「母さんは叔母さんと離れたとき、二人で一緒に写真をとって、ぞれぞれその写真を持っていたんだ。大きくなったら、これを手掛かりとして、いつかまた会えると思ってたけど、叔母さんの持ってた写真は最初の里親に燃やされちゃったの。母さんの写真はまだ残っているけど、もう数十年経ったんだよ。どう気を使って大事に保存していても、やっぱり黄ばんでいて、はっきり見えないわ。兄さんはもうその写真をネットにアップしたけど、全く手がかりがなかったの。もし、叔母さんに子供がいて、その子が叔母さんに似ていたら、うちの母さんが見て気づく可能性もあるけど、そうじゃなかったら、たぶん叔母さんを見つけるのは難しいと思うわ」今はその方法しかないのだ。しかし、このままだと、どう考えても不可能に近い。「頑張ればなんとかなるよ。姫華、絶対見つかるわ、諦めないで」内海唯花は今、神崎姫華を応援することしかできない。神崎家はお金と権力を持っているが、何年かけても彼女の叔母を見つけることができなかった。唯花は何の権力もない一般人で、どうしようもできないのだ。「早く叔母さんが見つかるといいな。そしたら、母さんに会わせて、元気になると思うの。唯花、もし知り合いに養子だという人がいるなら、教えてね。どんな可能性も見逃したくないの」内海唯花は突然自分の母親を思い出した。彼女は試しに神崎姫華に聞いてみた。「叔母さんは今年いくつになる?」「54歳ね。母さんはもう叔母さんと五十年以上も会っていないの」暫く沈黙すると、内海唯花は口を開いた。「私の母がもし生きていたら、ちょうど今年54歳になるわ。母もおじいさんとおばあさんの子供じゃないの、どっかで拾ってそのまま引き取ったようで。母には私とお姉さんしか子供がいないわ。姫華も会ったよね」養子になる人は意外と多い。内海唯花は母親が神崎姫華の叔母だとは簡単に思わなかった。それに、神崎姫華は唯花姉妹に会ったこともあるし、姉の唯月が特に母に似ている。神崎姫華が唯月に会ってどうも思わなかったから、その可能性がないと思った。神崎姫華は内海姉妹の両親は十五年前の交通事故で亡くなったことを知っていた。自分の叔母はそんなに短命ではないだろうと思って、その可能性も頭から排除した。「唯花、お母さん以外に、養子になった知り合いが誰かいる?」「実家の田舎だと
神崎姫華は感激して言った。「唯花、ありがとう。もしおばさんを見つけたら、あなたは神崎家の一番の恩人になるわ。そのときちゃんとした礼をさせてもらうから」「私たちは友達でしょ、そんなに遠慮しないで。ただ母のことを思い出したの。もし母がまだ生きているなら、私も姉も絶対、精一杯母のために家族を探してあげると思ったから」母親がなくなってもう十数年経った。内海唯花は母親のことをあまり覚えていなかったが、幸い姉の唯月が母親に似ているので、彼女を見ると、母親のことを思い出せる。「じゃ、唯花、これ以上は家族団らんの邪魔するのはさすがに申し訳ないわ。楽しんでね。いつか正式に結婚式を挙げるなら、きっと教えてね。ブライドメイドしたいから」内海唯花にからかうように一言を残して、彼女は電話を切った。「また神崎さん?」結城理仁は何食わぬ顔をして尋ねた。「うん、もともと私たちに合流しようと思ったらしいけど、私は結城さんと一緒にいるって聞いて、来ないことにしたって」結城理仁は心の中で冷たく彼女に小言を言った。「やっと気の利いたことをしてくれたな」「神崎さんは本当にいい人だよ。お宅の社長さんは……」結城社長がもう指輪をつけていたのを思い出して、内海唯花はため息をついた。「人と人との縁って、本当に残酷だね」「何を話した?さっきお義母さんの事とか言ってなかった?」結城理仁は話題を変えた。彼自身の噂ばかり聞きたくないのだ。内海唯花は彼と肩を並べ、手を繋いで話した。「姫華は今、彼女の叔母さんを探すのに専念してるんですって。こうすれば、結城社長のことばかりを考えなくて済むからって。まさか神崎夫人も施設で育てられたなんてね。彼女の妹は誰かに引き取られて、また何回も他のところにたらい回しにされちゃったから、今になっても二人は再会できないみたい。お母さんもおじいさんとおばあさんの養子だったのよ。でも、本当の家族は全く母のことを探さなかったんだ。それに、小さい頃のこともあまり記憶になかった。覚えていたのは前の里親はよく彼女を虐待してきたから、我慢できず逃げてきたって。その時、お母さんはまだ7、8歳くらいだった。何もできなくてお腹が空きすぎて、道端で倒れてたところを、おじいさんとおばあさんに拾ってもらったんだ。それからようやく穏やかな生活ができたって。その後、お
「もちろんよ。絶対裁判で両親の家を取り戻すわ!」「そんなに自信があるなら、もう落ち込んだ顔なんかしないで。今日は遊びに来たんだ。だから、ちゃんと笑うんだよ。以前のまだ解決できていないことは、帰ったら一つずつ解決したらいい。いつか全部片付くから」彼は内海唯花を胸にきつく抱きしめて、優しい声で言った。「それに、俺がいるだろう。何かあっても、ちゃんと君を支えているから」内海唯花は彼の懐から逃れようとはしなかった。静かに彼に抱きしめられて、暫くしてからようやく離れた。この時、顔はほんのり赤く染まっていた「こんなに人がいるのに」結城理仁は何食わぬ顔をしてまた彼女の手を取り、そのまま前に歩き出した。「俺たち夫婦だろう。愛人が逢引してるわけじゃないんだから、人が多くいても問題ないだろう」内海唯花「……」「どうりでお姉ちゃんがいつも結城さんに優しくしなさいってうるさく言うわけね」彼はとっくに行動で唯月から認められているのだ。二人はスピード婚し、一緒に生活し始めてから、内海唯花はこの男には欠点があるのを知っていた。しかし、その欠点より、美点の方が多かった。それに、欠点がない人なんてこの世のどこにいる?内海唯花自身にもそれはたくさんある。きちんとした重要な場面では、結城理仁は佐々木俊介のクズ男より何万倍ちゃんとしている。内海唯花のただでさえ落ち着くことのできない心が、結城理仁のせいで、またドキドキしてきた。彼女は絶対にチャンスをうかがい、こっそり彼の契約書を取って燃そうと思った。そうしたら、彼女は何の恐れもなく彼をからかうことができるのだ。もし、いつか二人の心が一つになり、彼と本当の夫婦になったら、彼はあの半年の契約のことなど口に出さなくなるだろう。顔を傾けて、彼のいつもムスッとしているような顔を見つめた。内海唯花は密かにため息をついた。やはりもっと度胸をつけよう。じゃないと、彼の服を剥ぎ取っても、その氷山のような冷たい顔を目の前にしたら、どれほど熱い衝動もすぐ消えるだろう。「なら、もっと俺に優しくしてくれよ」「まだ足りないの?」結城理仁は口元を引き締め、また黙った。二人はお互いに助け合ってきたのだ。内海唯花は一方的に他人に助けられてばかりということをよしとするタイプではない。彼が彼女を少し助けてくれたら、彼女
内海唯花もそれがわからないほど馬鹿じゃない。おばあさんと清水が先に行ってしまったのは夫婦に二人きりの時間を作るためだ。せっかく今日の結城理仁は、その誰もを凍らせるような冷たい雰囲気を纏わっていないので、内海唯花はこの珍しいデートを楽しむことにした。お互いの手を繋ぎながら日本風庭園を散歩した。内海唯花はこういう昔の雰囲気の建物が特に好きだった。「結城さん」「何」結城理仁の意識は周りの景色に向いていなかった。常にチラチラと隣にいる女性を覗いていた。内海唯花の呼び声を聞き、彼は何でもないような顔で足を止め、彼女の方に視線を向けた。その様子はまるでさっきからずっと目の前の風景しか見ておらず、一回も内海唯花を見ていなかったようだった。「結城グループで働いているなら、傘下にあるビジネスには何があるかわかるでしょ?こういう場所に、結城社長はいくつ投資してるの?」結城理仁は少し考えてから答えた。「うちは各大都市に支店を持っていて、さまざまな業種に投資しているけど、このようなリゾートみたいな山荘は二軒しか投資していないんだ。適した場所がそんなに多くないからな。素晴らしいリゾートを建てるために、それだけの資金が必要なんだ。ここはうちの会社が単独投資で経営していて、柏浜にあるリゾートはそこの富豪と合資して建てたものだ。距離が結構遠いから、管理は相手に任せて、うちは少し株を持つだけだね」内海唯花は視線を遠くへと向けた。リゾート全体はおろか、この日本風庭園だけでも、彼女はその全体を隈なく見渡すことはできなかった。結城理仁は今日は適当に見て回るだけで、じっくり観光するのは無理だと言っていた。確かになんと広いのだろう。「おたくの社長様はさすが星城のトップ大富豪なのね。本当にお金持ちだわ、どこへ行っても結城家のビジネスばかりじゃない」結城理仁は何も言わなかった。結城家は何代にもわたって星城でビジネスをやっていた。その富は代々の人々によって少しずつ貯められてきたのだ。それに、結城家になんでも際限なく贅沢するようなドラ息子がいなかったため、その富がますます増えていった。具体的にどのくらいあるのか、結城理仁にもわからない。とりあえず二兆はあるだろう。内海唯花は何の前振りもなく、彼の肩を叩いた。彼は不思議そうに彼女を見つめた。「結城さ
それに、名門家のおばあ様といったら、大体厳しいと聞いたことがあるが、結城おばあさんは気軽におしゃべりできる人で、一般人のおばあさんと何の変わりもないのだ。身につけている服も素朴なもので、どう見ても名家の出身ではないだろう。結城理仁はじっと彼女を見つめて、彼女の頭を撫で、落ち着いた声で言った。「内海さんは現実的な人だな。あまり夢を見るようなタイプじゃないみたいだ」「私はしっかり現実を楽しむ人間なのよ。夢を見るにしても、もっと現実的に実現できるようなものしか見ないわ。現実離れなことを考えても時間の無駄でしょ」結城理仁は口を引き締め、これ以上何も言わなかった。暫く歩いてから、夫婦はようやくおばあさんたちと合流した。お昼はレストランで済ませた。ここのレストランの内装も結構拘りがあり、レトロなスタイルだった。もし現代的な施設がなかったら、内海唯花は自分がタイムスリップして、昔に戻ったんじゃないかと錯覚しそうだ。陽は特に上機嫌だった。彼はおばあさんと清水を連れて魚の餌やりに行ったのだ。好きなだけ魚の餌を買い、思う存分に楽しんでいた。ずっとワイワイと、はしゃいでいたので、ご飯も食べ終わらず疲れた陽は内海唯花の腕の中で眠りに落ちた。「理仁、おばあちゃんはもう疲れたから、そんなに遠くまで歩けないわ。午後は、唯花ちゃんを連れて二人で遊びに行ってちょうだい。私は清水さんと陽ちゃんと一緒に、この辺りで休むわ。二人で楽しんできて、それから一緒に帰りましょう。こういうところは、やっぱり止まってゆっくり見た方が楽しめるわよ」結城理仁は「うん」と返事した。内海唯花は言い出した。「じゃ、今帰りましょう?」おばあさんは首を横に振った。「せっかく来たんだし、思う存分に楽しんでちょうだい。チケットを買ったのに、半分しか回らないなら、もったいないじゃない。唯花ちゃん、大丈夫だから。理仁とヨーロッパ風庭園のほうまで、もっと遊んできて。おばあちゃんは何回も来たから、遊び回らないでも平気なのよ。陽ちゃんのことも心配しないで、清水さんとしっかり世話をするからね」おばあさんにそう言われて、内海唯花もこのまま帰ったら確かにもったいないと思い、ご飯を食べ終わって、暫く休んでから、また結城理仁と一緒に出発した。結城理仁は当たり前のように内海唯花の手を取った。手を繋
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。気がつくと、太陽はもう西へ沈んでいた。内海唯花は一日中ずっと歩いていたので、家に着き、お風呂に入って、ベッドに横になるとすぐに夢の世界へ入っていった。おばあさんは彼女が部屋に入ると、昨日のようにまた同じようなことを仕掛けようと思っていたが、部屋に入った時、内海唯花がもうぐっすりと眠っているのを見て、今夜は一芝居のできる舞台を失ってしまった。内海唯花の部屋を出て、孫が心ここにあらずという様子でリビングのソファに座ってテレビを眺めているを見て、おばあさんは少し腹が立ってきた。彼女は近づくと、結城理仁の手からリモコンを奪い取り、不満をこぼした。「家に帰ってから何も言わなかったし、やるべきこともやってないんじゃない?」結城理仁はおばあさんを見ながら、不思議そうに言った。「自分の家にいるんだ。言わなきゃいけない言葉と、やらなきゃいけない事とは一体何なんだ?」今日、彼の収穫はなかなかなものだった。内海唯花と手を繋ぐことができた。しかも、一日中ずっとだ。内海唯花も何かあったら彼に言うようになり、彼への信頼がどんどん高まってきている。おばあさん「……」「ばあちゃん、一日ずっと歩いてたから、もう疲れただろう。清水さんに客室を片付けるように頼もうか?」おばあさんは仕方がなく「うん」と返事した。実は、結城理仁の指示がなくても、清水はとっくに客室を片付けていた。「理仁、あなたも早く休んでちょうだいね」おばあさんは彼に一言を残し、客室へ行った。結城理仁はしばらくリビングに座ってから、テレビを消し、自分の部屋に戻った。部屋に入ると、すぐ九条悟に電話をかけた。「ちょうど今電話できるかと君にメールで確認するところだったんだよ。気が合うじゃないか」結城理仁は部屋のソファに座り、淡々と尋ねた。「電話って何か用か?」「明日午前十時に、カフェ・ルナカルドで牧野さんを待ってるって奥さんに伝えて。奥さんに頼んで、それを牧野さんにも伝えてもらってくれよな」結城理仁は笑った。「結構積極的じゃないか?今回のお見合い」「せっかく君が紹介してくれた人だろう。理仁の面子を考えても、ちゃんとしないとな」「わかった。あとで妻に伝える。牧野さんにも伝えるよう頼んでやるよ。ちゃんとしろよ、牧野さんのお目
九条悟はこころよく返事した。「いつ必要だ?」「早ければ早いほどいい」「じゃ、明日かな、間に合う?」「間に合う」明日はちょうど離婚話をする日だ。佐々木俊介の財産についての証拠が手に入れば、心強くなる。「君はお義姉さんの離婚の件のために、本当に全力尽くしてるね。自分の会社の仕事でさえこれほど関心を持ったことがないくせに」結城理仁は少し黙ってから、また口を開けた。「妻は俺にとても感謝しているしな」「感謝してるだけで、それは愛じゃないだろう。もっと君に惚れさせるようなことをしないと。でも、まあ、実の姉の問題を解決してあげたなら、君に対する評価も高くなるだろう。そうすれば、どんどん君に頼って、いつの間に恋が生まれる可能性もあるだろうね」九条悟には彼女はいないが、状況の整理ならちゃんとできるのだ。状況を分析してから、彼はまた結城理仁に尋ねた。「逆に聞くけど、ちゃんと奥さんのことを愛しているのか?もし奥さんを君にめちゃくちゃ惚れさせといて、結局お前自身が全くその気がないなら、奥さんの感情を弄ぶクズになるぞ」結城理仁は気まずくなった。「……じゃ、誰かを好きなったらどんな反応が出てくる?手を繋ぐだけで緊張してドキドキするのは恋をしていることか?彼女が笑うと、自分もうれしくなって、彼女にキスしたくなることも?」「わお、理仁、すごいじゃないか。もうそこまでいってんのかよ。君は誰かを凍らせる冷たい顔をしたり、人を睨んだり、無視したりしかできない人だと思ってたぞ」結城理仁は今すぐに電話を切りたい衝動が湧いてきた。何も構わず彼をからかうことができるのは九条悟しかいない。これはしょうがないことだ。すぐに正確な情報を集めることができるのは九条悟の右に出るものはいないから。「結構前から言ってただろう。スピード婚の相手を絶対に気にかけてるって。その時は、死んでも認めなかったな。奥さんがただ金城琉生とご飯を食べただけで、勝手にキレて、ヤキモチを焼きながらも、そんなもんは焼いてないとか言ってただろ。もう、お前さ、ヤキモチ焼いた時本当に怖いぞ、知ってるか?」結城理仁は暗い顔をした。「ヤキモチなぞ知らん!」「そんなん信じるもんか!まあ、とりあえず、先に電話して人に頼んで、佐々木俊介の財産を調べるわ。それに、彼の家族の名目のもとに、大金の貯金が
しかし、結城理仁はただ頭でいろいろな策を立てるだけで、実行はしなかった。あの無駄に高いプライドが彼にこそこそするような真似をするのを妨げていた。すると、彼は寝返りを打っているうちに、うとうとし始め、いつの間にか夢の世界に落ちた。一方、あるマンションにて。佐々木俊介がベッドヘッドのタンスから煙草を取り出し、火をつけようとした時、隣の女は手を伸ばして言った。「私にもちょうだい」佐々木俊介は取り出した煙草を成瀬莉奈に渡し、火をつけてあげた。「たまに一本吸うだけでいい」佐々木俊介はあまり煙草を吸わなかった。取引先と商談のための接待で、たまに吸うだけで、普段何か考え事がない以上、煙草を手に取ることはまずないのだ。唯月は男がよく煙草を吸うのが嫌いで、口が臭くなると思っていた。成瀬莉奈はよく煙草が吸うが、普段淑やかな淑女のふりをしなければならないから、佐々木俊介の前では一切吸ったことがなかったが、いま佐々木俊介と最後の一線も超えて、唯月と離婚の準備もし始めたことで気が緩んでいる。だから、彼女はその偽装はもう必要じゃないと思い始めた。今後一緒に生活すると、いつかばれることだから。彼女は煙草を半分くらい吸ってから、佐々木俊介の肩にもたれかかり、優しい声で聞いた。「何かあったの?」「ないよ」成瀬莉奈は笑いながら、柔らかい手が誘うように彼の胸を軽く触った。「どうしたの?あのブスと離婚したくなくなった?」「まさか?ただ離婚協議書に何を書けばいいのかと考えてるんだ。親に唯月に四百万をやろうかと相談したけど、それは多すぎると言われたんだ。姉も同じ意見で、唯月が結婚してから全くお金を稼いでないから、そんなに多く分けなくてもいいって。でもさ、どう言っても結婚して一緒に生活したことがある仲だろう。それに、俺が先に浮気をしたから。そこまで厳しくしなくてもいいと思って。それに、唯月に四百万あげたら、彼女もこれ以上しつこくできないだろう。万が一、俺らのことをあちこち言って騒いだら、俺らの名誉も傷付くんじゃないかって」成瀬莉奈は煙草の火を消してから言った。「ご両親とお姉さんはあなたの家族だもんね。もちろん俊介のことを考えてああいうんだよ。だから、ちゃんと家族のアドバイスを考えるのは悪いことじゃないと思うよ」すると、彼女はまた甘えた声でねだった。
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら