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第9話

Author: 大落
「それはどういう意味だ?」

博人は表情を暗くし、その真っ黒な瞳には苛立ちの色が表れた。

自分の夫を平気で他の女にあげるというのか?

未央は彼から視線を外すことはなく、じっと見つめていた。「綿井さんのアンチファンの件はまだはっきり分かっていないんでしょ。あなたが彼女の傍にいるのは当然のことじゃないの。だから私が誰と一緒にいようとあなたには関係ないでしょ」

彼女のその口ぶりは異常なまでに落ち着いていて、本気でそう思っているかのようだった。

そこには怒りなど全く感じられなかった。

それで博人はさらに苛立ちを見せた。

彼女は一体いつから綿井雪乃のことで騒がなくなっただろう?

本気で気にしていないというのか……それとも、ただ気にしていないふりをしているだけなのか?

しかし、あのアンチファンの件に関しては、彼女以外に他に誰がいる?

博人は唇をきつく結び、彼女を睨みつけていたが、何も言わなかった。

隣にいた雪乃は唇をぎゅっと結び、突然目を真っ赤にさせた。「白鳥さん、怒らないで、私が悪かったんです。博人はあなたの夫なのに。私は別にあなた達の結婚を壊そうだなんて一度も考えたことないんです。安心してください、私一人でも大丈夫……」

「綿井さんってとても演技がお上手なんですね」この時、未央は彼女が自分を可哀想に見せる演技をバッサリと止め、軽く笑って言った。「だけど、その必要もないですよ。私は友達とまだ予定がありますから。その演技は引き続きそれを楽しみにしているどこかの誰かに見せてあげてください」

未央はそれ以上雪乃と博人に構うことなく、瑠莉と友人たちと一緒にその場を去っていった。

響也は雪乃を一瞥し、何を思っているのか分からない微妙な表情をしていた。

「綿井さん、バレエダンサーではなく女優になったほうがいいかもですね。その演技力なら秒で芸能界のスターになれますよ」

博人は未央と響也が去って行く姿を見つめ、表情を暗くさせていた。

潤はこのシーンを一通り見ていて、雪乃のほうをちらりと見ると、突然口を開いた。

「博人、奥さんが怒るのも無理はないだろ。殺害予告をしてきたアンチファンが一日も早く捕まらない限り、綿井さんの安全は一日として保障されないだろう。俺からすれば、早くその犯人を捕まえるのが得策だと思うがな」

「荷物を届けた奴は今調べている。二日で結果が出るはずだ」

博人は何かを思いついたようで、雪乃のほうを見て優しい眼差しで言った。「雪乃、この二日間は気をつけて。何かあったらいつでも俺に電話してくれよ」

雪乃はその言葉に胸をキュンとさせ、聞き分けよく「分かったわ、博人。心配しないで。だけど白鳥さんのことは……」と言った。

彼女はそこまで言って話を止めた。博人の声は幾分か低くなり、冷たく言った。「あいつのことは気にするな。あいつじゃないなら、君もそんなに怖がる必要はないよ」

潤はそれを聞いて眉間にしわを寄せた。

彼は自分の知る未央はそのようなことをする人物ではないと思っていた。

ただ、ここには雪乃がいるので、それを口に出すことができなかった。

博人は雪乃に何かあるかもしれないと思い、特別に彼女に二人のボディーガードをつけた。

未央は友人たちとパーティーをして、十一時過ぎに解散となった。

解散する間際、響也が彼女を呼び止めた。

夜もすっかり深くなっていて、響也は大きく綺麗な瞳をニコリとさせて彼女を見つめた。

彼はタバコの灰をトントンと払い、話し始めた。「君はまた変わったみたいだね」

「そうかしら?」未央は少し意外だった。

響也は頷いてまた軽く笑って言った。「少しね……まるで昔の白鳥さんに戻ったみたいだ」

何にも囚われず、何でもできてしまうあの頃のように。

未央は笑った。

きっとこの町を去る時が刻一刻と近づいてくるほどに、彼女の心は解放されていっているのだろう。

「もう遅いから、帰らなくちゃ」

彼女は多くを語らず、ただ別れの挨拶だけした。

その時突然、響也が口を開いた。「白鳥さん、もし当時、俺がもっと早く君に……」

「それはないわ」

未央は彼が何を言おうとしているのか分かっていて、瞼を下に向けた。「あの頃の私を知っているでしょ、何も変わらないわ」

当時の未央は情熱的でとても勇敢だった。

だから、結果がどうなるかを知っていても、彼女は恐れずそれに突っ込んでいっていた。

響也はどうしようもなく笑った。「本当に君らしい」

彼はそれ以上何も言わなかった。

未央はタクシーを呼んで家に帰った。

理玖は祖父母の家に行っているし、博人もまだ帰ってきていないので、今夜は未央一人だった。

彼女は荷物と服をまとめ、ここを離れる時に必要なものを整理していた。

眠りにつく前、知らない人からショートメッセージが送られてきた。

「白鳥さん、叔母さんの状況が優れないんです。時間を作って見に来てもらえませんか?」

未央は眉をひそめた。

白鳥家が没落した後、未央の叔母も未央の母親が亡くなって精神的にショックを受け、病院で治療を受けていたのだ。

未央は以前、叔母のために催眠を施したことがあり、叔母の精神状態が戻る手助けをしたことがある。

しかし、その時の叔母の精神状態はすでにひどい状況で、白鳥家の後処理もしないといけなかったので、彼女は叔母を精神病院に預けて治療してもらうしかなかったのだ。

叔母に何かあった?

彼女は少し心配になって、彼女にショートメッセージを送ってきたその番号が小林(こばやし)院長のものではないことにも気づいていなかった。

深夜遅く、博人はようやく家に帰ってきた。

秘書が調査結果を彼にメッセージを送って伝えた。「西嶋社長、当時、白鳥さんのあの一件は本当に偶発的なものだったようです。あの夜、白鳥さんはお酒に酔っていて、社長の部屋にうっかり入ってしまったようです。それから社長に薬を盛った人物に関してはまだ調査する必要があります」

博人はちらりとそのメッセージを確認して、複雑な気持ちになった。

もし、彼に薬を盛った人物が未央でないとすれば……当時のことは彼の誤解だったのだ。

「それと、あの綿井さんに殺害予告の荷物を送ってきた人物に関してはもう結果が出ました。そいつは綿井さんの熱狂的なファンのようで、彼女の公演には欠かさず訪れていたようです。しかし、こんなことをした動機に関してはまだはっきりと分かっていません。今そいつの行方を追っています。今のところ奥様がこの事件に関係しているという証拠はありません」

つまり……彼はまた彼女のことを誤解していた?

博人は瞳の奥に後悔の色を滲ませた。すると、冷たく整ったその顔がかなり和らいだ。

彼と未央のわだかまりと誤解は確かに深くなっていた。

脳裏に今夜、未央のあの静かな水面のように平然とした様子が浮かび、彼の心は穏やかになった。

今夜のあれは、彼女が響也とわざと一緒にいる機会を作り、彼を怒らせようとしたのだろう。

それならそれでいい。

その犯人が捕まってから、彼は全てを打ち明けて彼女との誤解を解くつもりだった。

博人はきつく閉められた部屋の扉を優しい瞳で見つめた。

翌日、未央が目を覚ました頃には博人はすでに会社に行った後だった。

未央は以前、叔母の見舞いに行っていた時間と同じ時刻にタクシーを使って病院まで赴いた。

「すみません、セレナ精神科病院までお願いします」

未央は付近を通りかかったタクシーを呼び止め、行き先を教えた。

彼女は叔母のことを心配していた。それで車がどんどん人のいない寂しい郊外へと向かっていることに気づかなかった。

これはセレナ精神科病院へ行く道ではない!

「車を止めて!」

未央は緊張してドクドクと鼓動が速くなり、顔色を変えた。その次の瞬間、男は車を止めて何かのスプレーを取り出し、彼女に吹きかけてきた。

異臭がすぐに拡散していき、未央は眩暈がすると思うと、すぐに意識を失ってしまった。

それから十分後。

社長オフィスで。

秘書が大慌てでドアを開けた。「西嶋社長、大変です!綿井さんが!」
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