Masuk裕子の兄は目に涙を浮かべながらこの世を去った。以前、裕子は二番目の兄の死に、一番上の兄とその妻が関わっていることを知らなかった……あの二人は残酷だ。兄とその妻が警察に捕まり、重罪の判決を受けた。裕子はそれは自業自得だと思い、同情するに値しないと思っている。あの二人が兄に、そしてその娘である咲にしたことを思うと、裕子は二人は死刑になるべきだとさえ思った。あの二人の娘の鈴はすぐに刑務所から出られるだろう。しかし、出てこられてもなんだというのだ?両親からの後ろ盾をなくし、咲の目が回復すれば、鈴がいくら偉そうな態度をとろうとも、何もできやしない。それから裕子は上の姉たちも同じく残忍な人間だと思った。誰かに辰巳のふりをさせて咲を騙そうとしたのだ。今では辰巳からの制裁を受け、彼女たちは破産寸前まで追いつめられている。ざまあみろ!裕子と咲は互いに気持ちが高ぶり、抱き合って泣いていた。二人が長年の苦しみを吐き出す姿を周りは黙って見届けていた。依茉は持ってきた薬箱を開いた。その中には彼女自ら育てた薬草から作られた薬も入っていた。彼女が研究を重ねて作った薬や、まだ薬草の原形を留めているタイプのものもあった。その中からいくつかの薬を取り出すと、透明な袋に入れて辰巳に言った。「結城さん、ここにある薬は水に浸して咲さんの目を洗浄するのに使ってください。急いで来たので持ってきた薬はそんなに多くありません。私が帰る時に一緒に他の薬を取りに来てくれませんか」「わかりました」依茉は薬のリストを作り、辰巳にそこに書いてある手順で扱うように伝えた。そして最後にある薬を二本取り出して、一緒に辰巳に渡した。「ここにある薬は、咲さんが薬を飲む時間になったら、それぞれ一粒ずつ飲んでくれればいいですので」辰巳はしっかりと説明を聞き、何度も頷いた。彼は尋ねた。「先生、洗浄薬は外の店でも買えますか?」「きっと同じものはないでしょうね。これは私が育てた薬草の抽出液なんです。その薬草も育てるのが難しい。一緒に薬を取りに来てもらっても、一週間分の薬をあげられるくらいです。それはA市に来るのに持ってきた薬全部なんです。残り三週間分の薬は、家に帰ってから薬草を採って、エキスを抽出してからじゃないと使えません。その草は少し毒性があるものだから、ちゃんと処理し
依茉は微笑んで言った。「安心してください。これは治せない病気じゃないんです。私がここまで言うのだから、絶対に治りますよ」依茉は咲の手の甲を軽く叩いた。「大丈夫、長くても三か月です。三か月経ってもちゃんと見えるようにならなければ、私の先生に診てもらいます。だけど、毒の治療に関しては私のほうが得意ですよ」彼女はかなり毒草の研究をしてきたので、毒に関する知識は師匠である名医を超えている。そうでなければ、世間が彼女は医療も毒も詳しいと言わないはずだ。その言葉を聞いて、みんなとても喜んでいた。だから、依茉自ら診察すれば、咲の目は絶対に治療できると言ったのだ。「先生、本当にありがとうございます」咲は不安だった気持ちがこの時スッと消えてしまった。彼女は依茉の手を強く握り、ひたすらお礼の言葉を伝えた。依茉は笑って言った。「もうお礼なんていいですよ。それなら、おば様やおじ様、それに婚約者さんにお礼を言ってあげてください。周りが諦めずに頑張ってくれたから、今日、この日があるんですから」「おばは私の命の恩人です。当時、もしおばが来てくれなかったら、今私はもうこの世にはいなかったはず」昔の悲劇を思い出し、失明による苦しさをこれでもかと味わってきた十年間を思うと、咲は目を赤くさせた。咲が最も感謝しているのは裕子だ。もし、裕子がいなければ、彼女は本当に今生きていなかっただろう。咲の実の母親は、咲が父親の死因を調べていることを知り、それで毒を盛った。そして咲を「病死」に見立てようとした。咲の実の父親も、祖父母も他界しており、別のおば二人は継父の味方だ。柴尾家で、彼女はずっと透明人間のように過ごしてきた。もし、咲が本当に「病死」していても、裕子だけが悲しんで涙を流してくれるだけで、他の家族にとっては、彼女の死は大した問題ではなく、泣くまでもないことなのだ。柴尾家において、咲はそもそも余計な存在だった。しかし、咲は幸運の持ち主で、死ぬ運命ではなかった。ある日、裕子が実家に親戚に会いに戻ってきた。裕子は故郷に帰る前、何日も立て続けに夢を見たという。その夢の中に咲が出てきて、何かあったのではないかと不安になり、急いで帰ってきたらしい。それがまさか夢が予言であるかのように、咲があんな目に遭っているとは思ってもいなかった。そして
そもそも依茉の有名っぷりは誰もが知っている。彼女本人に会ったことがなくても、その噂を聞いたことがあり、医術も毒の知識も豊富なすごい人物だから、勝手に中年くらいだとみんな思い込んでいる。「先生、こちらが婚約者の柴尾咲です」辰巳は婚約者の咲を依茉に紹介した。依茉は辰巳に支えられながら部屋に入ってきた女性を見て、それが患者だとすぐにわかった。「柴尾さん、はじめまして」咲が音で相手のいる位置を判断しているのを知っていて、彼女はまず先に声をかけた。咲が入ってきた時は、顔を階段のほうへ向けていた。そして依茉が口を開いて声をかけると、咲はやっと位置がわかり、その綺麗な顔をあげて依茉に向かって微笑んだ。「先生、はじめまして」「柴尾さん、こちらに座ってください。ちょっと診させてもらいます」依茉は遠慮なく、すぐに辰巳に彼が支えている咲を自分の隣に座らせようとした。辰巳は急いで咲を支えながら依茉のほうへ近寄った。依茉の隣に座っていた結城おばあさんが席を先に譲って座らせた。依茉は咲の目を確認した。「柴尾さんは、毒によって失明なさったんですよね。以前、治療を受けたことがあるでしょう?その症状に合わせた薬を使うような治療ですよね。今、目は光が見えていますか?」咲は頷いて言った。「失明してから、おばがあちこち病院に連れていってくれて、眼科の先生にたくさん診てもらいました。何度も何度も治療を受けたんですが、それでもあまり効果はなくて。一度だけ確かにすごい先生に診てもらったことがあって、彼が治療してくださった時は効果があったんですけど。でも、残念なことに、治療の途中でその先生は亡くなられてしまって。その後も何人かの先生に診てもらったんですが、何も変わりませんでした。だから目が見えるようになるのを期待するのは諦めたんです。失明してからの十年、ずっと暗闇の中で生きてきて、もう慣れてしまいましたから」そして最後に、彼女は希望を抱くことはなくなった。裕子が新しく医者を見つけてきても、咲はもう診てもらう気力もなかった。どうせ結果は同じだと思ったからだ。彼女の失明は毒によるものだ。体に蓄積された毒が消えない限り、彼女の目が光を取り戻すことはできない。「効果のあった治療を受けて、光は感じられるようになったんです。でも常にではなくて、た
「まだ先生に診ていただいてないのよ。彼女がこっちに来た時に私はちょうど出張中だったの。さっき辰巳さんが迎えに来てくれて今ちょうど家に着いたところ。すぐに先生にお会いできるわ」弟はやはり咲のことが気になっていたのだ。弟が自分のことを考えていてくれたことに、咲はとても嬉しく感じた。「姉さん、結果がどうなっても、気落ちしたりしないで。もし先生でも無理だったら、また他の先生を探せばいいじゃないか」流星は姉を気遣ってそう言葉をかけた。実際、依茉ですら咲の目が治療できないようであれば、彼女は二度とその瞳に光を取り戻すことはできないと、誰もがわかっていた。依茉は名医から医術を叩きこまれた人物だ。名医が治せない病気はないほどの腕の持ち主だからこそ、噂になり伝説の人物のように世間では言われている。咲は少し黙ってから、逆に弟を慰めるような言葉をかけた。「流星、お姉ちゃんはね、悲しまないよ。どんな結果だって受け入れてみせるから。暗闇の中でもうこんなに長い間生きてきたんだもの、もう慣れちゃってるからね。ただ、辰巳さんのように優秀な人に目の見えない私と結婚させちゃうのが、申し訳ないだけ」「咲」辰巳は声を抑えて言った。「そんなふうに言わないでくれ。君のことを好きになった瞬間から、決意したんだ。咲の目が治ろうが治るまいが、絶対に君と結婚して一生一緒にいるんだって。もし、目が治るならそれに越したことはないよ。だけど、もし治らないなら俺が君の目になるから」流星は電話越しに言った。「姉さん、辰巳さんは責任感の強い方だって信じてるよ。姉さんもそんなふうにネガティブに考えないで。結城家がどんな家風なのかはよく知ってるじゃないか。自分のことも、彼のことも信じて」咲はその言葉に感動して唇を噛みしめ、涙がこぼれないように耐えていた。少しの間沈黙してから、小声でまた話し始めた。「わかった。流星、あなた大学生活は順調?お金は足りているの?学校の食堂のご飯は口に合う?お金がかかってもいいから、外のレストランとかで食べてもいいのよ、お金が足りなくなったら私に言って」「姉さん、お金には困ってないよ。毎月カードに振り込んでくれてるじゃないか。俺だって自分のお金はあるから、十分足りてるよ。それにバイトもしてるから、全然困ってなんかないんだ。自分の力で生活して、仕事の経験を積みた
咲はもう長い間目が見えず、裕子と一緒にいたるところに医者を訪ねに行っていた。しかし、毎回期待していた結果は得られず、落ち込む回数が増えていくほどに、希望を抱くことができなくなるほどだった。そして、依茉がみんなの最後の希望になっている。もし、結果が以前と同じであっても、咲はもう慣れてしまっているから一人で落ち込むのは怖くない。でも、今は大勢が一緒にいるからみんなまで失望させてしまうことになる。「大丈夫だから」辰巳はそう言うと両手を広げて力強く咲を抱きしめた。そしてその手を離すと、また彼女の額にそっとキスをした。「俺がいるんだから、何も不安に感じなくていいんだよ」咲は顔をあげて辰巳のほうを向き、懸命に彼の顔を見ようとしてみたが、やはり視界はぼやけるだけで、はっきりと見ることはできなかった。彼のその言葉と抱擁、キスが暖かい風になって彼女の心をなでていった。彼女の心はその瞬間、ふっと軽くなった。そして咲は小さく頷いた。そして辰巳は彼女の手を繋いで、実家のほうへ歩いていった。「プルプルプル……」この時、辰巳の携帯が鳴り出した。家族からの催促の電話かと思い、辰巳はこう言った。「きっと、母さんが今どこにいるのか知りたくてかけてきたんだ」彼が携帯を取り出して見てみると、それは母親からではなく、流星からだった。咲の弟だ。辰巳はかなり意外だった。流星は大学に入学する前、咲と大喧嘩をしてしまった。結局流星はあの性悪なおば二人の側につくことはなかったが、姉と弟の仲は以前のようには戻っていない。咲が流星の両親と鈴を警察送りにしたことが根っこにあって引っかかっている。流星は姉の婚約者である辰巳に対する態度はまあまあだが、連絡先を教えてほしいと言ってきたことはない。辰巳は流星の携帯番号を知っているが、流星は辰巳の番号を知らないはずだ。それがどうして電話がかかってきたのか、辰巳はわからなかった。その理由は今はどうでもいい。流星が辰巳と連絡したいと思えば、浩司に聞けばすぐわかる話だ。流星が大学に通い始めて時間が経ったが、家族に連絡することは一度もなかった。咲は口には出さなかったが、心の中では弟のことを考えていた。辰巳は流星からの電話に出た。「もしもし、流星君」辰巳が流星の名前を呼んだので、咲は急いで尋
「おばあ様は本当にお元気そうですね」依茉は結城おばあさんを褒めるようにそう言った。おばあさんが音濱岳にいた時、依茉はおばあさんを軽く診察していた。年を取っているが体はまだまだ健康で、きっとあと十年以上はずっと元気で過ごせるはずだ。それは依茉の先生であるあの名医と同じだ。彼は漢方薬の中でも貴重な薬草を使い、自分の体の状態を保っているので、とても健康だ。そして彼はもっとこの世に残っていたいと強く思うようになったらしい。百歳過ぎても生きて、依茉の息子の泰晟が結婚するのを見届けると言っていた。泰晟はまだ赤ん坊なのに、だ。おばあさんは笑いながら依茉の手をとった。「依茉さん、もしあなたの先生のところに長寿の薬でもあるのなら、二つほど私にプレゼントしてくれないかしら?もっともっと健康で、百歳まで、できれば百二十歳まで生きられるようにね。現代では百歳近くまで生きるのもそう珍しいことではなくなっているし。だって今はまだいつになったら次の世代に女の子が生まれるかわからないから。私はなにがなんでも女の子のひ孫に会いたいのよ。じゃないと、あの人のところに行っても未練タラタラだわ。可愛らしくて優しい女の子の赤ちゃんを抱っこしたいわ。芽衣ちゃんみたいなあんなに可愛らしいひ孫なら、何人増えても全然構わないわ」依茉は笑って言った。「先生なら今は私にかわって子供の世話をしてくれています。帰ったらおばあ様に何か良い薬を贈るよう聞いてみましょう。彼と同じく、百二十歳まで生きられるように。おばあ様が女の子のひ孫さんに会いたいなら、確かにまだ待っていないといけないですよね。でも、おばあ様にはお孫さんが九人もいらっしゃるでしょ?たくさんいるから、お孫さんたちが結婚すれば、きっと一人は女の子が生まれるのでは?」でも、依茉もそれは保証がなかった。結城家では女の子が生まれないという噂を依茉も聞いたことがある。ネットでたまに「産み分け」というものを見るが、その生まれてくる子供の性別をコントロールするための方法を試してみても、結果はやはり息子しか生まれてこなかった。もちろん現代の医療技術は発展しており、本気で人工的に女の子を産みたいと思えば体外受精をすることもできる。しかし、そんなことをしなくても妊娠ができる体であれば、依茉は医者としてそれを推奨していない。男
唯月は未だ弱っていて、すぐにまた眠ってしまった。陽でさえも唯花の懐の中で眠った。唯花は甥を病室にある簡易ベッドに寝かせ、薄いブランケットをかけてやった。そして姉の点滴剤がもうすぐなくなるのを見て、ベッドにあるナースコールを押し、看護師に換えに来てもらった。点滴剤を新しいものに換えてもらった後、唯花はまた数分間見つめていてから、振り返ってそっと音を立てないように離れていった。この時、理仁が部屋に入ってきた。するとソファの上で唯花がぼうっとしていた。彼は彼女に近づいてきて、唯花の隣に座り、肩に手を回して優しく尋ねた。「どうしたの?義姉さんは寝てしまった?」「お姉ちゃんも
咲は、警察がこんなに早く、伯父が当時、彼女の父親を殺したという証拠を掴んだわけではないとわかっていた。伯父が勾留されたのは、母親の件に絡んで、彼も関係しているという証拠を理仁が持っていたからだ。弦が手に入れた証拠は、そのほとんどが表面上は加奈子に罪があるような内容だった。正一は妻を隠れ蓑として使うことができると考えていたが、弦がそれを逃すはずもなく、次々と新たな証拠を見つけ出したのだ。それで正一は自由を失ってしまった。加奈子の件は、星城で大きな話題となった。各メディアがこの事件を報道し、星城だけでなく、他の都市でもニュースを見る人は皆知っていた。だから、柴尾グループの社員たちも
隼翔は黙って琴音を見つめ、暫くしてから淡々とこう言った。「樋口さん、それは君が決めることだ。君がどうするかは君の勝手だからな。だが、俺は君の気持ちに応えることはない。母さんの前で演技しておくと言ったことに感謝して君の気持ちを受け入れることもないからな」琴音が彼にはまだ愛が芽生える一歩前の段階だから、さっきあのように彼に返事をされても、気が狂うこともなく理性を保っていられるのだ。そして淡々と唯月に負けたと認めることすらできるわけだ。たとえ琴音が今そうであっても、やはり先に彼女が聞きたくない話をしておいたほうがいい。この先、琴音が何をしようとも、彼は彼女を受け入れるつもりは全くないのだ
「ばあちゃんは、写真に映る女性が、俺に選んできた嫁候補だと言ったんだ。一年以内に、その写真の女性と結婚しないと、この孫である俺を結城家から破門にするってね」咲「……」どうしてこんな答えなんだろう。結城おばあさんはどうして咲を気に入り、結城辰巳の妻にさせたいと思ったのだろうか。咲は目が不自由だというのに。「もう四月だから、俺にはあと数カ月時間がある。ゆっくり君に好きになってもらうよう頑張るさ。そして俺たちは順番通りにやっていこう。恋愛して、婚約、それから結婚で、終わり。あ、いや、それで俺はばあちゃんから追い出される心配をしなくてよくなる。これも違うか、うーん……今はどう言って







