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第18話

Author: おやき
清華はその男の美貌からなんとか視線を外し、改めて室内を見回したが、彼以外に誰もいないことに気づいた。

もちろん、彼が例の腕利き医者であるはずがない。となると、彼は……患者?

彼女が男の背後に貼られた「不妊治療専門」という真っ赤な大文字を見た時、すべてを察した。

「あなたも、診察を受けに?」

「……」

「先生がどこにいるか、知ってる?」

「……」

「もう、どのくらい待ってるの?」

「……」

清華は立て続けに三つ質問したが、相手は一切応じず、手元の資料をめくることに集中している。

「あら、耳が聞こえないのね」

清華はそう言って唇を歪めた。顔が良くたって、礼儀知らずでは意味がない、と心の中で毒づく。

だが、清華の明らかな皮肉に対しても、相手はやはり何の反応も示さなかった。

まあいいわ。

清華はため息をついた。とにかく、この人も診察を待っているのだ。自分も辛抱強く待つとしよう。

退屈していると、文佳から写真が送られてきた。写真には、明るく爽やかなイケメンが写っている。

清華が【?】をいくつか送り返すと、文佳からはよだれを垂らしているスタンプが返ってきた。

【伯母さんに紹介されたお見合い相手。今、公園デート中。イケメンじゃん!っと思いません?】

清華はイケメンかどうかは答えず、代わりに、隣にいる男の横顔をこっそり撮影して文佳に送った。

【これ、彫像ですか?】

【違うわ】

【じゃあ、アンドロイド?】

【生身の人間よ】

【うわあああ、この世にこんな綺麗な人間が存在していいわけ?非科学的ですよ!】

【ただ、ちょっと残念なのよね】

【どういう意味です?】

清華は、背後でドアが開く音を聞き、慌てて一言返信した。

振り返ると、Tシャツ姿で、白髪混じりの頭に、髭ぼうぼうの老人が、うつむき加減に入ってきた。

「わしが何を手に入れたと思うかのう。昼飯は……おや?あなた様は?」

老人は手に……牛のペニスをぶら下げていた。室内に自分以外の人間がいることに気づき、慌ててそれを背後に隠した。

清華は口元を引きつらせた。「あなたが、鈴木直正(すずき なおまさ)先生、ですか?」

老人はやや気まずそうにしていたが、すぐに仙人のような威厳を取り戻した。片手で髭をしごき、もう片方の手には依然として「それ」を提げているが、それでも風格は保っている。

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