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第 5 話

Author: アリウサギ
孤児院では、5歳になると毎年一度、院長が子どもに健康診断を受けさせることになっていた。

その日は、棒切れみたいに痩せた子どもが百人以上もぎゅうぎゅうに集まり、まるで手足の長いナナフシの群れが会合でもしているようだった。

医者はいい加減に身長と血液、視力と口腔、そしてIQを調べ、手足が付いていて大きな欠陥がなければ、干からびたミイラのように痩せていても「健康」と判定するのだった。

その雑な健康検査が終わると、いよいよ本番が始まる。

フェロモン分泌腺検査だ。

体が健康かどうかより、フェロモン分泌腺の方がよほど重要視された。

人口の九割がベータで占められるスラムでは、家にアルファかオメガがひとりいる
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