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紙は短く、情を尽くせず

紙は短く、情を尽くせず

Oleh:  南大頭Tamat
Bahasa: Japanese
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結婚して三年、新村紗綾(にいむら さや)は足の不自由な森田裕司(もりた ゆうじ)を献身的に支え続けてきた。 そしてついに、裕司の両脚が回復し、自力で立てるようになったその日――彼が真っ先に向かったのは、空港だった。迎えに行ったのは、かつての初恋の相手。 その様子を見た紗綾は、ただ静かに微笑んだだけだった。 裕司と結婚して三年。契約で決められた期間も、もう終わり。果たすべき役目は、すべて終わったのだ。だから、彼のもとを去ることに、迷いはなかった。 だが、紗綾がいなくなってから、裕司はようやく気づいた。 自分が本当に手放してはいけなかった存在が、誰だったのかを……

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Bab 1

第1話

新村紗綾(にいむら さや)は、足が不自由になった森田裕司(もりた ゆうじ)の世話を、三年もの間、片時も離れずに続けてきた。

結婚して最初の一年目、裕司は彼女を心底嫌っていた。

ちょっと足に触れただけで、彼女を家の外に閉め出し、九十九日も戻してくれなかった。

結婚二年目、裕司は彼女に対して冷たくもなく、温かくもない態度を取り続けた。

紗綾が毎日欠かさずリハビリのマッサージをしても、彼の口からは一言の感謝も返ってこなかった。

結婚三年目、紗綾はようやく裕司の足が回復するのを見届けた。

だがその瞬間、裕司が最初に取った行動は、初恋の相手を迎えに行くことだった。

……

「詩音、俺の足、治ったよ。帰ってきて。空港まで迎えに行く!」

見慣れたアイコンをチラ見して、嬉しさで涙ぐんでいた紗綾の笑顔は、瞬時に凍りついた。

裕司が自分を愛していないことなんて、紗綾はずっと前から分かっていた。

彼が愛しているのは、最初から最後まで、初恋の女性――中山詩音(なかやま しおん)だけだった。

三年前、大学を卒業した裕司と詩音は、それぞれ異なる道を選んだ。

裕司は家業を継ぐために国内に残り、詩音は夢を追って海外へ旅立った。

二人は別れたが、裕司の心は一度として詩音を手放したことはなかった。

その後、詩音は突然、海外で電撃結婚した。

その事実を知った裕司は受け入れられず、暴走して空港へ向かい、そのままアメリカまで飛んで奪い返すつもりだった。

けれど、その途中で事故に遭い、彼の両脚は動かなくなった。

もう二度と、自分の力で立ち上がることはできないと言われた。

その時、紗綾はまだ研修医だった。主任医師と共に、裕司の手術を担当した。

手術の後、かつては何もかもを持っていた裕司は、自分が障害者になった現実を受け入れられなかった。

彼は怒りっぽくなり、些細なことでキレては物を投げ、周囲に当たり散らした。

病院の医師も看護師も彼に近づけず、最も経験の浅い紗綾が、一人で対応することになった。

彼女は、近所にいそうな優しい雰囲気のある女の子で、自然と人の心に入り込むような親しみやすさを持っていた。

加えて、確かな医療技術と丁寧な対応力もあり、病院で唯一、裕司に近づける存在となった。

その後、裕司が退院した頃、彼の母が紗綾の元を訪れた。

彼女は紗綾に1億円を手渡し、「裕司に近づき、結婚を前提に彼の世話をしてほしい」と頼んできた。

ちょうど母親の治療費で困っていた紗綾は、迷うことなくその話を受け入れた。

病院を辞め、三年かけて裕司のそばに寄り添い続けた。

裕司が足の痛みで苛立つたびに、紗綾はその怒りをすべて受け止めた。

傷が痛む夜は、一晩中マッサージをして眠らなかった。

リハビリ中に彼が転んだ時は、必ず彼の下に自分の体を差し出して支えた。

誰もが不思議がった。突然現れたこの若い女性が、なぜ裕司にそこまで尽くすのかと。

でも、それを知っているのは紗綾だけだった。

彼女の大学四年間の学費は、すべて裕司の支援によるものだったのだ。

裕司は大学の慈善会の責任者で、紗綾は彼が支援していた多くの学生の中の、目立たない一人に過ぎなかった。

二人の距離は、まるで天と地ほどに遠いものだった。

だからこそ、紗綾は一度も自分から彼に近づこうなどとは思わなかった。

けれど、偶然にも、脚を失った裕司と再会してしまった。

そして彼女は、自らその距離を縮める決意をした。

自分のすべてを捧げてでも、彼のそばにいたかった。

紗綾は思っていた。これだけ長く尽くしていれば、いつかは裕司が自分の気持ちに気づいてくれるかもしれない、と。

だが――

その期待は、詩音に向けた一通の電話によって、あっけなく打ち砕かれた。

彼は回復した足の喜びを、真っ先に詩音に伝えた。

その姿を見た瞬間、紗綾の中で何かが音を立てて崩れた。

結婚して三年――

彼女は一度たりとも、裕司の心に入ることができなかったのだ。

毎年、七夕の日になると、裕司は一日中姿を消した。

紗綾がどれだけ心配して探しても、彼は絶対に戻ってこなかった。

後に知った。七夕は、裕司と詩音が恋人になった記念日だったと。

詩音と離れていても、彼は彼女との記念日を一つ残らず覚えていて、毎年欠かさずプレゼントを用意していた。

裕司には、決して開けてはいけない書斎があった。

ある日、掃除中に紗綾がうっかりその部屋に入ってしまい、裕司は彼女を家の外に閉め出し、夜通し雨の中に立たせた。

そこには、詩音の写真がびっしりと飾られていた。

その瞬間、紗綾は悟ったのだ。

自分がどれだけ尽くしても、裕司の心を動かすことは、永遠にできないのだと。

でも――それでも、良かった。

裕司の足が治った今、彼女の「任務」は、もう終わったのだから。

裕司が詩音と電話で喜びを分かち合っているうちに、紗綾は部屋の隅に移動し、静かに電話をかけた。

「お母さん、裕司の足、治ったよ。私の役目は終わった。だから、離婚するね」
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第1話
新村紗綾(にいむら さや)は、足が不自由になった森田裕司(もりた ゆうじ)の世話を、三年もの間、片時も離れずに続けてきた。結婚して最初の一年目、裕司は彼女を心底嫌っていた。 ちょっと足に触れただけで、彼女を家の外に閉め出し、九十九日も戻してくれなかった。結婚二年目、裕司は彼女に対して冷たくもなく、温かくもない態度を取り続けた。 紗綾が毎日欠かさずリハビリのマッサージをしても、彼の口からは一言の感謝も返ってこなかった。結婚三年目、紗綾はようやく裕司の足が回復するのを見届けた。 だがその瞬間、裕司が最初に取った行動は、初恋の相手を迎えに行くことだった。……「詩音、俺の足、治ったよ。帰ってきて。空港まで迎えに行く!」見慣れたアイコンをチラ見して、嬉しさで涙ぐんでいた紗綾の笑顔は、瞬時に凍りついた。裕司が自分を愛していないことなんて、紗綾はずっと前から分かっていた。 彼が愛しているのは、最初から最後まで、初恋の女性――中山詩音(なかやま しおん)だけだった。三年前、大学を卒業した裕司と詩音は、それぞれ異なる道を選んだ。 裕司は家業を継ぐために国内に残り、詩音は夢を追って海外へ旅立った。二人は別れたが、裕司の心は一度として詩音を手放したことはなかった。その後、詩音は突然、海外で電撃結婚した。 その事実を知った裕司は受け入れられず、暴走して空港へ向かい、そのままアメリカまで飛んで奪い返すつもりだった。けれど、その途中で事故に遭い、彼の両脚は動かなくなった。 もう二度と、自分の力で立ち上がることはできないと言われた。その時、紗綾はまだ研修医だった。主任医師と共に、裕司の手術を担当した。手術の後、かつては何もかもを持っていた裕司は、自分が障害者になった現実を受け入れられなかった。 彼は怒りっぽくなり、些細なことでキレては物を投げ、周囲に当たり散らした。病院の医師も看護師も彼に近づけず、最も経験の浅い紗綾が、一人で対応することになった。彼女は、近所にいそうな優しい雰囲気のある女の子で、自然と人の心に入り込むような親しみやすさを持っていた。 加えて、確かな医療技術と丁寧な対応力もあり、病院で唯一、裕司に近づける存在となった。その後、裕司が退院した頃、彼の母が紗綾の元を訪
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第2話
森田家では裕司の回復を祝う盛大なパーティーが開かれた。 紗綾は朝早くからホテルに向かい、裕司の母と一緒に準備に奔走していた。 バルコニーでは、二人の女性がそれぞれ複雑な表情で向き合っていた。 しばらく沈黙が続いたのち、裕司の母が深いため息をついた。 「紗綾、本当に離婚するつもりなの?三年間、裕司のことを献身的に看病してくれて……彼の脚が治ったのは、あなたのおかげよ。きっと感謝してるわ。これからは二人で穏やかに暮らしていけると思ってたのに」 「詩音が戻ってくるそうです」 紗綾がそう一言だけ口にすると、裕司の母の表情が一変した。 驚きから、心配、そして諦め――その変化は明らかだった。 「……そう、わかったわ。あなたの選択を尊重するわ」 裕司の母は最終的にそう口にした。 その言葉を聞いた紗綾の心には、冷たい風が吹き抜けた。 さっきまで引き留めようとしていた裕司の母が、詩音の名前を聞いた途端に手放してしまった。 ――やっぱり、みんな知っていたのだ。裕司にとって、詩音がどれほど大切な存在かを。 自分が三年も尽くしてきたことなんて、所詮は「お手伝いさん」のようなものだったのだ。 「紗綾、離婚した後はどうするの?お母さんが亡くなってから、あなた一人きりでしょう? 三年間も裕司の世話をしてくれて……私にとっては、もう実の娘みたいな存在よ。何か困ったことがあったら、遠慮せず言ってね」 思いもよらない母のような優しさに、紗綾の目にうっすら涙が浮かんだ。 裕司の母の言うとおりだった。三年前、彼女は裕司の母から1億円を受け取り、それで母の病気を治せると信じていた。 だが、わずか三ヶ月で病状は悪化し、母は帰らぬ人となった。 母は亡くなったが、裕司の母からお金を受け取っていた紗綾は、責任を感じて森田家に残り、裕司の看病を続けることを選んだ。 だが、もうそろそろ自分の人生を考える時だ。 少しの沈黙の後、紗綾は口を開いた。 「私は留学して博士課程に進みたいと思ってます。もともと医学を学んでいましたし、また勉強を再開したいんです」 「それなら心配いらないわ。ちゃんと手配してあげるわ」 紗綾は感謝の気持ちを込めて裕司の母を見つめた。 そして、忘れずに付
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第3話
「お母さん、詩音が帰ってきたよ!」 裕司は詩音の手を引きながら、興奮気味に母親の前へと歩み寄った。 裕司の母は眉をひそめ、詩音をじっと見つめる。 「もう結婚してるんでしょ?それなのに、どうして帰国したの?」 詩音は唇を噛みしめ、悔しそうに目を潤ませたかと思うと、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。 「おばさん……昔のことは全部私が悪かったんです。ごめんなさい」 その言葉を聞いた瞬間、裕司は胸を締めつけられるような思いで、詩音を抱きしめた。 「母さん、詩音はもう離婚したんだ。あいつ、DVする最低な男だったんだよ!」 「もう過ぎたことだ。俺は気にしないし、母さんも詩音にそんな態度を取らないでね」 裕司の母は、息子が詩音に未練があることを前からわかっていた。だが、人前でここまで強く言い返されると、さすがに顔が立たず、袖を払ってその場を去っていった。 残された裕司と詩音の視線は、自然と紗綾に向けられた。 裕司は何の説明もすることなく、淡々と言った。 「詩音は帰国したばかりで、行くところがないんだ。先に家に戻って、部屋を片付けておいてくれ」 いつものように命令口調で言われ、紗綾は一瞬反応できなかった。 「詩音さんが……私たちの家に住むの?」 裕司は眉をひそめた。 「当たり前だろ?じゃなきゃどこに泊まらせるんだよ」 そのやり取りを見ていた優芽が、くすっと笑い声を漏らした。 「家って……まるで自分が森田家の奥さんみたいな顔しちゃって」 周囲からも嘲笑が起こり、紗綾の心は一気に冷え込んだ。 三年前、裕司が交通事故に遭い、生きる気力を失って毎日酒浸りになっていた。 ある日、彼の住む家で火事が起きた。火の中に飛び込んで裕司を背負い出したのは紗綾だった。 そのとき、落ちてきた照明器具が頭に当たり、彼女は一か月も病院のベッドで眠っていた。 目を覚ました時、裕司は病室のベッドの隣に座り、彼女にプロポーズした。 そしてこの家を新しく買い直し、「ここが俺たちの未来の家だ」と約束してくれたのだった。 けれど今、詩音が戻ってきただけで、その家に当然のように入り込もうとしている。 紗綾が黙っていると、詩音が裕司を見上げて、またもや涙ぐんだ。 「裕司……
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第4話
翌朝早く、まだ空が明けきらないうちに、紗綾はドアのノックの音で目を覚ました。「紗綾、ちょっとお粥作ってくれ。詩音が昨日お酒飲んで、胃が気持ち悪いってさ」裕司は足を怪我してからというもの、他人に弱った姿を見せたがらず、この別荘には使用人も置かず、紗綾にあれこれ命じるのが日常になっていた。まだ意識がはっきりしない紗綾は、反射的に拒否した。「やだ」「……なんだって?」裕司は耳を疑った。紗綾が自分に逆らうなんて、初めてのことだったからだ。問い返されて、紗綾の頭も少しずつ冴えてきた。彼女は自分のお腹を指差して言った。「生理中で、お腹がすごく痛いの。冷たい水に触るのは無理」裕司は彼女を上から下まで眺め、言い訳として納得できるかを考えているようだった。しばらく黙っていたが、やがてため息をついた。「……まあいい、詩音を連れて外で食べてくる」裕司と詩音が出かける頃、紗綾は部屋で本を読んでいた。もうすぐ海外で博士課程に進む予定だったので、先に勉強を再開しようと思ったのだ。そこへ詩音が部屋に現れ、わざとらしく優しげな声で言った。「紗綾さん、私と裕司、今からご飯食べに行くけど、一緒にどう?」紗綾は断らなかった。詩音が誘った以上、自分に拒否権などないのは分かっていたからだ。黒いマイバッハが車の流れの中を走り抜け、最終的に裕司と詩音の母校の前に停まった。車を降りると、詩音はすぐに裕司の腕に絡みついた。「裕司、久しぶりに来たね。全部、私たちの思い出の場所!」裕司は頷きながらも、そっと隣に立つ紗綾に目をやった。どこか居心地悪そうに立っている。「詩音が学食の鶏粥を食べたいって言うから、ここに来たんだ」珍しく、紗綾に向かって説明の言葉を口にしたが、返ってきたのは冷ややかな一言だけだった。「うん、別にいいよ。楽しんで」裕司は眉をぴくりと動かした。紗綾が、なんだか前と違う気がする。その違和感を考える間もなく、詩音が彼の腕を引っ張って校内へと入っていった。二人が歩く先々には、かつての恋の思い出が詰まっていた。二人は笑いながら昔を語り合い、すっかり後ろの紗綾の存在など忘れていた。その背中を見つめながら、紗綾はひどく疲れた気持ちになっていた。――もう少しだけ。我慢すれば、離婚手続期間が終わる。そしたら
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第5話
暑さが厳しい中、紗綾の腕の傷は適切な処置を受けられず、感染が悪化してしまった。医者は入院を勧め、紗綾もそれに従った。この三年間、彼女は裕司の身の回りの世話を昼夜問わず続けてきた。体調が悪い時ですら、彼のそばを一歩も離れようとはしなかった。だが今、彼女はただ、自分のために生きたいと思っていた。紗綾は携帯の電源を切り、病室で静かに療養しながら読書にふける日々を過ごした。病院内を慌ただしく行き交う医師たちの姿を見つめながら、彼女の目と心には、強い憧れが満ちていた。かつて彼女の夢は、病に苦しむ人々を救う立派な医者になることだった。だが裕司の母との契約のため、その夢を諦めざるを得なかった。ようやく再び学びの場に戻る機会を得た今、彼女はただ、少しでも多くの知識を身に付け、一刻も早く現場に復帰して、自らの志を果たしたいと願っていた。退院間近、紗綾は病院で偶然優芽と出会った。彼女は友人の付き添いで来ていた。紗綾の姿を見るなり、優芽は怒りの表情で駆け寄ってきた。「田舎者、あんた何してんのよ?わざと行方くらましたの?家の中めちゃくちゃになってるの知ってんの?裕司があんた探して飛び回ってるんだから!」「私を?何のために?」紗綾は首を傾げた。入院していたのは、むしろ裕司と詩音に二人きりの時間を与えるためのはずだった。優芽は苛立たしげに髪をかき上げた。「もう説明するのも面倒!とにかく帰って自分の目で見なさい!」そう言って、彼女は紗綾の怪我をまったく気にする様子もなく、無理やり彼女を病院から連れ出し、家へと連れて帰った。邸宅の門をくぐった瞬間、紗綾は違和感を覚えた。一週間前は青々としていた庭の草木がすっかり枯れ果て、屋内もひどく散らかっていた。玄関の音を聞いた裕司は、目を輝かせて出てきた。そして大股で近づくなり、紗綾の怪我した腕を掴んだ。「どこ行ってたんだよ!最近、ずいぶん気が強くなったな!ちょっと病院に送るのが遅れただけじゃないか、それで家出とか……家の中、見てみろよ、めちゃくちゃだぞ!」紗綾の腕からは血が滲み、皮膚を越えて骨にまで響くような痛みが走った。彼女はなぜ裕司が自分を探していたのか不思議に思っていた。だが今、ようやく理解した。家に家政婦がいなくなったからだ。彼は紗綾の怪我の具合にも、
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第6話
離婚に必要な手続が順調に進んでおり、紗綾はすでに海外行きの航空券を予約していた。あとは、その最後の日を待つだけだった。この日、彼女はすべての荷物を箱に詰め、先に海外へ送る準備をしていた。箱を抱えて家を出ようとしたその時、詩音と優芽が突然家の中へ駆け込んできて、正面からぶつかってしまった。箱の中身は床に散らばり、紗綾は慌てて拾い集めたが、すでに彼女たちに見られてしまっていた。「こんなに荷物まとめて、何するつもり?」と優芽が尋ねた。紗綾は適当に理由をつけた。「全部いらない物よ。福祉施設に寄付しようと思って」優芽は鼻で笑った。「あんたのガラクタを福祉施設に?かわいそうに、あんなとこにいる子たちが気の毒だわ」紗綾は挑発に取り合わず、箱を閉じて出て行こうとした。「待って」と詩音が呼び止め、箱の中からブレスレットを一つ取り出した。「これ、なんか面白そう。もらっていい?」紗綾の視線が詩音の手元に向かい、慌てた様子でそのブレスレットを奪い返した。「だめ、それは間違えて入れたの。これは寄付しない、私が持っておく」それは、母が亡くなる前に紗綾に遺してくれた最後の品だった。ずっと大切に保管してきたのに、まさか詩音に見つかってしまうとは思わなかった。「何がだめよ。ブレスレット一つじゃない。詩音姉さまが欲しいって言ってるんだから、ありがたく差し出しなさいよ」優芽が嫌悪を込めて罵った。「だめなものはだめ。私の物よ、なんであげなきゃいけないの!」怒りがこみ上げ、紗綾は顔を真っ赤にして叫んだ。優芽は一瞬呆然とした。紗綾が自分に怒鳴った?こいつ、何様のつもりよ!優芽が手を伸ばして奪おうとしたその時、裕司がドアを開けて入ってきた。「外からでも聞こえるくらいの騒ぎじゃないか。何してるんだ?」裕司の不機嫌そうな視線が部屋を一通り見渡し、最後に紗綾に止まった。紗綾が何か言おうとする前に、詩音がうつむいてすすり泣き始めた。「裕司、私が悪かったの。紗綾さんがいらない物を箱にまとめてて、それを福祉施設に寄付するって言うから、1つのブレスレットを気にいって、買えないかって聞いただけなのに、嫌だって……」「そうよ。ケチもいいとこ。お金払うって言ってるのに、それすらダメなんだって」優芽が火に油を注いだ。裕司はそれを聞いて、すぐに顔をしかめ、
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第7話
紗綾は今回の騒動を受けて、ブレスレットを宅配便で送ることに不安を覚え、自分のバッグに入れて、直接持って行くつもりだったのだ。その日、紗綾は裕司の母から電話を受け、家に食事に来ないかと誘われた。裕司の母は丁寧に言葉を選びながら、「もしかしたら、これが家族で食べる最後の団欒になるかもしれないの」と話し、紗綾の心を打った。彼女は少し迷った末に、了承することにした。紗綾が森田家の実家に着いたとき、すでに裕司は詩音と一緒に、かつて紗綾がいつも座っていた席に座っていた。紗綾は二人の視線を避けるようにして、下座に腰を下ろした。食事の最中、裕司は詩音に対して細やかな気遣いを見せていたが、紗綾は無表情のまま、何を食べても味がしなかった。裕司の母はそんな様子を見て辛そうな顔をしたが、息子を直接咎めることもできなかった。食事が終わり、紗綾は裕司の母に別れを告げて家を出た。その直後、庭から裕司、優芽、そして詩音の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。「裕司、これブレスレットって、クルミ割りに使えそうなくらい硬いわね。何の素材でできてるのかしら?」「素材なんてどうでもいいよ。どうせ安物だろ?紗綾って貧乏くさいし、ロクな物持ってないんだからさ!」と優芽が笑いながら言った。たったそれだけの言葉で、紗綾の血が逆流するような怒りが込み上げてきた。怒りに駆られて庭へ向かうと、案の定、詩音の手首にはあのブレスレットがはめられていた。そのブレスレットにはすでに無数の傷がついており、どうやら本当にクルミを割るのに使われたらしい。紗綾の目には炎が燃え上がり、怒りで顔が赤く染まり、胸が激しく上下して、呼吸の音が聞こえるほどだった。「裕司、あなた……私のブレスレットを盗んで詩音に渡したの?」裕司は不快そうに眉をひそめた。「盗んだって?詩音がちょっとの間借りただけだろ。数日後に返すって言ってるじゃないか」「持ち主に断らずに持ち出すのは盗みよ。そんな簡単なことも分からないの?」紗綾は感情を抑えきれず、体を震わせながら詩音の腕を掴み、ブレスレットを取り返そうとした。「痛いっ、紗綾さん、痛いっ!」詩音が甘えた声で叫ぶと、裕司の怒りが爆発した。たかがいらないブレスレットのために、紗綾が自分に反抗し、詩音に手を出すなんて――裕司は紗綾の肩を強く掴み、そのま
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第8話
裕司は風呂から上がると、無意識のうちに窓辺へと足を運んだ。薄暗い庭の明かりの下で、小さな影が地面に膝をつき、ブレスレットの破片を一つひとつ探し続けていた。胸の奥が何かに刺されたように痛み、呼吸が苦しくなった。紗綾があのブレスレットにそこまで執着しているなんて……もしかして、本当に彼女の母親の形見なのか?裕司はバスタオルを放り出し、階段を下りようとしたその時、詩音と優芽が駆け上がってきた。「お兄ちゃん、まさかあの女のところに行こうとしてるの?言っとくけど、あれはただの演技だよ。注目集めたいだけだから、騙されちゃダメ!」詩音は不安げに目を伏せた。「裕司さん……あの日、あのブレスレットはいらないって紗綾さん自身が言ったんだ。それで、ちょっとだけ借りて遊ぼうと思って……全部、私のせいだわ。紗綾さんを傷つけてしまって」裕司はその言葉を聞いて、はっとした。そうだ、確かに彼女がいらないって言ったんだ。詩音が欲しいって言った途端に態度を変えたんだ……それって、詩音に対する当てつけだろ?だから今、あんな風に庭でわざと惨めなフリしてるんだな。もし自分が行ったら、彼女を甘やかすだけだ。そう考えて、裕司は紗綾のもとへ行くのをやめた。空が白み始める頃、紗綾はようやく庭でブレスレットの破片をすべて拾い終えた。一晩中雨に打たれ、頭は重く、足元もふらついていた。でも、休むわけにはいかなかった。もうすぐここを離れるのだ。ブレスレットを修復しなければ、心残りで前に進めない。紗綾は街中を駆け回り、ついに市内最大級の宝石店で、修復できる職人を見つけた。紗綾は感極まり、何度も頭を下げて感謝を述べた。修復には丸三日かかった。「割れたものは割れたものさ。どれだけ丁寧に直しても、ヒビは残る。それでも、できる限りのことはしたよ」職人はそう言って、ブレスレットを手渡してくれた。紗綾はブレスレットに残る無数のヒビを見つめ、胸が締めつけられるようだったが、それでも丁寧に頭を下げた。「先生、よくわかっています。ここまで修復してくださって、本当にありがとうございます!」紗綾はブレスレットの入った箱を大事そうに抱え、作業室を後にした。だが、階段を下りる途中で、最も会いたくない人物と鉢合わせてしまった。「紗綾さん、偶然ね。あなたも宝石
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第9話
紗綾は宝石店の店員に付き添われて病院へ運ばれた。偶然にも、かつて彼女が働いていた病院だった。足を怪我し、かつての裕司と同じく整形外科を受診したことで、かつての師匠である真田先生と再会することになった。傷の手当てが終わると、真田先生は心配そうに声をかけた。「調子はどう?まだ痛むか?旦那さんは?入院してるってのに付き添ってもくれないのか?」紗綾は気まずそうに笑った。「大丈夫です、先生。自分のことくらい、自分でできますから」その一言で、真田先生はすべてを察した。玉の輿とは聞こえはいいが、その裏にある苦しみは、当人しか分からない。真田先生は紗綾の肩を軽く叩いて、優しく語りかけた。「無理するなよ。どうしてもダメなら、また病院に戻ってこい。君のことは、いつでも歓迎するからな」その言葉に、紗綾の胸がじんわりと温かくなった。「ありがとうございます、先生。ずっと現場を離れてたので、また感覚を取り戻したら……必ず戻ってきます!」その言葉に、真田先生も嬉しそうに頷いた。「そうか、それはいいことだ。医者ってのは、常に腕を磨き続けなきゃいけないからな。そういえばな、君は知らないかもしれないが……お母さんのあの病気、今は治療法があるんだよ。もしお母さんがもう数年頑張ってくれてたらな。今頃、君も一人で苦労することはなかったかもしれないな」紗綾は一瞬、時が止まったように動きを止め、それからゆっくりと問い返した。「先生……つまり、当時の医療では、母の病気は治らなかったってことですか?」「ああ、そうだよ。俺、あの時言っただろ?発症から亡くなるまで、長くても三ヶ月って。……あれ?いや、俺が言ったのは、君じゃなくて、別の女性だったな。君の家族だって言ってた。君がショックを受けないように、遠回しに伝えたいって」「……」紗綾の頭の中で、何かがブツッと音を立てて切れた。紗綾には、他に親族などいなかった。あの時病院に現れた女性――それは、裕司の母しかありえない。彼女は、すでに母の病が治らないことを知っていた。それでも「治療費」として1億円を差し出し、紗綾に裕司のそばに残るよう取引を持ちかけたのだった。母の死は、裕司の母にとっては想定内だったのだろう。だが紗綾は、それでも彼女の「善意」に感謝し、裕司のそばにいることを選んだ。
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第10話
朝の静まり返った別荘で目を覚ました裕司は、しばし呆然としていた。紗綾に最後に会ってから、どれほどの時間が経ったのか、もう思い出せない。前回病院で彼女を見かけたのを最後に、まるで彼の世界から忽然と姿を消したかのようだった。ベッドから起き上がった裕司は、ウォークインクローゼットに脱ぎ捨てられたままの汚れた服の山を見て、顔をしかめた。キッチンには何日も放置されたままの出前のゴミ箱。どこを見ても荒れ放題で、裕司の胸に苛立ちが込み上げてきた。また家出の真似事か?紗綾、まさか自分が今回も前みたいに甘くなるとでも思ってるのか?少し放っておいてやるのもいい。あの女、自分で詩音を階段から突き落とすようなことをしておいて、何の覚悟もないはずがない。そう考えながら、裕司は苛立ちを無理やり抑え、車に乗り込んで詩音を迎えに行った。詩音は相変わらず買い物欲が旺盛で、裕司は朝から晩まで付き合わされ、足がじんわりと痛み始めていた。帰りの車の中、詩音は裕司の腕に甘えるように絡みつき、意味ありげに囁いた。「裕司、今夜はうちに来ない?」長年想い続けてきたその顔を見つめながら、裕司は少し迷った。彼女の意図はもちろん分かっている。だが今夜に限って、なぜか家に帰りたい気分だった。もしかしたら、紗綾が自分の非を認めて戻ってきているかもしれない。ならば、きちんと説教してやらないと。そう思い直し、裕司は詩音の誘いを断り、一人で車を運転して帰宅した。だが、別荘の中は朝出かけたときと何ひとつ変わっていなかった。足の痛みはますます酷くなり、裕司はソファに倒れ込んだ。怒りが込み上げてくる。いつもならこういう時、紗綾はすぐに飛び出してきて、マッサージしてくれたものだ。それが今回は、何日も戻ってこないとはどういうつもりだ!裕司は苛立ちを募らせながらスマホを取り出し、画面を強く押して紗綾に電話をかけた。「紗綾、お前一体どこに……」そう言いかけたところで、冷たい音声案内が耳に届いた。「お掛けになった電話は……」裕司は目を見開いた。なんだと?電話まで切ってるとは、本気でこの家を出ていくつもりか!怒りと痛みに悶えながら、裕司はソファの上で何度も寝返りを打ち、眠れぬ夜を過ごした。朝になり、裕司は運転手に電話をかけて病院へ連れて行くよう指示した
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