로그인入学式の翌日、放課後の常盤台高校は、昨日より少しだけ学校らしい音に満ちていた。
教室から吐き出された生徒たちの声が廊下に重なり、部活動見学へ向かう一年生の足音が階段へ流れていく。まだ制服の着方も鞄の置き方もどこか固い新入生たちの中で、蓮は迷うことなく更衣室へ向かった。
昼のうちに確認しておいた場所だった。
トレーニングウェアに着替え、靴紐を結び直し、入部届の入ったクリアファイルを鞄から取り出す。鏡の前で髪を軽く整えると、人工芝のグラウンドへ続く通路を抜けた。
フェンスの向こう側から、鋭いホイッスルの音が飛んでくる。
続いて、腹の底に響くような掛け声。蓮は一度だけ足を止めた。
広い。
昨日、教室の窓から見下ろした時にも分かっていたが、実際にグラウンド脇へ立つと、人工芝の緑は思っていた以上に遠くまで広がっていた。その上を、赤いトレーニングウェアを着た部員たちがいくつもの集団に分かれて動いている。
ランニングをする組。
ボール回しをする組。 ゴール前でシュート練習をする組。 コーチの笛に合わせ、別の場所では守備のスライド練習が始まっていた。百人はいる。
それだけでなく、誰も止まっていない。ドイツで過ごしていたユースチームが、限られた人数で必要な強度を積み上げる場所だったとすれば、ここは一つの大きな組織だった。全員が同じ色を着て、同じ時間に、同じピッチの上で、それぞれの立場を取りに来ている。
日本のトップレベル。
蓮は芝の端に片足を乗せ、靴裏の感触を確かめてから、近くにいた学生マネージャーらしき上級生へ声をかけた。「一年、天根蓮です。入部届、持ってきました」
「あ、はい。……え?君があの天根くん?」
上級生が名前を確認した瞬間、近くでボールを拾っていた部員の動きがわずかに遅れた。
「あれが、ドイツ帰りの?」
「トップ下だろ? ユースにいたって聞いたけど」 「マジでいたんだな」声は大きくない。
けれど、隠すつもりもないらしい。蓮はそれらを聞き流し、グラウンドの中央へ視線を移した。自分を見る目があることは分かっている。期待も、好奇心も、試すような温度も、ピッチに立てばどれも同じだった。
何を見られているかではない。
何を見せるかだ。「天根。こっちだ」
コーチの一人が名前を呼んだ。
蓮が歩いていくと、すでに何人かの一年生が集められていた。体格も表情もばらばらで、緊張している者もいれば、早くボールに触りたくて足元を落ち着かなく動かしている者もいる。
「今日は簡単に見る。ポジションは?」
「トップ下です」
「分かった。途中で変えるかもしれない。まずは入れ」
体力測定でも、基礎練習でもなかった。
用意されたのは、ミニゲーム用の短いピッチだった。新入生主体の即席チームと、二年生の控え組らしきチーム。人数の多い強豪校では、細かい自己紹介より先に、ピッチで何ができるかを見られるらしい。
「おい、一年。これ着ろ」
上級生にビブスを渡される。
蓮はそれを受け取り、頭から被った。中央の、トップ下の位置に立つ。
周囲を見渡すと、右に足の速そうなウイングがいて、前には身体の強いフォワードがいる。左サイドの一年生はボールを持ちたがるタイプで、後ろのボランチは少し硬い。対する二年生は体格で勝り、最初から前に圧をかけるつもりで立っていた。
芝の感触は悪くない。
ボールの走りも、見た限りでは素直だ。笛が鳴った。
開始直後、蓮は無理にボールへ寄らなかった。
首を振る。
右、左、背後。味方の一歩目、相手の寄せる角度、ボールを受けた時に顔が上がる選手と、下がる選手。二年生のセンターバックは強く前へ出るが、出た後の戻りは少し遅い。右サイドバックは中へ絞る癖があり、左サイドの一年生は受ける前に足元を見すぎる。
数分あれば、把握するには十分だった。
二年生チームのプレッシャーは強い。
身体を当て、声を出し、新入生たちが判断する前に距離を詰めてくる。後ろのボランチが一度身体を入れられ、苦し紛れに中央へボールを逃がした。
蓮の足元へ転がる。
「囲め!」
二年生が二人、左右から潰しに来た。
蓮は足を止めない。
右足の裏でボールの勢いを殺し、身体の向きだけを半歩ずらす。前から来た一人の重心が外へ流れた瞬間、左足でボールを引き寄せ、背中で寄せてきたもう一人を外しながら、二人の間を抜けた。
派手なフェイントではない。
必要な分だけ触り、必要な分だけ身体をずらした。視界が開くと、右サイドのウイングが縦へ走るのが見えた。
その前には、相手のサイドバックがいる。普通に出せば引っかかる。足元へ付ければ止まる。浮かせればセンターバックが処理する。
蓮は左足を振った。
ボールは右ウイングの足元ではなく、相手センターバックとサイドバックの間に残された、誰もいない芝の上へ滑っていく。
「は?」
二年生の誰かが短く声を漏らした。
その空白へ、新入生フォワードが斜めに走り込む。 ボールは、彼の一歩先に届いた。トラップはいらない。
フォワードは走る勢いのまま右足を振り、低いシュートがゴールネットを揺らした。
一瞬、グラウンドの音が薄くなった。
近くで別メニューをしていた部員が顔を上げる。ボールを拾おうとしていた上級生が手を止める。コーチの笛が鳴る前に、二年生のセンターバックが後ろを振り返っていた。
「今の、通るのかよ」
「どこ見て出した?」 「いや、あそこ走った一年もよく分かったな」蓮は小さく息を吐き、乱れた前髪を指先で戻した。
特別なことをしたつもりはない。
センターバックが出て、サイドバックが中へ寄り、フォワードが斜めに入る。それなら、その到達点へ出す。
ピッチの上では、見えたものを正しく選べばいい。「続けろ」
コーチが少し離れた場所から声をかけ、ゲームはすぐに再開された。
その後、蓮は何度もボールを受けた。二年生は明らかに寄せを速くし、背後から身体を当てる回数も増えたが、蓮は無理に抜こうとはしなかった。
ワンタッチで落とし、受ける前に肩越しを見る。
味方のスピードが足りなければ、足元へ付ける。
走れる選手には、走る前へ出す。一年生の即席チームは、最初こそ二年生の圧に呑まれていたが、蓮が中央でボールの逃げ道を作るたびに、少しずつ顔が上がり始めた。
「もう一回、右」
「戻せ!」 「前、空いた!」最初は遠慮がちだった声も、いつの間にかピッチの中で通るようになっていた。
蓮はその変化を聞きながら、次の受ける位置へ動く。
チームは即席でも、ボールは一つしかない。
誰がどこにいて、誰が何を見ているか。 それさえ揃えば、形は作れる。ミニゲームが終わると、周囲の空気は始まる前とは少し変わっていた。
冷やかしは消えている。
代わりに、測るような視線が増えていた。監督らしき男性も、遠くのタッチライン際からこちらを見ていた。何かを言うわけではない。ただ、腕を組み、蓮の立っている位置と、周囲の反応を静かに確認している。
蓮はビブスを脱ぎ、軽く畳んで上級生へ返した。
「……よし、次だ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
自分の価値は、このピッチでなら示せる。
そう思った。◇
一時間半後。
練習が終わる頃には、空の色はすっかり変わっていた。
強度そのものは、想定の範囲内だった。
ただ、部活動という場所は、練習が終わったところで終わらない。ゴールを戻し、ビブスを集め、ボールを数える。
人工芝に落ちたテープや空きボトルを拾い、グラウンド脇に並んで挨拶をする。更衣室に戻る頃には、汗は少し冷え、脚には試合とは違う重さが残っていた。
「お疲れ」
「お疲れさまでした」上級生に頭を下げ、荷物をまとめる。
校門を出ると、外はもう夕方ではなく、夜に近かった。腹が減っている。
その事実は、駅へ向かって歩き始めてすぐに分かった。胃の奥が空っぽになり、足取りが少しずつ重くなる。昼食は食べた。朝も食べた。プロテインバーも鞄には入れていた。
それでも足りない。
今日の練習量に対して、何をどのタイミングで入れるべきだったのか。
そこが分からなかった。鶏むね肉は買ってあるし、卵もある。
野菜も、少しは残っているはずだ。けれど、今の身体に必要なのは何なのか。疲労回復を優先するなら何を合わせるべきか。明日の練習を考えるなら、どの程度食べればいいのか。
蒸すのか、焼くのか、茹でるのか。
はたまた、塩分を足すのか、炭水化物を増やすのか。頭の中に選択肢は並ぶのに、どれも正解には見えなかった。
駅近くのスーパーの前で、蓮は足を止めた。
自動ドアの向こうには、惣菜を選ぶ主婦や、弁当を手に取る会社員、菓子パンをかごに入れる学生がいる。誰も迷っていないように見えるのに、蓮だけが入口の横で動けずにいた。
ピッチなら見える。
相手の重心も、味方の走る先も、ボールを置くべき場所も。けれど、棚に並んだ肉と野菜と惣菜の前では、どこへ出せばいいのか分からない。
「……難しいな」
小さく呟き、蓮は空腹を抱えたまま店内へ入った。
ドイツ帰りの天才。
将来を期待される選手。そんな言葉がどれだけついて回っても、夕飯の献立は誰も決めてくれない。
買い物かごを手に取った蓮の背中は、ピッチに立っていた時より、少しだけ頼りなく見えた。
朝、椿が目を覚ました時、最初に視界へ入ったのは見慣れない天井だった。「……え」 声にならない息が漏れる。 白い天井。 カーテンの隙間から差し込む朝の光。 視線を横へずらせば、見慣れた自室の本棚も机もない。 一拍遅れて、昨夜の記憶が一気に戻った。 ふらついた身体。 額へ触れた手。 抱き上げられた感覚。 ベッドへ下ろされた時のシーツの沈み込み。 そして理解する。 ここは、蓮の部屋だと。「……っ」 指先が無意識にシーツを掴む。 熱は昨日より明らかに下がっている。 頭の重さも、身体のだるさもかなり軽い。 それでも胸の奥だけが、まったく落ち着かなかった。 昨夜、自分はこのベッドへ運ばれた。 その事実を認識した瞬間、耳まで熱くなる。 さらに、記憶がもう一つ浮かび上がる。『すぐ戻るから』 服の裾を掴んでしまった、自分の指先。「……なにしてるのよ、私……」 枕へ顔を埋めたくなる衝動をなんとか押し留めた、その時だった。 ――トントン。 部屋の外から、包丁の音が聞こえた。 続いて、換気扇の低い駆動音。 フライパンに何かが触れる、油の小さな弾ける音。「……え?」 数秒、思考が止まる。 音の意味を理解した瞬間、椿は慌ててベッドを出た。 部屋の扉を開けると、リビングの先のキッチンに蓮が立っていた。 フライパンを片手に、朝食の準備をしている。 リビングへ出たところで、ソファに置かれた毛布が目に入った。 昨夜、蓮がどこで眠ったのかを理解し、椿はまた視線を逸らした。「……起きたのか」 振り返った声は、いつも通り落ち着いていた。 その平静さが、逆に椿の心拍を跳ね上げる。「……え、ええ」 視線が合った瞬間、昨夜の記憶
リビングへ戻った蓮は、テーブルの上に開きかけた本を一度閉じ、先にスマートフォンを手に取った。 検索欄へ打ち込む。 ――発熱 食事 おかゆ 出てきた情報を上から順に確認する。 消化負担を抑えること。 水分量を多めにすること。 味付けは薄く。 必要な情報だけを抜き出し、すぐにキッチンへ立つ。 鍋に水を張り、米を入れる。 火加減を弱め、蓋を少しずらす。 静かなキッチンに、鍋の中で米がほどけていく小さな音だけが残る。 その間にも、意識は何度も隣の部屋へ向いていた。 熱。 呼吸。 意識。 蓋をずらすたび、耳は鍋の音より先に隣の寝息を拾おうとしていた。 椿の状態は、さっきより少し落ち着いているように見えたが、安心するにはまだ早い。 蓮は時折部屋を覗きながら、鍋の中身を木べらでゆっくりとかき混ぜる。 思っていたより時間がかかった。 それでも、ようやく形になったおかゆを小さめの器へよそう。 スプーンを取り出そうと、食器棚へ目を向けた時、未開封のレトルトのお粥が目に留まった。「......しまった。これを買ってたんだった」 小さくため息をつきながら首を振ると、スプーンを取り、器と一緒に寝室へ持っていく。 ベッドの上で、椿は薄く目を開けた。「椿。飯、食えるか?」 ベッド脇へ腰を下ろし、器をサイドテーブルへ置く。 椿は身体を起こそうとして、また少しふらついた。 蓮はすぐに背へ手を回す。「だから無理するなって」 半身を支えたまま、椿の体勢を整える。 蓮は一瞬だけ器へ視線を落とし、スプーンを手に取った。「持てるか?」 問いかけると、椿は小さく頷いたが、その手にはほとんど力が入っていない。 蓮は短く息を吐き、器を持ったままベッド脇へ腰を落ち着けた。「……少しずつでいいから」 ひと
揺れた皿が手元から滑りかけた瞬間、蓮の腕が先に伸びていた。 片手で皿を受け止め、もう一方の腕で椿の身体を抱き留める。 皿を食卓へ置くと、空いた手をそのまま額へ伸ばした。「……熱いな」 掌に触れた温度は明らかに高い。朝、食卓で感じた微かな違和感とは比べ物にならない熱が、皮膚越しに直接伝わってくる。 椿は視線を上げたものの、焦点がわずかに定まっていない。「……だい、じょうぶ……」 言葉が遅い。 呼吸も浅い。 蓮は眉を寄せたまま、支えていた腕に少し力を入れる。「大丈夫なら、今ふらつかないだろ」 低く言い切ると、椿は小さく首を振った。「……ごはん、あと少し……」 視線の先には、食卓へ運ばれかけていた皿。 湯気がまだ薄く立ち上っている。 この状態でもまだ、自分の食事を優先している。 その事実に、一瞬だけ言葉が詰まる。「大丈夫、もうできてる。 今日はもういいから。部屋に戻って寝てろ」 はっきり告げる。 だが椿は、蓮の腕を支えにしながらも身体をキッチンへ向けようとした。「……今日の練習……強度、高かったでしょ……?」 途切れがちな声。 次の一歩を踏み出した瞬間、膝から力が抜けた。 ふっと身体が崩れる。「……っ」 考えるより先に、蓮の腕が背と膝裏へ回り、そのまま身体を抱き上げた。 腕の中へ収まった椿は、思っていたよりもずっと軽い。 その小さな身体で、毎日自分の練習量を読み、食事を組み立て、回復まで支えていた。 抱き上げた軽さより、その事実の方が胸に残った。「れ、蓮くん……?」「いいから。喋るな」 短く返し、そのまま寝室へ向かう。 廊下を数歩で抜け、ベッドへそっと身体を下ろす。シーツへ沈んだ椿は、いつもキッチンに立っている時よりずっと小さく見えた。 蓮はすぐにもう一度額へ手
今日の部活動、蓮の身体は驚くほど軽かった。 足が自然に前へ出る。 視界が広い。 ボールを受ける前に、次の二手先まで線が引ける。 理由は明白だ。 朝食も昼食も、久しぶりに“止まらずに食べられた”。 身体の回復速度が違う。 筋肉の張りも、昨日までより明らかに抜けている。 食事が身体へそのまま変換されている感覚。 いつものコンディションだった。 全国へ向けた強度の高いメニューにも、思考はまったく鈍らない。 終盤の対人練習でも同じだった。 志岐との一対一を思い出させるような狭い局面で、蓮は半歩のステップだけで若葉の重心を外し、中央を割る。「うわ、今の見えなかったっす……」 若葉が目を丸くしてついてくる。「今の、足どっちから入ったんすか?」「右股関節が開いてた。だから左から行けば遅れる」「いや、その判断が速すぎるんすよ!ってか、見えすぎっす!」 周囲に小さく笑いが漏れる。 キレは完全に戻っていた。 むしろ、ここ数日で一番いい。 ふと、蓮の視線がグラウンド脇へ向く。 フェンスの外。 記録用のバインダーを持った姿が、いつもならある位置。 だが―― 今日はそこには誰もいなかった。 周囲を見渡しても、その姿は見当たらない。 ほんの一拍、思考が止まる。 次のボールを受けながらも、視線だけがもう一度外へ流れる。 やはり、いない。「……?」 違和感が、胸の奥に小さく残った。 給水のタイミングで、若葉がボトルを持ったまま首を傾げる。「あれ、橘先輩いないっすね」 桐生もタオルで汗を拭きながら周囲を見渡した。「そういや、今日は見てないな。まだ実習から戻ってないのか?」 蓮はボトル
翌日の夕方、更衣室を出た蓮は、階段を降りる前にスマートフォンを開いていた。 汗を拭くより先に、画面を見る。 通知はない。 そのまま、慣れた手つきで今日の練習データを開き、走行距離、心拍推移、メニュー強度をまとめたファイルを送信する。【ファイルを送信しました】 送信完了の表示を確認した直後、蓮は無意識に画面を見たまま立ち止まっていた。 別に急ぐ話ではない。 合宿研修中なのだから、返信に時間がかかっても不思議ではない。 それでも、親指が画面の上で一度止まる。 やがて短い振動が返ってきた。【確認したわ】 【今日は昨日より強度高いわね】 【白身魚、小松菜、ご飯が中心ね。野菜スープも追加するわ】 【レシピ送る】 続けて画像付きのレシピが送られてくる。 蓮は画面を見ながら、短く息を吐いた。「……相変わらず早いな」 それだけ呟いてスマートフォンをポケットへしまい、校門を出る。 スーパーで必要な食材を揃え、マンションへ戻る。 玄関を開けた瞬間、昨日と同じ静けさが迎えた。 物音がない。 いつもなら壁の向こうか、キッチンの方から聞こえてくるはずの包丁の音も、換気扇の低い駆動音もない。 蓮は荷物を置くと、そのままキッチンへ向かった。 昨日より、調理の流れは頭に入っている。 米を研ぐ手も、白身魚を焼く火加減も迷わない。 鍋の湯気が立ち、スープの香りが部屋に広がる。 昨日より手際は良かった。 皿へ盛り付けた見た目も、明らかに整っている。「昨日よりはるかにましな出来だな」 小さく確認するように呟き、食卓へ運ぶ。 椅子を引き、箸を取る。「いただきます」 一口。 昨日より味は安定していた。 それでも、二口目でまた箸が止まった。「……?」 味が悪いわけではない。 むしろ昨
椿が合宿研修へ向かった初日。 放課後のグラウンドは、全国大会へ向けた高い熱量に包まれていた。 インターハイ予選を制してから数日。 チーム全体の空気は、むしろさらに引き締まっている。 ミニゲームのテンポは速い。 若葉の縦パスも、日に日に質を上げていた。「天根センパイ!」 中央で受けた若葉が迷いなく差し込む。 蓮は半身で受け、そのまま右サイドへ展開した。 右で受けた選手が縦へ運び、中央へ折り返す。 桐生が飛び込む。 ダイレクトのシュートが、ネットを揺らした。「ナイスっす!」 若葉が思わず声を上げる。 蓮は小さく頷き、すぐに次の配置へ視線を向けた。 チームの循環は良い。 全国へ向けて、積み上げは止まっていない。 若葉もまた、予選前とは別人のように中央で顔を出している。「今のタイミング、どうっすか?」「悪くない。相手ボランチの重心が右に寄ってたから、今のタイミングでいい」「よっしゃぁ!合格もらえたっす!!」 周囲に小さく笑いが広がる。 蓮の身体にも、思考にも、特に違和感はない。 プレーは順調だった。 全国へ向けて必要なものは、確実に積み上がっている。 練習後、更衣室でスマートフォンを開く。 すでに椿からメッセージが届いていた。【今日の練習内容送って】 短い文面。 いつも通りだった。 蓮はすぐに打ち込む。【ファイルを送信しました】 返信はすぐだった。【了解。今日は糖質少し多め。回復優先】 【鶏むね、卵、ご飯三〇〇グラム。野菜も取らないとね。すぐにレシピ送るわ】 続けて、写真付きのレシピが届く。 分量も火加減も整理されている。 蓮は画面を見ながら、短く息を吐いた。「……早いな」 何も問題はない。