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考え方1

مؤلف: 氷高 ノア
last update آخر تحديث: 2025-12-21 17:56:09

時計を見ると、まだ午前十時だった。

学生時代の私なら、まだ夢の世界にいる時間だ。

都会とも田舎とも言えないこの街の平日は、非常に穏やかなものだった。

それなりの人数がどこかへ向かって歩き、すれ違い、車の音や誰かの話し声が空気を泳ぐ。

次はどこへ行こうか。そうだ、一駅向こうの百貨店にでも行こう。

ただ漠然とそう思って、足を動かした。

「危ないぞー」

耳元で息を吹きかけられたような気がして、勢いよく振り返る。

でも、その言葉を発した人間は誰もいなかった。

その代わりに、横断歩道の向こう側にいる若い男性が、真っ直ぐ先を見つめている。

「あー!ぼーう、ぼーう!」

まだ発音がしっかりしない子供の声が、男性の視線の先から聞こえた。それと同時に、キャラクターもののサッカーボールが車道に投げ出される。

「ダメだよ!あぶないから、にいちゃんが取ってくる!そこで待ってな!」

先程の子供よりは少し言葉のハッキリした子が、姿を現した。

それでも五歳くらいだろうか。兄らしくありたい年頃のその子は、軽やかにボールを目掛けて走り出す。

人型を描いた表示は、赤色だというのに。

「だ……!」

私の足が早いか、あの子を目掛ける白い塊が早いか。

一瞬動かなくなった体を恨んだ。0.1秒の差が大きな差を産むことくらい、わかっているのに。

ボールを拾った男の子も同じだった。多分、彼もすぐ戻ってくるつもりだったのだろう。なのに、今目の前で起こっていることに理解が追いつかなくて、呆然と自分に襲い掛かる凶器を眺めている。

赤い人型は、しっかりと両足をつけて私たちを見下ろす。

白い線を大きく一つ跨いだ。ちぎれる程、腕を伸ばした。女の私なんかよりももっと細くて柔らかい腕を、握り潰すくらい強く掴んで引っ張る。

あとは足の反動で、後ろに戻ってくれることを願って。

「キキキィー!」

結果的に、白い車は横断歩道の白線に触れる手前で止まった。

子供が、倒れた私の上に被さって固まっている。

「…だ、大丈夫?」

子供がゆっくりと顔を上げ、目が合った。一瞬、こちらを睨むような表情をしたが、すぐに眉が下がり瞳が潤う。

「うああああ!」

「え、あ、ちょ……」

その声を聞きつけてか、母親らしき人とその友達、そしてまだ髪の毛の薄い男の子が公園から掛け出てきた。

「ひろと!どうしたの?大丈夫!?」

母親らしき人は男の子を抱き上げ、横目で私を見下ろす。そこで、車を脇に寄せた白髪の運転手が降りてきて、事情を説明してくれた。

「そうだったんですね!息子を助けてくださって、本当にありがとうございました。もうなんてお礼を言ったらいいか…」

「あーいえいえ!無事で何よりです」

母親も降りてきた運転手も、一般的な〝いい人〟だった。母親はペコペコ頭を下げ、六十代あたりであろう運転手も「ぼく、大丈夫かあ?」と男の子の顔を覗き見、頭を撫でている。

私も男の子も大した怪我はなく、大事にならずに別れた。多少の汚れや傷はできたが、問題ない。美容師さんたちのおかげか、それほど髪の毛の乱れもなかった。

ただ、私が気になったのはあの男だ。

ずっと横断歩道の向こう側で、こちらを見ていた。その場に立ち尽くして、信号が青に変わろうと動きはしなかった。

そして私たちが別れるのをみて、どこかへ立ち去ろうとしたのだ。

許せなかったのか、気になったのか、自分でもよくわからない。普段なら決してしないはずなのに、私は男の行く手を阻んでいた。

「どーも、こんにちはお兄さん!」

とびっきりの笑顔で相手の顔を覗き込む。目を見開いて驚いた様子の男は、私と同い年くらいの見た目で、黒いジャケットを羽織っていた。

「さっき、ずっと見てましたよね?どうかしましたか?」

今日の私はやはりおかしい。いつもなら、知らない人と話すなんて怯えるくらいだったのに。ああでも確か、会社に勤める前は今よりフレンドリーだった気がする。

それが戻ってきたのか、はたまたハイテンションになってるだけなのか。わからないけれど、私はなにも言わない男に話しかけ続けた。

「あ、もしかして『危ないぞー』って言ったの、あなたですか?どうして見ていたのに助けに行かなかったんですか?」

「……そうだ。じゃあ逆に聞くけど、なんで助けたんだ?」

何を言っているんだろう、この人は。私には理解のできない言葉を、色のない声で話す。私はまた口角を引き上げて、反論を投げた。

「あんなに小さい子が、目の前で引かれて死んじゃったら嫌じゃないですか」

「でもお前だって死ぬ可能性があっただろ」

すかさず言葉を挟んでくる男。

分かり合えない人がいることは知っている。目の前の彼は、それに相当するのだろう。

こいつはハートの1だ。

「俺は生きたいから。死ぬわけにはいかない」

トランプを取り出そうとした時、そんな声が降ってきた。

生きたいから、助けない。

人道的でないことは確かだが、もしかすると、私の行動はそういうことなのかもしれないと思った。

私は今日、死ぬ。

死んでいい、だから死ぬかもしれない賭けに手を出してまで助けた。

もし私が生きたいと願っていたら、あの男のように助けなかったのだろうか。

道徳が勝るか、死にたいという気持ちからくるのか。

私は一体、どちらが要因であの子を救ったのだろう。

わからなくなった。男の一言が私の心を掻き乱す。どちらにせよ、終わったことだ。事実なんて変わらないのに。

「……ねえ、お兄さん?まあ何にせよ、あなたが助けてくれなかったせいで、せっかくの服や鞄が汚れちゃったのよねー。今日一日、付き合ってよ」

言ってしまってから、私はナンパでもしているのかと内心羞恥で包まれる。でも男はそんな私の気持ちなど気にすることもなく、無表情で答えた。

「……まあいいけど。でも俺も探し物があるから、それを探しながらで」

「ありがと!いいわよ、何を探してるの?」

「それは言えない。ただ、ずっと探してる。もう何年も…」

物憂げな表情で、男は俯く。事情は知らないが、大切なものなのかもしれない。手伝わない訳では無いが、今はどうでもよかった。

どうせこの人には明日も明後日もある。

今日だけ適当に付き合ってもらえばそれでいい。

「わかった。じゃあ、とりあえず名前!私は若村有利《わかむらゆうり》」

「……長都 純《ながと じゅん》」

「じゃあナガトで。今から百貨店に行くからよろしくね」

「いきなり呼び捨てかよ」

聞いていない振りをした。微笑んで歩きだし、彼も私に着いてくる。

呼び捨て?そんなのどうでもいい。

今日始まって、今日終わる関係。

そんなものに、一体どんな価値があるのだろう。この短い期間に、何が生まれるというのだろう。

あんなにも長い間苦痛を費やしても、何かが生まれるどころか、失ってばかりだったというのに。

まあいい。これでまた準備は整った。

最高の最期《おわり》を迎えるための、付き添い人を選んだ。

それだけのことだ。

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أحدث فصل

  • 優しい三途の川の渡り方   あとがき

    皆様、最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。 今回、私の中では新しいジャンルに挑戦したつもりです。 今までは、生死に関する物語でも、最後には『生きて』ということを主張する物語ばかりでした。 ですが今回、『本当に死にたいと思っている人は、そんな夢物語で変われるのか』ナガトの言うように、『死にたいと思っているほど辛い思いをしている人に、生きろと言う方が酷なのではないか』と思い、このお話が生まれました。 もちろん、読者様には死を選んで欲しくはありません。ただ少し、その辺の感情を出し、極限状態まで追い込まれた人が、狂った先にあるものを書きたかったのです。 そして、若村有利と真逆の考え方を持つナガト。 有利よりも、ナガトの考え方のほうが私寄りです。 私も、苦しみの次は幸せが来るし、その次はまた不幸が訪れ、また幸せがくるというサイクルを信じています。 それが生きている人の特権であるとも思っています。 この作品は、正反対の二人が描く、〝考え方〟の物語だと私は思っています。 物事は、捉えようによって、人生が変わります。 前向きに考えれば考えるほど、人生は豊かになると信じています。 もちろん、それにも欠点は付き物ですが。 私は、全てを前向きに捉えていきたいと思っています。そしてそのまま、私という人生の道の先へと進んでいきたい。 読者様にも、色々な〝考え方〟や〝捉え方〟があることを、心に刻んで、これからの人生を歩んでいって欲しいと思います。 苦しい時は、「あ、これは、もう少ししたら凄くいい事があるかも!」というように、考えて頂きたいです。 とは言っても、やはり辛い時は、そんなことを考える余裕もなくなるかもしれませんが。 それでも私は、読者様や全世界に生きる全ての人の幸せを願っています。 無理なことは承知の上ですが、全ての人々が幸せになって欲しい。 これは私の願いです。 このお話によって、少しでも新しい考え方を知ることが出来たり、それによって心が楽になった方がいらっしゃったら幸いです。 ここまであとがきを読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。 私もまた先へ進みます。 また別の作品でお会い出来ると幸いです。 ありがとうございました。2020.03.21. 氷高 ノア

  • 優しい三途の川の渡り方   渡り方

    いつの間にか、辺り一面が闇に染まっていた。 橋の下で小さく座る私たちは、流れ方の違う時間を共有している。 水の囁きと、傍を通る車のエンジン音が、言葉のない私たちの間を駆け抜けていった。 まなみさんの過去を話すと、ナガトは次第に落ち着いていき、最後は静かに泣いていた。 ナガトの涙を目にするのは初めてだった。 といっても、まだ出会ってから二十四時間も経っていない。それにも関わらず、私はナガトに素を見せることができていた。感情を解放し、新しい考え方を知ることが出来た。 今日初めて出会った人なのに、これほど自分が自分でいられるのは、きっとナガトだからなのだろう。 幽霊かなんて、関係ない。 何故、私にだけ見えるのかを考えてみた。どうして私がナガトに出会ったのか。 一つの答えとして、私の死期が近づいているからなのかもしれない。 もしくは、ナガトと私が正反対だからか。 死ぬことを望んでいる私と、生きることを望んでいるナガト。 お互いに見える世界が違って、でも苦しんでいて。だからこそ、二人で支え合えると神様が結んでくれた縁なのかもしれない。 ナガトのおかげで、私は異なる視点から物事を捉えられることを知った。 私は、ナガトとまなみさんを多少なりとも救えたのではと思う。 ナガトはあれから何も言わない。 これからどうするのだろうか。死んだという事実を受け入れかけている今、このままこの世を彷徨うのか、あの世と言われる世界へ向かうのか。「ナガトは、これからどうするの?」 道路を走る、車の光に照らされた川を見つめて呟いた。 その上にかかる橋は、随分と遠くまで伸びており、川は相当深いと思われる。 ナガトも同じ方向を見つめていた。「どうすればいいんだろうな。鉄骨が落ちてきた時、『あ、死ぬかも』と思って記憶が途切れて、別に神様に会うこともなくここにいる。目覚めたのは、事故から多分数ヶ月は経ってたんだよな。何が起こったのかもわからず、でも死んだと思いたくなくて、無理やり生きてた。生きてる証拠を探して。でも本当は最初からわかってたんだよ。腹も空かねぇ、話しかけても答えてくれねぇ、時々ふわっと飛んでいきそうな瞬間がある。認めたくなくて、この世にやり残したことが多すぎて、死ぬに死にきれなかったのが俺だよ」 神様なんて、本当にいるのだろうか。いるのならいっその事

  • 優しい三途の川の渡り方   傷の在り方

    ナガトとまなみさんが出会ったのは、大学に入学してすぐだったと、彼女は言った。 学部や学科、更には偶然アルバイト先までも同じで、話す機会が増えていったという。 まなみさんはナガトが人生を謳歌している姿や、どんなに困難なことに直面しても、前向きに進む姿に、次第に惹かれていったらしい。 一回生の終わりごろ、二人は付き合うことになった。 ナガトとは趣味も話も合い、まさに運命を感じていたのだそう。 社会人になってからも、二人の縁は切れることがなかった。 二十四歳の冬、まなみさんは上から転勤を命じられた。かなり離れた土地のため、遠距離恋愛になるかもしれないと告げると、ナガトからプロポーズされたと。 ナガト自身も、なんとか近くに住めるようにしようと言ってくれたらしい。 そして、まだどこに住むかを決める手前、ナガトは死んだ。 工事現場の近くを歩いていたところ、上から鉄骨が落ちてきて、即死だったそう。 神様がナガトの命はここまでだと言わんばかりに。 まなみさんはナガトのことを心から愛していた。 そのため、その傷はずっと癒えなかった。 一人闇の中に取り残され、孤独でたまらなかったと。 周囲の人に支えられ、なんとか仕事は行くことができたらしいが、常に上の空で、転勤先でも失敗ばかりだったという。 もう一生好きな人も恋人も夫もいらないと、固く心を閉ざしていた。失った悲しみは、日に日に増すばかり。 そんな中で、一際まなみさんを支えたのが、今の旦那さんだったそう。 旦那さんは転勤してきたまなみさんに一目惚れし、噂で聞いた彼女の辛い過去を知った。 それからは全力でまなみさんを励ましてくれ、時間をかけて心の扉を開けてくれたらしい。 それでも、やはり傷跡は残っている。今はもう三十代半ばに差し掛かるらしいが、ふとした時に思い出しては辛くなるのだそう。 旦那さんのことを愛してはいても、あの頃の最大の愛と傷を、忘れられない。今もずっと、心のどこかで探していると、彼女は言った。 まなみさんの痛みは、計り知れない。両親を亡くした私でも、同情していいものとは思えなかった。 辛くて苦しくて、どうしようもない思いに襲われる。どこに行っても失ったものは帰ってきてはくれなくて、残された自分は、一人で孤独に生きているのだ。 私はここで諦めてしまった。死を選んだ。 けれど、

  • 優しい三途の川の渡り方   受け入れ方

    その真実に瞳が揺れた。 やり場のない感情は、まるで誰かに心臓をねじ曲げられたようで、背筋に冷気が襲った。 娘の相手に一段落した男が家から出て来て、まなみさんを優しく連れ帰る。 その後ろ姿を呆然と眺めながら、私はナガトが去っていった道につま先を向けた。「ナガト……」 思わずその名を口にする。次の瞬間、私は走り出していた。 ドレスを着て、髪型も整えられた女が、服装を間違えた陸上選手のように全力疾走する。 パンプスのヒールが弾け飛ぶように、コンクリートを殴った。「待って……。待ってナガト!」 どこに行ったのかもわからないナガトを、無我夢中で探す。 ナガトが行ったであろう曲がり角のずっと先には、開けた道があった。 車が往来し、先程の閑静な住宅街とはまるで違う雰囲気を醸し出す。 まだ夏の蒸し暑さが残る日の元で、道路の先に見えるものを確認しに走る。 体も心も、何も感じなくなっていたはずのに、やはり私は生きているようで、公共機関も使わずに歩いた足が悲鳴をあげていた。 久々に走ったことにより、呼吸が激しく乱れる。息をする度に、横腹が痛くてたまらない。 道路の端に立つと、横断歩道の向こう側に何があるかハッキリとわかった。 赤くなった太陽の光を、これでもかというほど反射させ、それ自身の流れも加わり、煌びやかな情景を作り出していた。「……川だ」 何故だかそこに進んだ。 子供が信号待ちをする前を、堂々と渡る。 赤信号にゆっくりと死にかけの足を進める私に、クラクションと脅威の視線が刺さる。 なんとか止まった車から、罵声が浴びせられるも、私の脳内には響かなかった。 ただひたすらに、行かなければという最後の信念で、息を切らした私は歩いた。 川のほとりに彼はいた。橋の下ということもあり、他より少し暗い中に佇む姿は、私に真実を告げているよう。 小さな堤防のように斜めったコンクリート上で、ナガトは私に気がついた。 瞬間、視線と体の向きを反対に移動させ、赤の他人であるように歩き出す。「ま、待って……!」 二人の間にある数メートルの距離を走り、私は手を伸ばした。 ナガトの黒いジャケットから出た、骨ばった手を目掛けて掴む。 ───はずだったのに。 その時だけ時間が止まったようだった。 私の指先は、確かにナガトの手に届き、ナガトがその瞬間を横

  • 優しい三途の川の渡り方   語り方2

    車一台がようやく通れるほどの道が続く。その上で、スニーカーの地面を弾く音と、パンプスのコツコツと鳴く深い音だけが響いていた。 もう随分と歩いている気がする。空が少し赤く染まりだしてきた。 足がびりびりと痛む。血の巡りが悪いせいだろう。なぜだか笑えてきた。弱々しい最期を迎えている自分に酔っていたのだ。「ナガト、どこに向かってるの?探してる人の家?」 ナガトは少し間をあけた後、木の葉が揺れる音と重ねて口を開いた。「探してる……人の実家かな。今日のはずなんだ」 そこでナガトは足を止めた。つられて高く深い足音も消える。「……やっぱり、人ってどうしようもなくなると、誰かに縋りたくなるんだよな」 ナガトの背中は小さかった。あんなにも堂々としていた彼はどこに行ってしまったのだろう。「ナガトでもそんな時があるの?」「あった。今だな。俺は俺だから、別にお前に話す必要なんてないだろうし、結局どうにもならないことなんだろうけど…。それでも、吐き出していいか?」 ゆっくりと体をこちらに向けるナガト。その姿は逆光に包まれ、まるでナガト自身から光が漏れ出しているかのようだった。 話すとはなんのことだろう。今探しているものなのか、探す原因になった過去か。いずれにせよ、それはきっとナガトにとって一番重荷であり、辛い事なのだろう。もうすぐ死んでしまう私に話したくなるくらいに。「いいよ。私もう死ぬし、今後に影響は出ないから大丈夫。それに、こんな私でも一応まだ生きてるらしいから、愚痴をこぼす相手くらいはできるよ」 風に踊らされた木の葉が、私たちの足元で舞い、去っていく。 ナガトは、深く息を吐いた。そして、「よし」と小さく呟く。「ずっと、婚約者を探してるんだ。もう何年も。大学で出会って、付き合って、卒業して仕事も少しずつ慣れてきて、婚約した。まなみって言うんだ。式の予定もあった。だけど、突然連絡が取れなくなった。多分あれは二月頃だ。四月からまなみが転勤するのは知ってたけど、まだどこに住むのかは決まっていなかった」 何年も婚約者を探しているだなんて。そんなのもう結婚詐欺か浮気か何かでしょ、と言いそうになって止める。 ナガトは否定しなかった。だから私も否定はしない。「一度だけ、まなみの実家に行ったことがあるんだ。まなみは大学から一人暮らしをしていたから、かなり遠出だっ

  • 優しい三途の川の渡り方   語り方1

    商店街を抜けて脇道に進むと、一気に人通りが少なくなった。 家々が立ち並び、雨風で汚れたコンクリート製の壁が、細い道を歩く私達に圧迫感を強いる。 庭から見える木は、多少色素が変化してきていた。 まだ日は高く昇っている。 前を歩くナガトは、歩幅を合わせてくれていて、新品のパンプスを履いていてもそれほど辛くはなかった。 風が前から吹き荒れる。まだ生暖かい風は、少しずつ秋の香りを運んでいた。 人間の記憶と嗅覚は繋がっていて、しばしばその記憶は強く鮮明だという。 そのせいだろうか。あの頃の記憶が脳裏に浮かぶ。「このくらいだったかなぁ」 本当は言うつもりなんてなかった。でも、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。 足はそのまま動かすも、ナガトは「ん?」と呟いて振り向いた。「両親がね、去年死んだの。交通事故。最初は意味がわからなくて、ずっと夢だと思ってた。何が起こったのか理解できないまま、葬式を終えて、仕事に戻って…」 人は、嫌な記憶を忘れるように出来ているらしい。記憶上の私は、ぼんやりとしている。「今年で二年目だから、去年は新入社員だったの。しかもブラック企業の。だから本当に辛くて、たまに実家に電話してたのよね。ある時、上司に理不尽に怒られたんだったかな。家に帰って思わず電話しちゃったの。出るわけがないのに。そこで気がついちゃった。もうこの世界のどこにも居ないんだって」 スマートフォンを握りしめて泣いた。もう「大丈夫だよ」と言ってくれる存在がいないことを知った。 一人っ子の私を、ここまで立派に育ててくれて、大学も就職も、自分の好きなところに進みなさいと、温かく見守ってくれた。 間違っていたら叱ってくれた。発表会で失敗して泣いていたら、慰めてくれた。試合で負けて悔しがっていたら、次はいけると応援してくれた。友人関係で苦しんでいたら、隣で静かに頷いて話を聞いてくれた。嬉しいことがあれば、一緒に喜んでくれた。 それは今まで、当たり前だったんだ。 これから先、永遠に続くと思い込んでいた。 でも、それはとんでもなく特別なことで、そんな日々が存在すること自体、奇跡だったのだ。 失ってから気がついたところで遅かった。 何も言えなかった。 就職して一人暮らしをする時だって、気恥ずかしくて、ここまで育ててくれてありがとうなんて言えなかった。

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