Masuk「別に唯花ちゃんと比べなくたっていいでしょ。唯花ちゃんは空手をやっていて、体力はあなたよりあるでしょうし。あの姉妹は昔からいろいろ苦労してきて何かに対処するのには慣れているわよ。明凛、今に満足して楽観的にいるの、いつも人と比べていてはいけないよ。物ならいろいろ比較してどちらにするか迷ってもいいけど、人と人を比較しないほうがいいわよ、ネガティブな気持ちになるから」母親の言葉を聞いて、悶々としていた明凛の気持ちは晴れ、頷いた。「お母さん、わかった。もう唯花と自分を比べたりしない。悟も、人によっては出産近くまで外で働いてい苦労している人もいるって言ってた。私にはそんな思いはさせないでゆっくり出産まで過ごさせてくれるって言ってたし」「そうそう、悟さんはあなたに良くしてくれてるんだから何も文句なんてないはずよ。それに九条家の方々だってあなたを自分の娘のように可愛がってくれているじゃないの。妊娠十ヵ月の期間、穏やかな気持ちでいるとあなたにとってもお腹の子供にとっても良いことなのよ」明凛は何度も頷いた。「食後のデザートに果物でも切って。お母さんは唯花ちゃんにお祝いの何か買ってくるから。彼女に足りない物なんてないだろうけど、お祝いの気持ちをあげたいから。唯花ちゃんは小さい頃からずっと見守ってきた子だから、あなた達を姉妹だと思ってるのよ」唯花が十一歳の時に、莉子ははじめて彼女と会った。その時唯花は誰かと喧嘩したらしく、鞄の紐は外れているし、服も汚れていた。唯花はそんな格好を姉に知られたくないので、借りている部屋に帰れなかった。それで明凛が唯花を連れて家に来たのだ。そして莉子が唯花の鞄の紐を縫い付けてあげて、明凛の服を貸してあげた。唯花にお風呂に入らせてからそれに着替えさせた。莉子は当時、唯花の髪を洗ってあげた記憶がある。ドライヤーで髪を乾かしている時に、唯花にどうして喧嘩したのか理由を尋ねてみた。莉子は、女の子というものはみんな優しいものだと思っていた。同級生と何かトラブルがあっても、最悪口喧嘩する程度で、手を出すまではしないと考えていた。その質問に唯花は答えなかった。しかし、目からぽたぽたと涙をこぼし始めた。その様子に莉子はとても驚いてしまった。莉子は尋ねた。「唯花ちゃん、どうしたの?誰かに怪我でもさせられた?どこが痛
母親の言葉に今度は明凛のほうが言葉を失った。あれはただ、明凛と悟に縁があっただけだ。パーティーで寝転がってみせた明凛のことを悟はとても面白いと思い、印象に深く残った。だから、理仁から紹介された時には快くお見合いを決めたのだ。「唯花は私よりずっと幸せよ、結城家の方たちってみんな考え方が今風なんだもん。それに結城さんは一族の中でも発言権を持っているから、彼と結城おばあさんが揃えば、唯花の生活だって今までと大きく変わることないもの。唯花はやりたいことを自由にできるけど、私は違うわ。私は本屋で店番をしたいだけでも、悟が代わりに彼のお母さんを説得しなければならないの。唯花と姫華たちと一緒に会社の農場視察に行きたいって言ったら、それは遠すぎるから駄目だよって言われて、行かせないのよ」実際、その農場までは車で一時間ちょっとの距離だ。もし渋滞に巻き込まれなければ、一時間あれば十分だ。「そんなふうに不満を漏らさないの。あなたね、今でも十分じゃないの。九条家には悟さんの世代でご結婚なさっているのは彼だけでしょ。そしてあなたのお腹には赤ちゃんがいるんだから、そりゃあ九条家の方々が期待するのも無理はないわ。だから、あなたに注目が集まるのは当然よ。九条家から大事にされてるんだから、冷たく扱われるよりずうっとマシでしょう」莉子は娘を諫めた。「あなたはもう結婚したんだから、実家のわがまま娘は卒業なさい。以前のように、あれしたいこれしたいって言ったら、私とお父さんがすぐに言うことを聞くような時期はとっくに過ぎてるの。結婚して新しい家族や親戚ができたんだから、夫やあちらのご家族のために考えないといけないこともあるのよ」「だからよ、やっぱり結婚しないで娘をやっていたほうが自由でいいわ。それなのにお母さんったら、私が家でゴロゴロしてるって、結婚しろしろ煩くするんだもん」明凛は食器を洗い終えると言った。「ただちょっとお母さんに愚痴をこぼしただけ。実際とても幸せなんだってのはわかってる」「わかってるならいいけどね。自分が選んだことなんだから、責任を持たないと。あなた自身が悟さんと結婚するって決めた日から、名家の規則を受け入れる覚悟をもたないとね。それに、さっきも言ったけど、伊織さんが金城家に嫁いだ時よりも、九条家の規則は多くないから、あなたはずっと良いのよ。
今、琉生は子会社からまた金城グループの本社に戻っている。そして母親からの紹介で、ある名家の令嬢と知り合い、二人は付き合っている。自分が恋愛し結婚してやっと理仁は警戒心と解き、自分を敵視しなくなると琉生はよくわかっていた。「この間、唯花が結城さんと一緒にあるパーティーに参加した時、琉生に会ったんだって。二人が形式的な挨拶をしただけなのに、結城さんは不機嫌になったのよ。お母さん、今度琉生がうちに来たら、こっそり唯花は妊娠したから心配するなって伝えておいて。自分は彼女と仲良くやりなさいって、結婚を楽しみにしてるって」最初から、明凛は琉生が唯花を追いかけるのには反対していた。 それは、琉生が唯花に恋していると知った時にはすでに唯花が理仁とスピード結婚していたからだ。それに、唯花は琉生に対して本物の姉弟のような感情しかなく、彼を男として見ていなかったからだ。だから明凛は琉生に諦めるようにかなり説得していた。過去、琉生は浮気相手になってもいいとまで思った時期があった。そして、理仁が金城社長に唯花の夫は自分であると正体を明かし、唯花につきまとわないようしっかり息子を管理しろと警告した。それで琉生は唯花の結婚相手は結城社長であると知った。星城で何もかも思いのままにできる結城グループの社長だ。その瞬間、琉生の世界は暗闇に変わった。浮気相手でもいいという琉生の気持ちを両親が慌てて断つために、息子を星城から遠く、子会社の普通の社員として働かせることにした。それによって、理仁の怒りはおさまっていき、金城家はなんとか会社を潰さずに済んだ。そして明凛と悟が付き合うようになり、九条家と牧野家は親戚関係になった。金城家は牧野家と親戚だから、その関りがあるために、理仁と悟は明凛のことを考慮して金城グループを完全に葬ることはなかった。それからは金城グループは持ちこたえて良くなっていった。莉子は琉生の母親から理仁の容赦ない手段を聞いて、恐れおののいた。だが、確かに理仁は手に負えない相手だ。そして莉子には冷たい印象の理仁しか残っていない。「わかったわ。私から伊織さんに言っておくから。おばさんが琉生君に伝えてくれるわ」実際、周りは琉生が唯花を諦められないのではないかとヒヤヒヤしていた。「琉生君もまだ二十三、四だから、そんなに早く結婚
食事の後、悟は祐大と一緒におしゃべりしていた。明凛は母親を手伝ってキッチンで洗い物や片付けをしながら、母娘二人で内緒話をしていた。「お母さん、唯花も妊娠したのよ」明凛は忘れずにおめでたい知らせを母親に伝えた。彼女と唯花は長年の親友だ。莉子の中で、唯花はすでに自分のもう一人の娘のようになっている。唯花が結婚してからずっと妊娠しなかったので、莉子も心配だった。「本当に?」その知らせを聞いて莉子はとても喜んだ。そして祈りのポーズをとるとこう言った。「神様ありがとうございます。唯花ちゃんがやっと妊娠しました。私たちもこれで安心です。あなたは私たちがいるから安心でしょうけど、唯花ちゃんにはお姉さんしかいないでしょ。神崎夫人が彼女の伯母様だけど、親戚なだけで、やっぱりちょっと心配だったのよ。でもこれで安心できたわ。無事に生まれてきてくれれば、結城家から追い出されるかもだなんて心配もなくなるわね」「お母さん、それいつの時代の話よ。結城さんは唯花のことめっちゃ好きで離れられないのよ。唯花は結城おばあ様自ら孫の結婚相手に選んだ子なんだからね。誰がそんな唯花を追い出せるのよ?世間には唯花のことを嫉妬して、不幸になれっていう奴がいるけど、そういう人たちしかそんな話しないよ。嫉妬した女たちが唯花が結城家から追い出されるのを期待しているけどね、残念ながら失望するしかないわ。こうやってただ羨望や嫉妬に駆けられるばかりで、どうすることもできないわ」明凛はやはり理仁のことを信じている。もし子供が生めなかったとしても、理仁は唯花を捨てることなど絶対にない。それは理仁自身、子供がいない夫婦でもいいと言っていたからだ。「ああ、本当に唯花ちゃんが妊娠して良かったわ」莉子はずっと嬉しくて感動しっぱなしだった。「お母さんも世間がどう言おうがどうだっていいの。ただ、あなたも唯花ちゃんも旦那さんの家庭の中で自分の立ち位置がしっかりしていればいい、私はそれだけ望んでるのよ。悟君も結城さんも心変わりするような男じゃないから安心よ。人生ってのはね、自分の手でつくり上げていくものよ。お母さんは二人とも自分でしっかり考えて幸せになれるって信じているからね。唯花ちゃんはいつ妊娠がわかったの?「ここ数日で気づいたみたい。唯花はここ最近よく眠そうにしてて、私
母親が鶏を持ってきても、明凛は手羽しか食べない。「最近の若い子は食べ物なんかいろいろあって産後ケアに栄養が摂れるものがたくさんあるわよね。お母さんの頃は一カ月に何回鶏肉が食べられたことか。あなた達みたいに恵まれてなかったのよ。それにしても、またたくさん手土産を買ってきちゃって、買わなくていいって言ったじゃないの。お金がもったいないわ。私とお父さんじゃ食べきれないから」莉子は娘がたくさん持ってきたのに文句を言った。しかし、手を伸ばして娘からそれを受け取った。妊娠中の娘を気遣ったのだ。家に入ると、祐大が急いでキッチンに入り、食器や箸などを持ってきた。二人のボディーガードも一緒に食事をとらせてもらった。牧野家はお高くとまった名家とは違い、多くのこだわりはなかった。ボディーガードもそれに慣れているし、彼らが一緒に食事をとらないと、祐大から怒られてしまうのだ。「お母さん、お粥ある?普通の何も入れてないお粥が食べたいの」明凛は食卓に母親が自分でつくった漬物があるのを見て、座りながら母親に尋ねた。「お粥と漬物が食べたいのよ。なんか今すっごくそんな気分で」九条家にいると、こういうものが食べられない。栄養士が明凛に漬物を食べさせてくれないのだ。悟の母親も塩分が強いからあまり食べないほうがいいと言っていた。牧野家が娘に何か送る時も、自家漬けの漬物は送れなかった。「朝作ったのがあるわ。食べたいなら温め直してきてあげる」莉子がその話をしている時、悟のほうをちらりと見た。娘は名家に嫁いだ。その夫もとても素晴らしい人だが、莉子はやはり悟が嫌がるのではないかと心配だった。娘は夫の家では毎日三食栄養士が考案したメニューだという。全て山や海の幸の高級食材ばかりだ。明凛が本屋で働いていても、多くの場合彼女が自分で料理をする必要はなかった。悟が手配して店に食事を届けさせるか、九条家のほうが手配している。悟は義母が何を言いたいのかすぐにわかり、笑って言った。「お義母さん、明凛さんだけじゃなくて、僕も食べたいです。最近暑いからお米はちょっと喉を通らなくて、お粥のほうがいいですね」「じゃ、温めてくるわね。朝作ったものだから、まだ食べられるわ。来るなら事前に言っておいてくれれば、新しく作っておいたのに」莉子はそう言いながらキッチ
牧野家は娘夫婦が昼食を食べに来るとは知らなかった。車のクラクションの音を聞き、明凛の母親である莉子は夫に言った。「聞き間違いかしら?うちの前で誰かがクラクションを鳴らしてない?」昼、夫婦は食事をしていた。若い世代はみんな仕事で、家に帰って食事をする暇はない。祖父母世代はここ数日親戚のところに行っている。明凛の父親の祐大は言った。「犬が吠えてはいないし、うちの誰かだろう。それか、お隣さんの息子さんが彼女でも連れて帰ってきたのかな」「うちの子は一体いつになったら彼女を連れてくるのかしらね」莉子はため息をついた。娘は結婚したが、息子のほうはまだ彼女すらもいない。「涼太は焦らなくていいだろう、どうしてそんなに急かすんだ?あの子はまだ若いじゃないか」するとすぐに外から門を開ける音がした。その音がして、夫婦は互いに目を合わせた。そして莉子は箸を置き、立ち上がって外へ向かった。すると飼い犬が庭の門へ尻尾を振りながら駆けていっていた。「あなた、明凛が帰ってきたわ」莉子は娘の車を確認すると、嬉しそうに夫に一声かけて、段差をおり、少し歩いてからまた立ち止まった。ボディーガードが車を停めるのを待って、莉子は後部座席の方へ歩いていった。車のドアが開くと、まずは娘婿の悟を見た。莉子はとても嬉しそうに歯を見せてニコリと笑った。「お久ぶりです、お義母さん」悟は車から降りると、莉子に穏やかな声で挨拶した。そしてすぐに後ろを向いて明凛の体を支えて降ろそうと思ったら、彼女は向こう側のドアから降りてきていた。しかも、明凛は降りる時にさっき買ってきた物も一緒に降ろした。「悟さん、いらっしゃい。ご飯はもう食べたの?来る前に電話一本寄越してくれればいいのに」莉子は笑いながら尋ねた。視線を婿に向けていると、娘が逆側のドアから降りてきていた。莉子はとても親切に悟に家に入るように言った。「さっき昼休憩になって、明凛が家に帰って食べたいと言ったので、直接ここまで来たんです。お義母さん、二人分のご飯、ありますか?」悟は義母と一緒に家の中へ入りながら、尋ねた。「お母さん」この時、明凛が母親を呼んだ。ボディーガード二人も車を降りてきた。祐大は家から出てきて、みんなを家に迎えた。莉子は笑って言った。「ご飯を
咲は抵抗するのを諦めた。辰巳の体に触れることができず、両手は行く場所を失っていた。辰巳は彼女を抱えたまま歩きながら言った。「見た感じ小柄でちょこんとしてるから、羽根のように軽いのかと思っていたら、こうやって抱きかかえると結構重量があるんですね。もし、何千メートルも遠くに逃げていたら、その距離をあなたを抱えて戻るには、筋肉痛で腕が上がらなくなってしまうでしょうね」咲「……別にこうやって抱きかかえてほしいとお願いしたわけじゃありません」さっきも言ったが自分で歩けるのだ。ただ靴を履いておらず、歩くのが遅いのを理由に、彼が勝手に抱きかかえて歩いているだけではないか。「だったら、おろ
「唯花、俺がお化粧してあげようか」唯花は彼の言うことを聞いて最も露出の少ないあのドレスに着替えた。すると今度は理仁はまた自分が妻に化粧をすると言ってきたのだった。唯花は考えることもなく彼の申し出をそのまま断った。「私、ちゃんと人に会えるようにしておきたいから」彼女のそのひとことで理仁は何度も口をパクパクと開けていたが、何も言えなくなったらしい。そんな彼の反応がおかしくて唯花は笑いながら彼に尋ねた。「あなた誰かにお化粧してあげることできるの?ちょっとあなたの企み、私わかってるのよ。私におばけみたいな化粧をするつもりね。そうすれば会場にいる人が私に注目することないから」理仁
唯花の言葉を聞いて、詩乃も思わず涙を流し始めた。彼女は自分自身にそれを重ねていたのだ。当時、彼女と妹が児童養護施設に送られた時、姉妹二人だった。しかし、妹の手がかりが掴めたと思ったら、結局、彼女は一人ぼっちになってしまっていたのだ。たった一人の妹に最期一目会うことすら叶わなかった。理仁は唯花をぎゅっと抱きしめた。彼女の頼りになるように、少しでも心を落ち着かせてあげられるように。「唯花、義姉さんはきっと大丈夫だよ。すぐに目を覚ましてくれるから、心配しないで。あまり心配しないで。義姉さんが寝ている間は陽君の世話をしなくちゃ。陽君はかなりショックを受けているから」唯花はあ
「いいえ、何も」咲は淡々とした様子で言った。「あの人たちが話し合ったことを、私に教えることは絶対にありませんから」彼女は自分の白杖を持ち上げた。あのパーティーの夜、母親から蹴り飛ばされた後、この杖はずっと母親の部屋に横たわっていた。そしてその翌日、使用人が杖を彼女に返しに来た。使用人は咲に、彼女の母親の部屋の前で拾ったと伝えた。咲は母親がこれを外に投げ捨てたのだと思った。彼女はその白杖を辰巳のほうへ差し出した。最初彼は、彼女がこの杖を使って殴りかかってくるのではないかと思い、とっさに彼女の杖を素早く奪おうとしたが、彼女はすぐにその手を離した。この時、辰巳はようやくど






