目を開けると、またルミエラが俺の隣で幸せそうに眠っている。
何か食べている夢を見ているのか、口元がムニュムニュ動いてて可愛い。流石に連日都合の良い夢を見ている気がする。
俺は彼女の頬を突いてみた。
(やわらい⋯⋯脳が記憶により感触を作り出しているのか?)「やっと、起こしてくれたのね」
ルミエラの輝くようなエメラルドの瞳が開いて、俺を見つめてくる。 まるで俺を想ってくれているような視線に困惑した。(俺が彼女に愛される訳がない⋯⋯)「おはよう、ルミエラ。今日は朝一で王宮に行くつもりだ」
「そうなの? 今日はお休みだから、一緒にお散歩したりできると楽しみにしてたのに⋯⋯でも、仕事じゃ仕方ないわね」俺は度がすぎた要求をしてくるレイフォード王子を諌めに行こうと思っていた。ただでさえ、彼への支持が揺らいでいる時期に、我儘を通そうとする姿は頂けない。
(それにしても、お散歩とは⋯⋯可愛い過ぎるな)
「ルミエラはゆっくりしていてくれ、早めに帰るよ」
恐る恐る彼女の髪を撫でると、彼女は気持ちよさそうに俺に身を寄せてきた。「そうだ! 私も仕事するわ。この邸宅の人事権をくれないかしら。人員整理をしたいのよ。私は、ここで3年使用人をしていたのだから誰が役立たずか知ってるのよ。スタンリーを狙っているメイド連中は解雇するわ」
ルミエラがいつになるやる気になっているのが分かった。 確かに屋敷の管理は女主人である彼女の仕事だ。「分かった。では、お願いしようかな」「よし! スタンリーがもっと居心地が良い屋敷にしてみせるわ。昨日みたいに邸宅に戻って来るなり変な女に誘惑されるような生活は嫌でしょ」俺は煩わしく感じつつも放置していた懸念事項に、彼女が気がついてくれた事に驚いた。
(また、若い女に手を出していると疑われても当然の事を俺はしたのに⋯⋯)ルミエラが愛おしくて、口付けをしたくて彼女の頬に触れた。
ふと、彼女が嫌がるかあれから3ヶ月の時が過ぎた。 スタンリー狙いのメイド連中を解雇し人員整理も済ませ、公爵夫人としての仕事も交友関係を作る事以外はできるようになってきた。 レオダード王国347年建国祭。 聖女マリナが訪れるとあって、周囲は騒がしい。今日はクリフトも舞踏会に参加する。「レイフォード・レイダード王子殿下に、ルミエラ・モリレードがお目にかかります」 隣にいるスタンリーと腕を組みながら、彼とペアでつくられた青いドレスを着ている私を自分に気があるような女のように見てくるレイフォード王子。(確かに気持ちはあったけれど⋯⋯) 「ルミエラ夫人、久しぶりだな」 レイフォード王子の軽やかな声。 私は彼をすっと避け続けていた。「ええ、レイフォード王子殿下とお会いしたのは、もう3ヶ月以上前になるのですね⋯⋯」 自分でも一度は恋をした相手だという認識はあるのに、目の前のレイフォード王子に興味が湧かない。 クリフトは長期休暇に入り、昨晩寮から公爵邸に戻って来たばかりだ。今日の建国祭初日の舞踏会に出席すると自ら言ってきた。 彼から出席したいと伝えて来たのは、今日聖女マリナがくるからかもしれない。 彼女は小説の中ではクリフトの未来の奥さんだ。 今、クリフトはアカデミー創立以来の秀才だと騒がれていた。 全ての成績でA判定をとってきたのは私の予想外だ。 てっきり彼はアカデミーでも出来の悪い男のふりをすると考えていた。 私は隣にいるクリフトをただ見つめていた。 気品ある佇まいにアクアマリンの瞳。 誰がどう見ても立派なモリレード公爵家の跡取りにしか見えない。 クリフトはアカデミーでトラブルもなく静かに過ごしてくれたが今後は分からない。 彼は急に周囲の人間を惨殺したりする危険な子だ。 そして、人の心を抉るような言葉で攻撃してくる子だ。スタンリーは私と一曲踊り終わると、すぐに他の貴族たちに囲まれてしまった。 私は舞踏会の
「公爵様、私、結婚をしなくて良くなりました。公爵様の元に嫁ぐには身綺麗な方が良いだろうと、殿下が実家の借金を返してくれたのです」「もう、俺の前に現れるなと言ったはずだ」 レイフォード王子はメアリア嬢を俺に当てがって、俺の妻を奪うつもりだ。 今まで兄が俺によくしてくれた恩に報いようと彼に尽くして来た。 しかし、これほどの侮辱を受けてまで彼に尽くし続けようとは思わない。「こ、公爵様、お顔が怖いです。私は公爵様の愛が得られなくても構いません。毎晩、私をルミエラと呼んで抱いて頂いて結構です。だから⋯⋯」「もう、黙ってくれないか? 鬱陶しくて君を殺してしまいそうだ」「こ、殺すって⋯⋯、公爵様はそのような事をしません。あの夜だって優しく私を⋯⋯」 俺は気がつけば、執務室の殿下の椅子を握り振り上げていた。 今、目の前の女が目障りすぎて、怒りが抑えられそうにない。「黙れと言ったのが聞こえないのか? 一生遊んで暮らせる金を渡すから、この国から出ていけ。君の髪の毛1本も見たくない」「酷いです。私が求めているのはお金ではありません。私は心から公爵様を愛しています」「君の気持ちなど、明日の天気より興味がない。また、俺の前に現れるなら、2度とその口を開けなくしてやる」 俺は振り上げた椅子を思いっきり扉に何度も叩きつける。扉が壊れてゆっくりと開いた。 扉が開くと同時に、メアリア嬢がつんのめりながら慌てて逃げていく後ろ姿が見えた。「な、何事だ? 公爵、これは一体」 レイフォード王子が俺の様子を見て、震えている。(扉の前で聞き耳でも立ててたのか⋯⋯)「レイフォード王子殿下、これ程の侮辱は耐えられません。叔父の妻が欲しい? 寝言は寝て仰ってください」「で、でも僕はルミエラが⋯⋯」 数人の騎士たちの整然とした足音と共に聞き慣れた声が耳に届いた。「レイフォード、スタンリー、これは何事だ」 俺の兄であり、この国の王であるカルロイス・レイダードだ。 彼は今年50歳を迎える
目を開けると、またルミエラが俺の隣で幸せそうに眠っている。何か食べている夢を見ているのか、口元がムニュムニュ動いてて可愛い。 流石に連日都合の良い夢を見ている気がする。 俺は彼女の頬を突いてみた。(やわらい⋯⋯脳が記憶により感触を作り出しているのか?)「やっと、起こしてくれたのね」 ルミエラの輝くようなエメラルドの瞳が開いて、俺を見つめてくる。 まるで俺を想ってくれているような視線に困惑した。 (俺が彼女に愛される訳がない⋯⋯)「おはよう、ルミエラ。今日は朝一で王宮に行くつもりだ」「そうなの? 今日はお休みだから、一緒にお散歩したりできると楽しみにしてたのに⋯⋯でも、仕事じゃ仕方ないわね」 俺は度がすぎた要求をしてくるレイフォード王子を諌めに行こうと思っていた。ただでさえ、彼への支持が揺らいでいる時期に、我儘を通そうとする姿は頂けない。(それにしても、お散歩とは⋯⋯可愛い過ぎるな)「ルミエラはゆっくりしていてくれ、早めに帰るよ」 恐る恐る彼女の髪を撫でると、彼女は気持ちよさそうに俺に身を寄せてきた。「そうだ! 私も仕事するわ。この邸宅の人事権をくれないかしら。人員整理をしたいのよ。私は、ここで3年使用人をしていたのだから誰が役立たずか知ってるのよ。スタンリーを狙っているメイド連中は解雇するわ」 ルミエラがいつになるやる気になっているのが分かった。 確かに屋敷の管理は女主人である彼女の仕事だ。 「分かった。では、お願いしようかな」「よし! スタンリーがもっと居心地が良い屋敷にしてみせるわ。昨日みたいに邸宅に戻って来るなり変な女に誘惑されるような生活は嫌でしょ」 俺は煩わしく感じつつも放置していた懸念事項に、彼女が気がついてくれた事に驚いた。(また、若い女に手を出していると疑われても当然の事を俺はしたのに⋯⋯) ルミエラが愛おしくて、口付けをしたくて彼女の頬に触れた。 ふと、彼女が嫌がるか
俺は家に戻ると同時に、自分の執務室に篭った。 ここ最近は帰宅するなり、ルミエラの執務室に行って彼女に仕事を教えていた。 ルミエラは全く教育を受けたことがない。 それなのに数字に関しては強いと思う。 彼女は細やかな仕事をするから、決算書類の間違いを発見したりする。 文字を書くのは苦手なようで、スペルミスが多い。 でも、いつまでもできない事のある彼女でいて欲しいと勝手な事を考えてしまう。 彼女と2人きりで過ごすのは、何をしていても満たされる不思議な時間で到底手放せるものではない。 そのようなかけがえのない幸せな時間だったが、今日彼女のところに行ってもそこには彼女はいない気がした。 ルミエラがいる世界は輝いているのに、彼女のいない部屋はまるでモノクロの世界だ。 独房のようなこの部屋でひたすらに仕事に打ち込むことに慣れていたのに、彼女がいることに慣れてしまった。 椅子に座り、机に積み上がった書類を片付けようと試みる。 仕事に没頭したいのに、全く何も頭に入って来ない。 思い出すのは可愛らしいルミエラの恥ずかしそうな微笑みと、レイフォード王子の挑発的な視線だ。 ノックと共に茶髪に藍色の瞳をした若いメイドが入ってきた。 彼女は目を潤ませながら、俺に駆け寄ってくる。「公爵様、もう、私黙っていられません⋯⋯」 彼女は手に、王室の紋章が付いている手紙を持っていた。 芝居じみた彼女の行動に吐き気がする。 彼女は俺を誘惑に来たのだろう。 ルミエラと結婚してからメイドからの誘惑が増えた。 メイドたちはルミエラが俺を裏で誘惑して、それが成功したと勘違いしているようだった。 実際は、俺が勝手にルミエラに惚れて身分を盾に結婚した。 彼女は俺の好意に気がついていなかったようで、求婚されて困っていたように見えた。 目の前の女は鬱陶しいが、彼女の持っている手紙は気になった。(レイフォード王子殿下からルミエラ宛か⋯⋯)
目を開けると、今日も隣に天使のようなルミエラが眠っている。 彼女は20歳になった日から、情が深く俺の気持ちを掴んで離さなかったメイド時代のような彼女に戻った。 おそらく彼女は俺の浮気で深く傷ついている。 一生許されない愚かな事をしたのだから、彼女が別れたいと言ったら受け入れるべきだ。 毎日のように彼女に別れを切り出されないか不安になる。 俺の感情を唯一動かす愛しいルミエラを手放す事は、死ぬ事と同じだ。 彼女が現れるまでは、ただ生まれながらの自分の役割を果たす人形だった。 彼女と出会えて初めて人間になれた。(彼女の代わりなどいないと、俺が1番分かっていたのに⋯⋯) 「ふふっ、また、朝から1人思い悩んでるの? 起きたのなら、起こしてよ、寂しいじゃない」 ルミエラがシーツに包まりながら、俺を見てクスクス笑っている。 もしかしたら、俺は今夢を見ているのかもしれない。 愚かな事をした俺に呆れたルミエラはこの邸宅を去った気がしてきた。 そして、俺は彼女が去った後に死人のような日々を過ごす中で、愛しかった頃の彼女が戻ってきた夢を見ている。 今の状況はそう考えた方が納得がいく。 夕方になると、公爵夫人の仕事をしたいといってくれた彼女に仕事を教える。 羽ぺんにインクをつけながら、下手くそな字で懸命にメモをとる彼女が可愛らしい。 今日も「自分にも得意な事はある、メイドの仕事だ」と得意げに、俺を浴室に連れて行くルミエラがいる。 丁寧に俺の体を洗いながら、一緒にお風呂に入る彼女は流石に俺の作り出した幻だ。 浮気をした俺を彼女は穢らわしいと思っているはずなのに、いつも彼女は俺の手を引き自分の寝室に連れて行く。 まるで、俺を愛しているかのように見つめてきて、擦り寄ってくる彼女は流石に都合の良い俺の作り出した幻影。 俺は思いっきり、自分の顔を殴ってみた。(痛い⋯⋯)「ふふっ、何やってるの? 唇の端から血が出てるわよ」 ルミエラが俺
部屋にスタンリーと2人きりになり、クリフトについて話そうとしていた気がする。 急に苦しくて、うまく息ができなくなった。 「息を⋯⋯大きく深呼吸をしてくれないか? ルミエラ⋯⋯」 クリフトの事を思いだした途端に呼吸ができなくなる。 生まれながら持っているものは、神の領域でどうすることもできない⋯⋯。 そのような事は私が誰よりも知っている。 クリフトがサイコパスなら、彼を理解する事は一生無理かもしれない。 前世で私は言葉を発する事が一生ないと言われても諦めきれず、健太に話しかけ続けた。 そのような私が周囲から奇異な目で見られていた事も気がついている。 それでも、私は健太が幸せなら自分はどうでも良いとさえ思える程に彼を愛していた。 頭のおかしい女と思われても、健太を見る周囲の目が少しでも優しくなるならどうでも良いとさえ思ってた。「深呼吸⋯⋯しましたよ。私は今、おかしくなってますか? それでも、スタンリー、あなたに話したい事があります。狂った妻の言葉を聞き入れてください」 頬に手を添えて囁いた私の言葉はスタンリーに響いているだろう。 私はどれだけ、彼が私に弱いかを知っている。 合理的? 計算高い? 客観的に見ても私はそのような最低な女だ。「君は狂ってなどいないよ⋯⋯狂っているとしたら俺の方だ⋯⋯」 本心からの言葉だと、彼が私を見つめる瞳の真っすぐさから分かってしまう。「クリフトの真実⋯⋯彼がどのような事を考え過ごして来たのか⋯⋯彼の話すことが、本当か嘘か断定できないけれど知って欲しい」 堪えきれない涙とは溢れてしまうようだ。 私は不安で仕方がなかった。 願わくば死の運命にあるモリレード公爵家には関わりたくない。「言葉を発さなかったのは意図的だったとか? それだけは聞きたくなったな」 苦笑するように告げてきたスタンリーを私は強く抱きしめた。 唯一の後継者であるクリフトの発語がない事で彼も悩んでいた。 自殺したミランダ夫人は、