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第 10 話

Author: アリウサギ
ブーちゃんたちもつられて本を開くが、すぐに気が散ってしまう。

「そんなに勉強して、本当に受かるの?」

ブーちゃんがぼやく。

倫は目もくれずに言った。

「受からなくても、受かるまでやる」

「でも先生だって都に行ったことないし、試験内容が同じかどうかも......あ痛っ!」

鬱陶しいと思った瞬間、倫が蹴飛ばした。

「どっか行ってろ、勉強の邪魔だよ」

ブーちゃんは尻を押さえながら逃げていく。

倫は菖悟を疑わなかった。

第13区という泥の中でも、菖悟だけはいつも清潔で、どこか浮いていた。

都の連中なんかより、よほど高潔に見えた。

そして数年後、市丹大学入試の日。

倫は18歳になったばかりだった。 Co
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  • 彼のみぞ知る   第 10 話

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  • 彼のみぞ知る   第 9 話

    笑いがこぼれ、思わず言葉が溢れ出す。「俺......恩返しするから。毎日、家じゅう掃除するし、庭の花も毎日水やる。荷物運ぶのも、床を拭くのも、料理もする。なんでもやるから、俺は――」「そんなのはいいから」菖悟は言いかけた彼の言葉を遮り、まっすぐに、真剣な眼差しで向き合った。「倫が腹いっぱい食べて、ちゃんと眠れてくれればそれでいい」胸の奥が、どくん、と跳ねた。じんわり酸っぱくて、痛いほど温かい。再び「引き取られる」という経験は、前とはまったく違う味がした。倫は少し興奮したように机のそばへ飛びつき、菖悟の小指をつまんで、笑顔で問いかけた。「じゃあ今の先生って、俺のお父さん?父さん

  • 彼のみぞ知る   第 8 話

    その視線の先では、古い黒板に文字を書いて説明している菖悟がいた。彼は子どもたちに読み書きを教えていた。――菖悟は、教師だったのだ。第13区には学校が少なく、学費も高い。アルファとオメガの枠を優先するため、ベータは比較的裕福でないと入れない。六割のベータは、そもそも学校に通えない。菖悟のように自宅の庭で教える者は、正式な資格を持たないボランティア教師だった。菖悟は、扉の向こうに隠れている倫に気づき、笑って声をかけた。「君も聞きたいのか?おいで」庭の子どもたちが一斉に倫を見た。倫は鼻をこすり、庭に入り、一番後ろに座った。遠くから授業をする菖悟を見つめながら、第13区の灰色の空

  • 彼のみぞ知る   第 7 話

    彼は第13区ではどこにでもいる、不良の一人になっていた。大通りや裏路地をうろつき、定まった寝床もなく、自分と同じような不良たちとつるんでは、喧嘩したり、酒や煙草に手を出したり、だらだらと寄り添ってその日をしのいで生きていた。第13区では、彼らのような人間が一生這い上がれることなどない。倫も、そう思っていた。――12歳のとき、彼の一生を変える恩師に出会うまでは。真砂菖悟。その日、倫は訳もなく絡んできた別の不良たちと一戦交え、二日間ろくに食べておらず腹は空っぽで力も出なかったが、どうにか勝ったものの顔に傷が残っていた。道端に座り込み、腹を押さえて痛みに息を吸い込んでいると、通りかかっ

  • 彼のみぞ知る   第 6 話

    量はそこそこ食べていたのに、体はますます痩せていった。10歳になっても、体には何の兆しもなかった。養父母は毎日倫の首元を見つめ、今にも皮を裂いて分泌腺を確かめそうな勢いだった。水でもやって早く育てたいと言わんばかりに。病院など、体が限界に達しなければ行かない。節約して生きてきた人間にとって、あそこは一歩踏み入れれば一瞬で五桁の数字が紙に印字される場所だ。だが希望はもう目の前まで来ていた。二人は覚悟を決め、倫を病院へ連れて行った。倫はおとなしく検査を受けた。報告書には、ただ一行──栄養素の長期不足、成長ホルモンおよび補助因子の低下、フェロモン分泌腺萎縮。倫には読めず、養父母

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    孤児院では、5歳になると毎年一度、院長が子どもに健康診断を受けさせることになっていた。その日は、棒切れみたいに痩せた子どもが百人以上もぎゅうぎゅうに集まり、まるで手足の長いナナフシの群れが会合でもしているようだった。医者はいい加減に身長と血液、視力と口腔、そしてIQを調べ、手足が付いていて大きな欠陥がなければ、干からびたミイラのように痩せていても「健康」と判定するのだった。その雑な健康検査が終わると、いよいよ本番が始まる。フェロモン分泌腺検査だ。体が健康かどうかより、フェロモン分泌腺の方がよほど重要視された。人口の九割がベータで占められるスラムでは、家にアルファかオメガがひとりいる

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