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第5話

作者: ゆるり
文幸も台所に入ってきて、娘の腕を見ると、低い声で言った。

「まず冷やせ」

清子は早百合を抱いたまま流しの水で腕を冷やしてやり、それから部屋へ向かった。歩きながら、優しく背中をさすってあやしている。

知代は喉が詰まって、ひと言も出てこなかった。

小さいころの娘も、こうだった。泣きじゃくると知代の胸にもぐりこんできて、しゃくり上げながら「かあしゃん」と呼んでいた。

それが今では、よその女の腕の中で、母さんは悪い人だと泣いている。

台所は、また静けさを取り戻した。

知代はようやく動き出した。しゃがみこんで割れた土鍋の破片を拾い集め、床にこぼれたおかゆを雑巾で拭きとる。

文幸の視線が、おかゆでぐっしょり濡れた知代の背中に一瞬留まった。眉がかすかに寄ったが、すぐに目をそらした。

そして、そっけなく言った。

「早百合のやけどに薬を塗らないと。うちにはやけどの軟膏がない。近くの薬局で買ってきてくれ」

騒ぎを聞きつけて、隣の大野のおばさんが心配して様子を見に来ていた。戸口で、たまらず口を挟む。

「ここ何日か物騒なんだから。夜遅くに女が一人で出歩くなんて危ないわよ。明日の朝に買いに行ったって同じでしょう?」

それを聞いて、文幸は少しためらうような顔をした。

ちょうどそのとき、部屋の引き戸が静かに開いた。

出てきた清子が、小さな声で言う。

「よかったら、私が行きましょうか。どうせ眠れないし」

そう言ってから、迷うようにうつむいた。

「ただ、私は体調が優れないから、歩くのも遅いし……夜中に早百合ちゃんが目を覚まして、私がいなかったら……」

その言葉に、文幸の表情がわずかに動いた。

彼はあらためて知代のほうを向いた。

「すぐそこだ。お前が行け」

知代は小さくうなずいただけで、何も言わずにバッグを手に家を出た。

外はもうとっぷりと暮れ、街灯がぼんやりと黄色い光を落としていた。

路地へ曲がった瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。目の前が真っ暗になり、布袋のようなものを頭から被せられ、そのまま壁に叩きつけられる。

背中のやけどを容赦なく押さえつけられ、喉の奥から低くかすれた呻きが漏れた。

知代は必死にもがいたが、相手の手を振りほどけない。無数の拳や蹴りが次々と体に飛んでくる。

やけどを負った背中を何度も踏みつけられ、骨の髄まで突き刺すような激痛が、とめどなく込み上げてきた。

歯を食いしばり、地面を掻きむしるようにして、どうにか起き上がろうとする。そのたびに、腹や足を思いきり蹴りつけられた。

やがて痛みの感覚すら麻痺して、耳鳴りだけが残った。

ふいに、殴打がやんだ。

誰かが小さく毒づく。

「まさか、本当に死んじまったんじゃねえだろうな?」

もうひとりが苛立たしげに言った。

「川波が言ってたろ、何かあったら自分が責任持つって。死んだってこの女の自業自得だ。ほら、ずらかるぞ!」

ばらばらと足音が散っていく。

知代は地面に倒れたまま、冷たい土に頬を押しつけていた。地面をつかんでいた指から、ゆっくりと力が抜けていった。

次に目を覚ましたとき、きつい消毒液のにおいが鼻をついた。

「目が覚めたか」

ベッドの脇に文幸が座っていた。目の下には濃い隈ができ、疲れきった顔をしている。ひと晩じゅう付き添っていたようだった。

知代は彼を見つめ、掠れた声で言った。

「……っ、あの人たち、清子さんが雇ったのよ。警察に届けるわ」

文幸は眉をひそめ、しばらく黙りこんでから、ようやく重い口を開いた。

「この件は俺が調べる。お前はおとなしく傷を治せ。無理に動くな」

そう言って立ち上がり、病室を出ていった。

ドアはきちんと閉まっていなかった。わずかな隙間から、廊下に立つ文幸の姿が見える。

そばにもうひとり誰かがいて、声をひそめて何か話していた。

知代は痛みをこらえてベッドを下り、足音を忍ばせてドアの陰まで行くと、息を殺した。

「連中には口裏を合わせさせてあります。現場に残っていた痕跡も、連中に片づけさせました」

文幸が、ああ、と短く応える。

そばの男は少し言いよどんだ。

「梅谷さん、仕掛けたのはなんといっても川波さんですよ。奥さんはかなりひどい怪我ですし、本当に……不問にするんですか?」

文幸は、ためらうことなく言った。

「先に清子をかぶれさせたのは知代のほうだ。清子は人一倍、自分の容姿を気にするからな。腹に据えかねて、仕返しくらいしたくもなるだろう。

それに清子はもうすぐ向こうへ行く。経歴に傷をつけたまま行かせるわけにはいかない。

知代が清子にしたことは、これで帳消しだ」

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