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第3話

Author: 温かい栗
その夜、志之と雫は、まるで純歌をわざと苦しめるように、激しい音を立てて愛し合った。

「雫、愛してる……」

「志之、私もよ。あっ……」

隣の部屋に寝ていた純歌は、唇をきつく噛みしめ、布団を頭からかぶってやり過ごした。

かつて彼も、こんなふうに愛し合って、彼女の名前を優しく呼んだ。

二人は固く抱き合い、白髪になるまで寄り添い合いながら、円満な家庭を築いて幸せに暮らす未来を共に夢見ていた。

しかし、時の移り変わりとともに、その夢は結局泡のように消え、一瞬で砕け散ってしまった。

そう思うと、純歌の胸には言いようのない悲しさが押し寄せ、頬を涙がつたった。

翌朝、ほとんど眠れなかった純歌の目の下には、うっすらと青いクマが浮かんでいた。

食卓で彼女は一人でご飯を食べながら、目の前でいちゃつく二人を無視して過ごしていた。

「志之、このパンすごくおいしいよ。ほら、食べてみて?」

雫はジャムを塗ったパンを志之に食べさせようと差し出した。

志之は笑みを浮かべながら口を開けてパンをくわえ、手に持ったままゆっくりと味わった。

そのやりとりを見て、純歌の胸がちくりと痛んだ。

しかし次の瞬間、彼女の腹に鋭い激痛が走った。痛みが増すたびに、額から冷や汗がにじみ出た。

「おい、お前、大丈夫か?」

向かいにいた志之が、眉をひそめて声をかけた。

「わたし……」

純歌は口を開いたが、言葉にならない。

その直後、彼女の口から、鮮やかな血が勢いよく吐き出された。

その後、彼女の体がぐらりと揺れ、意識が飛びそうになる。

「純歌!」

志之は顔色を変え、すぐに立ち上がった。

「すぐに病院に連れて行く!しっかりしろ!」

その焦りと心配に満ちた表情を見た瞬間、純歌は、ふと数年前の彼を思い出した。

あの頃の彼は、たとえ彼女が普通の風邪や熱をひくだけでもひどく心配し、彼女の苦しみを代わりに受けたいと願っていた。

そんな思い出が、純歌の心の奥の柔らかい場所に触れたようだった。

だがその感情は、一瞬で消え去った。

雫が立ち上がり、笑みを浮かべて口を開いた。

「志之、ちょっと待って。今朝、トイレでこんなの拾ったの……」

そう言うと、彼女が取り出したのは、空になった透明の血液パックだった。

その瞬間、志之の顔が、見る見るうちに険しくなった。

「姉さん、もしかしてさ、今吐いた血って、これを使ったんじゃない?志之に同情してもらうために?そうでしょ?」

雫は悲しげな表情を作り、純歌を見つめた。

「嘘だと?俺をバカにした?」

志之は無言で手を引っ込め、その場に立ち尽くしたまま、氷のように冷たい目で純歌を見つめた。

「フッ、バカね」

純歌は喉元まで込み上げてくる血を必死にこらえ、何事もなかったかのようにそっと口元をぬぐった。

「そうよ、嘘に決まってるじゃない。まさか信じたの?あなた、意外と単純ね」

「お前……本当に気持ち悪い!」

男の声には、怒りと嫌悪が混ざっていた。

「お前が本当に死にかけてようが、俺には一ミリも関係ない!

とにかく、俺の目の前で死ぬなよ。目障りなんだ!」

彼は奥歯を強く噛み締め、怒りに満ちた口調でそう吐き捨てた。
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