INICIAR SESIÓN誕生日パーティーが終わり、誠也は静香たちと共に稲田町へ帰っていた。車の助手席に乗る彼の脳内には、先ほど見た湊斗と瀬奈の姿が永遠に浮かんでいた。一時は熱烈に愛した女性だった。しかし、誠也は彼女の幸せを心から願っている。未練がないと言えば嘘になってしまうが、以前に比べたら熱も収まり始めていた。(時間が経てば忘れるとは言うが……まさにその通りだな)いつまでも執着せずにいられてよかった。既に新しい人生を歩み始めている瀬奈からすれば、自分の好意は邪魔でしかないはずだから。誠也は窓の外を眺めながら、ポツリと呟いた。「家族っていいですね……」「あら、あなたも今になって家族の良さに気付いたのかしら?」運転席で車を運転していた静香が反応した。誠也は今日、静香の車で里亜の誕生日パーティーへと訪れていた。彼女には夫がいるが、家族ぐるみで付き合いのある誠也なら何の問題もないと許可されたのだった。「ええ……もし、自分に子供がいたらどんな感じだったんだろうって少し想像していたんです」「そういえば、誠也君は前の奥さんとの間に子はいなかったわね」誠也はバツイチで、数年前まで既婚者だった。前の妻と別れたあとは特に誰とも交際することなく、家業に専念していた。瀬奈に恋をしてからは彼女と共に歩むことを夢に見ていたが、結局その恋も叶うことはなかった。二度と結婚なんてしないと思っていたのに……。なぜか、今になって欲が湧いてきたようだった。そんな彼の気持ちに気付いたのだろう、信号待ちで静香が口を開いた。「誠也君、誰か良い娘を紹介してあげましょうか?」「……静香さんの紹介なら、きっととっても素敵な人なんでしょうね」実は以前、一度だけ似たような提案をしたことがあった。しかし、誠也は恋愛は向いていないとキッパリ断りを入れていた。今回もそう言われるかもしれないと僅かに思っていた静香は、驚いて目を見張った。ようやく前に進めたのかと、彼女は微笑んだ。「私も……瀬奈もきっとあなたの幸せを願っていると思うわ」「……そうですね、瀬奈さんを心配させたくはありませんから」そう口にした彼の瞳には、以前のような熱烈な愛情は感じられなかった。誠也は誠也なりに、瀬奈のことを割り切ったようだった。そうともなれば、話は早い。「年齢は同じくらいがいい?どんな子がタイプとかあるの?」「ええ、そうです
湊斗が瀬奈を連れてやってきたのは、屋敷の外―――かつて二人で何度も過ごしたことのある庭だった。既に日が沈みかけていた。楽しい時間だったせいか、ずいぶんあっという間に感じられる。瀬奈は彼のほうを振り返った。「湊斗、どうして私をここに……?」「お前にどうしても話したいことがあったんだ」そう言うと、湊斗は瀬奈の前でゆっくりと跪いた。赤い夕日を浴びているせいか、彼の頬が僅かに上気しているように見える。「湊斗……?」突然の彼の行動に、瀬奈は目を丸く見開いた。一体何をするつもりなのだろうか。瀬奈はきょとんとした顔で湊斗を見下ろしていた。跪いた彼と視線がぶつかる。「……お前に、きちんと伝えておかないといけないと思って」「伝えるって……一体何を?」その姿勢から、大体察することはできる。それでもわざわざ聞いたのは、聞きたい言葉があったからだろうか。湊斗は跪いたまま、瀬奈の手を握った。彼の両手に包み込まれ、温もりが広がった。「―――瀬奈、俺の過去の罪はいくら後悔したところで到底償えない。それはわかっている」「……」いくら瀬奈が彼を受け入れたとはいえ、湊斗の胸に残る罪の意識はいつまでも消えないままだった。「だが、俺はお前なしでは生きていけない」湊斗は縋り付くような眼差しで彼女を見上げた。そこから続いたのは、もう何度目かわからない愛の告白だった。「少しでも離れているとお前に会いたいと思うし……何なら傍にいても会いたいと思うときがある」「……何よ、それ」傍にいても会いたいだなんて―――瀬奈は思わず笑いそうになってしまった。「俺は冷酷で残忍な人間だから……お前とは似合わない。そのことは誰よりもよくわかっている。だが、この先二度とお前を傷付けないと誓う」「湊斗……」そこまで言うと、彼は胸ポケットから何かを取り出した。白い小さな箱の中から姿を現したのは、シルバーの指輪だった。「結婚指輪……お前がつけてないのが気になっちゃって、用意したんだ」「あら……素敵な指輪ね」瀬奈は左手を彼に差し出した。湊斗は彼女の意思を汲み取り、薬指に用意した指輪をはめた。指でキラキラ光る輪っかに、瀬奈は微笑んだ。「いいわよ、傍にいてあげるわ。だから絶対に幸せにしてね」「瀬奈……!」感極まった湊斗は、勢い余って瀬奈に抱き着いた。瀬奈は湊斗の背中に腕を置き、彼を抱きしめ
瀬奈への深い愛が込められたラブソングを歌ったことで、なぜか稲田町の面々に対する湊斗への好感度が急激にアップした。「神宮司さんの旦那さんはとっても素敵なお方ね」「ええ、私にとっても自慢の夫なんですよ。湊斗と結婚できて本当に幸せです」瀬奈は笑顔で返事をした。取り繕っているわけではない、彼女は今本当に心からの幸せを感じていた。すれ違っていた時期もあったけれど、今では乗り越えられている。瀬奈はパーティーに招待した女性陣と話していた。湊斗は誠也を始めとした男性陣と少し離れたところで会話をしている。お互いに、同性相手のほうが話しやすかったからだ。「長い結婚生活でここまで愛し合っている夫婦も珍しいわね、羨ましいわ」「そうね、夫婦の円満の秘訣とかあるのかしら?ぜひ聞きたいわ」ふと、その中の女性の一人に尋ねられた。(夫婦円満の秘訣……?)そんなもの考えたことがなかった瀬奈は、返答に悩んでしまった。しかし、湊斗との長い結婚生活の間に学んだことはいくつかある。「そうですね、夫婦二人の時間をきちんと取って話し合うことでしょうか……お互い誤解したままだと、いつかはすれ違って仲も険悪なものになってしまいますから」「たしかに、その通りだわ」「ウチも夫ときちんと話し合うべきよね。神宮司さん、良いことを聞けたわ」女性陣たちは納得したように次々と声を上げた。自分なりに良い回答が出せたようで、瀬奈は安心した。今のは彼女だからこそ、できた回答ではないだろうか。たくさんの涙を流し、苦しい時期を乗り越えて今の瀬奈がある。「―――瀬奈」「……湊斗?」すぐ傍から聞こえた声に振り返ると、いつの間にか湊斗が立っていた。(一体いつからそこにいたんだろう?ずっと聞いてたのかな?)彼は真剣な面持ちで瀬奈を見下ろしていた。「少し、二人で話せるか」「……」湊斗の突然の提案に、彼女は迷うことなくコクッと頷いた。瀬奈は話していた女性陣に断りを入れ、一度部屋から退出した。
その後、瀬奈は音痴ではないことを証明するべく招待客全員の前で一曲披露した。ちょうど里亜が泰西からもらったマイクを使って。彼女は湊斗への愛が込められたラブソングを一曲歌い上げた。二十年前の歌ということで、里亜はきょとんと首をかしげながら聞いていた。誠也や真由子は瀬奈に気を使い、パンパンと手拍子をしてあげていた。何とも優しい人たちだった。一曲歌い終わったあと、微妙な空気が室内に流れた。「わ、わぁ~……神宮司さん、とっても上手ね」「そうね……一生懸命さがすごく伝わってきたわ」明らかに上手いとは思っていなさそうだ。チラッと横にいる湊斗に目をやると、口元を手で押さえて笑いを堪えていた。身体はプルプルと震えている。そんなに面白い歌だったのだろうか。瀬奈は湊斗の肩を掴んで問い詰めた。「ちょっと、何なのよ?さっきから失礼じゃない?人が精一杯やってるってのに」「いや、すまない……お前があまりにも可愛らしくて……笑ってしまったんだ」「どういう意味!?」瀬奈は子供のように頬を膨らませた。「じゃあ、アンタが歌ってみなさいよ!」「え、俺が?」突然瀬奈にマイクを渡され、湊斗は呆然とした。なぜ俺が?とでも言いたそうな顔だ。瀬奈はそんな彼に強引にマイクを持たせた。渋る湊斗を後押しするように、真由子や誠也が声を上げた。「あら、それいいですね!社長も一曲歌ってみてください!」「そうですよ社長、人の歌にケチつけるくらいなら自分で歌ってみてください」ここにいる人たちは基本瀬奈と里亜の味方。湊斗アンチも同然だった。瀬奈が受け入れたから黙っているだけで、個人的には彼を許したわけではない。周囲からの刺すような視線をひしひしと感じ、湊斗は仕方なく立ち上がった。「……しょうがないな、一曲だけだぞ」「そうよ、一曲くらい歌いなさい」瀬奈ですら、湊斗の歌声は一度も聞いたことがなかった。彼がどのくらい歌えるのか、見ものである。湊斗は先ほどのお返しだとでもいうかのように、男性向けのラブソングをチョイスした。長いイントロのあと、湊斗はゆっくりと口を開いた。―――彼が歌い始めた途端、室内はシンと静まり返った。普段の湊斗からは想像もつかない、透き通った柔らかい声が部屋に響き渡った。「あら、まぁ……!なんて素敵な歌声……!」女性陣はうっとりした様子で聞いていた。それは瀬奈も同じ
湊斗と誠也が無事に仲直りを果たし、パーティーに穏やかな雰囲気が戻った。瀬奈は部屋の隅に置かれていたプレゼントボックスの山を指差した。「里亜、みんなからプレゼントがたくさん届いているわよ。早速開けてみましょう」「わぁ、何が入っているんだろう?とっても楽しみ!」里亜はワクワクしながら、瀬奈と一緒にプレゼントの箱を開けた。愛想の良い里亜は、稲田町でもたくさんの人から好かれていた。全員が里亜のためにと、プレゼントを用意してくれたのである。最初の箱から出てきたのは、リボンがつけられた子供用の服だった。「わぁ、とっても可愛いワンピース!」「よかったわね、里亜」瀬奈は嬉しそうに微笑む娘の頭を撫でた。里亜は次々と箱を開封していった。最後に残ったのは、その中でも一番大きなプレゼントボックス。「あら……?この箱って、もしかして兄さんから……?」「え!?アイツがプレゼントを用意したですって!?」瀬奈の発言に、静香が真っ先に反応した。泰西は仕事があってパーティーには来れなかった。しかし、里亜宛てにプレゼントを贈ってくれたようだった。(兄さんったら……)このような気遣いができた人だったのかと、瀬奈は少しだけ驚いた。泰西が用意したプレゼントの箱は、他の人たちが贈ったものよりもずっと大きかった。「一体何を用意したのかしら……やけに重たいけど……」「アイツのことだし……何か変なものでも送り付けてきたんじゃないの?」「まさか、兄さんがそんなことするはずがないわ」泰西の名に、里亜ははしゃいだ。里亜は以前暁邸を訪れたことで、泰西にかなり懐くようになった。「伯父さんからのプレゼント!早く開けようよ、ママ!」「え、ええ……そうね……」瀬奈は里亜に急かされ、泰西からのプレゼントに手をかけた。その横で静香と里亜は何が出てくるのか、ただじっと見守っていた。「あら、まぁ……」「わぁ……!」里亜が感動したような声を上げた。箱の中から出てきたのは、ピアノだった。ピンク色の可愛らしい子供用電子ピアノには、歌が歌えるようにマイクも付属されている。(ピアノだなんて……兄さん、考えたわね)瀬奈も子供の頃はピアノを習っていた。才能があったわけではないが、今でも簡単な曲なら弾くことができる。「兄さんからの手紙もあるわ!なんて書いてあるのかしら!」瀬奈はプレゼントに同封されてい
里亜の何気ない一言に、誠也の顔がみるみるうちに青くなった。いつも冷静な彼がそんな表情をするなんて、珍しいものを見れた。って、今はそんなことを言っている場合ではない。(里亜、いくら何でもそれはマズいわよ)まだ幼い里亜は、そんなこと気にも留めていなかった。湊斗は険しい顔で誠也を問い詰めた。「お前、俺の妻だけではなく、娘までも誑かしていたのか……!?」「ご、誤解です……社長……!」彼の胸倉を掴み、今にも殴りかかりそうだった。その間に里亜はドレスをヒラヒラさせながら移動し、静香の元まで避難していた。後ろで揉める誠也と湊斗のことなど気にもしていない。「湊斗、落ち着いて。誠也さんは何もしていないわ。ここは人目が多いし……今日は里亜の誕生日パーティーなんだから」「……」瀬奈の言葉で湊斗はようやく落ち着きを取り戻したようだった。今日は里亜が六歳を迎えためでたい日だ。無関係な大人たちの争いごとは避けたい。瀬奈は湊斗と誠也の間に立った。「ほら、二人とも……せっかくの機会だし、仲直りしましょう」「な、仲直りだと……?お前、何を言っているんだ……?」湊斗はもちろん、誠也も彼女の提案に乗り気ではなかった。二人の過去の確執を思えば、当然のことかもしれない。(でもね……絶対に分かり合えない人間なんていないのよ?私もちょっと前まではあなたたちと同じような考えを抱いていたんだけど……)あれだけ仲の悪かった泰西と静香ですら、仲直りできたのだ。湊斗も誠也も根っからの悪ではないし、きっと上手くやっていけるはずだと、瀬奈は確信していた。「二人とも……仲良くしましょう!」「「……」」突然そんなことを言われても、仲良くなどできるはずがない。当然、湊斗と誠也は難色を示した。しかし、瀬奈は諦めなかった。「二人が仲良くなれば、きっと里亜も喜ぶと思うわ。私も……湊斗と誠也さんにいつまでも微妙な関係でいてほしくないし」「……」重い沈黙の中、先に口を開いたのは湊斗だった。「……わかったよ、お前がそう言うなら」「湊斗……!」彼は愛する瀬奈の意を汲み、誠也と仲直りすることを決めた。誠也は驚いていたが、他でもない湊斗がそう言うのならと、受け入れた。「変な言いがかりつけて悪かったな……」「いえ、お気になさらないでください、社長……」湊斗は照れくさそうにしながらも、誠也に手を差







