内海唯花は「......あなたは会社でもチーフでしょ?社長に会う機会もそんなに少ないなんて、あなたたちの社長って本当に……うん、お高くとまってて、謎が多いわね」ネット上にも全く結城御曹司の写真は出回っていない。結城御曹司はどこへ行くにもボディーガードがついている。以前パーティーでもボディーガードの数が多すぎるし、みんな背も高く体格が良くて彼女と親友がつま先立ちしても彼を一目見ることすらできなかった。結城理仁が結城グループで働いていて、しかもホワイトカラーであっても結城御曹司に会う機会が少ないのを思い、内海唯花の心が落ち着いた。結城理仁は彼女の話に返事をしなかった。誰かが彼をどう評価しようとも彼は全く気にしなかった。彼は何をするのも自分の意向に従って行っているからだ。結城御曹司の話題を夫婦で話しながら彼らの住むB棟に帰ってきた。結城理仁のボディーガードは付近を一緒に歩き回っていた。自分たちの主人とその奥さんにくっついて回ってはいなかったが、夫婦二人が行く場所には彼らもついて行き、ひと時も視線を彼らから離していなかった。もちろん、内海唯花は常に誰かから見張られているということは知らなかった。彼女が何気なくあたりを見回すと、そう遠くないところにいるあるボディーガードが見えた。その瞬間、その人に見覚えがある気がして立ち止まり、結城理仁に「あの男の人、なんだか見覚えがあるんだけど」と言った。結城理仁はギクリとした。そのボディーガードは、あの七瀬だ。七瀬は自分の主人と奥さんが自分を見ていることに驚き、すぐに何事もなかったかのように歩いて来た。「こんばんは。あなたはあの時の代行業者の方ですよね?」内海唯花は思い出した。この見覚えのある男性は、結城理仁が酔っ払った時、運転代行で彼を連れて帰って来た運転手だった。七瀬「はい、そうです」若奥様は視力も記憶力もピカイチだ。「あなたもここに住んでいるんですか?」「ええ、でも私はただ借りているだけです。普段は配車サービスをしていて、たまに運転代行の仕事もしているんです」内海唯花は「そうなんですね」とひとこと言った。彼女はこの代行業者の男を覚えていたが、知り合いでもないし、たまたま会っただけなので軽く挨拶しただけで、特に気にはしなかった。結城理仁は七瀬をチラ
結城理仁は弁当箱を下げて出かけた。会社に行く途中、彼は車の中で妻が彼のために作ってくれた愛妻弁当を味わった。美味しそうに食べていて、とても満足そうだった。運転手と同乗していたボディーガードは少しおかしいと思っていた。若奥様が作った朝食はとてもシンプルなものなのに、若旦那様のようなグルメな人がこんなに味わって食べているのだから。恐らく、若奥様の料理の腕は相当高いのだろう。結城理仁が出かけてから、内海唯花はいつものように姉に電話をかけ、姉に何も問題ないことを確認してから彼女も出かけた。彼女が出かけた時間帯は、すでに通勤通学ラッシュで、道は混み始めていた。彼女が半分まで来たところでさらに渋滞が激しくなった。多くの出勤時間に焦っている人たちが、イライラしていた。そして神崎姫華も悪態をつこうとしていた。彼女は兄と義姉がイチャつきながら朝食を食べている隙をついて、こっそりと家から出てきていた。そして、彼女はこっそりと結城理仁にも朝食を弁当箱に詰めて用意していた。それは彼女が特別に家のシェフにお願いして作らせたものだった。そして、家の庭園から花を摘み取り大きな花束まで用意していた。花束を抱え、愛のこもった朝食をぶら下げ、神崎姫華は家を出ると、すぐに結城グループへと向かって行った。結城理仁が会社に到着する前にたどり着きたかったのだ。そして、いつもの方法で理仁の車を妨害し、彼のために心を込めて用意した愛を詰めた朝食を渡そうとしていたのだ。義姉からも結城理仁を諦めるように諭されたが、神崎姫華はこんな形で彼のことを諦めたくなかったのだ。彼女の言葉を借りて言えば、彼女が結城理仁のことを忘れられるものなら、もうとっくに忘れているのだ。忘れられないから、このような方法で試してみているわけだ。三年から五年追いかけてみないと、彼女はどうしても諦めきれない。この時、前方の渋滞がひどく、みるみる時間だけが過ぎていった。だから神崎姫華はこのように焦っているのだ。これ以上渋滞が続くと、彼女が結城グループに到着する頃には、結城理仁はすでに会社に着いているだろう。彼女はこんなところで渋滞しているところではないのだよ。ダメだ、こうやってただ待っているだけでは。神崎姫華はまずボディーガードに電話をかけ、彼女が路肩に車を止めるから、ボディーガードに家か
内海唯花は電動バイクだから、渋滞もなんのそのだ。たった十数分で結城グループに到着した。内海唯花はバイクを止めると、後ろを振り向いて神崎姫華に言った。「着きましたよ」神崎姫華はヘルメットを外して唯花に手渡し、彼女にお礼を言った。「大した事じゃないですから、お礼なんていりませんよ」神崎姫華は内海唯花を見ながら言った。「あなたのお名前を伺ってもいいかしら?なんだかあなたに見覚えある気がするんだけど、以前どこかでお会いしたことある?」「私は内海です。あなたには好感を持ってますけど、残念ですが、以前お会いしたことはないかと思いますよ」きれいな女性に出会えば、必ず覚えているはずだ。でも、この美人さんには全く印象がなかった。「内海さんて言うんだ。あ、思い出した。最近話題になった不孝者の孫娘の話、あの責められてた子も確か内海だったわね。その時、写真もあったけど、その写真に映ってた女の子にちょっと似ているわ。もしかしてあなたなの?」神崎姫華にとって、あの自分のゴシップ記事を押しのけた『不孝者の孫娘』の話題はとても印象に残っていたのだ。アップされた内海家のあの姉妹二人の写真も覚えていた。その時、彼女は自分への注目度を下げたあの話題にぶち切れしただけでなく。内海唯花姉妹へも悪態をついていた。しかし最後に真実が明るみになり、今度は内海家の人たちを罵ることになるとは。母親は彼女に、もう二十歳過ぎだというのに、物事をちゃんと見極めることもできないで、ただ物事の一面だけを見て簡単に内海姉妹をみんなと同じように貶すなんてと注意していた。彼女が家で内海姉妹を何度も批判しているので、母親は少し興味が出てあのトレンド記事を見たいと思ったのだ。しかし、状況が真逆になった後、内海家の人たちは怒ったネット民たちによって責め立てられると、耐えられずすぐにそれに関するツイートをネット上からきれいさっぱり消したのだ。どうやら内海家の人たちも少しはコネがあるようだ。そうだ、内海家の次男の息子は神崎グループ傘下の子会社の重役だ。内海家と姉妹の状況が逆転した後、怒りを爆発させた多くのネット民たちがネット上で内海家の親族を探し出し、内海智文がどのような人物なのかまで探り、神崎グループの公式サイトで本社に内海智文を解雇するように求めるメッセージまで送ったのだった。内
彼女は内海唯花とは貸し借りなしにしたいのだ。また唯花とは、まるで昔からの知り合いのように感じでいた。だから、神崎お嬢様は内海唯花に名刺まで渡したのだ。内海唯花もあの高級車の列が見えて、状況を理解して言った。「神崎さん、頑張って。成功するといいですね」「ありがとう」神崎姫華は花束を抱え、弁当箱を下げてあの高級車の列の方にではなく、会社のゲートまで行き、その真ん中に立った。内海唯花はそれを見て驚きあっけにとられてしまった。神崎家のお嬢様は本当に勇猛果敢だなあ。さて、結城理仁は今朝早くに家を出た。彼は別荘に必要なものを取りに帰って出てきた後、しばらく車を走らせ、また渋滞に引っかかってしまった。渋滞に巻き込まれたら、どんな車を運転していても、どんな地位の人間だとしても、誰もが無力だ。それで結城理仁は、この時ようやく会社に到着したのだ。助手席に座っていたのはちょうどあのボディーガード、七瀬だった。彼の視力はとても良いので、内海唯花を見つけて理仁のほうを向いて言った。「理仁様、奥様と神崎のお嬢さんが一緒にいますよ」それを聞いて、結城理仁は眉間にしわを寄せた。彼女たち二人がどうして一緒にいるんだ?全くつながりのない二人だろう。彼は前方を見た。彼は神崎姫華を認識することはできなかったが、内海唯花のことはすぐに分かった。なんと言っても、彼らはひとつ屋根の下でしばらくの間一緒に生活したし、キスまでした仲なのだ。もし、それでも彼女を見分けられないのであれば、彼の目は節穴と同然だ。「彼女たちのことは無視しろ」結城理仁は冷たくそう言い放つと、座席に寄りかかった。そしてだんだん彼女たちのほうへと近づいていった。七瀬は内海唯花に気づかれないように、わざと顔を背けて反対のほうを向いて唯花から顔を見られないようにした。車の列は内海唯花の前では止まらなかった。唯花は結城御曹司の派手な登場シーンを見ながら、心の中で感嘆した。あのロールスロイスを彼女は見覚えがあった。彼女のマンションで何度も見かけたあの車に似ていた。結城社長の身分を考えると、内海唯花はその車がマンションで見かけるあの車ではないとそのまま否定した。彼女は結城御曹司の車の列が神崎姫華の死を恐れず車を無理やり止めるという手段と対峙し、最終的に車を止めるところを見て笑
神崎姫華が会社のゲート前で道を塞いでいるので、運転手は車を停止させるしかなかった。「理仁様、車を降りて神崎さんをどかしましょうか?」運転手が結城理仁のほうを向いて彼の指示を仰いだ。結城理仁は少し黙った後、車の窓のボタンを押した。神崎姫華は彼が窓を開けたのを見て、嬉々としてすぐに浮かれた様子で花束を抱え、弁当箱を持ってやってきた。「理仁」この時、神崎姫華はようやく寝ても覚めても想っている男性に会えた。彼女はいつもここまで来て、結城理仁に告白しているわけではなく、実際、彼女はもう長い間、理仁とは会っていなかったのだ。彼女は会いたくて会いたくてたまらなかったのだ!そして彼は、やはりいつものクールな様子で、彼女の中で世界一カッコイイ男性だった。結城理仁のあの固く閉じた薄い唇に視線を向け、神崎姫華は近寄ってキスをしたいと思った。彼の唇は柔らかいのかな?神崎姫華は獲物を狙う獣のように結城理仁を見つめていて、彼は顔をしかめた。「神崎さん」「理仁、私のことは姫華って呼んで」神崎姫華はキラキラした笑顔を作り、まず弁当箱を車の窓から中へと押し込み「今日は特別にあなたに朝食を届けに来たの。冷めないうちに食べて。それから、この花束はあなたにあげる」と言った。結城理仁はその弁当を受け取らなかった。もちろん花束はいうまでもないだろう。彼は男だから、花束なんて好きではないのだ。「あんなにひどい渋滞だったのに、おまえはどうやってこんなに早くここまで来たんだ?」結城理仁は神崎姫華と内海唯花が一体どうやって知り合ったのか知りたかったのだ。結城理仁に聞かれて、神崎姫華は包み隠さず微笑んで言った。「私って頭良いのよ。車をそこらへんのお店の前に止めて、うちのボディーガードにその車を運転して帰るように伝えたの。それから、一台の電動バイクを止めて、ここまで何の障害もなくスムーズに辿り着くことができたわけよ」なるほどな。それでこの二人が知り合ったというわけか。「理仁、聞いてよ、本当に不思議なのよ。私がそうやって呼び止めた人が、なんとあの最近ネットで超話題になってた人物だったの。あの『不孝者の孫娘』の張本人よ。内海さんって言うんだけど、彼女すっごく良い人で、私と彼女はまるで昔からの知り合いだったみたいに意気投合したの」結城理仁は
「もう車の中で食べたからな」九条悟「......」「そうだ、さっき面白いことがあったんだ。聞きたいか?」結城理仁は横目で彼を見て、立ち止まらずそのまま中へと歩いて行った。硬い表情で唇をきつく閉じ、何も言わなかった。九条悟は彼の態度は好きじゃないが、知ったことを言わずにはいられない性分だから言った。「俺は早めに会社に着いたんだ。そしたらちょうどおまえの奥さんが神崎さんを送って来るのが見えたんで、立ち止まって何が起こるか見てたんだよ。君の車が会社に着く前、奥さんと神崎さんは盛り上がってたぞ。社長、奥さんと君の崇拝者はお互いに気に入ったらしい。もはや親友になりそうな勢いだけど、君はどう思う?」結城理仁は一目すらも九条悟に目線を送るのが面倒で、彼のことは無視してエレベーターに乗り、この口うるさい秘書を振り払った。九条悟も特に腹を立てず、ハハハと低く笑って、心の中でつぶやいた:こりゃ今年度一の見物だぞ。彼は、ある日社長の身分が奥さんに知られた時、一体どうなるのか興味津々だった。神崎姫華がまた来て花や朝食を持って来たので、結城理仁は神崎玲凰に再び電話をかけ、電話が通じた後、冷ややかに言った。「神崎社長、今後また君の妹をしっかりと管理しておかないなら、容赦しないからな」彼の我慢強さにも限界があるのだ。神崎玲凰は相当うんざりした様子で言った。「結城社長、姫華も度を越えたことはしてないだろ。あいつは君のことが好きで追いかけてるんだ。俺からも彼女に何度も言ったよ。でも、両足を切断するわけにもいかないだろ」彼は本当に妹をどうすることもできないのだ。誰かに妹を見張らせたとしても、彼女はありとあらゆる方法で逃げ出すだろう。「結城社長、君は俺と年もそう変わらないじゃないか。俺は結婚してもう何年も経つ。君を追いかけてる人はたった一人で、俺の妹がその一人目だろう。だから......ちょっとくらい我慢したらどうだろうか」結城理仁は直接電話を切った。神崎姫華がどんな性格の持ち主なのか、彼もよく分かっていた。神崎姫華を無視する以外に、彼が彼女に対して容赦なく向かったとしても、彼女はきっと再びやって来ることだろう。彼女の名声に傷をつけたところで、彼女はあきらめないはずだ。彼女の両足を切り落としてしまうなら話は別だが。神崎玲凰は電話を切
「それなら良いわ。あの人たち全員仕事を失ったらもっといいのに。それから、みんなから叩かれて、ネット暴力の脅威をしかと味わうがいいわ。ホント人として終わってるもの」神崎姫華は少し横柄な性格ではあるが、それでも良心を持っている。それに彼女の内海唯花への好感度も相まって、唯花のために内海家の人間に喜んで仕返しをするのだ。それで唯花への借りを返すと思えばいいわけだ。どういっても、内海唯花が彼女を結城グループまで送ってくれたおかげで、彼女は今日結城理仁に会うことができ、彼と話すこともできたのだから。「お兄ちゃん、私家に帰ってお母さんの傍にいるから、お兄ちゃんは仕事してちょうだい」神崎姫華はそう言うと電話を切った。兄の貴重な時間をこれ以上無駄にしないように。神崎家の邸宅は、結城家からそう離れていない。しかし、家までのルートが異なる。もし、同じルートだったら、神崎姫華は直接行く途中で結城理仁の車を邪魔することができるのに。あ、そうだ、理仁はあまり実家に戻らないから、同じルートだったとしても、それは難しい話だな。東京において二番目に大きな名家として、神崎家の邸宅は非常に豪華な造りで、敷地面積もとても広かった。結城家は荘園スタイルで、神崎家もそれと同じような造りにしていた。この時、煌びやかな客間で、中年の貴婦人がソファに座り、一枚の写真を持ってそれを見つめていた。しばらくの間それから視線を他所には移さなかった。神崎姫華がそこへ入って来ると、母親のその様子が目に入り、近づいて行って手を伸ばし母親の手にある写真を取り上げて言った。「お母さん、毎日毎日この写真を見つめないで。おばさんが生きていれば、私たちは必ず彼女を見つけ出せるから。気を楽にして、そんなに心配ばかりして、くよくよするとますます鬱になるじゃん」神崎家の亭主が水を一杯持ってきて、娘の話を聞くとそれに同意して言った。「おまえ、姫華の言う通りだ。いつもいつもその写真ばかり見てないで、私たちはもう多くの人を手配して捜索してるから、きっと知らせが来ると信じて待っていよう」彼は妻にその水を手渡した。夫婦二人は若い頃は仕事が忙しく、二人きりで過ごす時間は少なかった。やがて息子が跡を継いで彼は退職し、妻と一緒に老後をゆっくりと過ごしたいと思っていた。その会ったことのない妻の妹の
彼のその義妹が今生きているのか、死んでいるのかも分からないのだ。「私たちがバカンスに行って気晴らししてる時に、もしかしたらお母さんの妹さんか彼女の子供たちにたまたま会うかもしれないでしょ」神崎夫人は少し黙った後言った。「私と妹が別れた時、妹はとても幼かったわ。女性って大人になるとすごく変わるでしょ。私も今彼女が大人になってどんなふうになってるのか分からないわ。あの子の子供に出会ったとしても、それが私の甥や姪だって分かる?」「いいから、さあ、バカンスに出発よ」娘の孝行心に背きたくないので、神崎夫人はすぐに元気を出し、娘と一緒に海へバカンスに行くことに決めた。母親が同意したのを見て、神崎姫華は父親とお互いに目配せし、なにかしら話題を見つけて母親と話し、そのまま今日のことに話題を移した。彼女は嬉しそうに言った。「お母さん、今日ね、理仁に会えたのよ。彼が車を止めて、車の窓を開けておしゃべりしてくれたの。でも残念だけど、車の中に押し込んだ花束を彼は外に投げ捨てちゃったわ」神崎夫人「......」「それから、新しい友達ができたの。彼女の名前は内海唯花って言って、昔からの知り合いみたいな感覚になったわ。不思議なことに、私彼女を見たとたん、親近感が湧いたの。それに私のことも助けてくれてね、名刺を彼女に渡しておいたわ」神崎夫人は尋ねた。「あのひどい親戚たちからモラハラ受けてた可哀そうな姉妹の妹さんのこと?」「そう、彼女よ」「あなたたち二人は本当に縁があるのね。お互いがネットで話題になった時期も一緒だし、この世には人がたくさんいるのに、車を止めた相手が彼女だったなんて。それに彼女は親切にあなたを結城グループまで送ってくれて、未来の旦那さんを追いかける手助けをしてくれたのよね」神崎夫人はまた娘をからかって言った。「しかもあなたが彼女を友達認定するなんてあり得ないことだわ。あなた、あとで一緒に空を見つめてみましょ、雪が降ってくるかもしれないわ。あなたの可愛い娘に友達ができたのよ」「お母さんったら!」神崎姫華は納得できずに、叫んだ。「あなたの娘に友達ができたらおかしい?私と唯花ちゃんはすごく意気投合して、彼女にはすごく親近感があるのよ。それに彼女は私と理仁の仲を頑張れって応援までしてくれたの」「あなたったら、結城理仁のこととなる
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら