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第12話

Auteur: 竹流し
寧は長い夢を見た。健介との思い出が次々と脳裏を駆け巡った。

一番幸せだったのは、雪山の麓で抱き合い、夕日に永遠の愛を誓ったあの時だった。だが、瞬く間に彼は成海のため嘘をつき続け、偏愛的な態度と不信感で彼女の心をズタズタに引き裂いていった。

最後には感覚も麻痺し、無理やり飛行機に乗り込んだ。しかし激しい心臓の痛みに襲われ、意識を失った。

目を覚ますと、端正で上品な横顔が目の前に迫り、穏やかな声が耳元に届いた。

「目が覚めましたか。傷の処置は終えたが、心臓の方が……」

寧のぼんやりとしていた視線が再び焦点を定め、すぐに白石信男(しらいし のぶお)の言葉の中のキーワードを捉えた。「心臓?ここはどこ?スイスに来たのですか?」

信男は頷きながら寧の気持ちを落ち着かせた。

「ここはチューリッヒの療養施設で、僕はここの主治医の白石です」

その短い自己紹介だけで寧の警戒心はかなり和らいだが、簡単に礼を言った後もなお、退院を強く主張した。

「申し訳ないですが、退院は許可できません。あなたの体調は不安定で、いつ急変してもおかしくありません」

最後の言葉を信男は静かに口にしたが、目の前の人物の表情がどこか寂しげに変わったことに気づいた。

「ありがとうございます、白石先生。でも、私がスイスに来たのは安楽死を遂げるためです」

寧の口調は非常に淡々としていて、そのあまりの平静さに信男は一瞬言葉を失い、驚いて眉を上げた。「霧島さん、あなたはまだ28歳です。これからまだ可能性があります」

寧は静かに首を横に振り、自ら袖をまくって、まだかさぶたにもなっていない生々しい傷跡をさらけ出した。

「たった一人のために十一年間も必死に耐えてきたのに、その人に追い詰められ、どん底に突き落とされました。そんな私に、何の可能性があるというのですか?」

寧は自嘲気味に笑い、涙が頬を伝い落ち、沈んだ瞳を伏せた。

薬を塗る時に目にした光景を思い出し、信男は拳をぎゅっと握りしめた。

「霧島さん、医者として、命を大切にしてほしいです。それが今の僕にできることです」

信男は一冊の研究報告を差し出し、その内容について寧に説明し始めた。

「これは僕たちのチームが二年前に行った心疾患治療薬の研究資料で、あなたの症状に対して高い効果が期待できます。ただし、まだ未知のリスクも伴ってます」

信男はさ
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