結城理仁はすぐ電話に出た。「結城さん、午前の仕事大丈夫だった?もし眠かったら、午後会社を休んで帰ったらどう?」結城理仁は彼女の気遣いにご機嫌になり、黒い社長椅子にもたれかかり、ぐるぐると椅子を回しながら、わざと落ち着いた声で答えた。「会社に着いた時またコーヒーを一杯飲んだから、ここまでもったよ。大丈夫、もうすぐ昼休みの時間だ、もうすぐ休めるから」「昼ご飯は?」「眠いから、食欲がないし、食べたくないんだ」「それはいけないよ。午前中ずっと仕事でしょ。昼ご飯食べないと胃によくないよ。もし病気になったらなかなか治らないわ」結城理仁の返事は甘えたようだった。「だって、食べたくないんだ」「じゃ、昼休みの時、先に少し寝てて。私が後で昼ご飯を持って行くから。会社の前に着いたらまた電話する」彼は姉のために動き回り、昨日全然寝ていなかったから、どうあっても、内海唯花は昼ご飯を食べないと言った彼を放っておけないのだ。「わかった。じゃあ会社で少し寝るよ。着いたら電話してくれ。車で来るなら気をつけて」「私は店で半日も寝たの、今めっちゃ元気だよ。大丈夫だから。じゃ先に仕事をして、終わったらすぐ休むんだよ」言い終わると、内海唯花は電話を切った。そして、立ち上がりキッチンに入り、弁当箱を取り出し、洗いながら清水に言った。「清水さん、結城さんは昼ご飯を食べに来ないから、私が持って行ってきます。清水さんたちは先に食べてて、私の分を残しておいてくれればいいですから。帰ってから食べますね」清水は返事した。「ご飯は全部できましたよ。お姉さんが帰って来たら、すぐ食べられます。内海さん、先に食べたらどうですか?帰ってから食べると午後一時を過ぎるでしょう。体に良くありませんよ」内海唯花は少し考えて、一理あると思い、頷いた。彼女は弁当箱を清水に渡し、それにご飯とおかず、スープまでも入れてもらい、弁当箱をいっぱいにさせた。彼女自身は素早くスープを飲み、おかずはあまり食べずに、ご飯を一椀食べただけだった。さっさと食事を済ませ、弁当箱を持ち清水に挨拶した。「それじゃ、行ってきます。清水さん、後で忙しくなるかもしれませんから、陽ちゃんはよろしくお願いします」店に来るお客は皆いい客だから、何かを取られる心配もないし、牧野明凛はレジに立つだけでいいのだ。「
おばあさんはスーツケースを持って、一直線にソファの前まで来ると、そこに腰を下ろして言った。「理仁、私、あなた達の家に引っ越してきて一緒に住むわ」結城理仁は顔をこわばらせた。「ばあちゃん、約束したじゃないか……」「別に悪いことをしようってわけじゃないのに、なんでそんなに緊張してるのよ。何を心配しているの?」おばあさんは彼に言い返して、すぐに強気な態度で言った。「私はあなたの父親とおじさんたちから家を追い出されたの。それでどこにも行く当てがないから、孫に頼るしかないじゃないの、だめ?あなたも父親やおじさんたちと同じように、おばあちゃんを家から追い出す気?ああ、年取ってからこんな目に遭うなんて、どこに行っても邪魔者扱いされちゃって、息子や男の孫を精一杯育てて何になるっていうのかしら?やっぱり孫娘を育てたほうが私に優しくしてくれたのに」結城理仁は顔を曇らせた。「ばあちゃん、父さんやおじさんたちがばあちゃんを追い出すわけないだろ」彼のところに引っ越してきて一緒に住もうとしているからといって、それを彼の父親やおじさんたちのせいにする必要はないだろう。おばあさんはニコニコ笑った。「うちのお嫁さんが私を追い出したなんて言えないでしょ?息子たちは私が産んだんだから、彼らのせいにしたって、この私と言い争うようなことはしないでしょうよ。お嫁さんは私の実の子じゃないんだから責任を押し付けるわけにはいかないわ」結城理仁「……」「私聞いたのよ」結城理仁は少し嫌な予感がして尋ねた。「ばあちゃん、何を聞いたんだよ」「唯花さんのお姉さんが離婚するらしいわね。彼女が困っているなら、ちょうどあなたが活躍できる良い機会じゃないの。あなたが彼女の困難を解決してあげれば、唯花さんのあなたに対する好感度は急上昇よ。そうしたら、私はやっと孫娘を拝むことができるってわけ。こんなに良いチャンスはまたとないわ。おばあちゃんはそれを見逃さないわよ。今度ばかりは何を言ったって、絶対に逃しちゃだめ、だめ。私が引っ越して来るのをあなたに邪魔されるっていうなら、唯花さんにあなたが私をいじめるって言いつけてやるんだから。私の行く当てがないのに、家に置いてくれないひどい人なんだってね」結城理仁の顔色がまたさらに暗くなっていった。「ばあちゃん、これは理不尽すぎるだろ?」「だっ
「確か私、以前誰かさんが『俺はヤキモチなんか焼かない、ネチネチしてうっとおしい!俺から妻を追いかけるなんてことはせん!』とかなんとか言ってなかったかしら。理仁、これって誰が言った言葉が知ってる?」結城理仁は顔をこわばらせ、怒りに燃え、唇をかたく閉じたままで何も言わなかった。おばあさんは笑うのに満足したようで、話題を変えた。「神崎のお嬢ちゃんはもうあそこで待っていないの?」「あの女は二度と俺に付き纏ってくることはないさ」神崎姫華はここ二日間、彼に会いに来ていなかった。彼女は内海唯花にも言っていた。結城理仁に彼女がいる、もしくは結婚している場合は、絶対に二度と彼に付き纏ったりしないと。この点に関しては、結城理仁は神崎姫華を高く評価していた。彼に対しては真の愛だからとか何とか言って、彼を追いかけ他人の結婚生活を壊したりしないのだ。あのわがままなお嬢様はこの考え方に関しては他の人間よりもしっかりとしている。「彼女はあなたと唯花さんの関係を知っているの?」「いいや、彼女に俺の左手を見せつけてやったら、これはやばいと思ってさっさと懲りたようだ」おばあさんは、ははと軽く笑い尋ねた。「あんたの左手がなんだって?左手を見ただけで危険を察知して去って行ったの、一体何をしたってのよ?」結城理仁は黙っていつでも持ち歩いているあのゴールドの指輪を取り出した。そして、左手の薬指にはめておばあさんの方に見せつけた。おばあさん「……」「ばあちゃん、辰巳に言って食事に連れて行かせるよ。スーツケースは持って行って、食べ終わったら、あいつに内海さんの店まで送ってもらってくれ」おばあさんが何か言いたげにしているところに結城理仁が付け加えて言った。「ばあちゃん、辰巳もいい歳だ。いつも俺ばかり見張ってないでさ、俺はどうせもう結婚して妻がいる人間なんだ。辰巳の奴はまだ独身だろ、他の孫にも目を向けてみなよ、じゃないと辰巳が俺だけ贔屓してずるいとか言い出すかもしれないぞ」おばあさんは口を尖らせた。「だってまだ誰も気に入った子がいないんだもの。誰か気に入る子が見つかったら、あなたの弟たちも誰一人としてあなたのように逃げられないわよ。辰巳に来てもらわなくていいわ、私が自分で彼のとこに行くから」おばあさんはそう言いながら、立ち上がりスーツケースを引いて出
結城辰巳はおばあさんを連れて下におりていった。祖母と孫の二人はホテルに食事に行くつもりだ。オフィスビルを出たところで、辰巳は視界の隅に内海唯花の姿を見た。「おばあちゃん、兄さんが俺におばあちゃんを連れて出ていけって言った理由がわかったよ」彼は会社の入り口を指さしておばあさんに言った。「兄さんの奥さんが来たよ。お弁当箱を持ってるから、お昼ご飯を届けに来たんだ」なるほど、それで彼の兄が急いでおばあさんを連れて出ていけと言ったわけだ。おばあさんに邪魔されたくなかったから。おばあさんはその瞬間足を止め、目を細めて暫く見つめて言った。「本当に唯花さんだわ。あなた、早くお兄さんに電話して知らせなさい。他のオフィスに移るように、あなたのオフィスがいいわ。唯花さんに社長だって知られるわけにはいかないもの」結城辰巳は「うん」と一言返事し、兄に電話をかけた。別に連絡する必要はなかった。結城理仁はそもそも内海唯花が来ることを知っていたからだ。結城理仁のデスクの引き出しには望遠鏡があって、おばあさんが出て行った後、それを取り出して窓の前に立ち下を見ていた。内海唯花の車が現れると、望遠鏡をまたもとの場所に戻し、急い地下に下りて行った。結城辰巳は車でおばあさんを連れて出かけて行った。会社の入り口に停止し、車の窓を開けて内海唯花に挨拶をした。「おばあちゃん、辰巳君、こんにちは」内海唯花は笑って向かって行き尋ねた。「おばあちゃん、どうしてここにいるの?」おばあさんはわざと不機嫌な顔をした。「一言じゃ語り尽くせないわ。唯花ちゃん、先にご飯を食べてくるわね。私お腹すいちゃった。夜あなたに話すわ」「どうしたの?わかったわ、おばあちゃん、ご飯行ってらっしゃい」「義姉さん、俺おばあちゃんを連れて食事に行って来ます。兄さんはオフィスにいるから、先に兄さんに電話して、そうしたら、義姉さんを迎えに来るはずですよ」結城辰巳はそう言い終わると、また車を出しおばあさんを連れて去っていった。暫く車を進めてから彼は笑って言った。「幸い毎日この車で出勤していてよかったよ。いつか義姉さんが会社まで来ることもあるんじゃないかと思ってさ。俺が高級車を運転してたら、そこから義姉さんに疑われ始めちゃうかもしれないじゃん。そしたら、兄さんに殺されちまう」「たぶんその
「私はもう食べたから」内海唯花は何気なく答えて。また少し考えてから口を開いた。「なら、私もあなたと一緒にいて、あなたが食べ終わってから、帰ろうか」結城理仁の黒い瞳がキラキラと輝いた。「俺のオフィスに行こうよ」内海唯花はまたそこにいる多くの人たちを見て、探るように尋ねた。「私はここの会社の人じゃないけど、勝手に入って大丈夫かな?」「俺が連れて行けば、問題ないよ」彼は内海唯花に手を差し伸べた。唯花は少しためらった後、自分の手も彼もほうへ差し出した。彼女の手を握り、結城理仁は口角を少し上にあげて笑ったが、内海唯花はそれには気づかなかった。彼は片手で彼女が持ってきてくれたお弁当箱を持ち、もう片方の手は内海唯花の手を繋いでいた。内海唯花を連れているので周りの社員たちみんな驚愕し、どういうことなのか推測をしている目で見つめられながら二人は会社に入っていった。「結城さん、こんにちは」「こんにちは」みんな結城理仁に会うと、恭しく挨拶をした。彼らは内海唯花にも微笑み軽く会釈をした。唯花に挨拶をしているが、その人は彼女を見て唯花が一体自分たちの社長とどのような関係なのか憶測していたのだ。彼らの結城社長に手を引かれて会社に入って来るということは、絶対に社長の好きな人であるに違いない。そういえば、社長は一体いつ彼女を作ったんだ?秘密主義を本当に貫くお方だ。もし今日運良くこの光景を見られなければ。彼らは結城社長にも彼女ができるなんて信じられないだろう。なるほど神崎お嬢様が最近会社の前で社長を待ち続けていないわけだ。きっと結城社長に彼女ができたことを知ったからなのだろう。神崎お嬢様はわがままではあるが、名家の出身で、プライドが高い人だから他人と一人の男を争わないのは当然のことだ。ある人は結城理仁が内海唯花の手を繋いで歩いているその光景を携帯で撮影したいと思ったが、そばにいる人に制止されてしまった。「お前、死にたいのかよ。結城社長を盗撮しようだなんて、よく思いつくな」その人は少し納得いかない様子で言った。「正面からはっきり撮ろうとしてないよ。後ろ姿だけ撮ろうと思ってさ。うちの社長にもようやく春が来たんだって、こんなの世間を釘付けにするビッグニュースだぞ。SNSにアップしたくてたまらないよ」「後ろからだったとしても撮っちゃ
結城理仁は弁当箱の蓋を開けながら言った。「もし君がうちの会社に入って働いたら、会社にはたくさん役職があるってわかるよ。例えば部長だっていろんな部署に応じているんだしね。俺はまあ、会社の中でも上の立場でも下の立場でもないかな」内海唯花は舌をべえと出して言った。「私にあなたの会社に入って働けるような能力がなくてよかったわ。じゃなきゃ、そんなにたくさん役職があっちゃ覚えられないよ」結城理仁はじいっと彼女の瞳を見つめた。「今君の仕事もとても良いじゃないか。自由だし収入だって悪くないんだ。一体どれだけの人が君のような自由業に憧れているか知っているか?」「私はただ誰かの下について働くのが苦手なだけなの。だから卒業してから、明凛をパートナーにお店を開いたのよ。それでも明凛の家族が手助けしてくれたんだ。そうじゃなかったら、私たちはあの店を経営するのは難しかったよ」高校の前は多くの生徒が行き来するから、客の数も多くその前で店を開こうと思ったら、そんなに簡単じゃないのだ。「あの招き猫ってうちのネットショップで売ってるやつだよね?」内海唯花は結城辰巳のオフィスにあるデスクの上の招き猫を見て言った。結城理仁は「うん」と一言答えた。彼は辰巳のあの招き猫を見たくなかった。それは弟が一円も払わずに手に入れたものだからだ。「さっき仕切られてるほうのオフィスを通る時、気づかなかった?みんなのデスクの上には招き猫や花のハンドメイドが置かれているよ。あとは、あの鶴とかいろいろ、何にせよ全部君のネットショップで購入したものなんだ」内海唯花はその瞬間、達成感が湧いてきて笑って言った。「あなたと辰巳君がおすすめしてくれたおかげだね。あと姫華のおかげも大きいわ。彼女はSNSにアップしておすすめしてくれただけじゃなく、お兄さんも買ってくれたらしくて、オフィスに飾ってあるんですって。私の商売を後押ししてくれるとか。今はね、ネットショップの売り上げが、本屋の収入を上回っているのよ」友達が多ければ、物事はうまく進んでいく。友達がもし神崎姫華のように実力のある者であれば、その物事はもっと急速に進んでいくであろう。結城理仁「……」彼の妻の手作りがライバル社のオフィスにまであるというのか。彼はまだ神崎グループを攻略できていないのに、理仁の妻は彼よりも能力があるらしい。彼より
「俺がばあちゃんに付き合ったら、もっと不機嫌にさせるだけだよ。ばあちゃんは俺がおしゃべり上手じゃなくて無口なのが嫌いだから。だから君のほうがもっと好きなんだ」内海唯花は特に多くは考えずに言った。「だったら私たち一緒におばあちゃんを気晴らしに連れて行ってあげましょうよ」結城理仁はかなり計算高い男だ。彼女に「いいよ」と答えた。「西の郊外にゆっくり過ごせる山荘があるんだ。明日君とばあちゃんをそこに気晴らしに連れて行くよ」明後日は義姉とその夫である佐々木俊介の離婚協議が行われる。彼らは唯月側の親族として、もちろんその助太刀に行く予定だ。それ故、彼はたった一日しか妻とデートする時間がないのだ。彼がさっき言った山荘とは、彼ら結城家の事業の一つだ。そこは営業の形をとっていて、誰でも利用できる。毎年そこで休暇を過ごす人はたくさんいるのだ。「そこってとても綺麗で、楽しいって聞いたことがあるわ」「俺も行ったことがないから、どんな感じなのかわからないんだ」内海唯花は携帯を取り出し、その山荘の写真を検索した。それを見た後、明日が来るのが待ち遠しくなった。一人で食べると味気ないと言っていた結城家の坊ちゃんは、たった数分で内海唯花が持ってきてくれた弁当をきれいに平らげてしまった。彼がその空になった弁当箱を洗いに行こうとした時、内海唯花が急いでそれを止めた。「私がやるわ。あなた午前中は忙しかったんでしょ、しっかり休んでちょうだい。あなたの上司のオフィスはとても居心地が良いから、そこのソファに横にならせてもらったらいいわ。あなたのデスクの上にうつ伏せになって寝るよりも気持ち良いでしょ」彼女のその優しさが結城理仁の心に甘い蜜のように広がった。結城理仁も本当に眠かった。内海唯花が弁当箱を洗っている時、彼はソファに横たわりそのまま寝入ってしまった。内海唯花が出て来た時、彼がすでに寝てしまったのを見た。それで、そうっと歩いて彼の近くまで行き、静かに彼の寝顔を見つめていた。容姿の良い人って、寝ている時もやっぱりイケメンなんだな。内海唯花は弁当箱を置き、彼の傍に腰かけて、引き続き彼の寝顔を堪能した。この男、プライドが高く、冷たくて、結婚手続きをしに行ったあの日は、彼女に必要最低限の会話しかしたくない様子だった。それがいつからか、彼は彼女に優し
しかし、彼女のドレッサーの上にはあの紙はなかったはずだ。彼女は確か、あの紙の裏にスケッチを……あ!内海唯花は爆睡している結城理仁を見つめた。彼は別に悪気はなかったが、彼女のスケッチをだめにしてしまっただけでなく、彼らの間に交わした契約書、いや、彼女の手元にある契約書を消し去ってしまった。彼の分は絶対に大事に大事にどこかに保管してあるだろう。指で結城理仁の顔を突っついたが、彼は反応がなかった。内海唯花はまた突っつき、言った。「私の分はあなたに消されてしまったじゃない。あなたの分はまだあなたの手元にあるんでしょ、不公平だわ。私には何も保証がなくなっちゃったじゃないの」彼の分を盗んできて、それも消し去ってしまおうか?そうすれば平等になる。どちらの手元にも契約書がなければ、お互いに何かに縛られることはなくなり、彼女も安心できるのだ。彼女には彼の部屋に入るチャンスがないのを思い、内海唯花は頭が痛くなった。どうやれば、彼から契約書を盗んでこの世から消してしまうことができるだろうか?飲ませて酔わせる?奇襲して気絶させる?それとも彼を誘惑してみようか?内海唯花はいろいろな手段を考えたが、結局自分自身でそれを却下してしまった。やはり、ゆっくりとチャンスをうかがおう。内海唯花は結城理仁の部屋に入れるチャンスが来るのは時間がかかると思っていたのだが、まさか夜にその絶好のチャンスが訪れるとは全く思ってもいなかった。おばあさんが突然やって来て、結城辰巳とホテルで食事をした後、内海唯花の店にはすぐには行かず、ホテルで少し休んでいた。それから夜の九時過ぎになって、ようやく辰巳を呼び、トキワ・フラワーガーデンに送ってもらった。夜十時頃、おばあさんはスーツケースを持って結城理仁の家の前まで来て、インターフォンを鳴らした。「どちら様ですか?」清水は来客に返事をしながらやって来てドアを開けた。ドアを開けた瞬間おばあさんがいるのを見て、清水はとても驚いていた。「おばあ様、どうしていらっしゃったんですか?」「あの二人は在宅してる?」「今お戻りの途中のようです。まだ家には帰られていません。私のほうが先に帰ってきたのです」毎日の夕方、唯月は仕事を終えると息子の陽を迎えに来ていた。清水はそれ以上は店にいる必要はない。清水はおばあさんの
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ