母と息子が電話を終えると、結城理仁は眉間にしわを寄せて少し考えた後、ベランダのハンモックチェアに腰掛けて子猫を抱いているあの人に尋ねた。「君はもしかして俺が知らないところで母さんに会ったりした?」内海唯花は驚いた。彼女は義母と出会った件を彼には何も話していないのに、どうして知っているのだろう?結城理仁はベランダに出てくると、彼女の目の前に立った。彼の黒光りした瞳が彼女の美しい顔を見つめた。そして「今日もしかして母さんに会ったんじゃないか?」ともう一度真剣に尋ねた。内海唯花は彼が携帯を持っていたので、義母が彼に電話をしてきたのだと思い、彼に白状するかのように急いで説明した。「あなたに服を買いに行った時に偶然あなたのお母様を見かけたの。挨拶しようと思ったんだけど、お母様は私だと気づかなかったみたいで、ご友人の方と笑いながらおしゃべりして行ってしまったのよ。だから挨拶をしに行かなかったの」結城理仁はとても頭が切れる人だ。それに自分の母親である。彼は祖父母に育てられたとはいえ、両親と疎遠になっていたわけでもなく、両親との関係も非常に良かったのだ。だから、自分の母親がどんな人間なのか、とてもわかっていた。彼女の母親は内海唯花が息子の嫁であると誰かに知られたくなかったのだ。まず、社交界で彼が結婚したことを彼のために隠している。次に、母親は内海唯花に少し不満を抱いている。内海唯花自体を嫌っているわけではなく、彼女の出身を気にしているのだ。つまり唯花と息子とでは住む世界が完全に違うと思っているわけだ。母親は彼を可哀そうに思っていた。おばあさんには九人の孫がいるが、おばあさんの恩返しのために内海唯花と結婚することになったのは彼だったから。少し黙ってから、結城理仁は言った。「母さんは少し近視なんだよ。だけど眼鏡をかけるのは好きじゃなくて、外で知り合いに会ったとしても、とても仲の良い人じゃなければ、人違いするかと思って声かける勇気がないんだよ。それで知らない人のふりをして去って行くんだ。内海唯花はハッとして「そういうことだったのね。だから私がお母様を見た時、あちらも私を見ていたのにすぐに知らないふりした様子だったんだ。だから私も挨拶しにくくってさ。気まずいじゃない?」「次母さんが出かける時には眼鏡をかけるように言っておくよ。今夜みたいなこと
夫婦二人はどちらもこの前の冷戦状態のことは話さなかった。そして、こうやって静かに仲直りすることになった。内海唯花は本来冷戦状態のまま半年が終ってもいいと考えていたが、彼が彼女を気にかけてくれるのでまた彼に対して心が動いた。あの半年の契約を取り消しにしてほしいくらいに。しかし、それが自分の一方通行の気持ちで、最終的に彼女は彼を愛しても、彼の方が彼女を愛してくれないかもしれない。そして半年の契約期間が過ぎて、二人が離婚したら彼は何もなかったかのように平気な様子で新しい生活を始めるだろう。そうなると彼女のほうは彼を失った苦しみを抱え、彼を忘れるまでにかなりの時間がかかるはずだ。誰かを愛するのは簡単なこと。愛した人を忘れるのは難しいこと。「安心して、私とお姉ちゃんでは解決できないことはきっとあなたに手伝ってもらうから」彼がこころよくそう言ってくれるので、彼女が直接断ると気まずくなるから、そう返事した。「お姉ちゃんが家に帰った後、私電話かけたの。今のところ大丈夫みたいだったわ。お姉ちゃんは我慢強いから、まだそうするべきじゃないと思ったら衝動的に行動したりしないの。今はお姉ちゃんが衝動に駆られて思い切った行動をしてしまえばとても不利になっちゃうし」陽のために彼女の姉は俳優の卵から、あっという間にハリウッド女優並みに演じられるようになったのだ。ガラスの仮面の主人公のように完璧にその役を演じ、佐々木家の人たちは全く彼女が裏で何をしようとしているのか気づいていなかった。「お姉ちゃんの義母と義姉がまた来たの。なんで来たのかその目的はわからないんだ。明日陽ちゃんを迎えに行った時に、お姉ちゃんに聞いてみる」佐々木唯月は明日から東グループで働き始めるので、佐々木陽は内海唯花がお店で面倒を見ることになるのだ。内海唯花は甥が生まれてからというもの、ずっとお世話をしてきた。そのおかげで、叔母と甥っ子の仲は非常に良く、唯花と一緒にいても泣きわめくことも母親を恋しがることもなかった。「ベビーシッターを雇って君の代わりに陽君を見てもらおうか?陽君は何にでも興味があって動き回る年頃だろう。君たちは忙しい時があるし、もし注意していなくて彼が店から出て行ってしまうようなことがあれば、どうなるかは想像したくないだろ」結城理仁は非常に気が利く人だ。内海唯花は
内海唯花は立ち止まった。結城理仁もそれに合わせて立ち止り、静かに彼女を見つめ、優しく尋ねた。「どうしたの?」「ベビーシッターのお金は私が出すわ。陽ちゃんのお世話のために雇うんだもの、陽ちゃんは私の甥っ子でしょ、私がお金を出して当然よ。あなたに出してもらう義理はないわ」今ベビーシッターを雇うのもお金が結構かかる。家にかかる出費は全部彼が出してくれているのだ。だから内海唯花は彼から甘い汁を吸い過ぎていると感じていた。結城理仁は耐えきれず、手を伸ばして彼女のほっぺたをつねって言った。「君はいつも細かいところを気にして、はっきりと分けて考えるよな。俺達は今家族だろう、家族なのにそんなに細かく気にしてどうするんだ?君と結婚手続きをしたあの日、君に言ったよね、結婚するからには君を養うつもりだって」「陽君も俺を『伯父さん』って呼んでるじゃないか。俺もあの子がとても好きなんだ。あの子の世話をするためになら、喜んでベビーシッター代を出すよ」少し話を途切らせてから、結城理仁は小声で付け加えた。「一番は、俺が妻である君を疲れさせたくないだけだ」「なんて?」「だから、お金は、俺が出すよ」結城理仁はどうしても譲らなかった。内海唯花は口では彼に敵わず、少し考えてから言った。「わかった、このお金はあなたに出してもらう。結城さん、今週末って何か予定ある?」「何か用事?」内海唯花は犬のリードを引きながら、前に歩きながら話した。「私たちが結婚してから結構時間も経ったし、あなたの実家にはまだ行ったことがないじゃない?だから、週末時間があるなら、あなたの実家に連れて行ってもらえないかなぁって」彼の家族たちは家に来たことがあるが、彼の嫁である唯花はまだ正式に彼の実家に行ったことがない。今でも彼の実家が一体どこにあるのかわからないのだ。「あと半月も経たずにばあちゃんの誕生日が来るんだ。その日、うちの家族がみんな揃うから君を実家に連れて行くよ。一度で俺の家族、親戚、友人たちにも会えてちょうど良いと思うよ」「おばあちゃんは傘寿のお祝い?」「いや、違うよ。ただ特に仲の良い親戚たちが集まって一緒に食事するだけだ」もし傘寿のお祝いであれば、彼ら結城家はおばあさんの誕生日パーティーを開く。星城の上流階級たち名家を招いた盛大なパーティだ。それで
佐々木俊介はドアノブを捻って開けようとしたが、ドアは開かなかった。佐々木唯月が内鍵をかけているのだろう。彼はドアをノックした。「唯月、開けてくれ」佐々木唯月はドアのところまで来たが、その場に立って彼を部屋に入れようとせず尋ねた。「何か用?」「唯月、ちょっと相談したいことがあるから、部屋に入れてくれないか」ここは本来夫婦二人の主寝室なのだが、今は佐々木唯月が占拠している。佐々木俊介は良い気がしなかった。しかし、唯月に頼んで姉の子供の世話をしてもらうために機嫌を取らねばならず、俊介は我慢して怒らなかった。「明日じゃだめなの?もう遅いじゃない」「まだ十一時だろ。俺は普段会食があればこれくらいにやっと帰って来られるんだ」佐々木唯月は佐々木俊介が義母と義姉に関係のある相談をしようとしていると考えた。彼女も知りたいと思い、体を部屋のドアから離して「言い終わったら、自分の部屋に戻って寝てよ」と言った。佐々木俊介は心の中で悪態をついた。あの夜は酒を飲んでいたから、我慢できずにあんなことしたんだ……。この俺がお前に触りたいと思ってるとでも?しかし表向きには「ちょっと待ってて、取って来るものがあるから」と言った。そう言うと、彼は後ろを向き、急いで彼が今寝ている部屋に戻り、小さなプレゼントボックスを手に取った。それは彼が仕事終わりにわざわざ佐々木唯月に買いに行ったパールのネックレスだった。高価なものではなく、数千円の淡水パールだ。彼はすぐにその箱を持って主寝室に入った。佐々木唯月は部屋にある二人用ソファに腰掛けて彼を待っていた。佐々木俊介は部屋に入った後、まず息子を見た。息子がぐっすりと寝ているのを見て、気持ちが和らぎ、腰をかがめて息子の小さな顔にキスをして顔を撫でた。そして、また体を起こして振り返り唯月の隣に座った。「ハニー」「名前で呼んで」佐々木唯月は淡々と彼の自分に対する呼び方を訂正した。彼からそんな呼び方をされると気持ち悪かったのだ。佐々木俊介は恥ずかしくなってはにかみ、あのプレゼントの箱を佐々木唯月に渡して言った。「唯月、お前に謝るよ。この間は俺が殴って悪かった。何があってもお前に手をあげるべきじゃなかった。俺の間違いだって認めるから、許してもらえないか?これ、お前のために買ってきたんだ。開けて見て
「ちょっと手助けしてくれよ。姉さんの代わりに子供の送り迎えとか、ご飯とかさ。子供たちがここにいなくても俺らだって飯作って食べてるだろ、それに二人増えるだけじゃんか。二人分の食器買えば済む話だし。あいつらはまだ子供だからそんなに食べないしさ。俺を助けるつもりだと思えばいいよ。俺達は数年夫婦やってるんだし、俺のためなら別にいいだろ?」佐々木俊介は優しい声で、話す時には唯月を見つめていた。感情に訴える作戦だ。「姉さんもタダでお前にお願いしようってわけじゃないんだよ。毎月二万ずつ払うんだって。この前話した時に、俺からも毎月三万多めに生活費出すって言ったじゃんか。それプラス二万だから、一か月に五万増えるんだよ。いいことだろ?」それを聞いて佐々木唯月はおかしくてたまらなかった。佐々木俊介とその姉の考えにはまったく笑ってしまう。たったの二万円で彼女に子供二人の送り迎えと、一日の食事、それから宿題の面倒まで見ろと言うのか?「俊介、二万円が多いと思ってるわけ?」「衣食住にお前自身の金を使う必要なくなるだろ。姉さんがお前にタダで二万あげるって言うんだぜ。つまりへそくり貯めてるようなもんじゃんか。それなのに少ないってか?少ないって言うんなら、それプラス二万出してもいいぞ」佐々木唯月は彼の話を遮って言った。「俊介、この間私が言ったこと理解してないわけ?言ったでしょ、あれは私の子供じゃないんだから、責任なんか持たないわよ。それに、私からも話すことがあるの。私、今日仕事が見つかったから、明日から働きに行くわ。陽は妹が面倒を見てくれるわ。自分の子供も妹に頼んで私は面倒を見なくなるのよ。それなのに、他人の家の子供を見る時間なんてあるわけないでしょ」それを聞いて佐々木俊介の顔が曇り、彼女に文句を言った。「なにが仕事に行くだよ、陽は今いくつだ?母親から離れちゃいけない年齢だぞ。俺がいるってのに、仕事に行くって?」「私が働くのは私の自由でしょ。陽は妹がしっかり見てくれるし、あんたは頼りにならないのよ、俊介。もう我慢できないわ!あんた本当に私が自分じゃ働いて生きていけない女だとでも思ってるわけ?あんたとあんたの家族は私が食べてばかりで稼ぐことができない人間だと思ってるんでしょ?あんたの母親と姉は私に学歴があるのに全く役に立ってない、お金を稼ぐこともできな
佐々木俊介はどうしたって唯月が姉の子供たちの面倒を見るのに賛成せず、説得できないので、彼は我慢の限界になり陰険に彼女に尋ねた。「どこで働くんだよ?どの会社が見る目がなくお前なんかを雇ったんだ?」佐々木唯月はわざと満面の笑みで言った。「東グループよ。東社長自ら、私を雇ってくれたの」佐々木俊介「……」東グループは彼が何とかコネを使って干渉できるような会社ではない。この時彼は、普通の会社であれば自分の人脈を駆使して佐々木唯月が働きに出るのを阻止し、また仕事を奪ってやろうと思っていた。唯月は大人しく家で子供の世話をしていればいいのだ。しかし、彼女が三年以上仕事から離れていて、豚のようにデブで以前のような輝かしいオーラもないというのに、まさか東グループのようなマンモス企業で働ける能力があるとは思ってもいなかった。しかも東社長自ら採用したとは。東社長は絶対に人を見る目がないのだ。佐々木俊介は心の中で、彼女に嫉妬と恨みを燃え滾らせ文句を言っていた。彼ですらまだ東グループで働けるほどの力がないというのに。「言いたいことはこれで全部?終わったんならもう出て行ってよ。私休みたいの。明日は早起きして仕事に行かなきゃならないんだから」佐々木唯月は東隼翔が彼女に毎日オフィスビルの前にある花壇の周りを五周ジョギングしてから出勤するようにと言っていたのを覚えていた。面接を担当していたあの長澤が彼女がきちんと五周するかを監視しているのだから。しっかり寝ておかないと、明日仕事に行っても力が出ないだろう。初日にしてあまり態度が良くなかったら、ようやく見つけた仕事をまた失ってしまうのではないかと不安だった。佐々木俊介は勢いよくフンと鼻を鳴らし、去っていった。せっかくパールのネックレスを買ってやったのに。佐々木俊介は部屋から出て行くと、力を込めて部屋のドアをバタンと閉めた。その音が客間で寝ていた母親を驚かせた。佐々木母は羽織を肩にかけて出てくると、息子が怒って主寝室から出てくるのを見て、急いで彼のもとに行き心配そうに尋ねた。「俊介、どうしたの?あなたまた唯月と喧嘩したの?それとも唯月がお姉ちゃんの子供の送り迎えに同意しなかった?」佐々木俊介は母親の前では表情を和らげ言った。「母さん、唯月のやつ、今日仕事を見つけてきたらしい。明日か
佐々木母は少し考えてから言った。「明日お母さんからあの子に話してみる。働きに行くのを諦めさせられないか説得してみる。だけど、今後は彼女に少し多めに生活費を渡さないとだめよ。割り勘制はもうやめましょう。二度とこんなことはしないで。本来、割り勘制にするのはあなたにとってメリットがあると思ってたのに、今からすると、あなたには全くメリットがなかったわね。あなたが家に帰ってからなんでも自分でやらないといけなくなったし。私とお姉ちゃんが来て、唯月にご飯を作らせてもあの子に給料を払わないとしけないし。お金も全然節約できることにはならなかったことだし、やっぱり割り勘制はなしにしましょう。そうすればあなたも楽になるはず。これからあなたが毎月唯月に多めに四万円の生活費を渡したとしても、損はないわ」佐々木俊介は少し沈黙してから言った。「母さん、割り勘をなしにしたとしても、俺と唯月は以前のようには戻れないんだ。俺はあいつに……本当にまったく興味がなくなった。陽のため、姉ちゃんのためじゃなけりゃ、俺だって声を優しくして下手にあいつと話したりしないってのに」佐々木俊介がそう言い終わると、佐々木母は彼の顔をパシッと叩いた。そして声を低くして彼を叱った。「あんた達男ってみんな同じよ。結婚したと思ったら、すぐに他の女の子の誘惑に負けちゃうのよね。あんたあの成瀬って子が本気であなたを愛していると思っているの?あの子はあんたの地位とお金を狙ってやって来ただけよ。もしあんたが平社員で、一か月に二、三十万の給料だったら、あの成瀬って子があんたを好きになったと思うかい?確かに、あんたはハンサムだよ、母さんは息子ながらあんたはカッコイイと思ってる。だけど、カッコイイだけじゃ食っていけないだろ?今の女の子は現実的な考え方なんだ。もしあんたに金も地位もなかったら、今以上に容姿が良かったとしても、あんたは独身から卒業できないよ。あんたね、もし本当に唯月と離婚しちゃったら、将来絶対に後悔するからね」佐々木俊介は成瀬莉奈が彼を本当に愛していると信じて全く疑わなかった。母親の話は彼の耳には全く入って来なかった。「母さん、もう遅いから早く休んで。俺から唯月にまたよく話してみるからさ。絶対姉ちゃんの子供の世話をするのに賛成してもらえるよう説得するから」佐々木唯月がもし同意してくれなか
内海唯花はハハハと笑って、牧野明凛に電話をかけた。牧野明凛は電話の向こうで笑って言った。「唯花、あなた達夫婦、嵐が去ってようやく晴れ間が見えてきたのね。結城さんったら私まで誘って朝食をご馳走してくれるなんて、安心したわ。私本当に彼が私のことを誤解しているんじゃないかってひやひやしてたんだから」金城琉生は彼女の従弟だ。しかし、彼女も別に親友と金城琉生がカップルになってほしいなんて思ってはいない。金城家は彼女の親友には合わないと思っていたからだ。彼女のおばは普段から内海唯花にとても良くしているから安心だろ、などと思わないほうがいい。もしおばが息子の琉生が内海唯花を好きだと知れば、すぐにでも手のひらを返したかのように態度が変わってしまうはずだ。彼女のおばのような義母がいたら、親友は幸せに日々暮らしていくことはできないだろう。だから、牧野明凛は従弟のために恋のキューピットになろうとは思っていなかった。彼女は従弟と二人きりになった時に、きちんと金城琉生に話すつもりだった。そのような考えは捨てて、今後は彼女たちの店にはあまり来ないようにと。もし彼がいるのを結城理仁に見られたら、また彼に誤解されてしまう。結婚している人は、男女に関わらず、人付き合いにおいてはやはり、結婚相手の気持ちも考えるべきだ。相手に対して不貞を働いていないとしても、結婚相手が異性と一緒にいるのを見たら、正直のところいい気はしないだろう。結婚相手以外の人間としっかり距離を保っていれば、何も心配するようなことはないのだ。「今すぐ出るわ」結城理仁の面子を考えて、牧野明凛は商売すらも後回しにするようだ。「そうだ、どこに食べに行くの?住所を送ってよ、私電動バイクで直接そこに行くから」内海唯花は携帯を耳から離すと、結城理仁に尋ねた。「結城さん、どこに食べに行く?」「スカイロイヤルホテルの一階にあるビュッフェに行こう。あそこの朝食は豊富だし、いろんな国の料理が味わえるからな」内海唯花は親友に「スカイロイヤルホテルの一階にあるビュッフェだって」と伝えた。「わかった、今から出るわ」親友との電話が終わると、内海唯花は姉に連絡した。姉がもう起きているのをわかっていて、彼女は結城理仁に言った。「結城さん、お姉ちゃんを迎えに行きましょう」結城理仁はそれに異論はなかった。
返事をもらえず、隼翔は話し続けた。「私が君を採用したことで、会社内で苦労させてるのは知っている。だが、他人の言葉は気にせず、自分の仕事に集中すればいいから」「東社長、私は仕事を辞めたいと思っています」隼翔はじっと彼女を見つめた。「理由は?」唯月は暫く黙った後、顔をあげて言った。「あの時は離婚して息子の親権を得るため、会社でどんな陰口を叩かれても、他人から嫌がらせをされても我慢できたんです。それは陽の親権を得るため、仕事が必要だったからです」「今は離婚して、親権も得られたから仕事を辞めたいってことか?まだ試用期間も終わってないぞ」隼翔は彼女の話を遮った。「内海さんには実力がある。職場の人間関係は複雑だということをきっと知っているだろう。他人の言葉は気にせず、自分が後悔しない生き方をすればいいと思う」「でも、私が東社長を取り入ろうとしていると言われて、私は東社長の評判に傷をつけたくないんです」人がいる所には必ず争いがあるものだ。唯月はそれを理解している。元財務部長だった彼女が直接に東社長の採用で入社したため、誰もが彼女がツテを使って入社したと噂をしていた。上司や上の管理職たちは彼女が自分の役職を奪うのを恐れていた。だから、オフィスの同僚たちは裏で彼女をいじめ、排斥し、罠を仕掛けてきた。さらに、東は独身だった。彼が一人の女性社員に注目すれば、その女性はすぐに多くの人の標的になるのだ。唯月は彼女たちと争いたくなかった。だから仕事を辞めて、自分の計画通りに起業しようと考えていた。隼翔「……誰が言ったんだ?」「内海さん、自分の仕事だけに専念したっていいんだ。その連中は俺が対処する。今後誰かがまた君にそういうことを噂したら、全員クビにする。大勢の人がそうしたって責められないと思ってるようだが、俺を怒らせたら全員解雇だな」彼が唯月を採用したのは、確かに理仁の面子を考えてのことだ。まあ、これに関しては、唯月がコネで採用されたというのも事実ではあるのだが。しかし唯月が彼を誘惑する気があるという……あまりにも非常識だった。離婚したばかりの唯月がそんなことするはずがないのに。社員同士のいざこざなど、多忙な東社長はあまり気にしないし、手も出したくなかった。しかし、度が過ぎれば処分せざるを得ない。「東社長、ありがと
唯月は振り返り、オフィスに戻った。その同僚はまだ他の人たちと楽しそうにおしゃべりを続けていた。唯月はまっすぐに相手のデスクの前に行った。その人はようやく唯月が戻ってきたことに気づいた。他人の悪口を言う時、その本人に聞かれるのはどれほど気まずいことか。その人は今まさにこの気まずい状態にいて、どうしたらいいかうろたえていた。「あなた、東社長に片思いしているんでしょう?」唯月が発した最初の言葉は、その女性の顔を赤くさせた。「そんなことありませんけど」彼女は否定した。「じゃあ、どうして私と東社長の噂を流すんです?面白いですか。あなたの話からジェラシーしか聞こえないんですけど。東社長に片思いしているから、こうやって私に敵意を向けてるんでしょう。信じてもらえなくてもいいですけど、私は東社長に何の気もありません。私が離婚したのは、クズ男が浮気したからよ。あんなクズと離婚しないで、そのまま一緒に生活し続けるとでも?私が離婚したから必ず東社長を誘惑するって言い切るわけ?東社長は公明正大なお方ですよね。私と何かあったら、隠したりしないでしょう」唯月は冷たい視線で相手を睨んで、何の感情もこもっていない声ではっきり言った。「これからもそのでたらめな噂を流し続けるなら、名誉毀損で訴えますから」言い終わると、彼女は踵を返した。その女性の顔色が暗くなったり赤くなったりして、最後に真っ青になった。他の人も唯月が冷たそうな表情で去っていたのを見て、彼女が言ったこともきちんと聞こえていた。それは彼らへの警告でもあるとわかった。会社で、唯月に関する悪い噂が多すぎるのだ。もし唯月が本当に名誉毀損で訴えたら……。唯月は冷たい表情のまま隼翔のオフィスのドアをノックした。「……顔の傷、大丈夫か?」隼翔は唯月の顔にまだ傷が残っているのを見て、心配そうに尋ねた。「あと二日もすれば治りますよ。お気遣いありがとうございます」唯月は彼のデスクから二メートル離れたところに立ったままだった。「座って」隼翔は彼女にそう言った。唯月は言われた通りに座らず、距離も詰めようとしなかった。ただそこに立ったまま顔をあげ、隼翔を見つめて静かに尋ねた。「東社長、何がご用でしょうか」「ああ、実は……妹さんのことをちょっと聞きたいんだが」
悩んだ結果、彼女は恥を忍んで姫華に悟のことを聞いたのだった。悟が本気で誰かを懲らしめようと思ったら、その相手には生きるより死んだほうがましだと思わせるほど辛い目に遭わせるのだということを知った。彼は人を懲らしめる時、相手が少しずつ全てを失い、絶望をじっくり味わわせるような非常に残酷な手段を取るのが好きだった。そのため、明凛はもし自分が直接悟の好意を拒否したら、彼の逆鱗に触れて、理仁がいじめられるのではないかと心配していたのだ。「そうね、まず付き合ってみるわ。だめだったら無理しないから安心して」明凛は確かに心配していたが、自分を犠牲にするようなことをするつもりはない。彼女はそういう性分じゃないのだ。「唯花、昨晩神崎家に行かなかったの?さっきお姉さんが陽ちゃんを連れてきた時、彼女の様子を見てびっくりしたよ」その話になると、唯花はひどく腹を立てた様子で、また佐々木家のクズどもを罵った。もし佐々木家の二人のクズが姉のところへ行かなければ、彼女と理仁も喧嘩にならなかったはずだ。いや、まあ、理仁のあの性格なら、遅かれ早かれまた喧嘩になるだろう。一体何度の衝突を過ぎれば、お互いの鋭い棘がなくなり、傷つけ合わなくなるのか、未だにわからないことだ。「明凛、今晩仕事が終わったら、バーに行って一緒に飲まない?」明凛は笑った。「結城さんが出張に行ったから、誰も見てないって大胆になったわね」「彼がいたって、私は行きたい場所に行くわ。私は彼を縛り付けないから、彼にもそうさせないからね」彼女の口調がおかしいと感じて、明凛の笑顔が消えた。親友の表情を注意深く見つめながら口を開いた。「唯花、結城さんとまた何かあったの?」彼女が風邪で寝込んだ日も、夫婦二人は危うく喧嘩になるところだった。その原因は琉生が唯花に花を贈るのを理仁に見られたからだった。そのせいで、彼女はまた従弟ともう一度真剣に話し合ったのだ。琉生の悔しそうな様子を思い出すと、明凛はどこか不安を感じていた。彼女の忠告なんて、琉生は全く聞く耳を持たなかった。彼は今もう道の突き当りに閉じ込められ、前へ進む道もなく、後ろへ戻るのも拒んでいて、ただあそこに無意味に止まるしかできないらしい。「ないわよ。ただ最近すごくストレスが溜まっているから、バーで少し飲んで発散したいだけ」彼
唯花が店に着いた時、ちょうど悟が店を出てきたところだった。彼は歩きながら振り返って手を振り「じゃあ、また」と言った。聞くまでもなく、それは明凛に言った言葉だった。唯花を見かけると、悟は丁寧に挨拶した。唯花は挨拶の代わりに微笑んだ。彼女は悟と親しいわけではなく、彼の身分も知ったので、少し緊張していた。悟も唯花とは気安く話せる話題がなく、何より彼女は親友の妻なのだ。その親友がいない場合は長くお喋りするのはよくないと考えた。「内海さん、俺はこれから会社に戻ります」「九条さん、お気をつけて」悟も彼女に笑って、車に乗り、すぐ離れていった。彼が去った後、唯花は店に入った。店に入ると、レジの上にバラの花束が置かれているのが目に入った。見た目からかなり大きな花束だ。花束だけでなく、明凛が普段好きなお菓子が大きい袋に詰められていて、レジの上に置いてあった。お菓子とバラ以外、悟は明凛が普段愛用しているスキンケア用品も何セットか贈ってきた。明凛は陽を抱いてレジの奥に座っていて、お菓子の袋を開けて陽と一緒に食べようとしていた。そして、唯花が入ってくるのを見て、明凛は笑った。「おばたん」陽は唯花を呼んだ後、またすぐに明凛の手にあるお菓子に視線を戻した。明凛は袋を開け、お菓子を取り出し陽に食べさせた。陽は食べながら小さい手で袋を掴もうとした。「陽ちゃん、食べ過ぎはよくないよ、ご飯が食べられなくなるよ」明凛はもう少し陽にあげた後、これ以上食べさせなかった。おやつを食べすぎて、ちゃんとしたご飯が入らなくなるのを心配していたのだ。唯花はお菓子の入った袋とスキンケア用品を見て、親友をからかった。「九条さんはもうあなたの好みを完全に把握してるわね。好きな食べ物と普段使ってるブランドの化粧品ばかりじゃない?」理仁は彼女にお菓子を買ってくれたのも、スキンケア用品を買ってくれたこともなかった。姫華からもらったフェイスパックを使ったら、彼は怒ることしかできなかった。それに、これから好きなブランドを彼に言ったら、買ってくるから、姫華からもらったものを使っちゃだめだとも言った。結局口だけで言って、何の行動もしてくれていない。実は、理仁は唯花にお菓子を買ったことがある。ただその時は、まだまだ余計なプライドが邪魔して、素直になれず、それ
唯花は清水が掃除しようとするのを見て、特に気にせず先に出かけた。清水は彼女を玄関まで見送り、エレベーターに乗ったのを確認してから、家に戻り急いで携帯を取り出して理仁に電話をかけた。最初、理仁は電話に出なかった。清水は連続三回もかけたが、それでも出てくれなかった。仕方なく、清水は彼にメッセージを送った。「若旦那様、若奥様が薬を飲みました」すると、一分も経たず、理仁は自ら電話をかけてきた。「唯花さんが何の薬を飲んだんです?」理仁の声はいつものように感情が読めないくらい冷たくて低かったが、彼をよく知っている清水はわかったのだ。彼は今緊張している。「若奥様は寝不足で、頭と目が痛いと言って、鎮痛剤を飲みましたよ」理仁は一瞬無言になった。びっくりしたじゃないか!清水がはっきり説明してくれなかったせいで。彼は唯花が薬を飲んで極端な行動をしたのかと勘違いしたのだった。いや、これは彼の考えすぎだ。唯花は明るい性格だから、他の誰かがそんな極端な行動をしようとも彼女はしない。ましてや理仁が原因でそんな行動をすると思うなんて、自意識過剰にもほどがある。彼女の心の中で、彼は明凛とも比べられないのだ。「若旦那様、若奥様は朝食を食べた時いろいろ話してくださいました」清水はため息をついた。「若旦那様、どうか考えてください。若旦那様は一体若奥様のどこが好きなんですか。もし若旦那様の思う通りに彼女を変えようとしたら、変わった若奥様はまだ若旦那様が好きな彼女でしょうか」「彼女は何も話してくれなかったんですよ。隼翔も知っていることを、俺が知らないなんて」「若旦那様こそ、あらゆることを若奥様に話しているんですか。どうか忘れないでください。若旦那様はまだ正体を隠しているではありませんか。若旦那様のほうが多くのことを隠しているでしょう」理仁は暗い顔をした。「清水さん、どっちの味方なんだ?」「もちろん若旦那様の味方ですが、だからこそ、こんな身分に相応しくないことを口が酸っぱくなるぐらい言ってるんです。でないと、ただの使用人である私が、こんなことを言いませんよ」「清水さんのことはちゃんと尊重していますよ」理仁は確かにプライドが高く横暴だが、使用人に対する礼儀はきちんとしていた。「おばあ様は実家に帰ったばかりなのに、ま
「これは彼がまだ私のことを完全に家族として見ていない証拠ですよ。彼自身がそれをできてないのに、どうして私にだけ要求できるんですか?他人に厳しいのに、自分に甘いにもほどがあるでしょう。それは強引ではありませんか?なんでも彼を中心として考えないと、すぐ怒るし、しかも、私が彼を家族として見ていないって言いだすんですから。私も苛立って、彼が自己中心過ぎて、心が狭いじゃないって言ったら、あっちは電話を切っちゃいました。それでメッセージを送っても全然返事してくれませんでしたよ。毎回こうなんです。怒るとメッセージも電話も無視して、まるでわがままで面倒くさい彼女みたいです」清水「……」若旦那様は確かにそんな性格で、若奥様の分析はいかにも正しかった。理仁は小さい頃から後継者として育てられ、弟たちは常に彼を中心にしていた。結城グループを引き継いだ後は、おばあさんと両親はもう一切手を出さず、彼を本当に結城グループのトップにさせた。会社では、彼の言うことが絶対で、誰も反論できないのだ。弟たちも社員も、相変わらず彼を中心に動いている。元々独占欲が強い性分だったので、そんな環境で育てられたら、ますます自己中心的な性格になってしまった。彼は全てを支配するのに慣れてしまっているのだ。周りの人が自分に従うのが当然だと思っている。唯花は人生を彼に支配されたくないし、何でも従ったり依存したりするのも嫌だった。だから、理仁は自分が唯花に無視されたと思っていた。それで、唯花が彼を重視しておらず、家族として見ていないと感じてしまったのだ。しかし唯花の言った通り、彼自身はすべてのことを何も隠さずに彼女に教えているだろうか。「清水さん、日数を数えてくれますか?今回はこの冷戦が何日続くか見てみましょう。もうメッセージを送るのも面倒くさいと思いました。送ったってどうせ見ませんよね。また私のLINEを削除したかもしれませんよ。もし本当に削除してたら、今度こそ絶対また友だちに追加しませんからね!」清水は彼女を慰めた。「……結城さんは確かに少し横暴なところがありますが、本当に唯花さんが彼を重視していないと、他人扱いされてると思い込んで、それで怒っているんでしょう」「ちゃんと説明したのに、それでも納得できないなら、私にどうしろって?もういいわ、怒りたいなら勝
「内海さん、焦らなくて大丈夫ですから、ゆっくり朝ごはんを食べてください。さっきお姉さんから電話があって、教えてくれました。陽ちゃんをお店に連れて行ったら、そこに牧野さんがいらっしゃったそうです。だから私たちは直接お店に行けばいいから、お姉さんのお家に行かなくていいですよって」それを聞いて唯花はホッと胸をなでおろした。そして食卓に座った。清水は今朝いろいろな具材のおにぎりを用意してくれていた。それから、味噌汁とおやつに黄粉餅まで。黄粉、餅……唯花は携帯を取り出してその小皿に盛られた黄粉餅の写真を撮り、あの怒りん坊に送ってやった。もちろん、結城某氏は彼女に返事をしてこなかった。唯花はぶつくさと不満をこぼした。「内海さん、おにぎり、美味しくなかったですか?」清水は唯花が何かを呟いているのを聞いて、おにぎりが美味しくなかったのかと勘違いし、尋ねた。「内海さんはどんな具材がお好きなんですか。教えてくれれば、明日作りますよ」「清水さん、私好き嫌いないので、どんな具材でも好きですよ。ささ、清水さんも座って、二人で食べながらおしゃべりでもしましょうよ」理仁が家にいないので、清水はかなり気楽にできる。若奥様の前では若旦那様はかなり和らいだ雰囲気を持っているが、理仁のあの蓄積された威厳では清水が一緒に食卓を囲む時にはやはり常に気が抜けないのだ。「清水さん。あなたは結城家の九番目の末っ子君を何年もお世話してきたんですよね。理仁さんと知り合ってからもう何年も過ぎているでしょう?彼ってなんだか俺様な感じしません?自己中心でわがままだと思ったことありません?彼の前で少しも隠し事をしちゃいけないって要求されたことは?」清水はちょうど味噌汁に口をつけたところで、彼女からこの話を聞き、顔をあげて唯花のほうを向き、心配そうに尋ねた。「内海さん、どうしてこのようなことをお聞きになるんですか?」唯花は餅をつまみながら、言った。「昨日の夜、理仁さんとたぶん喧嘩になって、今、ちょっと、また冷戦に突入しちゃったかなって」清水「……」夜が明けたと思ったら、若旦那様と若奥様はまた喧嘩なさったのか。しかも、また冷戦に突入しただって?「内海さん、結城さんとどうして喧嘩になったんですか?」ここ暫くの間、若旦那様と若奥様の関係は見るからにと
数分後、ベッドに座って少し何かを考え、ベッドからおりて自分の生活用品を片付け始めた。そして、それを持って自分の部屋へと戻った。彼の部屋で、彼のベッドで寝るのをやめよう。唯花は怒って、また自分の部屋に戻り寝ることにしたのだ。そして一方の理仁もこの時悶々としていた。唯花からメッセージが届き、彼はそれを見たが返事はせず、そのまま削除してしまった。彼はこの時、ただ唯花から彼は心が狭いと責められ、家族として見てくれていないことだけが頭の中を巡っていた。携帯をテーブルの上に置き、理仁は起き上がってオフィスの中を行ったり来たり落ち着かない様子で、とてもイラついていた。そして、彼はコーヒーを入れに行った。コーヒーを飲んだ後、無理やり自分を落ち着かせて、仕事に没頭し始めた。徹夜する気だ。唯花ははじめは怒りで寝返りを打ち、なかなか寝付けなかったが、一時間少し粘ってやっと怒りが収まってきた。彼も別に初めてこんなふうになったわけではないし、毎回毎回彼のせいでこのように怒っていては、寿命が短くなってしまって、損してしまう。それで彼女は怒りを鎮めて、夢の世界へと旅立つことにした。怒りたい奴は勝手に怒っていればいいさ!すぐ怒る奴はいつも彼を中心にして世界が回っている。自分だって全てのことを彼女に教えることはできないくせに、彼女には小さい事から大きい事まで全てを話すよう要求するのだ。彼は今ここにいないのに、言ったとして、帰って来てくれるというのか?姉の今回の件は、実際彼女自身も特に何もしていないのだ。彼女の伯母が佐々木家の母親と娘に自己紹介をしただけで、あの二人を驚かせてしまったのだ。そしてその後どうするかを決めたのは姉だ。陽のことを考え、姉は最終的に和解することにしたのだ。これは姉が決めたことだ。彼女は姉が決めたことは何でも尊重する。それなのに彼ときたら、また隼翔が知っていて、彼は知らなかったと言って噛みついてきた。東隼翔は姉の会社の社長だぞ。そんな彼が会社の目の前で起きたことを知っているのは、それは当然のことだろう?別に彼女がわざわざ東隼翔に教えたわけではないというのに。なんだか彼は勝手にヤキモチを焼くみたいだ。この夜、唯花は遅い時間にやっと眠りにつくことができた。出張中の理仁はコーヒーを二杯飲んで、翌日の
姉と佐々木俊介が出会ってから、恋愛し、結婚、そして離婚して関係を終わらせ、危うくものすごい修羅場になるところまで行ったのを見てきて、唯花は誰かに頼るより、自分に頼るほうが良いと思うようになっていた。だから、配偶者であっても、完全に頼り切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、その配偶者もまた別の人間の配偶者に変わってしまうかもしれないのだからだ。「つまり俺は心が狭い野郎だと?」理仁の声はとても低く重々しかった。まるで真冬の空気のように凍った冷たさが感じられた。彼は今彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女のありとあらゆる事情を知っておきたいのだ。それなのに、彼女は自分から彼に教えることもなく、彼の心が狭いとまで言ってきた。ただ小さなことですぐに怒るとまで言われてしまったのだ。これは小さな事なのか?隼翔のように細かいところまで気が回らないような奴でさえも知っている事なのだぞ。しかも、そんな彼が教えてくれるまで理仁はこの件について知らなかったのだ。隼翔が理仁に教えておらず、彼も聞かなかったら、彼女はきっと永遠に教えてくれなかったことだろう。彼は彼女のことを本気で心配しているというのに、彼女のほうはそれを喜ぶこともなく、逆に彼に言っても意味はないと思っている。なぜなら、彼は今彼女の傍にいないからだ。「私はただ、あなたって怒りっぽいと思うの。いっつもあなた中心に物事を考えるし。少しでも他人があなたの意にそぐわないことをしたら、すぐに怒るでしょ」彼には多くの良いところがあるが、同じように欠点もたくさんあるのだった。人というものは完璧な存在ではない。だから唯花だって彼に対して満点、パーフェクトを望んではいない。彼女自身だってたくさん欠点があるのは、それは彼らが普通の人間だからだ。彼女が彼の欠点を指摘したら、改められる部分は改めればいい。それができない場合は彼らはお互いに衝突し合って、最終的に彼女が我慢するのを覚えるか、欠点を見ないようにして彼に対して大袈裟に反応しないようにするしかない。すると、理仁は電話を切ってしまった。唯花「……電話を切るなんて、これってもっと腹を立てたってこと?」彼女は携帯をベッドに放り投げ、少し腹が立ってきた。そしてぶつぶつと独り言を呟いた。「はっきり言ったでしょ、なんでまだ怒るのよ。怒りたいな