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番外編アソート:脇役編《6》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-10-17 07:00:25

無駄に予行練習させられた気分だ。

徐に携帯電話を手に取って、画面を指でスライドさせる。

咥えた煙草の煙が目に染みて、顔を傾げて避けた。

結婚式とか絶対無理だな。

俺インフルエンザになろう。

「真由美ちゃん? 俺」

『佑さん? どしたの? そっちからかけてくんの珍しいね』

「ん? 顔が見たくなったから。飲みに来いよ。……できれば閉店ギリギリに」

『えー……どうしようかな』

「来いって。ギリギリじゃなくても真由美ちゃん来たらそこで閉店にするよ」

『また、そういうこと言って……行ってもいいけど、今日は無理』

真由美、佑。

互いに名前と大体の年齢ぐらいしか知らない。

たまに時間を合わせて会うその女は、サバサバとした性格で気が楽でいい。

だが、今日に限って何か歯切れが悪かった。

「なんで」

『ん、今ちょっと、実家に帰ってんの』

「なんだそうか。いつ戻る?」

『あー、なんかやな感じ。普通、何かあったのかー、とかそういうこと聞かない? ほんとヤることしか頭にないよねー』

んだよ。

今日は機嫌悪いのか。

「えー……なんで実家に?」

『うわ、棒読みむかつくわー。見合いすんのよ』

「へえ……は?」

『私ももう三十半ばだし? そろそろ結婚しないとまずいかなと思ってさぁ』

「何言ってんだ。馬鹿か!」

驚いて、口から煙草が転がり落ちた。

慌てて拾い上げて灰皿に押し付ける。

嘘だろ。

真由美が結婚なんて。

『え……止めてくれる

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