LOGIN母親のところに行くと聞いて、陽は元気になった。理仁はこの時、叔母と甥のやり取りを見ていて、微笑んで言った。「唯花、二人のやり取りを見ていると、なんだか毎日子供を朝起こして学校に送り出す親みたいだね」唯花は彼のほうへ顔を向け、どうしてまだ着替えに行かないのかと言おうとしたが、理仁はすでに着替え済みなことに気づいた。「あなた、かなり早く起きたの?スーツまでもう着ちゃってるじゃない」「恋の初級者のアホが朝っぱらから電話してきて、起こされたんだよ」唯花はそれが辰巳だと予想し尋ねた。「朝早くに辰巳君が電話してきたの?まさか電波にでも乗って殴りに行ったりしてないわよね?」「まあ、従弟だから大目に見てやったさ。小さな事も自分でどうにかできないとは。以前は俺のことをよくも笑って、馬鹿にしてきたことだな。あいつを助けてくれる人物はばあちゃんくらいだろう、でもばあちゃんの助けを求めることも忘れるなんて、本当にアホだな」「そういえば、ここ数日おばあちゃんを見てないじゃないの。今どうしてるのかしら」理仁は陽を抱き上げると唯花と共に一階に降りていった。「ばあちゃんならまた孫の嫁さん候補でも探しにうろついているんだろう。彼女は暇というものを知らないからな。もし暇になったら、俺たちは緊張するんだよ。そうなると、絶対俺たちを捕まえてひどい目に遭わせるんだ。ばあちゃんは俺らが苦しむのを見て面白がってるからな」「そんなこと、おばあちゃんの前で言える?」理仁「……そんなまさか。言ったらその苦痛が本物になる」唯花は理仁を笑った。「ざまあないわね」「ばあちゃんの前ではそんな目に遭っても、受け入れるさ」理仁はどうやら、何度もおばあさんからひどい目に遭ってきたらしい。まあ、そんな目に遭っても理仁本人もさっき言っていたが喜んで受け入れるのだ。「ばあちゃんも無責任な人だよ。辰巳と奏汰に写真一枚ポイっと渡すだけで、それ以降は何も構わないんだからな。辰巳も一体誰に助けを求めていいかわからず、ひたすら俺らに迷惑かけにくるし。俺が経験豊富な奴に見えるのか?それに、俺と唯花の今までの道のりを真似しようったって、意味はないだろう?」理仁は辰巳から妻との朝の幸せな眠りを妨げられてしまい、文句を吐かずにはいられなかった。「恋に陥ってしまった人なら、誰だってそう
理仁は立ち上がると、二階へ戻ろうとした。辰巳の事など一切構いたくないらしい。「理仁兄さん……」「帰れ!」辰巳「……」理仁の姿が消えてから、辰巳は恨み口調でこう漏らした。「自分は幸せに暮らしてるから、従弟がどうなってもいいってか」この時、執事の吉田が花束を抱えて入ってきた。これは彼が吉田に頼んで、庭で花を切って作ってもらったやつだ。「辰巳坊ちゃん、若旦那様から叱られましたか?こんな朝早くに来られて、鶏もまだ鳴き始めておりませんよ」鶏は朝早くにコケコッコーと鳴き始めるのに、それよりも早くに辰巳はやってきた。「辰巳坊ちゃん、言われたとおりに花束を作ってまいりました」吉田はそれを辰巳に手渡した。辰巳はそれを受け取って、少し不満げに言った。「吉田さん、庭の花は綺麗に咲いていたのに、どうしてこの花はこんなに小さいんだ?綺麗じゃないよ」吉田はそれに返した。「若奥様がお好きな大きくて豪華な花は切ってはなりませんので、この小さめの彼女がお好きでない花でしたら、いくらでも取って行かれてください」辰巳は言葉を失った。彼は、自分の別荘に植えてある花はあまり多くなく、咲いていてもあまり綺麗ではないと思った。それで理仁のところまで来て花束をもらい、ついでに唯花に少し助けてもらおうと計画していたのだ。唯花は今日辰巳の手助けをすると約束してくれていたが、辰巳はかなり焦っていたから、できるだけ早めに対処してほしいと思った。それが……理仁を怒らせてしまう結果に。吉田が切ってくれた花もあまり綺麗ではない。辰巳はその花束が思っていたよりも綺麗じゃないと不満を持っていたが、こんな朝早くではどの花屋もまだ開いていないから、買うことができない。それで仕方なくこの花束を持っていくしかない。そして唯花に関しては、彼女が起きるまで辛抱強く待つしかなかった。唯花の邪魔をする勇気はない。そんなことしてしまえば、理仁の一声で、辰巳はいとも簡単にここから担ぎ出されてしまうことだろう。それではあまりに恥ずかしすぎる。辰巳が去ってから、少しして唯花は目を覚ました。目を開けると夫のイケメン顔が目に映り、唯花は微笑んで両手を彼の首に絡めた。「あなた、おはよう」理仁は彼女のほうへ目線を向けて、赤い唇に軽くキスして、優しい声で返した。「唯
咲は淡々と尋ねた。家政婦は仕切り越しに尋ねてきた。「お嬢様、もしかして結城家の辰巳様と付き合っていらっしゃるんですか?」「それはあなたと何の関係があるの?」家政婦は言葉を失った。暫くして、彼女は気まずそうに笑った。「お嬢様、以前、奥様と鈴さんがあなたのことを嫌い、何かにつけ嫌がらせをしていました。私どもは奥様から雇われた身です。あなたに同情していましたが、表だってあなたのことを助けるわけにはいかなかったのです。ご存じの通り、私もあなたを傷つけるようなことはしていません。普段、無視していただけです」空気のように扱っていれば、咲を傷つける必要もない。この家政婦も良い人とは言えないが、悪いとも言えない。「今はもう奥様も鈴さんも刑務所に入ってしまいました。奥様にはきっと重い刑罰が下されるでしょう。鈴さんのほうは恐らく数年で出所するはずです。鈴さんはずっとあなたに嫌がらせをしてきました。彼女が出てきたら、どうなさるおつもりですか?結城様は非常に素晴らしいお方です。結城家は力のある一族ですし、お嬢様が彼と付き合ているのなら、しっかりと捕まえておかないといけませんよ。あなたが結城家に嫁げば、もう鈴さんが出所してあなたに復讐をするかもしれないと心配しなくてよくなります」咲は彼女のことを構わなかった。家政婦はいろいろとお節介に咲に話したが、返事がないので、黙ってしまった。すると咲に浩司から電話がかかってきて、彼は電話越しに辰巳と何かなかったか心配して尋ねた。「大丈夫。彼は私に謝って、部屋まで送ってくれただけ」浩司はそれを聞いて安心し、いくつか彼女に注意して電話を切った。そして静かな夜が過ぎていった。翌日の朝、空が明るくなると、理仁は携帯の呼び出し音に起こされた。それで非常に不機嫌だった。携帯を手探りで取り、着信相手の名前も見ずに電話に出ると、冷ややかな声で怒鳴った。「こんな朝っぱらから電話をかけてくるとは、大したことじゃなければ覚えておけよ!」辰巳は恐る恐る口を開いた。「兄さん、俺だよ」理仁は辰巳からの電話だとわかると、速攻で電話を切ってしまいたかった。こんな朝早くにこの男が電話をかけてくるとは、絶対に良い話なわけがない。「兄さん、切らないで。今兄さんの家の一階にいるんだよ。兄さんが降りてくる?そ
「咲さん……」辰巳は穏やかな声で尋ねた。「彼とはどんな関係なのか教えてくれたら、帰るよ」咲は少し黙ってから口を開いた。「彼は十四年前に私が助けたお兄さんです。本当の兄のように慕っている人です。彼にはもうすぐ結婚する彼女がいるんです」彼女は来栖浩司の名前は出さなかった。辰巳に彼のことを事細かく調べられたくなかったのだ。それでただ辰巳には、彼女たちが兄、妹としてお互いを見ているとだけ伝えた。つまり、辰巳には変なふうに考えるなと言っているのだ。「そんなこと一度も聞いたことないけど」「聞かれましたっけ?聞かれていないのに、わざわざ彼の存在を伝える必要があるんですか?」辰巳は言葉を詰まらせた。辰巳は彼女の周りの世界は単純につくられていると思い込んでいた。彼女の資料を調べたこともある。確かに普通で、単調なものだった。しかし、自分が彼女のことを調べた時は、そこまで深く調べようともしなかった。もしもっと彼女の人生のページをめくっていけば、きっと驚かされることがあるだろうと思った。今だってかなりのサプライズ、いや、かなり驚かされている。咲には実は彼氏がいたのだと思って、驚かされたのだ。そうではなく、兄と妹としてお互いを見ているのなら、問題ない。「咲さん、本当にごめん。俺が君たちのことを誤解して、傷つけてしまった。本当にすまなかった。俺のことを許してくれるだろうか」咲は何も言わなかった。辰巳は咲の様子から、まだ怒っているのが感じ取れた。咲があの男との関係を教えてくれたことで、辰巳もそれ以上は尋ねることはせず、彼女の手をとって優しく言った。「部屋まで送るよ」しかし、咲は手を引っ込めた。「結構です。ここは私の家だから、杖がなくても自由に動けますから」杖という言葉を聞いて、辰巳はようやく思い出した。彼女があの時杖を投げつけてきた時、それを掴みそのまま去っていったのだ。確か車の中に置いていたはず……「咲さん、君の杖は俺の車にあるから、明日車で君を店まで送るよ。その時に杖を返すから」咲は唇を動かしたが、断る言葉は出さなかった。「家には君一人なんだろう。部屋まで送らないと心配なんだ」「お手伝いさんたちがいます。おばも明日来るんです」こんな大ごとになったので、もちろんおばが彼女に付き添いに来る
辰巳はさっき、浩司が咲を送ってきたのを目撃していた。咲が帰ってくる前、辰巳はボディーガードに頼んで柴尾家から離れていたが、少し考えて途中で車を降りて戻ってきたのだ。柴尾邸の前で咲の帰りを待つつもりだった。浩司は辰巳とは知り合いでもない。車を運転して咲を送ってきた時、辰巳の後ろ姿から彼に気づけなかったのだ。そして浩司が離れる時に、辰巳は柴尾家からはたった百メートルほどの距離のところにいたのだ。それで咲が浩司の車から降りるのを見たというわけだ。辰巳はそれまで咲のことをとても心配していた。しかし、その一幕を目撃してしまったことで、堪らず変なほうに考えてしまい、怒りと嫉妬が湧き上がってきたのだった。あの男は咲と一体どういう関係なのだ?午後、そして夜遅くまで、彼女はずっとあの男と一緒にいたのか。「教えてくれ、あの男は一体誰なんだよ」辰巳は詰問するように尋ねた。咲はそれに返事をせず、彼の横を通り過ぎて行こうとした。すると辰巳は手を伸ばし、彼女の腕を掴んで引き戻した。咲は力を込めて彼の大きな手を振り解こうとしたが、辰巳はしっかりと掴んでいて、放そうとしなかった。「ねえ、手を放して!」辰巳は暫く彼女を睨みつけていたが、やがて語気を和らげた。「咲さん、ごめん、まだ怒ってるならもう一度俺を殴ってくれてもいい。一度と言わず何回でもいいよ。両頬殴られたら、その痛みを戒めにするからさ。今後、君の同意なしにあんなことしないと約束する。君のことを任務だと思ってるわけじゃない。君と触れ合う中で、どんどん好きになっていったんだ。ばあちゃんの指示を抜きにしても、俺はもう君のことが好きだ。だから、君が他の男と一緒にいるのを見て嫉妬してしまったんだよ。君も俺とは一切関係ないなんて言うから、お、俺は……、咲さん、俺が間違ってた。俺のことは殴っても貶してもいいから、こんなふうに俺を避けようとしないでくれないだろうか。携帯もずっと電源を切りっぱなしにしないでくれ。電話が繋がらなくて、余計なことを考えてしまう。君に何があったんじゃないかと、今日一日心配で、仕事も手につかなかった。頭の中は君のことでいっぱいなんだよ」辰巳は謝りながら、彼女への気持ちを告白した。彼は咲を愛しているとは言い切れなかったが、本当に好きで一緒にいたいとは胸を張って言
「うん、運転気をつけてね」咲は小さくそう彼に言った。浩司は「ああ」とひとこと返すと、咲が車から降りて屋敷の門まで行き、鍵を取り出して手探りで鍵穴を探し、ゆっくりと開けるまで見送っていた。この様子を見ていると、咲は身体が不自由な人には見えない。誰も目が見えていないとは信じないだろう。慣れた環境であれば、彼女は普通に暮らしていけるのだ。浩司は咲が屋敷の扉を開けて中に入って行くのを見届けてから、車を出した。すると、辰巳が前方からやって来るのが見えた。浩司は無意識にブレーキをかけようとした。しかし、彼は車のスピードを出していたので、向かいからやって来たのが辰巳であることをはっきりと確認できた後、すでに横を通り過ぎていってしまっていた。それでブレーキをかけるのはやめてしまった。バックミラーから、辰巳が柴尾家のほうへ行くのが確認できた。辰巳に浩司が咲をここまで送ってきたのを見られてしまっただろうか。見られてしまったのなら仕方ない。辰巳はすでに彼らの仲を誤解していて、咲も辰巳にどんな関係であるのか教えなかった。浩司が一体どのような人物なのか、彼も教えるつもりはなかった。これを機に、辰巳が咲に対して本気なのか、それとも目が不自由な彼女が珍しく少しだけちょっかいを出そうとしているだけなのか、確認することができる。この時、咲は辰巳が来ていることには気づいていなかった。彼女が屋敷の玄関を開けると、それに驚いた使用人たちが出てきて、彼女の姿を見た。使用人が近寄ってきた。「咲さん、お戻りになったんですね」咲はひとこと「ええ」と返した。使用人は自ら玄関を閉めた。しかし、辰巳が来たのを見て、振り向くと咲に伝えた。「お嬢様、結城様がおいでのようです」咲はそれに一瞬驚いたが、すぐに平静を装い言った。「もうこんな時間だから、結城さんにはお帰りいただいて。何か用事があるなら明日にしてくださいと伝えて」そう言うと、彼女は奥の方へと進んでいった。彼女の言葉を辰巳は全て聞いていた。しかし、それが聞こえていなかったように無遠慮に、使用人が玄関を閉める前に中へと入ってきた。使用人はそれを見た後、黙って玄関を閉め、さっさと退散していった。今、この柴尾家には咲とその弟である流星しかいない。流星はまだ学校にいるが、今週末には