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第245話

Author: 無敵で一番カッコいい
荷物をまとめながら、ふと明日香は思い出した。

「お風呂、入る?」

すると、淳也は背筋を伸ばし、眉をひそめて彼女を見た。

「......何、企んでるんだ?」

「下心は捨ててよ。匂いが気になるの。こっちが迷惑」

きつく睨みつけると、淳也は肩をすくめて笑った。

この人の頭の中、どうなってるのよ。

部屋に入って新品のバスローブを引っ張り出し、そのまま彼に放った。

「使ってないやつ。まだタグもついてるから」

「......おー、ピンクか。お前、こういう趣味?」

淳也は受け取りながら、わざとらしく肩にかけてひらひらと揺らした。

明日香は先にシャワーを済ませた。学校で軽くは流していたが、昨日は彼がいたせいで控えていたのだ。

支度が終わると、洗面所を開けて彼に場所を譲った。ドアを閉めかけたそのとき、背後から声が届いた。

「......俺、帝大を受ける」

明日香は一瞬黙り、口元をわずかに緩めて言った。

「わかった。じゃ、早く寝なさい」

「おやすみ」

翌朝、部屋を出た明日香は、キッチンの前に立つ長身の影に気づいた。

片手をポケットに突っ込み、もう片方の手で鍋の中の麺をかき混ぜている。

お坊ちゃんだから料理なんてしないと思ってたのに。案外、やるときはやるらしい。

世の中には「料理は女の仕事」と思い込んでる男が腐るほどいるが、少なくとも遼一は一度だって明日香のために料理を作ったことはなかった。

「麺、持っていけ」

振り向きもせずにそう言う淳也に、明日香は鞄を置いて近づいた。

彼の頬にはまだうっすらと赤みが残っていて、昨夜の手の跡が消えかけていた。

「......これ、何作ってるの?」

「ピーマンとトマト以外に何があったってんだよ」

淳也は眉を上げながら、スープを掬って味を見ていた。

鍋の中の麺は、トマトの赤いスープにピーマンが浮かび、酸味が食欲をそそる。ピーマンとトマトの炒め物を麺に絡めて食べるのは初めてだったが、意外と悪くない。

「まあまあの味ね」

一口すすって感想を漏らすと、淳也は涼しい顔で返した。

「一万六千円だ」

「......強盗でもする気?」

器を置きかけた明日香に、淳也はエプロンを外しながら近寄ってきて、少しだけ柔らかい声で言った。

「冗談だって。ほら、早く食べろ」

そんなやりとりをしていると、突然淳也の携帯
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