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第5話

Author: 錦織雫
手元の仕事を片付けると、要から電話が入った。

慎の意向を繰り返し伝えられる。

紬はすぐに、慎の意図を読み取った。

寧音と慎の関係は、いわゆる不倫関係だ。寧音はまぎれもなく「愛人」という立場にいる。

慎が紬にこの件の処理を命じたのは、保険をかけるためだ。万が一、後になって誰かが過去を蒸し返したとき、妻である紬自身が「二人の関係を認めた」という事実があれば、寧音は二人の結婚への介入者とは見なされず、世間の批判を免れることができる。

……慎は寧音のために、どれだけ心血を注いでいるのか!

あの「責任を取らせる」という言葉の意味も明白だった。もし処理を拒めば、ランセーを辞めた後、どの会社も紬を受け入れようとはしないだろう。彼女の生きる道を、慎は断つことができる。

振り返ってみるとこの三年間、紬は妻としての務めを尽くしてきた。彼と結婚した日から、過去の全てを断ち切る覚悟を決めていた。それでも、ほんの少しの真心さえ返ってこなかった。

もう、疲れた……

紬は自嘲的に唇の端を上げ、淡々と告げた。「病気休暇を取ります。もしこんな私に無理やり処理させるなら、労働法違反です。裁判所で会いましょう」

離婚も辞職も決めた今、慎の機嫌など、もう気にする必要はなかった!

退社後、車に乗り込むと、父である須藤康敬(すとう やすのり)からメッセージが届いていた。【お前の兄が出所したから、家で宴を開く。戻ってくるのか?】

問いかけの形ではあるが、紬には分かっていた。康敬は「親不孝な娘」である彼女に戻ってきてほしくないのだ。

かつて紬と柊の間に芽生えた感情を、康敬は恥辱と見なしていた。紬が風紀を乱したと責め、もし長谷川家のような名門に嫁ぐ利用価値がなければ、とうの昔に勘当して、永久に縁を切っていただろう。

でも、相手は柊だ。かつて、紬にとって最も大切だった人。

紬はしばらく迷った末、化粧を直して血色をよく見せ、車を走らせて須藤家の別邸へと向かった。

柊のためでなければ、この家と関わることなど二度となかっただろう。

紬の姿を見て、使用人が奇妙な表情を浮かべ、眉をひそめる。

「温井お嬢さん、どうして……?」

紬は答えなかった。数年前から、ここはもう自分の家ではなくなっていた。使用人たちでさえ、心から紬を見下し、歓迎していないのだ。

「温井紬?」 階段から須藤瑠衣(すとう るい)が降りてきた。紬を見つけると、氷のような視線を向ける。 「この恥知らず、よくも来られたわね。お兄ちゃんが帰ってきたばかりなのに、もうすり寄ってくるなんて。みんなを不愉快にさせて――それがあんたの目的なの?」

瑠衣は父の不倫で生まれた私生児だ。紬と同じ年、同じ月、同じ日に生まれた。それなのに今では本物の令嬢のような顔をして、紬を嘲笑っている。

「あなたが恥を知ってるのなら、私の母の家から出て行けばいい。どれだけ潔白か見せてもらいましょう」紬は淡々と言い返した。

この家は、母が昔、高額で絵を売って買ったものだ。

しかし今、康敬が愛人の柳智里(やなぎ ちさと)と瑠衣を連れ込んで、快適に暮らしている。瑠衣は紬の母が遺したものを楽しみながら、なぜ偉そうにできるのか。

「あんた……!」

瑠衣の顔色が一瞬険しくなったが、何かを思い出したように、嘲りの笑みを浮かべた。「じゃあ後で、あんたが笑っていられるか見ものね」

「あら、この方は?」

好奇心に満ちた女性の声が、二人の言い争いを遮った。

応接間の方から物音を聞きつけて、親密に寄り添った二人の影が現れた。茜は紬の顔を見ると、思わず柊の服を引っ張った。「すごく綺麗な人ね」

柊は紬にちらりと目をやったが、すぐに恋人の顔に視線を戻した。隠すこともなく、彼女の腰に手を回す。「瑠衣と同じで、僕の妹だ」

「妹にまで嫉妬するの?」

茜は顔を赤らめ、柊の胸を軽く叩いてから、紬に向き直った。「柊さんに妹が二人いたなんて。お名前は?」

紬は茫然とその光景を見つめていた。柊が恋人を連れて帰ってくるとは、思ってもみなかった。

家族への挨拶――柊がどれほど真剣かが窺える。

かつて紬と結婚したいと言い、彼女のためなら全てを捨てると誓った柊は、もういないわけだ。

今では、紬を瑠衣と同列に扱うだけだ。

乾いた喉を動かし、紬は答えた。「温井、紬」

茜は意外そうに、何か考え込むような表情を浮かべた。そして、紬にも須藤家の人々にも居心地の悪い質問を投げかける。「温井?どうして『須藤』じゃないの?」

紬が答えないのを見て、茜は自信ありげに微笑んだ。

「松永茜(まつなが あかね)よ。私のことを……」

「義姉さんと呼べ」

柊がゆっくりと言葉を継いだ。今度はきちんと紬を見据えて言った。「僕は本気になれる女性に出会ったんだ。君も『義姉さん』と呼ぶべきだな」

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