんまと嵌められたわね」静香は妹の瀬奈を思い浮かべ、ポツリと呟いた。こうなることをわかっていて、どこかで見ているのかと思うと何だか恥ずかしい。泰西は静香の気持ちを察し、同意した。「そうだな……瀬奈の頼みでなければ、俺はここに来なかった。お前もそうだろう?」「ええ、その通りよ……」長年わかり合えなかった静香と泰西だが、実は本人たちも気付いていなかった共通点があった。――それは、お互い瀬奈に甘いこと。二人は彼女の頼みを断ることができなかった。彼女自身は、兄たちと自分を比べて何の才能もないと思っているだろうが、それは違う。瀬奈には守ってあげたくなるような庇護欲や、人を惹きつける才能がある。怖
静香は泰西の姿を見て固まった。いると思っていたはずの瀬奈の姿はどこにもなく、代わりに昔から犬猿の仲だった実の弟がいる。(どうして泰西がここに……)瀬奈に嵌められたと気付いた静香は、帰ろうか悩んだ。しかし、妹の意図がわかってしまったせいか、どうしても足は動かなかった。「……座ってくれ」泰西は室内の椅子に座り、正面の席を静香に薦めた。彼女は渋々応じ、彼の前に腰を下ろした。ここまで来てしまった以上、何も話さずに帰るというのは流石に気が引けた。向かい合った二人だが、何を話せばいいのかわからず、しばらくは沈黙が続いた。先に口を開いたのは、泰西だった。「……久しぶりだな、静香」「ええ……前に会ったのはいつだったかしらね」静香は瀬奈が湊斗と結婚する前に暁家と縁を切り、家を出て行った。それからというもの、父親や弟の泰西とは一切連絡を取っていなかった。感動の再会と言いたいところだが、とてもそんな気分にはなれなかった。元々の二人の関係を思えば、当然ではないだろうか。顔を合わせれば喧嘩ばかりする姉弟。通っていた中高一貫校では、もはや一種の名物になっていた。昔はまだ仲が良かったけれど、大きくなるにつれて父親にそっくりになる泰西に、静香は嫌悪感を覚えるようになった。特に、昔の彼の人を見下すような発言は気にかかった。いくら注意しようと、泰西は聞き入れることもなく、姉の静香すら馬鹿にしたのだ。可愛げがあった昔とは違い、彼は変わってしまった。そのことが、静香にとっては悲しくてたまらなかった。いくら父親から厳しい教育を受けていようとも、心までは支配されないと思っていたのに。泰西は気まずそうに視線を宙に彷徨わせたあと、再び口を開いた。「…………その、元気にしていたか?」「……何よ、それ」昔からの因縁のせいか、静香は素直に答えることができなかった。(……私も泰西に負けず劣らず性格が悪いのね)そういうところは血の繋がった姉弟らしいなと、静香は笑みを溢した。「ええ……あの家を出てからは快適に過ごせているわ。父さんとも会うことはないし」「そうか……」静香は泰西以上に、父親とは折り合いが悪かった。もちろん、そのことは泰西も知っている。「お前が幸せそうでよかったよ」「……思ってもないこと言わないでよね。あなたにとっては、病気にでもかかっていたほうがよかったでしょう
暁家の長女静香と長男泰西の仲の悪さは昔から有名だった。顔を合わせるたびに喧嘩ばかりをし、中高一貫校に通っていた頃は生徒たちの前でも堂々と罵詈雑言を浴びせ合うほどだった。そんなことが続き、周囲の人間は二人を会わせないように徹底するようになった。(それでも、まだ昔はよかったと思うんだけど……)元々性格が合わなかった二人は、泰西が大人になるにつれてどんどん険悪な雰囲気になっていった。父に反発していた静香は、父親に似た泰西までも嫌悪するようになったのだ。瀬奈の言葉に、泰西は気まずそうに顔を背けた。「仲直りって言っても、アイツは俺と仲良くするだなんて御免だろう?」「そんなことないわ、兄さん。姉さんだってきっと兄さんとの仲を改善したいって思ってるはずよ」「アイツが?あるわけないさ」瀬奈はそんな泰西の言葉を聞くたびに辛くなった。昔は瀬奈も泰西のことが苦手だったが、今は違う。彼女が彼とわかり合えたように、きっと静香ともうまくやれるのではないか。瀬奈は泰西との仲を改善してから、そのような思いを抱くようになった。大好きな二人だからこそ、仲良くしてほしいのだ。「兄さん、兄さんも本当は私たち姉妹のことを大切に思っているんでしょう?」「瀬奈……」瀬奈は湊斗から、泰西が自身を長年気にかけていたことを聞いていた。それに加えて、先ほど抱きしめてくれた優しい手。父はともかく、泰西なら静香とわかり合えると瀬奈は確信していた。彼女の圧に押され、彼は渋々受け入れた。「……わかったよ。一度だけ、アイツに会ってみる」「兄さん……!」***それから瀬奈はすぐ、静香に電話をかけた。泰西は静香と連絡先を交換していないため、彼女の力を借りるほかなかった。瀬奈は泰西の名前を出すことなく、静香と会う近いうちに会う約束を取り付けた。突然会いたいと言った瀬奈を、静香はかなり心配した。湊斗と何かあったのではないか、それとも実家の暁家のほうか。静香は妹思いで、瀬奈が辛い目に遭っているのを黙っていられなかった。数日後、彼女は瀬奈から指定されたホテルの一室に訪れた。「瀬奈……!大丈夫……!?」しかし、そこに瀬奈の姿はなかった。代わりにいたのは―――「ア、アンタ……どうしてここにいるのよ……!」「………久しぶりだな、静香」室内に立っていたのは瀬奈ではなく、真っ黒なスーツに身を包んだ







