日本の四月は、天根蓮が覚えていたよりも、少し眩しく、少し騒がしかった。 三月まで過ごしていたドイツの街には、灰色の空と石造りの建物がよく似合っていた。冷えた空気の中で練習場へ向かい、ボールを蹴り、必要なものを必要なだけ積み上げていく毎日は嫌いではなかったが、私立常盤台高校へ続く通学路に並ぶ桜と、真新しい制服に袖を通した新入生たちの声は、そこにはなかったものばかりだった。 歩道の端に散った花びらが革靴の先で揺れる。 蓮は紺色のブレザーの襟元を軽く整え、校門へ向かう生徒の流れに混ざった。 プロになるために、日本へ戻る。 その選択に迷いはない。 ドイツで身につけた技術も、戦術理解も、世界基準の強度も、自分の中に残っている。けれど、それだけで届くほど、プロの世界が甘くないことも知っていた。 必要なのは、ピッチの外でも自分を崩さないこと。 そのために寮ではなく、一人暮らしを選んだ。 選んだ、のだが。 今朝、蓮はキッチンの前でしばらく動けずにいた。 目玉焼きは、きれいに焼けた。白身の縁は少しだけ焦げ、黄身は箸を入れれば流れるくらいに残っている。トーストも焦げていない。包丁の扱いも、火加減も、動画で見た通りにやれば大きく外れることはなく、料理そのものが致命的に苦手というわけではなかった。 問題はそこではない。 皿の上に並んだ朝食を見下ろしても、それがサッカーをする身体にとって正しい量なのか、午前中の活動に足りる内容なのか、放課後の練習まで見越してどうなのか、何一つ確信が持てなかった。 ドイツでは出されたものを食べ、足りなければ聞けばよかった。 練習量も、補食も、身体の変化も、誰かが数字と経験で支えてくれていた。 だが、一人暮らしの部屋に、その誰かはいない。 冷蔵庫の前に立ち、卵と牛乳と買っておいた野菜を見比べても、そこから正解が浮かび上がってくるわけではなかった。 結局、蓮は棚からプロテインバーを一本取り出し、鞄の外ポケットに突っ込んで家を出た。 正解が分からない。 それは、サッカーではあまり経験しない感覚だった。「ねえ、見て。あの人、新入生かな」 「かっこよくない? モデルみたい」 校門をくぐると、近くにいた女子生徒たちの声が耳に入った。 蓮はそちらへ目を向けず、掲示に従って体育館へ向かう。無視をしたつもりはない。けれど、
Last Updated : 2026-08-06 Read more