「唯花さん、神崎夫人とのDNA鑑定結果はもうすぐ出るだろう?」理仁は素早く話題を変えた。これ以上自分のゴシップを聞きたくなかったのだ。彼はただのろけたくて、インスタで自分がもう結婚したというアピールをしただけなのに、まさかこんな大事になるとは思わなかった。妻まで彼のゴシップに一日中夢中になっている。「姫華が明日結果を取りに行くって」理仁は「そう」と返事し、すぐに言った。「もし結果で神崎夫人と血縁関係があるとわかったら、きっとまた会うことになるだろう。俺はたぶん行けないんだ。明日から出張だから」唯花は顔を上げて彼を見た。「出張に行く必要はなくなったかと思った」理仁は無言で彼女を見つめた。やはり、彼女は自分が早く出張に行くのを待っているようだ。出張から戻った時、彼女が彼の顔すら覚えてなかったらどうすればいいんだ?「チケットはもう予約したの?何時のフライト?空港まで送るよ。明日早く起きて、荷物をまとめてあげるね」唯花は自分がよくできる妻だと思った。夫が出張するのに、荷物をまとめて空港まで送ってあげるのだから。「午前十時三十五分のフライトなんだ。送ってくれなくていいよ。先に会社へ資料を取りに行かないと。その後、同僚と一緒に会社の車で空港に向かうよ」唯花は頷いた。これなら彼女の手間も省けるのだ。「神崎夫人との鑑定結果が出たら、メッセージを送ってくれる?出張中は忙しくて、深夜にならないとメッセージをチェックする暇がないかも。でも送ってくれれば必ず見るよ」「わかった。結果が出たらすぐ教えるよ」理仁がわざと出張中は深夜まで働くと言ったのは、唯花が昼間に電話をかけてきた時、姫華も同席している可能性を考慮していたからだ。「ところで、明凛と九条さんのことなんだけど、私たちもっとあの二人を押してみる?今日、明凛は九条さんの本当の役職を知って、レベルが高いって尻込みし始めたのよ」理仁は「それはあの二人のことなんだから、俺らは見守るだけでいいよ。紹介してあげた後はどうなるか、彼ら次第だろう」と言った。唯花は笑った。「そうよね。自然の成り行きに任せるといいね。あの二人は本当にお似合いだと思うの。うまくいってほしいわ」明凛は悟にあまり興味がないようだった。悟もそれほど積極的ではなかった。たぶん仕事が忙しいのだろう。
彼らの家には貸出している不動産がたくさんあり、家賃をもらうだけでもちゃんと食べていけるということを誰が想像できるだろう?牧野家はまさにこれだ。「やっぱり、九条さんと付き合ってみるように勧めてみよう。彼女も九条さんと親しくなれば、きっと愛が芽生えるはずよ」明凛から悟について聞いた後、唯花は悟と明凛が似た者同士だと感じた。二人とも賑やかなのが好きで、悟から一番早く面白いゴシップが聞けるだろうし。「悟に聞いたんだ。彼は牧野さんが印象深い女性だって言ってたぞ。少し時間をあげればきっと行動するよ。今はもうすぐ年越しだろう、社員全員が忙しいから、悟のような立場の人はなおさらだ。年明けの休みに入れば、彼も余裕があって、プライベートに費やす時間ができるよ」彼が出張している間、悟は辰巳と一緒に会社を管理しなければならないから、当然忙しくなるのだ。唯花は頷いた。彼女も明凛が結婚して遠くに行ってしまうのが嫌だった。もし明凛が悟とうまくいけば、そう、理仁にもメリットがあるのだ。彼は悟のバックアップがあり、昇進や昇給もでき、唯花たちは今よりも裕福になるだろう。だがしかし、なんだか友達を売ってお金を稼いでいるようだが……夫婦二入は赤い糸を引く話で盛り上がり、唯花は時間だと気づいて、フェイスパックを外しに立ち上がり、洗面所へ行った。暫くして洗面所から出てくると、まっすぐベッドに向かい、ベッドに上がりながらスリッパを脱いだ。彼女はベッドに横になると、隣のスペースを叩いて理仁に言った。「理仁さん、早くこっち来て。抱き付いて温まりたいの。そうしたらよく寝れるから」理仁は顔色が暗くなった。「俺のことをホッカイロか何かと思っているの?」「ホッカイロは時間がきたら冷めるけど、理仁さんならずっと温かいし、ホッカイロより長持ちで便利なのよ」理仁「……」彼は近づき、彼女の隣に寝た。横向きになって彼女に向き合い、軽く彼女の頭を叩いた。「俺は君にとってただの暖を取るものなのか?他にないの?」「今の私にはほかに何が考えられるっていうの?」唯花は自然に彼の胸に潜り込んだ。「暖房をつけようって言ったら、乾燥して耐えられないってあなたが言ったでしょ?最近特に寒いし、あなたに抱きついて暖かくするしかないよ」ドアと窓をきっちり閉めても、やはり寒い。最大の原因は彼
「私の記憶力そんなに悪くないよ、結婚したばかりの頃じゃあるまいし」唯花はあくびをしながら言った。「理仁さん、寝ましょう。明日出張でしょ?しっかり休んで、英気を養わないと」彼女は上半身を起こし、身を乗り出して彼の唇に軽くキスをした。「理仁、おやすみなさい」理仁は夜空のような黒い瞳で彼女を見つめて、手を伸ばし彼女の腰を抱き寄せ、キスをしてきた彼女が離れようとするのを許さなかった。その目には炎が燃えたような熱さが宿り、彼女の美しい顔に止まった。普段あまり化粧しない彼女はいつもすっぴんだが、肌のケアはしっかりしているので、触るとすべすべで手触りがとてもよかった。彼女の飾らない美しさはとても自然だった。理仁が初めて彼女に会った時、すでにそう思っていたのだ。ただ、彼が出会ってきた美人は多すぎたので、初対面では特に何も思わなかっただけだった。「唯花さん、今なんて呼んだ?」彼が初めて彼女のことを名前だけで呼んだ時、彼女は何の反応も示さなかった。後でそれを考えると、理仁は少し落ち込んでいた。名前で呼んだとき、全く感情が籠っていなかったからだと反省し、それからもうそんな風に呼ばなかった。しかし、彼女が「理仁」と呼んだ時、その声が電流のように彼の心を打ちぬけた。「理仁さん」「そうじゃない、さっき俺の名前だけ呼んだだろう」「そうよ、何?だめだったの?あなたは私の旦那さんでしょ」理仁は彼女の頭を押さえ、熱い唇でその燃えるような感情を表した。濃厚なキスが終わると、唯花は彼の大胆な手を押しのけ、彼に背を向けて横になった。「寝ましょう、もう遅いから」理仁の声がかすれていた。「先に寝て。お、俺はシャワーを浴びてくる」そう言い終わると、彼は布団を剥がし、ベッドをおりて、急いでバスルームに逃げ込んだ。夫婦の感情が絶賛上昇中には、ディープキスは禁物だ。さっき彼は危うく理性を失いそうになるところだった。今はとにかく都合が悪い。寒い日に冷たい水でシャワーをするなんて、本当に散々だ!バスルームから聞こえる水音を聞きながら、唯花は少し姿勢を変え、仰向けになり、ぶつぶつと呟いた。「本当に欲張りなんだから」彼女は今は都合の悪い時期だとよく理解しているから、彼にキスするたびに、いつも軽くキスをして、度を越さないようにして
「内海唯花!あんたのお姉さんは?彼女に電話をかわりなさい!」佐々木母の声は怒りで震えていた。それを聞いたら誰でも彼女が腹を立てているのがわかる。「姉に用事でもあるの?もうあなた達とは何の関係もないけど。それで?要件は?」唯花は怠そうに尋ねた。佐々木母が自分の家から戻り、俊介の家の内装がめちゃくちゃにされていたのを見て、あまりの怒りで姉を責めるつもりだろう。あまりにも反応が遅かった。佐々木母が今まで気づかなかったのも無理はない。あの日、唯月と俊介が離婚手続きを終えた後、佐々木俊介の両親二人は直接タクシーで自分の家に帰った。そして、翌日に引っ越してくるつもりにしていたのだ。しかし、英子の子供たちが学校で成績表を受け取るため、一日遅れることになった。そして今日、小学校はようやく冬休みに入った。佐々木家の両親は娘一家を連れて、車二台に荷物を詰めて星城へ向かい、ここで年越しするつもりだった。こんなに朝早く出発するのも、佐々木母が思うところがあったからだ。それは早く来て、莉奈に朝食を作らせるためだ。つまり佐々木家の威厳を見せつけようとしたのだ。ところが、荷物を持って部屋に入り、目の前の光景に驚いたせいで、荷物まで床に落としてしまった。最初は家を間違えたかと思ったが、何回も確認すると、間違いなくそこは息子の家だった。そして、英子は直ちに弟に電話をした。俊介はここ二日間、ずっと取引先が突然契約を解除しようとした問題に対処していたので、あまりにも忙しくて、家族に家の内装が壊されたことを伝えるのを完全に忘れてしまっていた。姉からの電話を受けた時、俊介は何を言われているのかすぐに理解できなかった。家族全員が星城に来ているのを知り、俊介はようやく内装のことを思い出し、説明したのだ。それを聞いた佐々木母はすぐに唯月に電話しようとしたが、番号がブロックされたため、全く通じなかったので、仕方なく唯花に電話したというわけだ。「お姉さんはそっちにいない?」佐々木母は責めるように言った。「一体どういうつもりなの?うちの息子の家をめちゃくちゃに壊したでしょう?これは犯罪よ、警察に通報するわ!」唯花は冷たく言った。「お宅の息子さんが家を買った時は今のような状態だったでしょ?それを姉が八百万くらいかけて内装したのよ。あな
唯花は嘲笑するように言った。「佐々木英子さん、今すぐトイレへ行って、洗面器に水を汲んで……あ、すみませんね、蛇口がなかったわね。水道のパイプも姉がお金を出して取り付けたものだから、私たちがそれを外したのよ。じゃあ、仕方ないね、今すぐ雨が降るよう祈っていてね。それで、そこら辺に水溜まりが出来たら、それを鏡にして、自分の顔をちゃんと観察しなさいよ。どれだけ厚かましい顔しているかわかると思うから。姉はお宅の弟ともう離婚して、赤の他人になったのよ。よくもまあ、姉にあんたらの住む場所を探せだなんて言えるわね。姉のせいで住む場所がなくなったって?それは自業自得よ!もしちゃんと話し合って、姉の損失分もきっちり払って別れてたら、今頃ちゃんと住む場所が残ってたはずよ。ああ、今日は本当に寒いわ。あんなボロボロで風が自由に出入りできる部屋でちゃんと寝られるかしら?まあ、あなた達の皮膚は顔と同じように厚いことだし、人も多いから。一緒に詰め寄って寝れば、この寒さも凌げるでしょうね。じゃ、他の用事がなければ、電話切るよ。布団の中が本当に暖かくて気持ちいいから、もう一度寝直すわね。じゃあね」言い終わると、唯花は電話を切った。そして、すぐ佐々木母の電話番号もブロックした。これでしつこく電話をかけてくる心配もなくなった。唯花に電話を切られた英子は怒りが頂点に達し大声で罵った。「あの唯花め、本当にムカつくわ!こんなに口が悪いなんて、あんな女と結婚した男が本気で耐えられるかしら。お母さん、どうすればいいのよ」彼女は母親を見た。「もう家族全員ここまで来たし、実家の人達にも大都市で年越しするって伝えたよ。まさかこのまま帰るの?」「ママ、だっこ!」恭弥が父親の腕の中で目を覚まし、母親に手を伸ばし抱っこをねだってきた。英子はイライラしながら息子を抱き上げた。そして、佐々木父に言った。「お父さん、前も言ったでしょ。こんなに早く唯月の要求を受け入れるんじゃない、お金も送らないでってさ。ほら、今どうなってるのか見てよ。お金をもらったら、もう私たちのことなんて眼中にないわよ。これから陽ちゃんに会いたくても難しくなるでしょう。お父さんたちは彼女に騙されてしまったのよ」英子は最近何をやってもうまくいかず、気性も荒くなってきていた。会社でやるべき仕事がほとん
佐々木父は暗い顔で妻を睨んで、問い詰めた。「どのじいさんにそれを頼んだんだ?」「唯花の実のじいさん以外、他に誰がいるんだい?彼女のばあさんが入院しているでしょ?病院へ行ってお願いしたのよ。そしたら、あのじいさんが図々しくて、口を開けるとすぐ二百万を要求してきたのよ。もちろんそれは受け入れられなかったから、散々値切って、結局百二十万渡すことになったわ。絶対唯花を説得するって何度も保証したくせに、全くできなかったのよ。唯花は全然唯月を説得しなかったわ。お金を取って何もしてくれなかったってことでしょ?」佐々木母が言い終わると、佐々木父は彼女の腕をビシッと叩いた。「お前、アホじゃないか!唯月の実家の連中が信用できると思ったのか。それに、唯花は実家の人たちと仲が悪いって知ってるだろうが!誰に頼んでも、あいつらに頼む馬鹿がいるか!普段は賢いのに、とんでもない真似をしやがって!百二十万!百二十万を渡したって?」佐々木父は妻の愚かさに目の前が暗くなり、卒倒しそうだった。佐々木母は悔しそうに言った。「唯花はあまり話が通じないからさ、内海家の人間に出てきてもらったら、どうなっても内海家の家族同士の喧嘩になるし、私が唯花のせいで辛い思いをしなくてもいいって思ったのよ。あのじいさんはちょうど病院に奥さんの医療費を八十万円請求されて困っていて、私が百二十万払ってあげたら、残った四十万を唯花を説得する費用にするって言ったのよ」内海ばあさんの治療費は最初は彼女自身が貯金で支払ったが、後で子供たちに少しずつ出させたのだった。最近そのお金を使い切ったところに、また八十万円を請求され、ちょうど佐々木母が訪ねて来たのを、内海じいさんはチャンスと捉えたのだ。「本当にどうしようもない馬鹿だな。あの連中にお金をやったら、海に水を注ぐのと同じだろう、全く無意味なことなんだぞ!」英子も言った。「お母さん。内海家の人間に頼んでって言ったけど、お金を払えとは言ってないじゃないの」そう言いながら、心の中で母親にはまだそんなにへそくりがあったのかと思った。俊介が普段両親にたくさんお金を渡しているようだ。両親が彼女の家に使ったお金は、俊介が渡したお金の半分しかないだろう。「内海じいさんからお金を取り返さなくちゃ。約束を果たしてくれないんだから、きっちり返してもらわない
佐々木英子は弟に電話をかけた。「姉ちゃん、今向かってる途中だ」俊介は両親と姉たちが皆来るのを知ってすぐに起き、莉奈も起こして二人は簡単に身なりを整え、急いで久光崎のマンションへと向かった。「俊介、私たち、まだ朝ご飯も食べていないのよ」「姉ちゃん、今向かってるからさ。後で朝ごはんを食べに行こうよ」英子は言った。「あんた成瀬さんと一緒に住んでるんじゃないの?彼女に私たちの朝食を用意させればいいじゃない。外で食べたりしたら、人数も多いし、二、三千円はかかっちゃうでしょうもん」「姉ちゃん、俺たちも今はホテルに泊まってるんだ。まだ部屋を探しに行く時間がなくてさ。あっちの家には今何もないから、料理はできないんだって」唯月が自分のやり方で内装費を回収したので、今俊介のあの家は水も電気も使える状態ではなかった。キッチンなんてほとんど何も残っておらず、莉奈が彼らのためにご飯を作ろうにも、どうしようもないのだ。英子は少し黙ってから言った。「唯月のやつ、うちらをブロックしてるのに、あんたはどうやって彼女に連絡するの?陽ちゃんに会いたくたって、会えないんじゃないの?」「陽は普通唯花の本屋にいるから、あそこに行けば会えるさ。別に唯月に連絡する必要もないって」唯月に自分がブロックされても俊介は全く意に介していないようだった。唯月が家の内装をめちゃくちゃにしたので、俊介はかなり怒りを溜めていたが、それでも全く後悔などしていなかった。彼は離婚してから莉奈が嫉妬するといけないので、唯月には連絡したくなかった。「連絡がつかなくったっていいけどね。陽ちゃんの養育費を払えない口実にできることだし。そしたら毎月六万も節約できるのよ」英子はただそう思い込むことでしか、自分を納得させられなかった。俊介は何も返事しなかった。彼は家族に、すでに一年分の養育費を支払い済みだということを教えていないのだ。「姉ちゃん、今運転中だから、後で会った時にまた話そうよ」「わかったわ」英子は電話を切った後、両親に言った。「俊介、今来てる途中だって。家は水も電気も使えない状態だから、料理できないらしいわ。だから外で朝ごはんを食べようって言ってたよ。しばらく朝食なんて外食してなかったし、どこかレストランに行って食べましょうよ」佐々木母はお金を使うことをつらそう
おばあさんはぶつくさと呟いた。「辰巳か、三番目の奏汰(かなた)にしようかしら?」理仁はそれには何も言わなかった。余計な口を挟んで、他の弟たちから彼のせいにされるのを避けるためにだ。「やっぱり、あなたの次に大きい辰巳にしましょう。辰巳には誰がお似合いかしらね?」この時、理仁はやはり何も言わなかった。そもそも彼自身には知り合いの若い女性など、無に等しい。このことを理仁に任せたら、辰巳が一生結婚できないのと同義だろう。おばあさんも理仁に誰かを紹介してもらおうとは、これっぽっちも期待などしていない。「入りなさいよ」理仁は首を傾げておばあさんのほうを見て、その顔にクエスチョンマークを浮かべていた。おばあさんはやきもきした様子で「あなたもうすぐ出張に行くんでしょうもん、中に入って唯花さんとちょっとお話でもしないの?」と尋ねた。何をするにも彼女が彼に教えてやらないといけないとは。まったく、当時この孫を育てる時には何でも教えてあげたというのに。ただ誰かを愛する方法だけは教えていなかった。その結果、この家の男どもはみんな女心が理解できず、どうやって女性のご機嫌取りをすればいいのかもわからない人間に育ってしまった。おばあさんは、誰かを愛するのは人としての本能みたいなものだから、教える必要などないと考えていたのだった。おばあさんは楽天的に考えすぎていたのだ。理仁は少し黙ってから、どもりながら言った。「彼女が荷造りをしながら楽しそうに鼻歌を歌っているのが見えないのか?」おばあさん「……」唯花は荷物をまとめ終わった後、理仁が日常生活に必要な物が全部揃っているかをもう一度確認してからスーツケースを閉めた。そして、携帯を取り出してそのまとめあげた荷物の写真を撮った。そして、携帯をまたポケットになおして、スーツケースを引っ張って持って行こうとした時、数歩歩いてから部屋の入り口に理仁とおばあさんが立っているのに気がついた。「おばあちゃん」唯花は笑っておばあさんにそう声をかけてから、スーツケースを引っ張って彼らのもとへとやって来た。「理仁さんが出張するから、荷物をまとめてあげていたの」孫の嫁が孫に対してとても優しく気配りをしてくれて、おばあさんは心のうちはとても喜んでいたが「次はこの子に自分で用意させていいわよ。お腹が空いたで
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら