あれは、東原清吉(ひがしはら せいきち)と婚約を交わしてから五年目のことだった。 私たちが結婚の準備を進めていたその時、彼の初恋が戻ってきた。 それ以降、彼が私にしてくれたすべての約束は、無意味なものになった。 初恋のために、彼は私のすることなすこと全てを嫌うようになった。 あの人の前では、私は何の価値もない存在だった。 もう疲れてしまって、私は身を引く決心をした。 彼らの幸せを願い、自ら姿を消した。 清吉の人生から、完全に。 なのに―― 彼は後悔して、泣きながら私を追いかけてきた……
Lihat lebih banyak昌彦を水で冷やそうとした青葉は、その背中にも熱い焼き梨の汁がかかったことに気づいた。彼自身も熱いサトウキビジュースを手に持っていて、それは咳をしていた彼女のためにわざわざ買ってきたものだった。だが、ぶつかった拍子にすべてが彼の体にかかり、手も真っ赤に火傷していた。彼女は素早く会社のフロントに電話し、男性用の着替えを買ってきてもらうよう頼んだ。そして自分はビル内で氷嚢を探しに出た。だが、その途中でまた清吉と鉢合わせした。彼はどこか困ったような顔をしていた。「青葉、ごめん……わざとじゃないんだ、彼にぶつかるつもりはなかった」ここで初めて、昌彦にぶつかったのが彼だったことを知った。青葉は眉をひそめた。「ここに何しに来たの?」清吉はおずおずと答えた。「君が焼き梨好きだったの、覚えてたから……頑張って探して持ってきたんだ」青葉はその言葉をさえぎった。「いらない」そして他人を見るような目で彼を見た。「もう言ったはずよ、私たちはもう無理なの。若様、あなたにはもう迷惑よ。私はこの新しい街で、新しい生活を始めた。できることなら、もう二度と顔を合わせたくない」そう言って足早に昌彦のための氷嚢を探しに行ってしまった。一瞬たりとも振り返らず、彼に目もくれなかった。清吉はその場に呆然と立ち尽くし、彼女の遠ざかる背中を見つめていた。彼はもう自分を騙すことはできなかった。青葉は、決して振り返らない。彼は本当に、永遠に、彼女を失ったのだ。あんなにも彼を愛してくれた青葉を、彼の手で壊してしまった。彼の世界には、もう彼女はいない。すべては自業自得だ。清吉は家へ逃げ帰った。三崎真琴が姿を消したとき、何の手がかりも残さず、彼は彼女が自分を愛していると信じていた。ただ何らかの事故に巻き込まれただけだと。その頃の彼の唯一の信念は、真琴を探すことだった。だが今、彼ははっきりとわかっていた。もう、青葉は戻ってこない。彼は長い間、家にこもった。晴れたある日、ようやく外に出ると、使用人たちに命じて、家の中を青葉がいた頃のままに戻させた。彼女の衣類や日用品を自ら買い直し、一つ一つ元の場所へ並べ直した。彼が苦労して手に入れた贈り物の数々も、また元の棚へと戻された。すべてが、元通り
青葉が家に入るなり、恋がすぐさま彼女の表情をうかがってきた。「本当に東原のこと、諦められるの?」青葉は首を振った。「諦めるも何も、私はもう後ろを振り返らないと決めたの」恋は嬉しそうに強くうなずいた。「それでいいのよ!」彼女は冷笑を浮かべた。「東原があのインフルエンサーが彼氏と一緒に、彼のことを『バカな金持ち』って笑ってるのを見たとき、今と同じくあなたを探しに戻ってきたわよね?しかも『もう二度としない』って誓ってたじゃない。で、どうなった?三崎が戻ってきた途端、何もかも忘れてまた振り回されてたわ。あなたが戻ったら、次は四崎とか五崎とか、またわけの分からない女が出てくるかもよ」青葉は思わず笑ってしまった。「戻るつもりはないわ」恋は大きな声で言った。「私は別に弟のために言ってるんじゃないからね!青葉ちゃんがこんな風に呼ばれたら行き、追い出されたら帰るって、何度も何度も繰り返すなら、私はもうあんたの友達やめるから!そんなの聞いてたら、またご飯食べられなくなっちゃうでしょ」昌彦が後ろから姉を小突いた。「姉さん、何言ってんだよ」恋は笑いながら言った。「わかったわかった、もう言わない!」みんなで一緒に料理をして、テーブルいっぱいのごちそうができあがった頃、予約していた誕生日ケーキが届いた。青葉は自分の小さな家で、にぎやかであたたかい誕生日を過ごした。今まで経験したことのないような、特別な時間だった。口には出さなかったが、福間家の人たちに心から感謝していた。翌日、彼女はいつも通り出勤するために家を出た。ところが、下に降りると、清吉が待っていた。彼女を見るなり彼はすぐに近づき、包みを差し出した。「青葉、君の好きな肉まんじゅうを買ってきたよ。それにお粥も」青葉は首を振った。「もう朝ごはんは食べたわ」清吉の笑顔が固まった。そして彼女の言葉が続いた。「今後こういうことはしないで。私は誰かに三食の世話をしてほしいわけじゃない」清吉はなんとか笑って見せたが、肩を落としてその場を離れた。彼は少し傷ついていた。けれど、ふと昔の光景を思い出した。青葉が毎日自分に食事を届けてくれた頃のこと。真琴が行方不明になり、精神的に不安定になっていたとき、家族の勧めで
青葉は首を横に振り、淡々とした口調で言った。「あなたは東原家の御曹司よ。釣り合わないのは私の方。もう婚約は解消されたの。東原若様、冗談はやめて」清吉の胸は激しく痛み、すべてを顧みずに慌てて言った。「全部俺が悪かった!俺が間違ってた。三崎を愛してると思ってたけど、本当に好きだったのは君だった。青葉、婚約を解消したのは間違いだった。謝る。許してくれ、一緒に戻ろう?」青葉は再び首を横に振った。「若様、もう私で遊ばないで。そんな余裕はないの。さようなら」その「さようなら」」は、どう見ても「もう二度と会わない」の表情だった。彼女がドアを閉めかけたとき、清吉は慌てて言った。「待ってくれ!」彼は急いでリュックを下ろし、しゃがみこんで慌ただしくスーツケースを開けた。「本当に俺は間違ってたんだ!見てくれよ、君が捨てた物、全部探してきたんだ!君のサファイアのピアス、それにペアリングも——デザイナーに頼んで新しく同じデザインで作ってもらったんだ!それから、それから、君がくれたプリザーブドフラワー、記念のアルバムも……」青葉は一歩後ろに下がり、淡々とした表情で言った。「それは全部、若様、あなたの物よ。見せてもらう必要はないわ」清吉は地面にしゃがんだまま、一面に物を並べていた。「青葉……」彼の目は赤く、迷子のように途方に暮れた顔をしていた。青葉はついに堪えきれず、ため息をついた。「一度失ったものは、もう戻らないの。同じ物を揃えても、それはもう、かつての物じゃないのよ。清吉、私があなたの家を出たあの瞬間から、私たちはもう戻れないの。もう来ないで」今度は、彼女はもう清吉に言葉をかけさせず、彼の目の前でドアをしっかり閉めた。清吉はただ一人、呆然と廊下の床に座り込んだ。どれほどの時間が経ったのか、室内から子どもと女性の笑い声が聞こえてきて、ようやく彼は我に返った。そのときようやく、青葉が本当に彼を拒絶したことを理解した。彼女は本当にもう、彼を必要としていなかった。彼はついに、自分を心から愛してくれていた人を失ってしまったのだ。清吉は呼吸するたびに胸が痛み、両腕で自分を抱きしめ、手で口を塞いで泣き声を漏らさぬようにした。彼女の誕生日の気分を、これ以上壊したくなかった。もう彼女に、
彼はあらゆる可能性を想像していたが、ただ一つだけ考えていなかったのは、青葉のそばにすでに別の男がいるということだった。本当に、彼はいらなくなったのだ。清吉はその場に呆然と立ち尽くし、頭の中は混乱の渦だった。どんな表情をすればいいのかさえ分からなかった。昌彦は、玄関にスーツケースとリュックを持って立っている男をしばらく黙って見つめ、反応がないのを見て、もう一度聞いた。「どなたをお探しですか?」清吉は、ぎこちない声でようやく言葉を発した。「東原清吉です。森青葉に会いに来ました」その名前を聞いた昌彦の表情が、一瞬変わった。だがすぐに、礼儀正しく笑みを浮かべた。「少々お待ちください」そう言って振り返り、室内に向かって大声で呼んだ。「青ちゃん、東原清吉が来てる」青ちゃん。清吉は、ふと我に返った。自分はいつも「青葉」や「森青葉」と呼んでいた。こんなふうに親しげに呼んだことは一度もなかった。彼女は、男にこう呼ばれるのが好きだったのだろうか?それとも、この男と特別に親しい関係にあるから、こう呼ばせているのだろうか?気がつけば、清吉は緊張で息を止め、顔は真っ青になり、胸が苦しくなるほどだった。ふと、開いたドアの隙間から室内が見えた。数人の人が動き回っていて、小さな子どもがぱたぱたと歩き回っているのが見えた。ようやく、彼は胸をなで下ろした。すぐに、思い当たる。あれは青葉の大学時代のルームメイト、福間恋の家族が、誕生日を祝うために来ているのではないか?そう考えると、張り詰めていた神経が一気に緩んだ。彼の推測は間違っていなかった。青葉が引っ越してきたばかりだったので、恋は気を利かせて、早めに夫にも声をかけ、家族みんなでにぎやかに誕生日を祝おうと提案していた。青葉が故郷を離れ、ひとりで寂しくしていないかと心配していたのだ。夫の恵介も同じような性格で、妻から聞いてすぐに、誕生日の前日に目覚ましをかけて準備していた。青葉が断らなければ、家族全員で昨晩から泊まるつもりでいたほどだ。真夜中ちょうどに「誕生日おめでとう」を直接伝えるために。彼女に丁寧に断られたため、朝一番に朝食を持って訪問することにした。家が近く、隣の棟に住んでいるため、すぐに来られた。朝食を食べた後、恋と恵介はすぐ
清吉は、あの二つのイヤリングをそっとプレゼント用の箱に戻し、保管しておいた。家に持ち帰ったアクセサリーも、一つずつそこに収めた。そしてすぐさま家を飛び出し、以前ペアリングをオーダーしたジュエリー会社へと向かった。「あのペアリングのデザイナーを指名したい」そう伝えると、応対したスタッフはすぐに手配してくれた。現れたのは五十代の女性デザイナー。知的で優雅な雰囲気の人物だった。清吉が、「一緒にペアリングのデザインを完成させたい。自分で完成させて、最愛の人を取り戻すために渡したい」と伝えると、彼女は目を見開いた。「森さんは、以前もうペアリングを作られたはずですが……?」清吉は青ざめた顔で一瞬沈黙し、やがてかすれた声で言った。「俺は……多くの過ちを犯して、彼女を失った。今はその償いをしたい。取り戻したいんです」デザイナーはすべてを察したように、深く頷いた。多くを聞かず、ノートパソコンを開いた。「どんなイメージですか?具体的な案はありますか?」清吉は落ち着いて考え、自分の思い描くデザインを丁寧に伝えた。彼の言葉に応じて、画面上のリングが少しずつ形を変えていく。その過程に、彼は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。甘くて、切なくて、けれど確かな希望に満ちた気持ち。――彼女も、このデザイナーと一緒に、こんなふうに考えながらリングを作ったんだろうか?彼はどうしても、青葉の誕生日までにリングを完成させたかった。そして当日、彼女の前に姿を現し、それを渡す。きっと心が動くはずだ――たとえその場では無理でも、努力し続ければいい。彼女を失ったやり方で、もう一度彼女を取り戻すと彼は決意した。二人の十数年の時間を、やり直す。彼女が七歳のときからずっと一緒だった。自分が本当に反省していて、想いが本物だと伝われば、必ず戻ってきてくれるはず。そう信じることで、日々は少しずつ速く、軽やかに過ぎていった。やがて、青葉の誕生日前日がやってきた。完成したリングを受け取ると、彼は大切に持ち帰り、準備を整え、そのまま空港へと急いだ。今夜の便で、彼女の住む街へ向かうのだ。彼女と同じ街で、同じ空気を吸える――それだけで、清吉は胸が高鳴った。飛行機の中でも、彼は何度も手荷物を確認した。今回の旅には、自分の荷物は一
この時になってようやく、祖母の言葉が正しかったのだと清吉は思い知らされた。彼は長いあいだ躊躇し、家の中に閉じこもって電気すらつけず、まるで何も起きていなかったかのように闇に包まれていた。自分は間違っていない、失ったものなどない……そう思い込もうとしていた。失った彼女は、今もまだそこに留まっているはずだと。だが夢の中で、青葉の冷たく静かな瞳を何度も見た。そのたびに汗びっしょりで目を覚まし、眠りにつくことさえ怖くなった。何度も何度も、同じ夢に魘された。荒れ果てた日々を過ごした末、ようやく清吉は現実を受け入れた。殻に閉じこもっていても何も変わらない。彼は再び祖母の住む屋敷へと戻った。友子は相変わらず映画を観ていた。映画が大好きで、何度でも飽きずに観ていた。気分が乗れば、セリフも口ずさむこともあるほどだ。大画面のスクリーンに映る切々としたのは男女の歌声だった。以前、誕生日会の時にシアタールームで祖母が映画を観ていた場面とは、今の心境はまるで違っていた。友子はマッサージチェアに身を預け、目を閉じながら聴いていた。つま先で節を刻みながら。「お祖母さん……」目を開けずに彼女は答えた。「どうしたんだい?」口を開く前に、清吉はもう目に涙を浮かべていた。「俺……三崎に騙されてた……」友子は驚かなかった。「彼女が戻ってきたとき、みんなであんたに言ったじゃないか。誰の言葉も聞こうとしなかったけど。青葉が心配して忠告したら、ひどく罵ったそうじゃないか」顔面蒼白のまま、彼は嗚咽まじりに言った。「お祖母さん、俺が悪かった。本当に間違ってた。心の底から後悔してる……」そう言いながら涙を落とし、心が裂けるように泣いた。友子は頭を振った。何も言わず、ただその顔には「もう遅すぎる」という色が浮かんでいた。しばらく泣いた後、腫れた目で友子を見上げ、必死に縋るような声で言った。「お祖母さん、俺……もう青葉の連絡先も見つけた。でも……でも……」「でも顔向けできないんだろう?」と友子は静かに言った。「うん……俺はあまりに多くのことを間違えすぎた。会いに行く勇気がない。でも、お祖母さん、俺は本当にやり直したいんだ。どうすればいいか、教えてくれないか……」友子はしばらく考え込んだあと、ため
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