ログイン麗華はリストの紙を隠した後、背筋を正して立ち、何事もなかったように出て行った。執事は栄達のほうを見ていたが、栄達のほうが先に執事に尋ねた。「陽君は一緒に来ているのかな?」「陽様はお見かけしておりません」栄達はひとこと「そうか」と返事し、新聞紙を取って開いて見始めると、こう言った。「陽君が来てないなら、年寄りの私は出迎えに行くのはやめておこう」執事は思わず笑った。陽は年配世代たちにとっては、とても可愛らしい存在だ。主に、琴ヶ丘邸には小さな子供がいないからだ。毎回陽が叔母と一緒に琴ヶ丘にやって来ると、みんなが陽を奪い合う。一人一人陽と一緒に遊びたいと、「陽争奪戦」が始まる。陽はその状況がよくわかっていて、みんなを喜ばせる話ばかりする。栄達のように孫の顔を早く見たいと思っている、ある程度年がいった人間は、もちろん陽のことが大好きだ。麗華は母屋から出てきたところで、息子と嫁が手を繋いで歩いてくるのが見えた。息子は片方の手にはいくつかの袋を提げている。聞くまでもなく、息子夫婦が両親に買ってきたお土産だ。唯花は手ぶらでここに来たことはない。もちろん、唯花も義父母のところには何か足りない物などないとはわかっている。しかし、嫁として、何か買って持って来るのは、義父母にとって意味があることなのだ。「母さん」「お義母さん、お久しぶりです」理仁夫妻は麗華を見ると挨拶をした。麗華はそれに笑顔で返し、二人の後ろに目線を向けた。理仁たちの後ろには、辰巳と咲がいた。咲は何度かここへ来たことがあるが、琴ヶ丘は非常に広大で、彼女はまだここの感覚が掴めていない。それで歩くときには慎重にゆっくりになる。辰巳と手を繋ぎ一緒にゆっくり歩く必要がある。そして咲に琴ヶ丘をさらに理解してもらうために、辰巳は歩きながらあそこには何があるだの、そこには何があるだの、教えていた。咲に覚えてもらうために周囲にあるものを細かく伝えてあげていた。咲のほうは歩数をしっかり数えて覚えていた。こうしておけば、次に同じルートを歩くときには誰にも付き添ってもらわずに済むからだ。「唯花さん、陽ちゃんは?今日は金曜日で明日は幼稚園はお休みよね。どうして一緒に来てないの?もう長いこと陽ちゃんに会っていないから、とても会いたいわ」麗華は陽の姿が見えなかったので
栄達は言った。「やっぱりこの件は理仁と唯花さんには言わないほうがいいだろう。家庭内で大騒ぎになるぞ。「母さんが不在だと、私も息子を管理する力はないぞ。理仁に言い聞かせられるなら、君から彼に言ってくれ。焦っちゃダメだと言っただろう。あの二人は結婚してまだ一年だ。十年も経ってる熟年夫婦じゃないんだから、何を焦る必要があるんだ」麗華は少し黙ってから言った。「実際、心の奥底では、唯花さんが早く妊娠したらいいのにって思ってるの。私たちに孫の顔を早く見せてくれないかなってね。子供を生んでも私たちに任せてくれれば、彼女がお世話する必要はないでしょ。安心して自分の仕事をやってくれていいから。一日でも早く妊娠して生まれないと、その分この事が心につっかかってしまうのよ。その事ばかり考えてしまうわ。でも、早く子供を作ってだなんて催促もできないし」麗華は、他の名家に嫁いだ女性のように、唯花には安心して家で夫を支え、子供の世話をしてほしいと実は望んでいる。若奥様という立場になった女性は、多くて家庭内の事や、結城家の小さな商売に目を向けて、家賃収入などで稼いでいればいいのだ。それに、これらの事も自ら行う必要はない。人を手配して仕事させておけばいいのだから。しかし、唯花は自立心の強い女性だ。それに、実の姉が結婚後仕事を辞めて、離婚してしまうという結末を見ていた。それで、唯花はかなり前から、他の名家の女性のように男の後ろに一歩さがって、家で専業主婦になるのは嫌だと態度をはっきりとさせていた。もし、結婚してから仕事をしてはいけないと理仁に言われるなら、唯花は離婚する気でもいる。しかし、唯花のことを深く愛している理仁が、離婚など絶対に認めるわけがない。当初理仁の正体が彼女にばれてしまった時、唯花は離婚すると言っていた。理仁は彼女をとどめておくために、屋敷に軟禁までしてしまったのだ。それを見ただけでも、彼がいかに狂っていたかがわかる。結城家も、唯花こそが彼の支えであり弱点になっているとわかっている。唯花がいないと、理仁は発狂してしまう。夫から支持され、自分のやりたいように生きていける唯花に対して、周りが余計な口を挟む必要があるだろうか?麗華は息子と嫁がとても愛し合っているのを知っているからこそ、唯花には家で若奥様として過ごしてもらいたいと強く思っていて
もちろん麗華は自分の息子に問題があると言われれば、それを全力で否定する。息子は逞しくいたって健康なのに、どうして問題があるだろうか?栄達は妻からそのサプリが書かれたリストを受け取った。彼はこのようなものには詳しくない。書かれているサプリが妊活中の女性にとってなぜ必要なのかもよくわからない。彼は言った。「ここに書かれてるのだって、ネットで調べたものだろう?葉酸なら妊娠前に飲んだほうがいいとよく聞くが、他は唯花さんにどんな栄養が欠けているかなんてわからないじゃないか。それに、私たちだって公に、子供たちの妊娠は焦っていないと言っているし、こんなリストを彼女に渡したら、早く妊娠しろと言われているのだと勘違いして逆にプレッシャーを感じるんじゃないのか。そもそも彼女のプレッシャーは相当なものなのに。これを理仁に渡したら、きっと目の前で破り捨てるぞ。母さんが連れてきた占い師だって言ってただろう。あの二人には秋くらいにおめでたの知らせがあるって。もう少し待ってみようよ。私はあの二人は大丈夫だと思うよ」栄達は続けていった。「あの二人は仕事が忙しいから、そのストレスが原因だろう。だから焦らないほうがいい。世間が何て言おうが、彼らの口を塞ぐことはできない。だけど、私たち家族は絶対に唯花さんの味方でいなくちゃ。彼女のことをもっと気にかけて、プレッシャーを感じさせないようにするんだ。彼女の前では子供の話は禁句だ」麗華はため息をついて言った。「あの占い師の方ね。過去に起きたことならまだしも、未来のことなんてわかりっこないでしょ。もう九月よ、もう秋が近いわ。ここはまだ真夏みたいに暑いから、秋って感じはないけれどね。私だって、子供の催促はしたくないわ。あの二人にプレッシャーを与えたくないもの。ただ、友達と出かけてお茶する時とか、いつも彼女たちに心配されるのよ。何回もこの件を聞いてくるんだから。また同じ質問されると思うと、彼女たちとお茶をするのもためらっちゃうのよね。それから、実家に帰った時も、兄弟とそのお嫁さんたちから聞かれるんだからね。お母さんですらそれを気にしているのよ。唯花さんの子供を見るまでは、お母さんも死んでも死にきれないなんて言い出して」みんな、理仁と唯花が一年経っても妊娠しないのは、主に理仁の性格のせいだと考えていた。彼は唯花への愛が深
理仁は言った。「俺とお前、それから蓮以外のみんなはよそにいるぞ」蓮は今、全寮制の高校に通っていて、一カ月に一回だけ家に帰ってくる。辰巳は一瞬声を詰まらせて、笑って言った。「すっかり忘れてたよ」辰巳より下の従弟たちは仕事の理由で出張していたり、結婚相手の女性を口説くのに忙しい。今は辰巳と理仁だけが星城にいる。二人とも結婚しているか、婚約してしまっているからだ。「ばあちゃんも家にはいないね」辰巳は少し懐かしそうな口ぶりで話した。「ばあちゃんが家にいる時は、何か気に入らないことしちゃって目をつけられて、怒られるんじゃないかっていつも緊張してた。でも、ばあちゃんが他の所に行って家にいないと思うと、なんだか寂しく感じるな」理仁はそれに対して何も言わなかったが、同感だった。兄弟や従兄弟たちの中で、結婚に関しておばあさんが最も頭を悩ませていたのが、ほかでもなく理仁だ。以前、理仁と唯花が喧嘩して、冷戦状態になった時、おばあさんはかなり気苦労があった。それでわざわざ彼らの家に引っ越して暫くの間暮らしていたのだ。そう言えば、かなりの間、トキワ・フラワーガーデンのほうに帰って住んでいない。また日を改めてあの家に行き、少しの間暮らすと良いだろう。「他に何もなかったら、今から出発しよう」理仁は低い声でそう言った。辰巳はそれに頷いた。理仁は立ち上がると、妻の手を繋いで引いた。「明凛と九条さんも行くのよ」唯花はそう言うと、時間を確認した。「そろそろ高校生の下校時間だわ。明凛はもう少しかかるわね」理仁は穏やかに言った。「俺から悟に彼女を迎えにいくよう伝えるよ。本屋は九条家のボディガードに任せればいい。彼らは毎日あそこに滞在しているから、よくわかっているはずだ。あの二人が本屋一つ店番できないわけがない」「じゃ、九条さんに伝えてね」理仁はすぐ悟に電話をかけた。それから少しして、理仁と辰巳はそれぞれパートナーを連れて、琴ヶ丘に向かった。その知らせを受けた麗華は、サプリが書かれた紙を取り出して夫に言った。「あなた、お母さんから頼まれたものよ。唯花さんが妊娠する前に必要な栄養素を調べて、どのサプリを飲んだらいいかお母さんがリストアップしたの。唯花さんは普段とても忙しくて、なかなかこっちに来る時間がとれないわ。さっき理
辰巳は咲を連れて一階におりると、理仁と唯花のほうにやって来て二人に挨拶した。咲も辰巳に続いて二人に挨拶した。それから理仁と唯花の対面に彼らは座った。唯花は心配そうに尋ねた。「咲さん、大丈夫だった?」「大丈夫。ただ首の後ろが少し痛くて。唯花さん、助けてくれてありがとうございました」咲はとても感激して唯花にお礼を言った。唯花は言った。「もう家族だもの、そんなかしこまらなくていいよ。だけど、これからはやっぱりボディーガードを傍につけておきましょう。そのほうが安全だから。私たち家族も安心できるわ。今日はちょうど私があの現場にいたから助けることができたものの、もし違ったらどうなっていたことか」咲も今になってまた怖くなってきて言った。「さっき、辰巳さんも私に言ったの。これからはボディガードには近くについてもらおうって」もし、彼女が柴尾グループを継ぐのでなければ、別にボディガードをつける必要はない。今の彼女は二人のおばから邪魔だと思われている。今回の件は恐らくあの二人の仕業に違いない。それで安全面に関して、彼女はもう頑なに拒否することはできず、辰巳の言う通りにすることにした。今までのように離れたところからではなく、目に見えるところにボディガードをつけて警護に当たらせるのだ。「それならよかった。実際、ボディガードが近くにいるのは最初慣れないかもしれないけど、だんだん慣れていくと思うわ」唯花も以前、ボディガードが傍について回るのは、どうも慣れなかった。なんだか、常に彼らがいると、自分の一挙一動を全て夫に把握されているような気がしたのだ。しかし、今では慣れてしまった。これも、理仁がボディガードを傍につけるのはただ彼女の安全を守るためであって、彼女の同意がなければ何も報告はさせないと約束してくれたからだ。理仁がそのように約束してくれたおかげで、唯花もボディガードがついて回るのに慣れた。「今回の件で、誰があやしいと思う?」理仁が低い声で尋ねた。咲は答えた。「二人のおば以外にはいません」理仁はひとこと「そうか」と返事をし、辰巳に向かって言った。「辰巳、何か助けが必要な時は言ってくれ。何も言わないなら、お前一人でどうにかできると思うからな」「理仁兄さん、今回の件は俺が自分で処理するよ。何か手伝ってほしい時は声をかけ
「プルプルプル」咲の携帯が鳴り出した。ここぞとばかりにキスをしてきた辰巳を押しのけて、彼女は急いでその電話に出ようとした。しかし、彼は両手で咲の頭を固定させて、キスから逃れさせず低くかすれた声で言った。「ちょっとくらい待たせておけ」そう言うと、彼はしつこくまた咲に深い口づけをして、ようやく名残惜しそうに彼女を解放した。この時、執事が咲の部屋の前に立っていた。彼女は咲の部屋には防音壁が設置されているので、ドアをノックするのではなく電話をかけてきたのだ。しかし咲は電話に出ない。すると彼女は一度電話を切り、少しの間待ってから、再び電話をかけた。今回は電話が繋がった。「お嬢様、結城家の若奥様がいらっしゃっています」執事は電話越しに、丁寧な態度でそう伝えた。「唯花さんがいらっしゃったのなら、中にお通しして。すぐに一階におりるから」咲の声はとても落ち着いていて、何もおかしな様子は聞き取れなかった。執事はあの二人が部屋の中で一体何を話していたのかは、まったく想像もできない。独身の男女二人が同じ部屋にいて、しかも二人は婚約しているので、別にどう思われようが構わない。彼女は恭しく返事をした。「かしこまりました」そして、彼女は携帯を耳から離して、通話終了ボタンを押した。今度はドアにピタリと耳を当ててみたが、何も聞こえないので、諦めて下におりていった。部屋にいる咲は辰巳を押して、立ち上がった。そして平然とした様子で自分の服を整え、辰巳に尋ねた。「今の私、どこかおかしなところはない?」辰巳は咲の体を上から下までじろじろと眺めてから、低い声で笑って言った。「別に君の服をめちゃくちゃになんてしてないんだから、おかしいところなんてあるわけないだろ?」婚約者といっても、辰巳が彼女にした最も親密な行為はキスくらいで、その先はまだだ。彼女のことを愛しているから、尊重し、大事にしたいと思っている。結婚手続きと結婚式を済ませたら、飢えた狼のように狂ってしまってもそれは当然のことだろう。愛し合う人同士なのだから。それに、咲は辰巳がどんな顔をしているのか、まだ知らない。彼女が手で何度も彼の顔を触ってみたことはあるが、それは頭の中で想像するしかなく、実際とはやはり差があって当然だ。辰巳は咲の目が治って彼がどんな顔をし
隼翔は何も言わなかった。みんなは唯月の様子を確認した後、おばあさんは息子夫婦に先に帰るように伝えた。唯月を静かに休ませなければならない。理仁夫妻は目にひどくクマを作っていた。唯月が危険な状態を脱したと知らせを受けて、神崎家と牧野家もお見舞いにやって来た。詩乃は病院に留まることにした。唯月が再び目を覚ました時、彼女はやっと本当の意味で安心できるからだ。結城家のボディガードたちがみんなに朝食を買って持って来た。朝食を済ませると、理仁は隼翔に向かって言った。「隼翔、お前は先に帰って休め。昨日の夜は結局一人で一晩中ずっと見守っててくれたろ」「大丈夫だ、眠くはないし疲れてもい
玲凰は家族の味方だ。それで問題は全て理仁に押し付けてしまって、自分の従妹のせいにはしないのだった。理仁はこのまま電波に乗って玲凰の首でも絞めに行ってやりたいと思った。「神崎、もう一度言うが俺は問題ない、健康そのものだからな!心配してくれてどうもありがとうよ!」そう言い終わると、彼は通話を終わらせた。すると電話を切ったそばから、またすぐに電話がかかってきた。理仁はまた玲凰からの電話かと思い、着信も見ずに怒って言った。「神崎、言っただろう。俺は何も問題などないと!」「……結城社長、僕です。善です」それを聞いた瞬間、理仁の表情が和らいだ。「桐生さんでしたか」「ええ、僕
「俺たちは今こんなに幸せに暮らしているんだ。悟と牧野さんたちも絶対に幸せになるさ」九条家と牧野家はどちらも理仁夫妻には非常に感謝していた。九条家は理仁が独身を卒業しても、仲の良い親友のことも忘れず、悟に明凛を紹介してくれて、義理堅いと感じていた。牧野家もそのように思っていた。九条家は明凛のことをとても気に入っている。牧野家も九条悟という婚約者がいて喜び、明凛の弟である涼太の立場も薄くなってしまった。明凛に関しては言うまでもない。もし、彼女が両親の前で堂々と悟の文句でも言ようものなら、ギロリと睨まれてしまうだろう。明凛は悟の前では何度も不満を漏らしていた。彼と付き合うようにな
東邸に帰った後、美乃里は息子を起こすのを躊躇っていた。しかし、昔小さい頃のように彼を抱きかかえて車から降ろすこともできず、仕方なく声をかけて起こすしかなかった。「隼翔、着いたわよ。起きてちょうだい」隼翔は母親に何度か体をゆすられて、ようやく目を覚ました。目を開いた時はぼうっとしてしまい、母親を暫くの間見つめてからようやくハッと意識が戻った。彼はひとこと「ああ」と言って、自分で車を降りた。この時、琴音もちょうど外から帰ってきたところだった。彼女が運転していたのは美乃里が貸した車だ。「おば様、隼翔、戻られたんですね」琴音は車を降りるとまずは挨拶をした。彼女は今まで「さん







