「ちょっと手助けしてくれよ。姉さんの代わりに子供の送り迎えとか、ご飯とかさ。子供たちがここにいなくても俺らだって飯作って食べてるだろ、それに二人増えるだけじゃんか。二人分の食器買えば済む話だし。あいつらはまだ子供だからそんなに食べないしさ。俺を助けるつもりだと思えばいいよ。俺達は数年夫婦やってるんだし、俺のためなら別にいいだろ?」佐々木俊介は優しい声で、話す時には唯月を見つめていた。感情に訴える作戦だ。「姉さんもタダでお前にお願いしようってわけじゃないんだよ。毎月二万ずつ払うんだって。この前話した時に、俺からも毎月三万多めに生活費出すって言ったじゃんか。それプラス二万だから、一か月に五万増えるんだよ。いいことだろ?」それを聞いて佐々木唯月はおかしくてたまらなかった。佐々木俊介とその姉の考えにはまったく笑ってしまう。たったの二万円で彼女に子供二人の送り迎えと、一日の食事、それから宿題の面倒まで見ろと言うのか?「俊介、二万円が多いと思ってるわけ?」「衣食住にお前自身の金を使う必要なくなるだろ。姉さんがお前にタダで二万あげるって言うんだぜ。つまりへそくり貯めてるようなもんじゃんか。それなのに少ないってか?少ないって言うんなら、それプラス二万出してもいいぞ」佐々木唯月は彼の話を遮って言った。「俊介、この間私が言ったこと理解してないわけ?言ったでしょ、あれは私の子供じゃないんだから、責任なんか持たないわよ。それに、私からも話すことがあるの。私、今日仕事が見つかったから、明日から働きに行くわ。陽は妹が面倒を見てくれるわ。自分の子供も妹に頼んで私は面倒を見なくなるのよ。それなのに、他人の家の子供を見る時間なんてあるわけないでしょ」それを聞いて佐々木俊介の顔が曇り、彼女に文句を言った。「なにが仕事に行くだよ、陽は今いくつだ?母親から離れちゃいけない年齢だぞ。俺がいるってのに、仕事に行くって?」「私が働くのは私の自由でしょ。陽は妹がしっかり見てくれるし、あんたは頼りにならないのよ、俊介。もう我慢できないわ!あんた本当に私が自分じゃ働いて生きていけない女だとでも思ってるわけ?あんたとあんたの家族は私が食べてばかりで稼ぐことができない人間だと思ってるんでしょ?あんたの母親と姉は私に学歴があるのに全く役に立ってない、お金を稼ぐこともできな
佐々木俊介はどうしたって唯月が姉の子供たちの面倒を見るのに賛成せず、説得できないので、彼は我慢の限界になり陰険に彼女に尋ねた。「どこで働くんだよ?どの会社が見る目がなくお前なんかを雇ったんだ?」佐々木唯月はわざと満面の笑みで言った。「東グループよ。東社長自ら、私を雇ってくれたの」佐々木俊介「……」東グループは彼が何とかコネを使って干渉できるような会社ではない。この時彼は、普通の会社であれば自分の人脈を駆使して佐々木唯月が働きに出るのを阻止し、また仕事を奪ってやろうと思っていた。唯月は大人しく家で子供の世話をしていればいいのだ。しかし、彼女が三年以上仕事から離れていて、豚のようにデブで以前のような輝かしいオーラもないというのに、まさか東グループのようなマンモス企業で働ける能力があるとは思ってもいなかった。しかも東社長自ら採用したとは。東社長は絶対に人を見る目がないのだ。佐々木俊介は心の中で、彼女に嫉妬と恨みを燃え滾らせ文句を言っていた。彼ですらまだ東グループで働けるほどの力がないというのに。「言いたいことはこれで全部?終わったんならもう出て行ってよ。私休みたいの。明日は早起きして仕事に行かなきゃならないんだから」佐々木唯月は東隼翔が彼女に毎日オフィスビルの前にある花壇の周りを五周ジョギングしてから出勤するようにと言っていたのを覚えていた。面接を担当していたあの長澤が彼女がきちんと五周するかを監視しているのだから。しっかり寝ておかないと、明日仕事に行っても力が出ないだろう。初日にしてあまり態度が良くなかったら、ようやく見つけた仕事をまた失ってしまうのではないかと不安だった。佐々木俊介は勢いよくフンと鼻を鳴らし、去っていった。せっかくパールのネックレスを買ってやったのに。佐々木俊介は部屋から出て行くと、力を込めて部屋のドアをバタンと閉めた。その音が客間で寝ていた母親を驚かせた。佐々木母は羽織を肩にかけて出てくると、息子が怒って主寝室から出てくるのを見て、急いで彼のもとに行き心配そうに尋ねた。「俊介、どうしたの?あなたまた唯月と喧嘩したの?それとも唯月がお姉ちゃんの子供の送り迎えに同意しなかった?」佐々木俊介は母親の前では表情を和らげ言った。「母さん、唯月のやつ、今日仕事を見つけてきたらしい。明日か
佐々木母は少し考えてから言った。「明日お母さんからあの子に話してみる。働きに行くのを諦めさせられないか説得してみる。だけど、今後は彼女に少し多めに生活費を渡さないとだめよ。割り勘制はもうやめましょう。二度とこんなことはしないで。本来、割り勘制にするのはあなたにとってメリットがあると思ってたのに、今からすると、あなたには全くメリットがなかったわね。あなたが家に帰ってからなんでも自分でやらないといけなくなったし。私とお姉ちゃんが来て、唯月にご飯を作らせてもあの子に給料を払わないとしけないし。お金も全然節約できることにはならなかったことだし、やっぱり割り勘制はなしにしましょう。そうすればあなたも楽になるはず。これからあなたが毎月唯月に多めに四万円の生活費を渡したとしても、損はないわ」佐々木俊介は少し沈黙してから言った。「母さん、割り勘をなしにしたとしても、俺と唯月は以前のようには戻れないんだ。俺はあいつに……本当にまったく興味がなくなった。陽のため、姉ちゃんのためじゃなけりゃ、俺だって声を優しくして下手にあいつと話したりしないってのに」佐々木俊介がそう言い終わると、佐々木母は彼の顔をパシッと叩いた。そして声を低くして彼を叱った。「あんた達男ってみんな同じよ。結婚したと思ったら、すぐに他の女の子の誘惑に負けちゃうのよね。あんたあの成瀬って子が本気であなたを愛していると思っているの?あの子はあんたの地位とお金を狙ってやって来ただけよ。もしあんたが平社員で、一か月に二、三十万の給料だったら、あの成瀬って子があんたを好きになったと思うかい?確かに、あんたはハンサムだよ、母さんは息子ながらあんたはカッコイイと思ってる。だけど、カッコイイだけじゃ食っていけないだろ?今の女の子は現実的な考え方なんだ。もしあんたに金も地位もなかったら、今以上に容姿が良かったとしても、あんたは独身から卒業できないよ。あんたね、もし本当に唯月と離婚しちゃったら、将来絶対に後悔するからね」佐々木俊介は成瀬莉奈が彼を本当に愛していると信じて全く疑わなかった。母親の話は彼の耳には全く入って来なかった。「母さん、もう遅いから早く休んで。俺から唯月にまたよく話してみるからさ。絶対姉ちゃんの子供の世話をするのに賛成してもらえるよう説得するから」佐々木唯月がもし同意してくれなか
内海唯花はハハハと笑って、牧野明凛に電話をかけた。牧野明凛は電話の向こうで笑って言った。「唯花、あなた達夫婦、嵐が去ってようやく晴れ間が見えてきたのね。結城さんったら私まで誘って朝食をご馳走してくれるなんて、安心したわ。私本当に彼が私のことを誤解しているんじゃないかってひやひやしてたんだから」金城琉生は彼女の従弟だ。しかし、彼女も別に親友と金城琉生がカップルになってほしいなんて思ってはいない。金城家は彼女の親友には合わないと思っていたからだ。彼女のおばは普段から内海唯花にとても良くしているから安心だろ、などと思わないほうがいい。もしおばが息子の琉生が内海唯花を好きだと知れば、すぐにでも手のひらを返したかのように態度が変わってしまうはずだ。彼女のおばのような義母がいたら、親友は幸せに日々暮らしていくことはできないだろう。だから、牧野明凛は従弟のために恋のキューピットになろうとは思っていなかった。彼女は従弟と二人きりになった時に、きちんと金城琉生に話すつもりだった。そのような考えは捨てて、今後は彼女たちの店にはあまり来ないようにと。もし彼がいるのを結城理仁に見られたら、また彼に誤解されてしまう。結婚している人は、男女に関わらず、人付き合いにおいてはやはり、結婚相手の気持ちも考えるべきだ。相手に対して不貞を働いていないとしても、結婚相手が異性と一緒にいるのを見たら、正直のところいい気はしないだろう。結婚相手以外の人間としっかり距離を保っていれば、何も心配するようなことはないのだ。「今すぐ出るわ」結城理仁の面子を考えて、牧野明凛は商売すらも後回しにするようだ。「そうだ、どこに食べに行くの?住所を送ってよ、私電動バイクで直接そこに行くから」内海唯花は携帯を耳から離すと、結城理仁に尋ねた。「結城さん、どこに食べに行く?」「スカイロイヤルホテルの一階にあるビュッフェに行こう。あそこの朝食は豊富だし、いろんな国の料理が味わえるからな」内海唯花は親友に「スカイロイヤルホテルの一階にあるビュッフェだって」と伝えた。「わかった、今から出るわ」親友との電話が終わると、内海唯花は姉に連絡した。姉がもう起きているのをわかっていて、彼女は結城理仁に言った。「結城さん、お姉ちゃんを迎えに行きましょう」結城理仁はそれに異論はなかった。
朝食を食べた後夫婦はそれぞれ、一人は店に、一人は会社に行くので同じ方向ではない。そのため二人は別々に自分の車に乗って出かけていった。夫婦は唯花の姉が住んでいる久光崎に唯月を迎えに行った。マンションの入り口に着いた時に、佐々木唯月がベビーカーに乗った息子を押して出て来た。「お姉ちゃん」内海唯花は車を路肩に止め、急いで車を降りて姉のほうに向かって行った。「おばたん」佐々木陽は両手を広げて内海唯花に抱っこをおねだりした。内海唯花は腰をかがめて、彼を抱き上げるとキスをし、彼はキャッキャと笑った。結城理仁はこのシーンを見て、自分も彼と同じくらいの2歳児になれたら、内海唯花にキスをしてもらえるのに悔しいと思っていた。「陽ちゃん、今日はこんなに早く起きたんだね」「私が起こしたの。ミルクをあげてから出て来たのよ」佐々木唯月は妹の夫に軽く頭を下げて、挨拶をした。「結城さん」「義姉さん、乗ってください」結城理仁はそう言いながら唯月のほうへ向かって来ると、ベビーカーを畳んで内海唯花の車に載せた。「お姉ちゃん、バスで出勤するの?」内海唯花は車のエンジンをかけながら、姉に尋ねた。「どうして電動バイクに乗らないの?理仁さんの車の上に載せてもいいのに」彼の車は大きいから、姉の小さめの電動バイクを載せるくらい問題ないのだ。「時間的に余裕がないわ。明日電動バイクで出勤することにする」内海唯月は今日わざわざ綺麗な服を選んで着ていた。普段、家にいる時は適当な服で過ごしていた。暫くの間仕事などしていなかったから、今再び働くことになって、佐々木唯月も少し緊張していたのだ。「後でお姉ちゃんを会社まで送ってから、私は店に行くわ」「それもいいわね」佐々木唯月は妹の好意をそのまま受け取ることにした。内海唯花はまた佐々木家の母と娘がやって来た理由について尋ねた。「ほかでもなく、この間あなたに言ったあの件でよ。英子の子供を送り迎えして、ご飯を作って食べさせ、宿題の面倒を見てあげるっていうあれよ。私は断ったわ!その子を産んだ人が責任を持つべきでしょう。私にはあの人の子供たちを見るような余裕なんかないわ。しかも、あの子たちって彼女そっくりで、私が世話をしようと思っても、すごく大変で骨折り損のくだびれもうけになるだけよ」彼女と
一セットで二十万以上するスーツを買ったから、内海唯花はそのブランドをしっかり覚えていて、見間違いではないはずだ。内海唯花はこっそり笑った。結城理仁は絶対新しい服を着たいから、あのような行動に出たのだ。なるほどおばあさんが、彼は見た目はクールだけど、情熱を胸に秘めている人だと言っていたわけだ。彼女が彼に服を買ってあげても、彼はそれを捨てることはなかった。祖母と孫の関係だから、おばあさんは彼のことをよく理解している。彼の性格から行動まで細かいところまで手に取るようにわかるのだ。スカイロイヤルホテルに着いた時、牧野明凛はすでにお店で待っていた。内海唯花たちはホテルに入っていった。ホテルのロビーの担当責任者は結城理仁に気づき、笑顔で彼に「若旦那様」と一声かけようとしたが、理仁に重苦しい表情で睨まれてその言葉を呑み込んだ。彼は何か間違ったことをしたのだろうか?ロビーの担当責任者は、結城理仁に挨拶をすることも、後に続く勇気もなくて、元の場所に立ったまま、彼ら一行が通り過ぎていくのを見ていた。それからどのくらい経ったかわからないが、彼は誰かに肩を叩かれてようやく我に返った。「辰巳坊ちゃん?」結城辰巳を見て、ロビー責任者はまるで救世主が現れたかのように辰巳を掴み、声を低くして言った。「辰巳坊ちゃん、先ほど若旦那様にそっくりな方をお見かけしたのですが、ご挨拶する勇気がありませんでした。人違いじゃないかと心配で、でも若旦那様に本当にそっくりだったんです!違うのはボディーガードを従えていないという点です」そう、彼はさっき絶対に人違いしたのだ。結城家の御曹司が出入りする時にはボディーガードが必ず付き従っている。さっきの人は彼にそっくりで、人を睨みつけるその表情も全く同じだったが、若旦那ではなかった。結城辰巳は急いで尋ねた。「君、彼を『若旦那様』とか呼んでいないよな?」「そうお呼びしたかったんですが、彼に睨まれて、呼べなかったんです。呼ばなくて正解でした。そうじゃなければすごく気まずくなるところでした」自分の社長も見間違えてしまうのだから、それを本物の社長に知られたらクビになってしまいかねない。「それならよかった。今後、結城理仁を見かけた時、ボディーガードを連れていない時には彼のことは知らない人だと思っていいぞ」それを聞
牧野明凛が去って行った後、結城理仁はボディーガードに電話し、彼を迎えに来るように伝えた。ボディーガードたちはずっと彼の後ろにいて、ただ姿を見せなかっただけだった。彼の電話を受け取った後、すぐにホテルに彼を迎えに行った。「先にジュエリーショップに行ってくれ」結城理仁は車に乗った後、運転手にそう指示した。運転手は恭しくそれに応えた。「かしこまりました」ここ星城のような繁華な大都市にはジュエリーショップがたくさんある。ホテルから会社に行くまでの途中にもジュエリーショップが一軒あった。店に着くと、運転手は車を止めた。「誰も付いてこなくていい」結城理仁は低い声でそう命令し、自分だけ車を降りてジュエリーショップに入って行った。結城理仁の買い物は非常に早い。彼はゴールドのカップルリングを選ぶと支払いを済ませ、店員がその指輪を一つずつ赤いプレセントボックスに入れて贈り物専用袋に入れるのを待って、それを受け取ると店を出て行った。店員は彼が店を出て車に乗るまでずっと彼を見ていた。そして店員はようやく視線を元に戻すと、心の中で感嘆して言った。「現実世界にあんなにカッコイイ男性が本当に存在するんだ」大人で落ち着いていて、背は高く容姿は国宝級。それに更に威厳さも持ち合わせていて、めっちゃクール!彼が買ったのはカップル用の指輪だ。きっと彼女にあげるのだろう。結城理仁が車に乗ると、運転手はすぐに車を出した。七瀬は後ろを振り向いて自分の主人を見た。「これはお前のために買ったものじゃない」彼の主人はそのように冷たくひとこと言った。七瀬は急いで言った。「若旦那様、ただ好奇心に駆られただけで、決してそのようなことなど考えていません」彼へのプレゼントだったとしても、それを受け取ることなどできるはずがなかろう。それは指輪なんだから!結城理仁は片方のプレゼントボックスを開け、中から指輪を取り出すと、左手の薬指にはめた。この時七瀬は理解した。坊ちゃんは世間に結婚したことを公開するつもりなのだ。つまりこれは若奥様に本当のことを告白するつもりなのか?「若旦那様、今後我々が内海さんを見かけた時には、『若奥様』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」結城理仁はちらりと彼を見て、低い声で言った。「これまで通りに」七瀬「……」彼
神崎姫華は彼が車を降りるのを見て、歓喜していた。自分が粘ってきたおかげで少し彼と進展があったと思ったのだ。だって、結城理仁は以前は彼女を無視して車から降りようともしなかったのに、今日は違ったのだから、これを進展があると言わないで何になる?「理仁、これあなたに用意した朝食よ」神崎姫華は急いで持って来た愛のこもった朝食と花束を一緒に結城理仁に渡そうとし、咲き誇る花のように燦燦と輝く笑みを見せた。「この花はね、うちのガーデンから切り取ってきれいに整えてから私が包んだのよ。あなたにあげる」結城理仁は無表情のまま神崎姫華を見ていた。花を大の男にやるのか。内海唯花は一体神崎姫華にどんなテクニックを教えているんだ?彼を女性として見ているのか?結城理仁は右手を差し出し、まずはその花束を受け取り、それから左手で弁当箱を受け取った。神崎姫華は瞬時に狂ったように歓喜した。結城理仁のこの動作は、つまり彼女を受け入れてくれたということなのか?そして次の瞬間、彼女は結城理仁の左手薬指にゴールドの指輪が光っているのが見えた。その指輪は幅のある大きめの指輪で、彼の薬指にはまっていると、たとえ今日太陽が隠れていても、光り輝きまぶしいほどで、その存在を無視しようにもできないほど存在感があった。「理仁!」神崎姫華は恐る恐る探るように彼に尋ねた。「あなた、なんで指輪なんかつけているの?しかも薬指なんかに」彼女は無理やり笑顔を作り、言葉に気を付けながら説明した。「普通、結婚指輪を薬指にはめるものだけど」結城理仁は自分の指にはまっている指輪を彼女に見せつけた後、警備室のほうに体を向けて向かって行き、低い声で尋ねた。「警備室のゴミ箱はどこにある?」警備員は急いで彼にゴミ箱を持って来た。そして彼は花束と弁当箱を一緒にそのゴミ箱に捨ててしまった。そしてまた振り返り、車のほうへと歩いて行き、そのまま車に乗った。神崎姫華には彼がどうして薬指に指輪をはめているのか何も説明はしなかった。神崎姫華もさっき言っていたが、結婚指輪は薬指にはめるものだ。神崎姫華も馬鹿ではない、こんなはっきりした意思表示をわからないとでも思っているのか?「車を出せ!」結城理仁は低い声で命令した。運転手は急いでエンジンをかけると神崎姫華を避けて会社へと車を走らせた。こ
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ