玲凰はため息をついた。そうだ、人生には後悔はつきものなのだ。……唯花は姉が借りているマンションへと向かった。そして、清水と陽を連れて、理仁と一緒に店に出勤した。彼女は理仁の車に座ってはいなかったが、彼が車で彼女の車の後に続いて送ると言ってきかないので、それをおとなしく受け入れるしかなかった。陽は母親と一緒にいたことで、だいぶ落ち着きを取り戻していた。それに清水に遊んでもらうこともまた慣れたので、唯月はようやく働き始めることができたのだ。試用期間はまだ終わっていないので、ずっと休みを申請するわけにもいかなかった。店に到着してすぐ、理仁は唯花に催促した。「エタニティリングを早く」唯花「……つけるわ、今すぐつけるから。今後はずっとこの手につけ続けるって約束するから」そして、彼女はレジの前に行き、鍵で引き出しを開けた。あの相当に価値のあるエタニティリングはその引き出しの奥の方におとなしく眠っていた。それを見た理仁の顔色が闇夜の如く暗くなっていた。彼女はなんと適当なのだろうか。唯花はその指輪を取り出すと、再び薬指にはめ直した。昨夜、とりあえず応急措置でつけていたあのゴールドの指輪は、この日家を出る前にすでに外してあった。「ほら、確認した?」唯花はわざとらしく自分の手を彼に見せびらかした。理仁はこれでようやく満足してくれた。「ほらほら、早く会社に向かって。送れちゃうわよ」理仁「……」いつもいつも、早く早くと彼を追い出そうとするよな!彼女はちっとも彼のことを恋しいと思ってくれないのか。「陽ちゃん」明凛が店の奥から出てきて、陽が来たのを見ると、笑顔で向かってきて清水のもとから陽を抱き上げた。そして、理仁に挨拶代わりに少し会釈をした。本来は妻からキスの一つでももらってから出勤するつもりだったが、明凛が出てきたので、この淡い期待は悲しくも消し去るしかなかった。理仁は淡々と「どうも」と明凛に返事し、挨拶を済ませてから、すでに自分の近くからは去っていたあの人にもう一回意味深な目線をやり、背中を向けて店を去っていった。数歩進んで、また足を止め、振り返って唯花のほうを見た。明凛が唯花がつけているあのダイヤの指輪を見てきたので、唯花は手をまっすぐと伸ばして親友にそれをじっくりと見せていた。理仁
姫華はただ自分の見間違いだと思った。理仁はいつもあのロールスロイスに乗っているのだ。それにいつも黒い何台かのボディーガードの車もしっかりと後についている。また、理仁がこんなところに現れるわけもない。彼の家族で、星城高校に通っている人もいない。それで、姫華はさっきのことを記憶に留めなかった。唯花の本屋の前に着くと、彼女は車を止めた。すると、唯花が陽を抱っこして店から出てきた。「唯花、私が来たってわかったの?」姫華は車を降りながら笑って言った。「しかもわざわざ陽ちゃんと一緒に出迎えに来てくれるなんてね」「そうじゃないのよ。これから陽ちゃんを連れてスーパーに行こうと思って」姫華はやって来て、陽を抱っこしようと手を伸ばしたが、陽のほうはぷいっとそっぽを向いてしまって唯花の首にしっかりと抱きつき「おばたんがいい」と言った。それで唯花はどういうことか説明した。「陽ちゃんは今だいぶ良くなったんだけど、いつもよく一緒にいる人とじゃないとまだ嫌がるのよ」「あの佐々木一家のクズ共のせいね!」姫華は可愛い陽を抱っこすることができず、思わずまた佐々木家を罵った。そして、尋ねた。「お姉さんはあのクズと離婚できた?」「したわ。昨日離婚したの。財産分与した分もちゃんと口座に入金されたわ。住んでいた家の内装費だってしっかりといただいたしね」唯花は陽を抱っこしたまま店に戻った。姫華が来たので、彼女はひとまずスーパーに行くのはやめることにしたのだ。「こんなに朝早く来るなんて、鑑定結果が出たの?」姫華一人だけで、神崎夫人の姿は見えなかった。恐らく、結果が出て彼女と神崎夫人には血縁関係がなかったのだろう。「結果はまだ出てないの。お母さんが明日の昼に出かけて取りに行くって。私今日あんまり気分が良くなくて、あなたの所に来たってわけ。あなたとおしゃべりしたら気分も良くなるからね。お母さんも一緒に来たがっていたんだけど、来ないでって言ったの。だって、私がこの鬱憤をスッキリ晴らしたいんだもん」姫華は理仁に長年恋焦がれていたので、短い時間で彼への気持を整理しろと言われても、それはなかなか難しい問題なのだ。彼女は辛く、心に傷を負っていたが、家族の前では泣きたくないのだった。それは家族に心配をかけたくないからだ。唯花は彼女の気持ちを理解してくれる
姫華はお茶を一杯飲んだ後、つらそうに口を開いて言った。「唯花、結城社長、本当に結婚していたのよ」唯花はそれを聞いて目をパチパチさせた。「この間、彼は結婚指輪をはめていたって言ってなかったっけ?」それなのにどうしてまた結城社長が結婚しているなどと今日も言ってきたのだろうか。姫華は少し黙ってから言った。「彼が結婚指輪をしているのは見たけど、心の中では少しそうじゃないって期待もしていたの。彼がわざと指輪をつけているのを見せて私を諦めさせようとしているんじゃないかって」明凛は彼女に尋ねた。「もう確定したの?結城社長が本当に既婚者だって」姫華は頷いてそれに答えた。「結城社長がインスタで自分は結婚しているっていうのを公表したのよ。これは今星城の上流社会でかなりの衝撃を与えているわ。多くの人が結城社長の奥さんは誰なのか知りたがっているの。今も芸能記者たちが結城グループと結城社長の邸宅を見張って、一番最初にビッグニュースを手に入れようと争っているわよ。だけど、ここに来る前にどんな報道もされていないから、きっと何も情報が得られてないんでしょうね」唯花は驚いて一瞬言葉が出せなかった。「メディアはそんなに彼の結婚に注目してるわけ?」明凛と姫華は同時に唯花のほうを見た。唯花は気まずくなってハハハと笑った。「私、ずっと結城社長なんて全然知らなかったし、私からはかなり遠い存在だって思ってるし、一生関わりを持つような相手ではないでしょう。だから私がこんなことに注目するはずないじゃない。そんな時間があったら、招き猫でも作ってお金を稼いでいたほうがマシよ。明凛が彼の噂をするのが好きで、よく私に話していたから、彼のことを知ってるだけよ」姫華「……星城一のトップ富豪である結城御曹司で、かつ結城グループのトップに立つ人よ。高貴な身分だし、おまけにかなりのイケメンでしょ、ずっと独身を貫いていて、恋愛話すらも聞いたことがなかったのに、突然『結婚しました』だなんて宣言したんだから、そのひとことで世間はかなり大騒ぎなのよ。だから記者たちはどこの令嬢が結城社長の妻になるっていう、そんな幸運の持ち主なのか知りたくて知りたくてたまらないの。芸能記者たちだけじゃなく、私たちだって知りたいのよ。だけど、お兄ちゃんでも調べることができなかったわ。一体結城家の若奥様になったのはど
明凛は姫華に激しく揺さぶられ、目が回りそうになった。彼女は姫華の手を押しながら慌てて言った。「姫華、私は九条さんとはただ一度お見合いをしただけよ。それ以外何もないの。私が聞いてもきっと教えてくれないわよ」「明凛、あの九条悟とお見合いしたの?」姫華は驚きのあまり、声を上げた。「九条悟と言ったら、星城で最もハイスペックな独身男性の一人よ」明凛が悟とお見合いできる資格があるかどうかについては、姫華は疑わなかった。なぜなら、明凛は星城にある富豪家の娘で、そのおばが金城家の奥様だからだ。上流社会のパーティーに、そのおばはよく明凛を連れて行っていた。しかし、明凛が大塚夫人の誕生日パーティーで床に寝転がるという大胆な行動に出てからというもの、おばはもう彼女を連れてパーティーへ行かなくなった。「唯花の旦那さんが紹介してくれたのよ」唯花は笑って、大人しく白状した。「うちの旦那は九条さんを完全に味方につけたようね。九条さんが仕事が忙しすぎて、まだ独身なことを知って、明凛ならちょうどふさわしいと思ったのよ。それで、勇気を出してその赤い糸を引こうとしてみたの」「唯花、旦那さんもなかなかすごい人だわ。九条さんを味方につけられるなんてね。どうりで結城グループでも、うまくやっていけるわけね。九条さんは結城社長の最も信頼する人物なの。結城グループで結城家の他の坊ちゃんたちよりも高い地位についているのよ。同じ会社の同僚だけでなく、私たちのような人間でも彼に贔屓されたいと思っているわ。残念だけど、彼は結城社長の親友で、結城社長が私のことが好きじゃないから、九条さんも私を見るたびに、すぐ避けてしまうの。だからこちら側についてもらうことなんかできやしないわ」明凛と唯花は言葉を失った。九条悟ってそんなにすごい人なのか。姫華のようなお嬢様でも彼を味方につけたいと思うとは。九条悟でもこんな感じだったら、結城社長を味方につけてしまえば……この世にできないことなどなくなるじゃないか!唯花は思わず、誰かが結城社長に贔屓されたら、星城で無敵になるだろうと思った。「明凛、九条さんって人、どうだった?」姫華は今すぐにでも悟を通じて結城家の若奥様の正体を知りたかった。たとえ負けたとしても、どんな人物に負けたのかをはっきりと知りたいのだ。明凛は手を広げて見せた。「
ペンを置くと、悟は窓側に近づき、下を見下ろした。会社の入り口の前に、うじゃうじゃ待ち構えている記者たちを見て、ぶつぶつと言った。「本当に根性があるな。昨晩から今までずっとあそこに待ち構えてやがる。理仁も理仁で、珍しくのろけてこんな大袈裟にアピールするとはね」天地をひっくり返したような騒動なのに、肝心の理仁の奥様は相変わらず平穏な日常を送っている。理仁は妻を完璧に守っていた。会社の社員は大体唯花に会ったことがあるが、誰一人としてそのことを口に出す者はいない。結城家の人間ならさらに言うまでもない。メディアにどんなに詰め寄られても、誰も一言も何も言わなかった。今日、星城の上流社会では、誰もが人と会うたびに、最初に口に出すのは必ず「結城社長の奥様は誰か知っていますか」という言葉だった。ビジネスの商談の場でさえ、最後お開きになったら、取引先たちが「結城社長の奥さんは一体どの方ですか」と聞かずにはいられない状況だった。悟もこの状況に対して煩わしいと思っていた。彼は理仁と最も親しいから、多くの人が彼から情報を聞き出そうとしていたのだ。あいにく、彼は一番知りながら、何も語れない立場なのだ。これほどの騒動を引き起こした張本人である理仁は、いたって穏やかで、普段通りに仕事をこなしていた。昼休みになると、いつものようにボディーガードに囲まれてスカイロイヤルホテルまで行き、日高マネージャーに電話で唯花の好物の料理を届けるように頼んだ。ついでに、花屋で花束を買って一緒に送るように依頼した。唯一、予想外だったのは、ホテルの入り口で玲凰と出くわしたことだった。神崎グループも傘下にホテルを所有している。玲凰と理仁はライバル同士だった。普段なら、玲凰は絶対スカイロイヤルに来るはずがない。今日は玲凰は顧客とのビジネスのためここに来ていたのだ。顧客がスカイロイヤルでビジネスのことを話し合おうと頼んだのだろう。二人の社長はホテルの前で止まり、周りの空気も一瞬凍り付いた。理仁の後ろにはボディーガードたちが、玲凰の後ろには神崎グループの管理職の社員と秘書が数名いた。両方の威圧感はどちらも相当なものだった。二人の後ろにいる人たちは、その二人が対峙したとたん、無意識にその場で止まった。玲凰の視線は真っ先に理仁の左手へ向かった。その薬指
「その幸運な方は一体どこのお嬢様でしょうかね?」玲凰は答えが得られないとわかっていながら、それでも尋ねた。妹が誰に負けたのか知りたがっているのだ。理仁は玲凰を暫く見つめて、口を開いた。「神崎社長、これは俺のプライバシーですから、お答えできませんな」やはり答えてくれなかった。玲凰はその結果を受け入れ、怒らず落ち着いて微笑んだ。「結城社長は本当に奥様を大切にしていますね」「妻と結婚する時、彼女を愛し、守り、一生彼女一人だけ愛すると誓いましたから」玲凰「……結城社長は奥様にぞっこんですね」妹の姫華はやはり理仁と縁がなかったのだ。結構前から妹に理仁のことを諦めるよう説得していたが、妹がそれを聞き入れなかったから、今はこうして苦しんでいるのだ。玲凰は心の中でため息をついた。もし理仁が姫華を愛してくれるなら、彼はもちろん妹を支持し、結城グループとの不仲な状況を解消するために全力を尽くすつもりだった。なぜなら、それは理仁が誰かを愛すると絶対浮気しない人だということを知っているからだ。理仁に愛された女性は、一生溺愛される。同時に、もし理仁が裏切られたら、彼は一生立ち直れないだろう。「神崎社長も奥様にぞっこんでしょう?奥様はいつも幸せそうですね。神崎さんも周りでは有名な愛妻家だと知られていますよね」最愛の妻の話題になると、玲凰の目元が優しくなり、微笑みながら言った。「結城社長のおっしゃった通り、俺も結婚した時、妻を愛し、守り、一生愛すると誓いましたよ」「ご夫婦の仲良しさが羨ましいですよ。いつか時間があったら、どうすれば神崎社長のような愛妻家になれるか、ぜひ教えていただきたいですね」周りの人たち「……」不仲な二人が一緒に座り、どうすれば愛妻家になれるかを話し合うシーンなど、到底想像はできなかった。玲凰は笑った。「結城社長はもう立派な愛妻家ですよ」そうでなければ、わざわざ立ち止まって話したりしないだろう。暫く沈黙してから、理仁はまた微笑んだ。彼は玲凰に「こちらへどうぞ」というジェスチャーをしながら言った。「せっかく神崎社長がうちのホテルにいらっしゃったんですから、食事をご一緒しませんか」玲凰は自分の顧客へ視線を向けた。相手はすぐ返事した。「結城社長とご一緒できるとは光栄ですよ」食事だけして商談
一日中、ずっと結城社長が実は既婚者であり、愛妻家でもあるというゴシップを見ていた唯花は、夜ドレッサーの前でフェイスパックを貼りながら理仁に言った。「今日は一日中ずっと結城社長の噂を聞いたのよ」理仁は「うん」と返事し、何事もなかったように聞いた。「どんな噂?」「知らないの?」唯花は振り向いて彼を見た。「結城社長が実は既婚者ということを公表したけど、その奥さんが誰なのか誰も知らないんだって。姫華の話だと、上流社会ではもう大騒ぎになってるそうよ。理仁さん、あなた結城グループで働いているでしょ?情報とか持ってない?社長夫人は一体誰なの?芸能記者たちが長い間会社の前で待ち構えていたけど、結局何も掴めず、仕方なく諦めて帰って行ったそうよ」理仁は椅子を引き寄せ、妻の傍に座り、彼女がパックを貼っているのを見た。そして、そのパッケージを取り、ブランド名を確認した。それはなかなかいいブランドで、値段も高い。「姫華にもらったのよ。普段あまり使ったことないけど、今夜使ってみるわ」それを聞くと、理仁は眉をひそめて言った。「これから神崎さんからもらったスキンケア用品を使わないで。普段どんなブランドを使っているか教えて、俺が買ってあげるから」「姫華からたくさんもらったの。使わないともったいないわよ。それに、姫華は女の子だよ?それでもヤキモチ?」理仁は手を伸ばし、指で彼女の顔をつついた。「君が俺を心の第一位に置いてくれるまでは、誰であろうと君の視線を俺から奪ったらヤキモチを焼くよ」「ふふ、前に『ヤキモチなんか絶対焼かない!』って言ってたのはどこの誰なのかしらね?」理仁「……」「理仁さん、早く教えてよ。社長夫人は誰なの?」理仁はおかしそうに笑った。「うちの社長のことに興味ないって言わなかった?」「全く興味がないわけじゃないけど、わざわざ聞き回ったりはしないよ。だって私と結城社長は全く別世界の人間のようなものだからね。あなたは結城グループで働いているのに、社長に会うのも難しいんだから。私なんて一生会えないでしょう。だから、彼の噂なんてわざわざ聞き回る気がないのよ。でも、今回の件はあまりにも話題になってたから、ちょっと聞いてみたいだけ。一番重要なのは、姫華が社長夫人が誰かを知りたがっているってこと」理仁は警戒して尋ねた。「神崎さんは
「唯花さん、神崎夫人とのDNA鑑定結果はもうすぐ出るだろう?」理仁は素早く話題を変えた。これ以上自分のゴシップを聞きたくなかったのだ。彼はただのろけたくて、インスタで自分がもう結婚したというアピールをしただけなのに、まさかこんな大事になるとは思わなかった。妻まで彼のゴシップに一日中夢中になっている。「姫華が明日結果を取りに行くって」理仁は「そう」と返事し、すぐに言った。「もし結果で神崎夫人と血縁関係があるとわかったら、きっとまた会うことになるだろう。俺はたぶん行けないんだ。明日から出張だから」唯花は顔を上げて彼を見た。「出張に行く必要はなくなったかと思った」理仁は無言で彼女を見つめた。やはり、彼女は自分が早く出張に行くのを待っているようだ。出張から戻った時、彼女が彼の顔すら覚えてなかったらどうすればいいんだ?「チケットはもう予約したの?何時のフライト?空港まで送るよ。明日早く起きて、荷物をまとめてあげるね」唯花は自分がよくできる妻だと思った。夫が出張するのに、荷物をまとめて空港まで送ってあげるのだから。「午前十時三十五分のフライトなんだ。送ってくれなくていいよ。先に会社へ資料を取りに行かないと。その後、同僚と一緒に会社の車で空港に向かうよ」唯花は頷いた。これなら彼女の手間も省けるのだ。「神崎夫人との鑑定結果が出たら、メッセージを送ってくれる?出張中は忙しくて、深夜にならないとメッセージをチェックする暇がないかも。でも送ってくれれば必ず見るよ」「わかった。結果が出たらすぐ教えるよ」理仁がわざと出張中は深夜まで働くと言ったのは、唯花が昼間に電話をかけてきた時、姫華も同席している可能性を考慮していたからだ。「ところで、明凛と九条さんのことなんだけど、私たちもっとあの二人を押してみる?今日、明凛は九条さんの本当の役職を知って、レベルが高いって尻込みし始めたのよ」理仁は「それはあの二人のことなんだから、俺らは見守るだけでいいよ。紹介してあげた後はどうなるか、彼ら次第だろう」と言った。唯花は笑った。「そうよね。自然の成り行きに任せるといいね。あの二人は本当にお似合いだと思うの。うまくいってほしいわ」明凛は悟にあまり興味がないようだった。悟もそれほど積極的ではなかった。たぶん仕事が忙しいのだろう。
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ