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第1379話 番外編ニ十七

Author: 花崎紬
「そんなに深刻ですか?」

「そうですよ。富岡くんの親はもう知っていて、電話で『こんなことで簡単に済ませるつもりはない』と言っていました……」

ドアの外。

ゆみはすぐには立ち去らず、壁に寄りかかり中の会話を聞いていた。

澈が彼女のために剛を殴った。

原因は彼女にあるのに、傍観するつもりはない。

まして、相手は澈だ。

ゆみは呼吸を整え、後ろの棟に向かった。

しばらくして念江の教室を見つけ、中で本を読んでいる彼の姿を捉えた。

「念江お兄ちゃん!」

ゆみはドアの前に立ち、ノックして呼んだ。

その声に、教室中の生徒がゆみを見上げた。

念江も含めて。

「まだ昼前なのに、何で来たんだ?」

ゆみを見ると、彼は笑みを浮かべながら本を置いて立ち上がった。

「ちょっと話があるんだけど、ここじゃ話せない」

ゆみは周りを見回してから言った。

念江はゆみの手を取って階段を下り、人工湖のそばまで連れて行った。

「何かあった?」

「昨日、私出かけてたでしょう?」

「ああ、それで?」

ゆみは昨夜起きたことを念江に説明した。

剛がゆみにしたことを聞くと、念江の笑顔は一瞬で消えた。

彼の目にはめったに見られないほど冷たくなったが、すぐに戻った。

「わかった。澈を助けてほしいんだろう?」

ゆみが経緯をすべて話し終えると、念江は尋ねた。

「うん、原因は私にあるから。念江兄さん、助けて。もし佑樹お兄ちゃんに知られたら、事態が本当に大きくなっちゃう。彼の性格はわかってるでしょう?絶対に……」

ゆみは言った。

「どうして僕なら冷静に解決できると思ったの?」

念江はゆみの言葉を遮った。

「だって、いつも佑樹お兄ちゃんより落ち着いてるから」

ゆみは手を伸ばし、念江を抱きしめた。

「残念だけど、君が関わっているなら、そう簡単に彼を許すつもりはない」

念江は微笑んで妹の頭を撫でた。

「どうするつもりなの?」

ゆみは呆然と彼を見て尋ねた。

「彼を社会的に葬り去る」

念江の口調はとても淡々としていたが、ゆみはそれを聞いて背筋が凍った。

ゆみは念江がだんだん見知らぬ人になっていくのを感じた。

14年もの歳月は、人の性格を変えるには十分だった。

目の前の人は確かに念江お兄ちゃんだ。

いつも穏やかで優しかったのに。

お兄ちゃんたちは海外で何を経験し
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