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夜と、傷と:陽介side《5》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-09-15 11:00:07

俺は多分、いろんな意味で未熟だった。

大事にすればするほど喜んでくれるものだと思っていて、わかりあえるものだと思っていて。

今、目の前でそれが、彼女の手で壊される。

「この先ずっと、絶対よそ見しないで、僕だけ見て、僕だけに欲情しろよ。それを信じさせて、僕に自信をくれ。

 僕の全部を、貴方にあげるから」

瀬戸際で、ずっと抑えてきたものを。

彼女が誘い、引きずり出そうとする。

均衡を破ったのは、ほんのわずかな、彼女の言い回し。

―――信じさせて、僕に自信をくれ

不安に揺れる彼女の目。

俺が触れることで、それを拭い去れるなら。

そんな解釈が、自分への言い訳が頭に浮かんだ途端に俺は、衝動に負けた。

彼女の肩を強く引き寄せて、その衝動のままにただ彼女の唇を貪り気遣いもなく舌が歯列を割り入り込む。

気持ちいい。

すっかり興奮させられてるからか、柔らかい舌も唇も、唾液も甘い、いつも以上に。

彼女の手がいつの間にかネクタイを手放して、息苦しさを訴えるように俺の胸をシャツの上から引っ掻いた。

「……くそっ」

くそっ!

一度は唇を離したけれど、それでもすぐに吸い付きたくなる。

簡単には尽きそうにない自分の欲求に悪態を付いた。

だけど、それを煽ったのは、彼女自身だ。

「俺が、どんだけ必死に抑えてきたと……」

とろん、と蕩けた瞳で見上げる慎さんが、憎々しく、愛しい。

俺はつい荒くなる動作で彼女を助手席に押し付けシートベルトを着けると、車を発進させた。

足りない。

キスだけ
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