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第05話

Auteur: ナナね
蓮のマイバッハが、病院の裏口に静かに滑り込んだ。

車のドアを開けると、彼は手元の書類に目を通しているところだった。車窓から差し込む陽光が彼の横顔を照らし、シャープな輪郭が際立っている。

「どこへ行く?」彼は顔を上げず、万年筆が紙の上を走るサラサラという音だけが響いた。

「結城グループの本社ビルへ」私はシートベルトを締める。

「私のものを取り戻しに行くの」

蓮はようやくこちらに視線を向けた。その瞳が私の首元に残るあざに落ちると、ふっと目を険しくした。

「そんな体調で大丈夫か?」

私はファンデーションを取り出して化粧を直し、血の気の引いた顔色を隠す。

「これなら十分、身なりは整った」

車が結城グループのビル前に横付けされる。ロビーに入った私を見るなり、警備員はまるで幽霊でも見たかのように顔を強張らせた。

「し、白石部長……」

私がハイヒールの音を響かせてエントランスホールを進むと、社員たちが一斉に顔を上げる。

莉奈はちょうど受付の前で花を飾るよう指示を出していたが、私の姿を捉えた瞬間、手にしていたコーヒーカップをガシャンと落とした。

「結衣……あなた、どうして?」
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  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第10話

    「帰るか?」蓮が後ろから私を抱きしめる。私は彼の胸に寄りかかって頷いた。エレベーターが下へ向かう中、彼がふと口を開く。「実は、あの時のラブレターだけど……」「ん?」「三通書いたんだ。一通目はあいつに横取りされて、二通目は担任に没収された」彼の耳の先が赤く染まっている。「じゃあ、三通目は?」彼は財布の奥から、古びて黄ばんだ一枚の紙切れを取り出した。【白石結衣、大人になったら俺のお嫁さんになってくれないか?】笑ってしまうほど幼い筆跡に、私は目頭が熱くなる。「どうして今頃になって渡すのよ?」「今がちょうどいいタイミングだからさ。これからの人生は、すべて君のものだ」彼は私に口づけをした。精神病院のテレビでは、私たちの結婚式が生中継されていた。蒼汰は病室の隅にうずくまり、画面を血走った目で見つめている。ウェディングドレス姿の私が蓮の腕に手を添え、舞い散る花びらの中でキスを交わす。画面には視聴者からのコメントが滝のように流れていた。【お似合いのカップルね】【神崎さん、結婚おめでとう!】「消せ!」彼は突然暴れ出したが、すぐに拘束帯でベッドに縛り付けられた。「あれは俺の花嫁だ!」看護師は慣れた手つきでカルテに書き込む。【患者に重度の妄想あり。十回目の自傷行為を試みる】窓の外からウェディングマーチのメロディが風に乗って聞こえてくると、蒼汰は狂ったように頭を壁に打ち付け始め、やがて顔中が血まみれになった。彼は何もない空間に向かって手を伸ばす。「結衣、俺が悪かった、こっちを見てくれ……」誰も答えない。ただテレビの中の私だけが、幸せそうに蓮にウェディングケーキを食べさせている。同じ頃、女子刑務所は運動の時間だった。莉奈が壁際でしゃがみこんでパンを食べていると、突然冷水を頭から浴びせられた。「この詐欺師!私の旦那から騙し取ったお金を返しな!」女囚が彼女の髪を掴み、壁に何度も打ち付ける。看守はゆっくりと背を向け、タバコに火をつけた。こんなことは毎日繰り広げられている。どうせ死にはしないのだから。結婚式の披露宴の最中、スマホに二件の通知が入った。一件目は精神病院からだった。【患者・結城蒼汰が本日18時23分、舌を噛み切って自殺。救命処置の甲斐なく死亡を確認】二件目は刑務所か

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第09話

    ピアノの音色の中、蓮が後ろから私を抱きしめた。私の髪にキスをすると、メロディに合わせて低い声で鼻歌を歌い始める。曲が終わり、私は口を開いた。「明日、ウェディングドレスを見に行かない?」「本当にいいのか?」蓮の呼吸がはっきりと詰まるのがわかった。「今さら後悔したって言わない限りね」私は振り返って彼の首に腕を回す。彼はそのまま私を抱き上げ、一直線に寝室へと歩き出す。「人生で最大の後悔は、もっと早く君を奪い返さなかったことだ」窓の外では雨が上がり、月明かりが差し込んでいる。床には二つの影が重なり合っていた。【ユイタワー】の金箔のロゴマークが、太陽の光を浴びてまばゆく輝いている。ビルの前に立ち、作業員が【結城グループ】と書かれた最後の看板を取り外すのを見上げていた。記者たちのカメラの放列が向けられ、無数のフラッシュが目を射る。「白石さん、結城グループ本社の買収は復讐ですか?」「元婚約者の実刑判決について、どう思われますか?」蓮が私の腰をグッと抱き寄せる。「皆さん。本日は落成記念、質問はご遠慮を」彼が目配せすると、ボディガードたちが一瞬で道を切り開いた。エレベーターで最上階へ上がると、床から天井まである大きなガラス窓の向こうに、都市の絶景が広がっている。「気に入った?君の戦利品だ」蓮が背後から私を包み込む。かつて蒼汰のものだったオフィスを見渡す。今やそこは、私の好きな白バラで埋め尽くされていた。デスクに置かれた今日の朝刊には、詐欺の罪で懲役七年の実刑判決を受けた蒼汰のニュースがある。写真の中の彼は無精髭を伸ばし、虚ろな目をしていた。スマホが震える。精神病院からのメールだった。【結城蒼汰さんの病状が悪化したため、閉鎖病棟へ移送しました】添付されていた診断書の画像にはこう記されている。【結城蒼汰:重度のうつ病、および自殺企図あり深刻な幻聴・幻覚の症状が見られ、何もない空間に向かって頻繁に結衣と叫んでいる】「こんなもの見なくていい」蓮がスマホをすっと抜き取った。彼がテレビをつけると、莉奈の公判のニュースが流れていた。拘置所の服を着た彼女の顔にはあざがいくつも残っている。「関係者の話によりますと、被告の山田美子は拘置所内で他の同室者から日常的に暴行を受けているとのことです」私は

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第08話

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  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第07話

    「ショートケーキが食べたいな」私は彼の肩に寄りかかった。「いいよ。一番大きいのを買おう」蓮は私の髪に軽く口づけをした。パトカーのサイレンが次第に遠ざかっていく。夕日は私たちの影を長く伸ばし、二つの影はぴったりと重なり合って、もう二度と離れることはないようだ。オークション会場のシャンデリアは、目が眩むほどまばゆい光を放っていた。蓮の腕に手を添えて会場に入ると、その場にいる全員の視線が一斉にこちらへ注がれた。かつて私のことを後ろ指さして笑っていた令嬢たちも、今は遠巻きにこちらの様子を窺っている。「緊張してる?」蓮が私の手のひらを握った。私は首を横に振る。それに合わせて鎖骨のダイヤモンドのネックレスが微かに揺れた。これは今朝、蓮が「ドレスに似合うから」と贈ってくれたものだ。「神崎さん!こちらのお連れ様は?」主催者が満面の笑みで擦り寄ってくる。「婚約者の、白石結衣だ」蓮の声は決して大きくはなかったが、周囲の人間にはっきりと聞こえる響きがあった。周囲が息を呑む気配がした。視界の隅で、佐藤夫人の手から扇子が滑り落ちるのが見えた。オークショニアが最初のハンマーを振り下ろした時、後方の席がにわかに騒がしくなった。型遅れのスーツを着た蒼汰が、額にガーゼを貼った痛々しい姿で強引に乱入してきたのだ。「結衣!話し合おう……」彼はしゃがれた声で叫ぶ。警備員がすぐさま彼を取り押さえる。蓮は一度も振り返ることなく、オークションパドルを掲げた。「六千万円」「七千万円!」蒼汰が突然声を張り上げた。会場がざわめく。それはごくシンプルなパールのネックレスで、スタート価格はわずか千五百万円だったはずだ。「一億円」蓮はふっと鼻で笑う。「一億一千万円!」蒼汰は血走った目で私を睨みつける。「結衣、それ、昔君が好きだったやつだろ」「二億円」蓮は倍の額を提示した。落札のハンマーを下ろすオークショニアの手は震えていた。ボーイがネックレスをうやうやしく運んでくると、蓮はそれを無造作に受け取り、私に差し出す。「気兼ねなく着けてみて」私が受け取ろうとしたその瞬間、蒼汰が突進してきた。「あいつの物なんて受け取るな!」「場所をわきまえたらどうだ」蓮が私を後ろにかばう。「お前ごときが偉そうに!結衣が愛してるのは俺だ!」蒼汰

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第06話

    「祝賀会だぞ」蓮はスマートに椅子を引いてくれた。「少し気が早いかもしれないけどね」「どうして私を助けてくれたの?」花びらに滴る水滴をじっと見つめながら、私は尋ねた。彼は財布を取り出し、一枚の古びた写真を抜き出した。高校の卒業式の日、机に突っ伏して眠る私の横に、いちごミルクが一つ置かれている写真だ。「十年だ。俺は、今日という日を、ずっと待っていたんだ」彼はその写真を私の方へ滑らせる。写真の裏には、小さな文字が書き込まれていた。【結衣、卒業おめでとう。君が大人になるのを待ってる】目頭が熱くなる。あの時、匿名で送られてきたいちごミルクは、彼からのものだ。「あのラブレターはすれ違いで君に捨てられちゃったけど。でも今……正式に君にアプローチしてもいいかな?」蓮はグラスにシャンパンを注ぎながら囁く。窓の外で、結城グループの本社ビルのLEDモニターがふっと消灯した。遠くからパトカーのサイレンが鳴り響き、徐々に近づいてくる。結城家の本邸にサイレンの音が鳴り響いていた頃、私は蓮と一緒に法律事務所で書類にサインをしていた。「完了しました。これで、結衣さんは結城グループの株式を二十三パーセント保有することになりました」弁護士が株式譲渡契約書を差し出す。蓮のスマホが突然振動した。彼は画面を一瞥し、ふっと口角を上げる。「ショーの始まりだ」テレビのニュースでは生中継が流れている。パトカーが結城家の豪邸を包囲し、警察車両に押し込まれる莉奈が甲高い声で叫び散らしている。「当番組の記者の取材によりますと、容疑者の高橋は詐欺、および業務上横領の疑いで……」画面に映る無様な莉奈を見つめる。念入りにセットされていたはずの巻き髪はボサボサに乱れていた。カメラが切り替わり、蒼汰の真っ青な顔が映し出される。「現場に行ってみるか?」蓮はテレビの電源を切った。結城家の豪邸の前には記者が群がっていた。車を降りるなり、蒼汰の怒鳴り声が聞こえてくる。「これは罠だ!俺はすでに保釈手続き中だぞ!弁護士がすべてを証明してくれる!」彼のスーツはしわくちゃで、ネクタイもだらしなく曲がっている。私を見るなり、その目がすがりつくように輝いた。「結衣!ちょうどいいところに来てくれた、早く彼らに説明してくれ!」「何を説明するの?」私は冷たく遮る

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第05話

    蓮のマイバッハが、病院の裏口に静かに滑り込んだ。車のドアを開けると、彼は手元の書類に目を通しているところだった。車窓から差し込む陽光が彼の横顔を照らし、シャープな輪郭が際立っている。「どこへ行く?」彼は顔を上げず、万年筆が紙の上を走るサラサラという音だけが響いた。「結城グループの本社ビルへ」私はシートベルトを締める。「私のものを取り戻しに行くの」蓮はようやくこちらに視線を向けた。その瞳が私の首元に残るあざに落ちると、ふっと目を険しくした。「そんな体調で大丈夫か?」私はファンデーションを取り出して化粧を直し、血の気の引いた顔色を隠す。「これなら十分、身なりは整った」車が結城グループのビル前に横付けされる。ロビーに入った私を見るなり、警備員はまるで幽霊でも見たかのように顔を強張らせた。「し、白石部長……」私がハイヒールの音を響かせてエントランスホールを進むと、社員たちが一斉に顔を上げる。莉奈はちょうど受付の前で花を飾るよう指示を出していたが、私の姿を捉えた瞬間、手にしていたコーヒーカップをガシャンと落とした。「結衣……あなた、どうして?」彼女の声は微かに震えている。私は彼女を一瞥もせずエレベーターへ向かう。莉奈が小走りで追いかけてきた。「蒼汰は今、役員会議中よ!入っちゃダメ……」「どいて」私は最上階のボタンを押した。会議室のドアを押し開けた時、蒼汰はちょうどプレゼンの最中だった。プロジェクターの光が彼の顔を照らし、一瞬、呆然とした表情が浮かび上がる。「結衣?どういうつもりだ」彼は不快そうに眉をひそめた。プロジェクターの前に進み出ると、メモリを端子に差し込む。画面が切り替わり、莉奈と蒼汰の父が親しげに寄り添う写真が大きく映し出された。会議室が大きなどよめきに包まれる。「こんなことして楽しいか?ただの合成写真だ!」蒼汰は机を叩いて立ち上がった。私は構わず、二つ目の動画ファイルをクリックした。莉奈の声がはっきりと室内に響き渡る。「あのジジイ、本当に騙されやすくて助かるわ。この子が産まれれば、結城家は全部私たちのものよ」蒼汰の顔色が一気に青ざめた。彼は震える手でリモコンを奪い取る。「嘘だろ……あり得ない!」「財務部は早急に帳簿の確認を」私は席に座る株主たちを見渡す。

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第02話

    私は立ち止まり、ずぶ濡れのスマホをバッグに押し込んだ。きびすを返した時、あの壊れた傘を道端の泥水に投げ捨てる。傘にプリントされた金箔のロゴは、瞬く間に雨に洗い流されてにじんでいった。遠くから車のヘッドライトがこちらを照らし、私は無意識に手で目を覆う。タクシーがゆっくりと停まり、運転手が窓を開けた。「お嬢さん、乗りますか?」ドアを開ける時、最後にもう一度スマホを見た。蓮からのメッセージがまだ光っていたが、私は通知ごとスワイプして消し去った。「一番近くのホテルへ行ってください」運転手にそう告げる。ずぶ濡れのドレスの裾が、本革のシートに濡らしていった。……私は三日間、

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第01話

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  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第04話

    その日の夜、蒼汰は私のためにスープを作った。私はダイニングテーブルに座り、キッチンで忙しく動く彼の背中を見つめる。胸の奥が締め付けられた。彼は私の前に汁わんを差し出す。「熱いから気をつけて、これからはハイヒールを履くなよ」私はうつむいてスープをすする。ぽろぽろと涙がわんの中に落ちると、彼が手を伸ばして涙を拭ってくれた。その指の腹は温かかった。「泣くな。もうすぐ母親になるっていうのに」彼は仕方ないような口調で言う。嗚咽を漏らしながら頷いた、スープの湯気が目にしみる。この瞬間、私はこれまでの彼からの仕打ちをすべて許してしまいそうだった。翌朝、スマホの通知音で目を覚ました

  • 偽りの誓い~葬られたバラ   第03話

    彼はスーツのジャケットを脱いで莉奈の肩に掛けた。まるで宝物を扱うかのように優しい。莉奈は彼の胸に寄りかかりながら、私に向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべる。彼女の首元にあるエメラルドのネックレスはシャンデリアの光を浴びてきらきらと輝いている。一方で、あのダイヤモンドのネックレスは今、彼女の手のひらの中に静かに収まっている。蒼汰が振り返って私を見る。「ぼーっと突っ立って何してるんだ?ブランケットを持ってこい」その口調はあまりにも自然で、私をこき使うのが当たり前だと言わんばかりだ。オープニングダンスも、家宝も、そして私の尊厳でさえも、彼が奪うのは当然の権利であるかのように。

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