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第02話

Author: ナナね
私は立ち止まり、ずぶ濡れのスマホをバッグに押し込んだ。

きびすを返した時、あの壊れた傘を道端の泥水に投げ捨てる。傘にプリントされた金箔のロゴは、瞬く間に雨に洗い流されてにじんでいった。

遠くから車のヘッドライトがこちらを照らし、私は無意識に手で目を覆う。タクシーがゆっくりと停まり、運転手が窓を開けた。

「お嬢さん、乗りますか?」

ドアを開ける時、最後にもう一度スマホを見た。蓮からのメッセージがまだ光っていたが、私は通知ごとスワイプして消し去った。

「一番近くのホテルへ行ってください」

運転手にそう告げる。ずぶ濡れのドレスの裾が、本革のシートに濡らしていった。

……

私は三日間、高熱にうなされた。

結城家から派遣された医者が帰ると、すぐに使用人が夜のパーティー用のドレスを届けてきた。

箱に入っていたドレスは私が選んだデザインではなく、胸元の開きが深すぎたし、ウエストラインも直してあった。

「結城さんが、お痩せになったからと、サイズを直させたのです。デザインは高橋さんが一緒に選んでくださいました」

使用人はうつむいて言った。

ドレスの裾の刺繍を撫でる私の指先は震えている。これは元々、私の婚約発表用のドレスだったはずなのに、今や莉奈に汚された。

スマホが光り、蒼汰からのメッセージがポップアップする。

【七時だ。遅れるな】

私は画面をじっと見つめ、文字を打っては消し、最後にはただ【うん】とだけ返信した。

パーティーの会場は結城家の本邸だ。私が車を降りると、莉奈が蒼汰の腕を絡めて、エントランスで来客を出迎えていた。

彼女はシャンパンゴールドのドレスを身にまとい、その首元には結城家代々の家宝が輝いている。本来なら、私の首を飾るはずだったあのエメラルドのネックレスだ。

「結衣!」

莉奈は小走りで近づいてくると、親しげに私の手を取った。

「もう体調はいいの?蒼汰ったら、すごく心配したんだよ」

私は手を引き抜く。指先が氷のように冷たい。少し離れたところに立つ蒼汰が、淡々とした視線をこちらに向けている。まるで聞き分けのない子供を見るような目だ。

「中へ入れ、もうすぐ始まる」彼は言った。

きらびやかなシャンデリアが照らすパーティー会場。私は隅に立ち、蒼汰が莉奈の手を引いてダンスフロアの中央へと歩いていくのを見つめている。

司会者の声が会場に響き渡る。

「皆様、本日はご来場いただき誠にありがとうございます。本日は白石さんに代わりまして、高橋さんが最初のダンスをお務めになります」

拍手音が沸き起こった時、私の爪は手のひらに深く食い込んでいた。

莉奈は華やかに微笑み、蒼汰の手は彼女の腰に添えられ、二人は音楽に合わせてステップを踏む。彼女の首元で輝くエメラルドのネックレスが、私の目を刺すように痛めつける。

曲が終わり、蒼汰がこちらへ歩いてくる。招待客たちが自然と道を空け、すべての視線がこちらに集まった。

「怒ってるのか?」

彼は見下ろすように私に尋ね、その指先が私の鎖骨をなぞる。

「病み上がりの君に、ダンスは無理だろう」

私は何も答えない。彼の指はひどく冷たくて、まるで何の価値もない物を撫でているかのようだった。

彼は手品のように一本のダイヤモンドのネックレスを取り出した。

「もうすねるな。帰ったら埋め合わせはしてやるから」

冷たい金属が私の肌に触れると同時に、彼から莉奈の香水の匂いが漂ってくる。

パーティーの後、私はまっすぐゲストルームに戻った。ネックレスを外した時、裏側に小さく【T.R】と刻印されているのに気づく。高橋莉奈のイニシャルだ。

バルコニーに立ち、眼下のプールを見下ろす。水面に映る月明かりが、砕け散った鏡のようだ。

ネックレスは夜空に弧を描き、ポチャンという音を立てて水の中に落ちた。

「拾ってこい」

背後から蒼汰の声がした。いつの間に入ってきたのか、彼はスーツのジャケットを手に持ち、ネクタイを緩めている。

彼は近づいてきて、私の顎を強くつかむ。

「あれは莉奈のネックレスだ。君が身につけたものだが、拾って元の持ち主に返してこい」

私は彼の手を振り払う。

「じゃあ、結城家の家宝も彼女のものってわけ?」

蒼汰は眉をひそめる。

「貸しているに過ぎない。何をそんなにムキになってるんだ?」

プールの方から水音が聞こえた。いつの間に下へ行ったのか、莉奈がプールに入ってネックレスを掲げ、こちらに向かって手を振っている。

「見つけたよー!」

髪から水が落ち、ずぶ濡れになったシルクのドレスが彼女の体にぴったりと張り付いている。それを見た蒼汰の視線が険しくなった。

「タオルを持って行ってやる」彼はそう言う。

私はその場に立ち尽くし、蒼汰がプールへと早足で向かう後ろ姿をただ見つめている。

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