彼のこのような心遣いに唯花は嬉しくなった。しかし、彼女は丁寧にお断りした。理仁が焦って何かを言おうとした時、彼女は片手に花束を抱きかかえ、もう片方の手を彼の首に回した。そして、彼の頭を自分のほうへと下げ、近づいて小声で言った。「家の中にあまりたくさんの花を置かないほうがいいわ。そんなことしたら、家主は気が変わりやすくなっちゃうわよ」そういい終わると、次は結城理仁の胸元をポンと叩いた。つまり彼に浮気をするなと言っているのだ。結城理仁「……」そんな迷信聞いたことないぞ?日を改めて悟に尋ねてみることにしよう。唯花は彼の車に乗った。理仁も車に戻った。そしてエンジンをかけながら彼女に尋ねた。「陽君はどんな様子?」「顔はまだ少し腫れてるの。昨日の夜熱を出して一晩中泣いていたのよ。今朝熱が下がったし、泣き疲れたみたいでお姉ちゃんに抱かれて眠っちゃったわ」陽の話になり、唯花の晴れやかだった気分はまた下がってしまった。「理仁さん」唯花は首を傾けて彼を見ながら言った。「もし、もしもよ、もし私たちに今後子供ができたら、どんなことがあっても、私たちの関係が悪くなっても、絶対に子供を傷つけないって約束してくれる?」それを聞いた理仁は急ブレーキをかけた。彼も首を傾けて唯花を見つめた。夫婦二人はお互いに見つめ合い、お互いに相手の瞳から真剣さを感じ取ることができた。彼は彼女に愛を伝える言葉を言ったことはないが、彼の彼女に対する愛情は普段の行動から感じ取ることができる。彼女のほうも同じく彼に愛しているという言葉を言ったことはないが、彼に対してどんどん信頼を寄せるようになっていた。夫婦二人はすでに、お互いの世界に入り込んでしまっているのがわかっていた。理仁は彼女のほうに手を伸ばし、優しく唯花の顔に触れ、体を傾けその端正な顔を彼女のほうへと近づけた。彼女が目を閉じた瞬間、おでこや頬、唇にキスの雨を降らせた。「唯花さん、君が心から俺を慕ってくれるなら、俺も誠心誠意その気持ちに応えるよ。俺は心の狭い男だから、君が俺の心の中に住むっていうなら、君しか受け入れてあげられないな。今後は他の女なんか入る隙なんかないぞ。俺たちの関係は、変わったりしない。もし子供ができたら……その子は俺らの何よりも大切な存在だ。自分自身を傷つけたとしても、
理仁は車を止めた後、佐々木俊介が財産を移した証拠のことを思い出し、車から降りようとしている唯花を呼び止めた。「友人に頼んで、佐々木俊介の財産の件を調べてもらった。あいつよくやってくれたよ、証拠は昨夜俺に渡しに来てくれたんだ。そのまま車の後部座席に置いてある。その黄色いファイルに入っているよ」「あなたのお友達って本当にすごいわね。こんなに短時間で証拠を集めてしまうだなんて」唯花は理仁の友人にとても感謝するとともに、興味が湧いてきた。どんな人なのか会ってみたい。彼女はこの証拠が集まるにはかなりの時間を要すると思っていたのだ。佐々木俊介は最近になってから財産を移したわけではないだろう。もっと前から計画的に行っていたはずだ。たった一日で、その友人は証拠をきれいに集めてしまった。「理仁さん、あなたのそのお友達、探偵事務所をやってないだなんて、すごくもったいないわよ、こんなに能力が高いのに」唯花は車を降りると、後部座席のドアを開け、中から黄色いファイルを取り出した。「彼の家族には専門に情報収集をして生業にしている人がいるからね。彼らのその人脈があってこそ、こんなに早く証拠が集められるんだ」九条家の情報網の範囲は非常に広い。星城市はもちろん彼ら九条家の地盤でもあるわけだから、星城内の情報の数といったら桁違いだ。九条家が知りたいことは余すことなくかき集めることができる。しかし、その費用は相当に高い。普通の人には九条家にお願いできるような資格もないのだった。「このような人って、私ずっと小説の中だけにしか出てこないと思っていたわ。まさか現実世界にもこんなすごい一家が存在しているだなんてね」唯花は黄色のファイルを取ると、理仁が彼女に贈ってくれた花束を座席の上へ戻した。理仁は彼女を見つめた。唯花は「お姉ちゃんは今、落ち込んでいるでしょ。私たちのこういうイチャついてるような様子はお姉ちゃんの前で見せないほうがいいわ」と慌てて説明した。彼女は彼に近寄って、顔にキスをして笑って言った。「あなたから花をもらって嬉しい気持ちは変わらないわ」人前でイチャつく機会なら今後いくらでもあるのだ。こんな時にそんなことをする必要などない。理仁は納得した。「君たち姉妹は本当に仲良しだな」「だって十何年もお互いに助け合って生きてきたんだもの。お
「清水さん、お姉ちゃんと陽ちゃんはやっと落ち着いて寝ているから、起こさないでおきましょう。お粥を作って、後で起きてきたら食べさせてあげてください」清水は頷き「わかりました」と返事した。三人は一緒に朝食を取った。唯花はインスタントコーヒーを入れて飲んで目を覚まさせた。清水は食事を終えると、食卓から離れて出て行った。彼女がいなくなったのを見て、ここぞとばかりに理仁は唯花の手を握った。「唯花さん」理仁は優しい声で言った。「君はここで休んでいて、俺が行ってくる」唯花は彼の手を握り返し、彼を諭すように言った。「大丈夫、コーヒーで何とかなりそうだから。それに、柏木家に行ったら喧嘩になるかもしれないでしょ。口喧嘩なら私のほうがあなたより強いわ。たぶん辰巳君たちでは英子に口で敵わないわよ」彼らはみんな教養があって品のある人たちだから、喧嘩は専門外だろう。「私は陽ちゃんの叔母だもの。陽ちゃんがあいつらにこんな目に遭わされて黙ってなんかいられない。絶対に仕返ししてやるんだから。昨日陽ちゃんが気を失って、こっちのことで頭がいっぱいだったから、柏木家に怒鳴り込みに行く時間がなかったわ。今日は陽ちゃんの調子もちょっと良くなったし、安心してあいつらを懲らしめに行けるのよ」理仁はじいっと彼女を見つめた。唯花は笑った。「理仁さん、そんな目でいつも私を見つめないで。私のこと誘ってるんじゃないか勘違いしちゃうじゃない。そんな目で見つめられたら、心臓バクバクして変なこと考えちゃうのよ。ああ、さっさとベッドに押し倒してあげたいわ。いいの?」結城理仁「……」「プルプルプル……」この時、理仁の携帯が鳴った。それは結城辰巳からだった。彼がその電話に出ると辰巳が話し始めた。「兄さん、俺たちXXインターの料金所近くの駐車場で待ってるよ」「わかった、今から行く」理仁は電話を切ると、唯花に言った「あいつらが昨日と同じ場所で待ってるって」唯花は飲みかけのコーヒーを二、三口で一気に飲み干した。そして清水に姉たちのことを任せると、夫婦は唯月の家を出て行った。道の途中で、神崎姫華から電話がかかってきた。「唯花、あなたに送った写真はもう見た?なんか親しさみたいなものを感じた?」姫華は唯花が実家の田舎のほうで昔女の子を養子にした人もいると聞いて
唯花が不安がっていると、姫華は話し始めた。彼女は異常なまでに落ち着いた声で唯花に尋ねた。「唯花、お母さんは昼に家に戻るの。あなたのところに陽ちゃんを迎えに行ってもいい?」姫華は自分の叔母に対してあまり印象がなかった。写真で見てみても、どうもピンとこない。唯花の話からすると、子供は小さい時はみんな可愛いということだが。陽が彼女の叔母に似ているというのであれば、ただほんの少しだけしか似ていないとしても、それを見過ごすことはできない。陽を連れて母親に会わせてみないことには。姫華はこの時、自分が唯花と初めて出会った時に感じたあの不思議な親近感を思い出していた。陽に初めて会った時も、同じように一目で彼のことを気に入ってしまった。もし陽が彼女の叔母の孫であれば、どうして彼女が一目で陽のことを好きになったのか説明もつくというものだ。彼女も陽と同じくらいの子供と接したことがないわけではない。しかし、陽に関しては他の子供たちと違い、陽を自分の甥っ子にしてしまいたいくらい一目で好きになってしまったのだ。陽におもちゃを買ってあげている時、一切の迷いなく、陽におもちゃ工場でも経営してあげて、彼のためだけにおもちゃの生産をしてあげたくなるくらいだった。それは唯花に対しても同じだった。姫華のこの身分であるから、身の回りにはいつも彼女と関係作りをしようとしてきたり、彼女をおだてて気に入られようとしてきたりする人間は後を絶たなかったが、そのような人たちは自分の視界にも入れなかった。26歳である彼女には本当の友人と呼べる人は指折り程度にしかいなかった。それは彼女の好き嫌いが激しいからだ。しかし唯花とは会った瞬間からまるで昔からの親友だったかのように感じたのだ。彼女に唯花の出身や家庭レベルなど気にもさせないほど、友達になりたいと思った。それは、ただ唯花が彼女に好きな人の落とし方を教えてくれたという理由だけではないのだ。それもあって、彼女は本当に心から唯花を好きになり、友達になりたいと思ったのだった。「姫華、今はちょっと都合が悪いの。陽ちゃん、ちょっとトラブルに巻き込まれちゃって」それを聞いて姫華の心は何かにぎゅっと掴まれたかのように苦しくなり、緊張した面持ちで尋ねた。「陽ちゃんに一体何があったの?」唯花は一瞬ためらったが、やはり本当のことを話
「うん、旦那って大家族なのよね。姫華、ありがとうね」姫華は唯花の夫が自分の家族を連れて助太刀に行くと聞き、安心して言った。「唯花、あなたと旦那さんってスピード婚なんでしょ?なんだか二人の関係はイイ感じみたいね。あなた達に何かある時には彼が必ず助けてくれるみたいだし」唯月の夫とはまったく違っている。知り合って十二年という長い時間は一体何の役に立つというのだ?そんなに長い付き合いなのに、唯花がスピード結婚した旦那に遠く及ばないではないか。「わかったわ、今回は私は遠慮しておきましょう。だけどね、次もしも何か困ったことがあったら、絶対に私に言ってよね。そうしてくれないなら、私をもう友達だと思わないでちょうだい。そうだ、お姉さんのお家の住所を教えてくれない?私、唯月さんのお家に陽ちゃんの様子を見に行ってくるわ」唯花は彼女のこのお願いは断らなかった。電話を切った後、唯花は姉の住所を姫華に送った。理仁はずっと耳を澄ませて唯花と姫華の通話を聞いていた。姫華が人を連れてやって来ると聞いた時には、彼は車のハンドルをぎゅっときつく握りしめていた。姫華がもし来たら、彼の正体がばれてしまうことになる。彼はこんな突然に真実を明かしたくなかった。それでは唯花に心の準備ができておらず、本当のことを受け入れられないだろう。それに、夫婦二人はまだ相手に対するお互いの気持ちがまだ定まっていない。だからいきなり正体をばらすのは相応しくないのだ。幸いなことに、唯花が姫華の好意をやんわりと断ってくれた。理仁は姫華に対しては好感を持ってはいなかったが、姫華の唯花に対する優しさは認めざるを得なかった。姫華のあの荒い気性とその身分が、彼女を何があっても心の赴くままに行動させていた。じっと我慢している必要はないのだった。理仁は何も気にしていないかのようなふりをして尋ねた。「神崎さん?」「うん、姫華がお母様と叔母様の小さい頃の写真を送ってきたの。あの山荘に行っていた日、ちらっと見ただけで何も気づかなかったんだけど、帰ってからよく見てみたらね、突然なんだか彼女の叔母様が陽ちゃんとすごく似てるなって思ったのよ」理仁は彼女のこの言葉に驚き、危うく前を走行している車に追突してしまうところだった。彼は焦って急ブレーキをかけた。唯花の体はその衝撃で前のめり
それか、姫華は叔母が大人になった後の姿をイメージできなかったのだろう。唯花は柏木家から帰って来た後、神崎家のそのおばさんが大人になった後のイメージを描いてみようと思った。姉に似ているだろうか?「そういうことなら、君のお母様が神崎さんの叔母さんだっていうこと?」理仁は「有り得ない!」と心の中で叫んだ。まったくもって有り得ない!そんなこの世で最も有り得ないようなことが、まさか自分の妻の身に起きるとは!最も助けてくれと叫びたくなることは、神崎姫華が以前、彼に公開告白をして、追いかけ回していたということだ。しかも唯花は姫華に彼を落とすためのアドバイスをしていたのだぞ。もしも彼が指輪をはめて神崎姫華にわざと見せていなければ、彼女は今でも毎日彼に付き纏い、彼を相当イラつかせていたことだろう。本来であれば、神崎姫華にはしっかりと教訓を与えてやるところだったのだが、まさかその彼女と唯花が仲の良い友人になるとは思ってもいなかったのだ。それで彼は何もできなくなってしまった。唯花に対して心から優しくしてくれる人には、彼は特別に好待遇をしてあげるつもりだ。内海家のあのクズどもは最近ピタリと鳴りを潜めていて、唯花に迷惑をかけにくることはなかった。彼が手を出したことだし、姫華も一役買っている。内海家は唯花の後ろ盾となっているのが彼であるということは知らず、姫華のほうだと勘違いしていた。それで姫華を恐れて今は静かになっているのだった。「私もどうなのかはわからないわ。お母さんは十五年前に亡くなっているし、もしも……」唯花は神崎夫人が数十年もの長い間ずっと妹の行方を捜していて、ようやく見つけたと思ったら、その妹はすでにこの世を去っていると知ったら、かなりのショックを受けてしまうだろうと思った。唯花は自分の母親に対しても、とても心が痛んだ。「たぶん、他人の空似だろう」唯花は落ち込んだ様子で言った。「神崎夫人は妹さんをずっと捜し続けて諦めたことがないわ。お母さんが生きていた頃、一度も自分の家族について話してくれたことはなかった。だけど、もし生きていたら、きっと、自分の家族を見つけたいと思ったでしょうね。お母さんは以前、私たちに話してくれたことがあるの。自分は一体実の両親に捨てられてしまったのか、それとも誘拐されて売られて来たのかを知りた
しかしそれよりも、今すべきことは陽のためにあいつらを懲らしめることだ。自分の正体については、まだ暫くの間は隠し続けることができるだろう。彼はもうすぐ桐生蒼真と雨宮遥の結婚式に出席するためA市に赴かなければならないのだから。どのみち、少しでも時間稼ぎができるなら極力そうするまでだ。彼も神崎夫人と会う前に、唯花に正直に話せばいい。その時は……唯花があまりに大袈裟な反応をしないのを祈るだけだ。彼は結婚当初、彼女に対して一切の感情も持っていなかったし、よく相手のことを知らなかったわけで、自分の正体を隠して彼女の人となりを見極めようと考えるのは、いたって普通のことだと思っていた。彼のこの身分なのだから、彼に近づいてくる女が金目当てなのか、それとも彼自身が好きなのか判断のしようがない。今、唯花の人柄や、物事を処理する際の向き合い方、自信を持ち強く自立した女性であることは正に彼の好みだった。そして彼女と共に過ごしていく中で、いつのまにか彼女に惹かれていった。電話をかけてきた姫華のほうは、唯花との電話が終わると、すぐに使用人に指示を出した。「坂下さん、ちょっと栄養の補助ができるような健康食品を用意してくれないかしら。子供が食べるものよ、人に贈るの」坂下は「そのお子様はおいくつでしょうか?」と尋ねた。「2歳ちょっとよ」「2歳過ぎのお子様でございましたら、特になにもなければ、栄養補助食品などは必要ないと思いますが」坂下はこのように自分の家のお嬢様に教えた。お嬢様はまだ結婚していない。子供のことをよく理解していないのは当たり前のことだ。彼女にこのように教えるのも彼女の仕事の一つなのだ。このお嬢様が相手に相応しくない贈り物をして恥をかき、家に帰って彼女に当たり散らすのを避ける必要もある。「まったく口にしちゃだめなものなの?」陽は健康だから、確かに何か栄養補助食品などは必要ないだろう。「鉄分、亜鉛、カルシウムなどの健康食品は問題ございませんが。しかし、こちらには置いていません」神崎玲凰は結婚しているが、自分の妻を溺愛中で、夫婦二人だけの世界にまだ浸っていたいので、子供は作っていなかった。神崎家の次男と長女である姫華は言うまでもなく、まだ独身貴族だ。それ故、家には幼児用の健康食品などは置いていなかったのだ。「だったらい
神崎夫人はそれを聞いて驚いた。「結城さんに彼女ができたの?」「結婚しているの。しかも奥さんにとても優しくて、溺愛してるみたい。お兄ちゃんでもその奥さんが一体誰なのか調べてもわからないんだから、情報が漏れないようにしっかり守っているんでしょうね」神崎夫人「……彼が結婚しているのなら、もう諦めなさいね。彼はそもそもあなたのものではないんだし、ずっとあなたの片思いだったし」神崎夫人は結城理仁のことを高く買っていたが、彼が自分の娘のことをまったく好きではないことがわかっていた。ただ娘自身が彼にアタックしてみたかったのだ。壁にぶち当たったのなら、他の道を探すまで。「お母さん、ちょっと話があるのよ」姫華は母親とこれ以上結城理仁の話をしたくなかった。彼の話題になると、ぎゅっと心が締め付けられる。長年好きだった男性が、ある日突然、結婚していると知ったのだ。彼女は危うく人の恋路の邪魔をする第三者になってしまうところだった。そしてその瞬間から彼のことを諦めなければならず、辛くないと言えば嘘になる。今の彼女は自分の気持ちを保つために、できるだけ結城理仁の話題は避けようとしていた。「なぁに?お母さん、もうすぐ家に着くわよ。それからじゃだめなの?」「あのね、聞いたら喜ぶと思って、叔母さんの新しい手がかりが掴めたのよ」それを聞くと、やはり神崎夫人は真剣な表情になり、驚きと喜びに溢れた。「姫華、手がかりが掴めたって?叔母さんは今どこにいるの?」「あの友達の唯花が、えっと、あの、この間『不孝者の孫娘』って炎上した子がいたじゃない?お母さんと叔母さんが小さい頃の写真を彼女に送って心に留めておいてもらおうと思って見せたんだけど、さっき彼女に電話した時、その写真をよく見たらなんだか彼女の甥っ子の陽ちゃんと叔母さんが似てるような気がするって言っていたの」それを聞いた神崎夫人の顔色は喜びの色から一転し、少し青ざめた。この間の炎上の件では、騒ぎは結構大きくなり、彼女は内海家が削除してしまった写真を見てはいなかったが、娘の口から大体のことを聞いていて知っていた。内海姉妹といえば、二人の両親はすでに他界しているはずだ。もし、唯花の甥が彼女の妹に似ているのであれば、それは唯花の母親が彼女の妹であるということで、その妹はすでに十五年前に亡くなっている
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ