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第4話

Author: 錦織雫
紬は呆然と立ち尽くした。

青ざめた唇を強く噛みしめて言った。「慎からの指示なの?」

「ええ」

要は正直、紬のことが好きではなかった。仕事熱心で能力もあるが、そもそも汚い手段で代表のベッドに潜り込み、結婚を迫ったことはいけなかった。

そんな女は、軽蔑に値する。

「長谷川代表は、世論が収まるまで、今日はどこにも行くなとおっしゃいました」

「できないというのなら、こんな無用な人間をランセーに置いておく余裕はないと!」

紬は、慎の心に自分がいないことくらいとっくに分かっていた

けれど、離婚を決めたこの時期に、まさかこんな仕打ちを受けるとは思ってもみなかった。

妻である自分に、夫の浮気相手のために――しかも事実を隠蔽するような処理をしろと言うのだ!

怒りが胸を突き刺し、下腹部の痛みが激しさを増す。紬はデスクに手をついて不調を隠しながら、嘲りを込めて自分の名札を見下ろした。

手に取り、首から外す。

「ランセーが無用な人間を置かないのは確かね。でも、この仕事は私には無理」彼女は淡々と名札をデスクの端に置いた。「私、辞職します」

昨夜、離婚協議書を作ったのと同時に、退職願も提出していた。

手続きが煩雑で、まだ慎のところまで届いていないのかもしれない。けれど今日、寧音に関する仕事だけは、絶対に引き受けるつもりはなかった。

「今後、園部さんに関することは一切私に振らないで。慎に、他の人を手配してもらってください。ランセーほどの大企業なら、私一人欠けても困らないでしょう!」

要は一瞬、驚愕に目を見開いた。

温井紬が、やめる……?

長谷川代表に近づける、この仕事を本当に手放すつもりなのか?

どうせまた、一歩引くことで気を引く――長谷川代表の関心を得るための策略だろう。

要は最上階へと戻った。

慎のスケジュールは詰まっていた。これから東凛テクノロジーズの高橋(たかはし)社長との面会が控えている。

「長谷川代表、東凛の契約書です。ご確認ください」

慎は目を落として書類に視線を走らせる。

「寧音のこと、広報部の処理は進んでいるか?」

要は一瞬言葉に詰まった。「温井マネージャーは……」

「端的に言え」

「温井マネージャーは、この件は処理できないと」

「退職願を提出しており、今後園部さんのことで連絡するなと言っています」

慎が契約書をめくる手が止まった。顔を上げ、冷たい視線を向ける。

「今日、会社に来て提出したのか?」

「温井マネージャーは今日は休暇を取っていましたが、私が急遽呼び戻しました。人事部によると、昨日の時点で提出されていたそうです」

「休暇?」慎は辞職のことではなく、休暇の方に食いついた。

要は上司の意図が読めず、戸惑いながら答える。「何か特別に重要な用事があったのでしょう。なにせ温井マネージャーは三年間、一度も休暇を取ったことがありませんでしたから」

その点は慎も知っていた。

温井紬は一見クールで淡々としており、誰とも深く関わらないように見えるが、実は人に対しても仕事に対しても極めて真摯だった。聡明で手腕だってある。だからこそ二年足らずで広報部マネージャーの座についたのだ。

その彼女が休暇を取り、退職まで申し出る――

彼女にとって、尋常なことではないはずだ。

慎は目を伏せ、何かを考え込んでいた。

やがて、冷たい表情で立ち上がる。

「辞職は認めてもいい。だが寧音の件を片付けてからだ。もし処理が甘くて業界に悪評が広まったら、自分で責任を取らせろ」

要は内心で首を傾げた。

普通なら、長谷川代表は温井紬がランセーを去ることを望んでいるはずなのに。どうして今になって引き留めるのだろう?

彼には、本当に理解できない。

「そういえば長谷川代表、温井マネージャーから届いた書類がもう一つ……」

慎が電話に出た。要の言葉を聞きながら、振り返りもせず手を振る。「いつも通りに」

――つまり、温井紬からの申し出は全て保留にするということ。

以前、紬が人づてに送ってきた服、ネクタイ、カフスボタン、手作りのプレゼント。

ランセーの重要ハイテクプロジェクトがドローン関連だと知ると、彼女は自分で模型まで作って送ってきた。

長谷川代表は一度も目を通さず、全て代表室の滅多に開けない棚に放り込んでいた。

たまに急ぎで必要になったときだけ、その棚から引っ張り出して使う程度だ。

要は慣れた手つきで、未開封の書類を再び棚へと放り込んだ。

あの女がどれだけ心を砕いたところで、結局は無駄な努力なのだ。

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Comments (1)
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土御門ユリア
どいつもこいつも何処までもクズ野郎だな… 胸糞悪い展開は何処らへんまで続くのかしら?
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