「あなたへのサプライズよ」結城理仁はその袋を受け取って見た後「また服か?」と言った。彼は服を取り出して見た。今回彼女はとても気前が良く、彼にブランドの服を買ったのだった。「私男の人に何かプレゼントしたことないから、すごく喜ばせることできなくて、こういうささやかなものだけどね。この間あなたにあげた服は高いものじゃないの。ひとセットで二万円ちょっとくらい。今回のはブランドのものを買ったから、ひとセットで二十万以上するものよ。つまりたくさんのお金を身にまとっているようなものよ。これでもサプライズにならない?私、この年になってもこんな高い服はお金がもったいなくて着られないよ」結城理仁は笑った。「君の性格とお財布事情からみれば、こんな高い服を俺に買ってくれるのは、確かにサプライズだな」以前彼にプレゼントした服と比べれば、何倍も良いものだ。うん、確かにサプライズだ。「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれてありがとう」「大したことじゃないよ。君のお姉さんは俺のお姉さんと同義だ。自分の姉の手伝いをするんだから、それは当然のことだろう。それなのにわざわざ俺に服を買ってお礼をするなんて水臭いよ」突然彼に服を買ってきたと思ったら、なるほど彼が手伝ってくれたことに対する感謝だったわけだ。彼女は彼にとても気を使っていて、家族として見ていないのだ。彼が彼女を助けたら、彼女はいつもこのような方法でお返しをし、彼に貸しを作ろうとしなかった。そう気づいて、結城理仁は自分が悲しめばいいのか、喜べばいいのかよくわからなかった。結婚したばかりの頃、彼女がこのようにしてきたら、彼は彼女が常識を持っている人だと感じていたことだろう。今は、彼は彼女がかなり他人行儀だと感じてしまう。彼女の世界には彼がいないかのように。でもそれは彼女を責められることではない。一体どこのどいつが彼女に契約させたのだ?「お姉ちゃんがいっつも私にあなたには良くしなさいって言うの。あなたに新しい服を買ったこと、もしお姉ちゃんが次こんなこと言ってきたら、あなたから教えてあげてよね」結城理仁は失笑して言った。「わかったよ。今後君のお姉さんに会ったら、俺から彼女に伝えるよ。俺が着ている服はみんな君が俺にプレゼントしてくれたものだってね。もし君が俺に下着も買っ
母と息子が電話を終えると、結城理仁は眉間にしわを寄せて少し考えた後、ベランダのハンモックチェアに腰掛けて子猫を抱いているあの人に尋ねた。「君はもしかして俺が知らないところで母さんに会ったりした?」内海唯花は驚いた。彼女は義母と出会った件を彼には何も話していないのに、どうして知っているのだろう?結城理仁はベランダに出てくると、彼女の目の前に立った。彼の黒光りした瞳が彼女の美しい顔を見つめた。そして「今日もしかして母さんに会ったんじゃないか?」ともう一度真剣に尋ねた。内海唯花は彼が携帯を持っていたので、義母が彼に電話をしてきたのだと思い、彼に白状するかのように急いで説明した。「あなたに服を買いに行った時に偶然あなたのお母様を見かけたの。挨拶しようと思ったんだけど、お母様は私だと気づかなかったみたいで、ご友人の方と笑いながらおしゃべりして行ってしまったのよ。だから挨拶をしに行かなかったの」結城理仁はとても頭が切れる人だ。それに自分の母親である。彼は祖父母に育てられたとはいえ、両親と疎遠になっていたわけでもなく、両親との関係も非常に良かったのだ。だから、自分の母親がどんな人間なのか、とてもわかっていた。彼女の母親は内海唯花が息子の嫁であると誰かに知られたくなかったのだ。まず、社交界で彼が結婚したことを彼のために隠している。次に、母親は内海唯花に少し不満を抱いている。内海唯花自体を嫌っているわけではなく、彼女の出身を気にしているのだ。つまり唯花と息子とでは住む世界が完全に違うと思っているわけだ。母親は彼を可哀そうに思っていた。おばあさんには九人の孫がいるが、おばあさんの恩返しのために内海唯花と結婚することになったのは彼だったから。少し黙ってから、結城理仁は言った。「母さんは少し近視なんだよ。だけど眼鏡をかけるのは好きじゃなくて、外で知り合いに会ったとしても、とても仲の良い人じゃなければ、人違いするかと思って声かける勇気がないんだよ。それで知らない人のふりをして去って行くんだ。内海唯花はハッとして「そういうことだったのね。だから私がお母様を見た時、あちらも私を見ていたのにすぐに知らないふりした様子だったんだ。だから私も挨拶しにくくってさ。気まずいじゃない?」「次母さんが出かける時には眼鏡をかけるように言っておくよ。今夜みたいなこと
夫婦二人はどちらもこの前の冷戦状態のことは話さなかった。そして、こうやって静かに仲直りすることになった。内海唯花は本来冷戦状態のまま半年が終ってもいいと考えていたが、彼が彼女を気にかけてくれるのでまた彼に対して心が動いた。あの半年の契約を取り消しにしてほしいくらいに。しかし、それが自分の一方通行の気持ちで、最終的に彼女は彼を愛しても、彼の方が彼女を愛してくれないかもしれない。そして半年の契約期間が過ぎて、二人が離婚したら彼は何もなかったかのように平気な様子で新しい生活を始めるだろう。そうなると彼女のほうは彼を失った苦しみを抱え、彼を忘れるまでにかなりの時間がかかるはずだ。誰かを愛するのは簡単なこと。愛した人を忘れるのは難しいこと。「安心して、私とお姉ちゃんでは解決できないことはきっとあなたに手伝ってもらうから」彼がこころよくそう言ってくれるので、彼女が直接断ると気まずくなるから、そう返事した。「お姉ちゃんが家に帰った後、私電話かけたの。今のところ大丈夫みたいだったわ。お姉ちゃんは我慢強いから、まだそうするべきじゃないと思ったら衝動的に行動したりしないの。今はお姉ちゃんが衝動に駆られて思い切った行動をしてしまえばとても不利になっちゃうし」陽のために彼女の姉は俳優の卵から、あっという間にハリウッド女優並みに演じられるようになったのだ。ガラスの仮面の主人公のように完璧にその役を演じ、佐々木家の人たちは全く彼女が裏で何をしようとしているのか気づいていなかった。「お姉ちゃんの義母と義姉がまた来たの。なんで来たのかその目的はわからないんだ。明日陽ちゃんを迎えに行った時に、お姉ちゃんに聞いてみる」佐々木唯月は明日から東グループで働き始めるので、佐々木陽は内海唯花がお店で面倒を見ることになるのだ。内海唯花は甥が生まれてからというもの、ずっとお世話をしてきた。そのおかげで、叔母と甥っ子の仲は非常に良く、唯花と一緒にいても泣きわめくことも母親を恋しがることもなかった。「ベビーシッターを雇って君の代わりに陽君を見てもらおうか?陽君は何にでも興味があって動き回る年頃だろう。君たちは忙しい時があるし、もし注意していなくて彼が店から出て行ってしまうようなことがあれば、どうなるかは想像したくないだろ」結城理仁は非常に気が利く人だ。内海唯花は
内海唯花は立ち止まった。結城理仁もそれに合わせて立ち止り、静かに彼女を見つめ、優しく尋ねた。「どうしたの?」「ベビーシッターのお金は私が出すわ。陽ちゃんのお世話のために雇うんだもの、陽ちゃんは私の甥っ子でしょ、私がお金を出して当然よ。あなたに出してもらう義理はないわ」今ベビーシッターを雇うのもお金が結構かかる。家にかかる出費は全部彼が出してくれているのだ。だから内海唯花は彼から甘い汁を吸い過ぎていると感じていた。結城理仁は耐えきれず、手を伸ばして彼女のほっぺたをつねって言った。「君はいつも細かいところを気にして、はっきりと分けて考えるよな。俺達は今家族だろう、家族なのにそんなに細かく気にしてどうするんだ?君と結婚手続きをしたあの日、君に言ったよね、結婚するからには君を養うつもりだって」「陽君も俺を『伯父さん』って呼んでるじゃないか。俺もあの子がとても好きなんだ。あの子の世話をするためになら、喜んでベビーシッター代を出すよ」少し話を途切らせてから、結城理仁は小声で付け加えた。「一番は、俺が妻である君を疲れさせたくないだけだ」「なんて?」「だから、お金は、俺が出すよ」結城理仁はどうしても譲らなかった。内海唯花は口では彼に敵わず、少し考えてから言った。「わかった、このお金はあなたに出してもらう。結城さん、今週末って何か予定ある?」「何か用事?」内海唯花は犬のリードを引きながら、前に歩きながら話した。「私たちが結婚してから結構時間も経ったし、あなたの実家にはまだ行ったことがないじゃない?だから、週末時間があるなら、あなたの実家に連れて行ってもらえないかなぁって」彼の家族たちは家に来たことがあるが、彼の嫁である唯花はまだ正式に彼の実家に行ったことがない。今でも彼の実家が一体どこにあるのかわからないのだ。「あと半月も経たずにばあちゃんの誕生日が来るんだ。その日、うちの家族がみんな揃うから君を実家に連れて行くよ。一度で俺の家族、親戚、友人たちにも会えてちょうど良いと思うよ」「おばあちゃんは傘寿のお祝い?」「いや、違うよ。ただ特に仲の良い親戚たちが集まって一緒に食事するだけだ」もし傘寿のお祝いであれば、彼ら結城家はおばあさんの誕生日パーティーを開く。星城の上流階級たち名家を招いた盛大なパーティだ。それで
佐々木俊介はドアノブを捻って開けようとしたが、ドアは開かなかった。佐々木唯月が内鍵をかけているのだろう。彼はドアをノックした。「唯月、開けてくれ」佐々木唯月はドアのところまで来たが、その場に立って彼を部屋に入れようとせず尋ねた。「何か用?」「唯月、ちょっと相談したいことがあるから、部屋に入れてくれないか」ここは本来夫婦二人の主寝室なのだが、今は佐々木唯月が占拠している。佐々木俊介は良い気がしなかった。しかし、唯月に頼んで姉の子供の世話をしてもらうために機嫌を取らねばならず、俊介は我慢して怒らなかった。「明日じゃだめなの?もう遅いじゃない」「まだ十一時だろ。俺は普段会食があればこれくらいにやっと帰って来られるんだ」佐々木唯月は佐々木俊介が義母と義姉に関係のある相談をしようとしていると考えた。彼女も知りたいと思い、体を部屋のドアから離して「言い終わったら、自分の部屋に戻って寝てよ」と言った。佐々木俊介は心の中で悪態をついた。あの夜は酒を飲んでいたから、我慢できずにあんなことしたんだ……。この俺がお前に触りたいと思ってるとでも?しかし表向きには「ちょっと待ってて、取って来るものがあるから」と言った。そう言うと、彼は後ろを向き、急いで彼が今寝ている部屋に戻り、小さなプレゼントボックスを手に取った。それは彼が仕事終わりにわざわざ佐々木唯月に買いに行ったパールのネックレスだった。高価なものではなく、数千円の淡水パールだ。彼はすぐにその箱を持って主寝室に入った。佐々木唯月は部屋にある二人用ソファに腰掛けて彼を待っていた。佐々木俊介は部屋に入った後、まず息子を見た。息子がぐっすりと寝ているのを見て、気持ちが和らぎ、腰をかがめて息子の小さな顔にキスをして顔を撫でた。そして、また体を起こして振り返り唯月の隣に座った。「ハニー」「名前で呼んで」佐々木唯月は淡々と彼の自分に対する呼び方を訂正した。彼からそんな呼び方をされると気持ち悪かったのだ。佐々木俊介は恥ずかしくなってはにかみ、あのプレゼントの箱を佐々木唯月に渡して言った。「唯月、お前に謝るよ。この間は俺が殴って悪かった。何があってもお前に手をあげるべきじゃなかった。俺の間違いだって認めるから、許してもらえないか?これ、お前のために買ってきたんだ。開けて見て
「ちょっと手助けしてくれよ。姉さんの代わりに子供の送り迎えとか、ご飯とかさ。子供たちがここにいなくても俺らだって飯作って食べてるだろ、それに二人増えるだけじゃんか。二人分の食器買えば済む話だし。あいつらはまだ子供だからそんなに食べないしさ。俺を助けるつもりだと思えばいいよ。俺達は数年夫婦やってるんだし、俺のためなら別にいいだろ?」佐々木俊介は優しい声で、話す時には唯月を見つめていた。感情に訴える作戦だ。「姉さんもタダでお前にお願いしようってわけじゃないんだよ。毎月二万ずつ払うんだって。この前話した時に、俺からも毎月三万多めに生活費出すって言ったじゃんか。それプラス二万だから、一か月に五万増えるんだよ。いいことだろ?」それを聞いて佐々木唯月はおかしくてたまらなかった。佐々木俊介とその姉の考えにはまったく笑ってしまう。たったの二万円で彼女に子供二人の送り迎えと、一日の食事、それから宿題の面倒まで見ろと言うのか?「俊介、二万円が多いと思ってるわけ?」「衣食住にお前自身の金を使う必要なくなるだろ。姉さんがお前にタダで二万あげるって言うんだぜ。つまりへそくり貯めてるようなもんじゃんか。それなのに少ないってか?少ないって言うんなら、それプラス二万出してもいいぞ」佐々木唯月は彼の話を遮って言った。「俊介、この間私が言ったこと理解してないわけ?言ったでしょ、あれは私の子供じゃないんだから、責任なんか持たないわよ。それに、私からも話すことがあるの。私、今日仕事が見つかったから、明日から働きに行くわ。陽は妹が面倒を見てくれるわ。自分の子供も妹に頼んで私は面倒を見なくなるのよ。それなのに、他人の家の子供を見る時間なんてあるわけないでしょ」それを聞いて佐々木俊介の顔が曇り、彼女に文句を言った。「なにが仕事に行くだよ、陽は今いくつだ?母親から離れちゃいけない年齢だぞ。俺がいるってのに、仕事に行くって?」「私が働くのは私の自由でしょ。陽は妹がしっかり見てくれるし、あんたは頼りにならないのよ、俊介。もう我慢できないわ!あんた本当に私が自分じゃ働いて生きていけない女だとでも思ってるわけ?あんたとあんたの家族は私が食べてばかりで稼ぐことができない人間だと思ってるんでしょ?あんたの母親と姉は私に学歴があるのに全く役に立ってない、お金を稼ぐこともできな
佐々木俊介はどうしたって唯月が姉の子供たちの面倒を見るのに賛成せず、説得できないので、彼は我慢の限界になり陰険に彼女に尋ねた。「どこで働くんだよ?どの会社が見る目がなくお前なんかを雇ったんだ?」佐々木唯月はわざと満面の笑みで言った。「東グループよ。東社長自ら、私を雇ってくれたの」佐々木俊介「……」東グループは彼が何とかコネを使って干渉できるような会社ではない。この時彼は、普通の会社であれば自分の人脈を駆使して佐々木唯月が働きに出るのを阻止し、また仕事を奪ってやろうと思っていた。唯月は大人しく家で子供の世話をしていればいいのだ。しかし、彼女が三年以上仕事から離れていて、豚のようにデブで以前のような輝かしいオーラもないというのに、まさか東グループのようなマンモス企業で働ける能力があるとは思ってもいなかった。しかも東社長自ら採用したとは。東社長は絶対に人を見る目がないのだ。佐々木俊介は心の中で、彼女に嫉妬と恨みを燃え滾らせ文句を言っていた。彼ですらまだ東グループで働けるほどの力がないというのに。「言いたいことはこれで全部?終わったんならもう出て行ってよ。私休みたいの。明日は早起きして仕事に行かなきゃならないんだから」佐々木唯月は東隼翔が彼女に毎日オフィスビルの前にある花壇の周りを五周ジョギングしてから出勤するようにと言っていたのを覚えていた。面接を担当していたあの長澤が彼女がきちんと五周するかを監視しているのだから。しっかり寝ておかないと、明日仕事に行っても力が出ないだろう。初日にしてあまり態度が良くなかったら、ようやく見つけた仕事をまた失ってしまうのではないかと不安だった。佐々木俊介は勢いよくフンと鼻を鳴らし、去っていった。せっかくパールのネックレスを買ってやったのに。佐々木俊介は部屋から出て行くと、力を込めて部屋のドアをバタンと閉めた。その音が客間で寝ていた母親を驚かせた。佐々木母は羽織を肩にかけて出てくると、息子が怒って主寝室から出てくるのを見て、急いで彼のもとに行き心配そうに尋ねた。「俊介、どうしたの?あなたまた唯月と喧嘩したの?それとも唯月がお姉ちゃんの子供の送り迎えに同意しなかった?」佐々木俊介は母親の前では表情を和らげ言った。「母さん、唯月のやつ、今日仕事を見つけてきたらしい。明日か
佐々木母は少し考えてから言った。「明日お母さんからあの子に話してみる。働きに行くのを諦めさせられないか説得してみる。だけど、今後は彼女に少し多めに生活費を渡さないとだめよ。割り勘制はもうやめましょう。二度とこんなことはしないで。本来、割り勘制にするのはあなたにとってメリットがあると思ってたのに、今からすると、あなたには全くメリットがなかったわね。あなたが家に帰ってからなんでも自分でやらないといけなくなったし。私とお姉ちゃんが来て、唯月にご飯を作らせてもあの子に給料を払わないとしけないし。お金も全然節約できることにはならなかったことだし、やっぱり割り勘制はなしにしましょう。そうすればあなたも楽になるはず。これからあなたが毎月唯月に多めに四万円の生活費を渡したとしても、損はないわ」佐々木俊介は少し沈黙してから言った。「母さん、割り勘をなしにしたとしても、俺と唯月は以前のようには戻れないんだ。俺はあいつに……本当にまったく興味がなくなった。陽のため、姉ちゃんのためじゃなけりゃ、俺だって声を優しくして下手にあいつと話したりしないってのに」佐々木俊介がそう言い終わると、佐々木母は彼の顔をパシッと叩いた。そして声を低くして彼を叱った。「あんた達男ってみんな同じよ。結婚したと思ったら、すぐに他の女の子の誘惑に負けちゃうのよね。あんたあの成瀬って子が本気であなたを愛していると思っているの?あの子はあんたの地位とお金を狙ってやって来ただけよ。もしあんたが平社員で、一か月に二、三十万の給料だったら、あの成瀬って子があんたを好きになったと思うかい?確かに、あんたはハンサムだよ、母さんは息子ながらあんたはカッコイイと思ってる。だけど、カッコイイだけじゃ食っていけないだろ?今の女の子は現実的な考え方なんだ。もしあんたに金も地位もなかったら、今以上に容姿が良かったとしても、あんたは独身から卒業できないよ。あんたね、もし本当に唯月と離婚しちゃったら、将来絶対に後悔するからね」佐々木俊介は成瀬莉奈が彼を本当に愛していると信じて全く疑わなかった。母親の話は彼の耳には全く入って来なかった。「母さん、もう遅いから早く休んで。俺から唯月にまたよく話してみるからさ。絶対姉ちゃんの子供の世話をするのに賛成してもらえるよう説得するから」佐々木唯月がもし同意してくれなか
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ