杖も呪文もいらなくなった世界で、機械仕掛けの魔法使いたちは希う

杖も呪文もいらなくなった世界で、機械仕掛けの魔法使いたちは希う

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-26
Oleh:  RunaBaru saja diperbarui
Bahasa: Japanese
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これは、魔法と機械が共存する空の学園で紡がれる、恋と友情の物語。 地球から遠く離れた空に浮かぶ巨大な空中大陸。 魔法で自身の体のように自在に動く義肢と、魔法を日常に取り入れた暮らし。 そんな杖も呪文もいらなくなった世界で、莉愛とカナタは幼い頃から互いに支え合いながら成長してきた。 けれど、その穏やかな日常の下には、まだ誰も知らない“深い影”が潜んでいる。なぜ空の大陸に移住したのか。七賢者とは何者なのか。魔女とは。魔法使いとは。 それは、恋と友情に満ちた日々を揺らし、世界そのものの在り方へと繋がっていく。 機械仕掛けの魔法と共に紡がれる、友情と恋、そして誰かを想う優しさの物語。

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Bab 1

未来は空にある 01

 いつからだろう。

 あなたの眼差しが、こんなにも遠くなってしまったのは。

 鋼鉄のマスクが、淡い光を冷たく反射する。

 すれ違う瞬間、ほんの一刹那——視線が触れた。

 だけど、そこにあったのはあの優しい光ではなくて、まるで心を切り裂くような、鋭く冷たい刃のような輝きだった。

 以前は違った。

 あの眼差しは、柔らかくて、温かくて。

 見つめられるだけで、心が静かに温まった。

 その眼差しが好きだった。

 今は、私を拒むためにだけ存在しているみたい。

「……ねぇねぇ——」

『——話したくない』

 あなたの機械混じりの声は、空気に溶けて消えた。

 そして私の声だけが、虚空に取り残された。

 廊下をすれ違う度、あなたは視線を逸らした。

 学生が皆まとっている漆黒の羽織の袖が、触れそうな距離を掠めても——

 それでも、あなたは私を見なかった。

 声をかけても、返事はない。

 まるで、最初から私なんて存在しなかったみたいに。

 あなたの背中が遠ざかる度、世界から音と色が抜け落ちていった。

 いつもなら立ち止まってくれたのに。

 小さな声でも、ちゃんと聞いてくれたのに。

 そのうち、呼び止めようとしても、喉が震えるだけで声にならなくなった——

 どうして。

 どうして——カナタ。

 どうして、そんな目で私を見るの。

 ◆ ◆ ◆

 ここは初等部の六年生の教室。大きな窓から差し込む午後の陽光が、広々とした室内を温かく照らしている。

 木の机と椅子が整然と並び、教室の前方には巨大なスクリーンが設置されていた。

 先生はその端に立ち、生徒たちの視線を集める。

「——それでは次に、私たちの生活に欠かせない魔械義肢《マギアぎし》と魔械歯車《マギアギア》について勉強しましょう」

 先生の声が教室に響く。

「私たちはみんな、生まれた時から、片方の腕か、もしくは膝から下の脚がない状態で生まれてきます。それはなぜか、覚えている人―?」

「「はーい!」」

 教室のあちこちから、勢いよく手が挙がる。呆気に取られているうちに、先生はその中のひとりを指名した。

「大昔の人たちが治癒魔法に頼りすぎたせいで、体が弱くなったからです!」

「そうですね。治癒魔法に過剰に頼った結果、人間が本来持っていた免疫機能——自分で病気やケガを治す力が弱ってしまったのです。では、どうしてそれが腕や脚を失うことに繋がったのでしょうか?」

 今度は誰も手を挙げない。「うーん」とうなる子や、隣の子と小声で相談しあう姿があちこちで見られる。

 少しざわついてきた教室を、先生の声が再び静けさに戻す。

「じゃあ、今日は何日だったかな……はい、それでは莉愛《りあ》さん、お願いします」

 莉愛《りあ》。私の名前だ。

 問題の答えは知っている。でも、今日という日付が、少しだけ恨めしい。

「はい、えっと……魔法使いが免疫機能を治したけど、その代わりに腕や脚を維持する力がなくなってしまいました」

「はい、その通りです。人々の体がどんどん弱くなり、それに伴って人口も減ってしまいました。そこで、大昔の偉大な魔法使いたちが見つけてくださった解決策が、今の私たちの姿です。魔械義肢《マギアぎし》は、失った腕や脚を補うためのパーツであり、魔法を使うための重要な魔械機器《マギアきき》なのです。」

 私たちの“今の姿”。私の場合は、生まれた時から左腕がなかった。だから、私の左腕は義肢になっている。

 確か三歳くらいの時、右手での生活が安定したタイミングで装着された。魔法で眠っている間に施されて、目を覚ました時、初めて自分の義肢を見た。

 その時の衝撃は、今でもはっきり覚えている。

「魔械義肢《マギアぎし》は、脳からの信号を“人工魔法石”の魔力と、“天然魔法石”の地脈力を、魔械歯車《マギアギア》によって調和させることで、安定的かつ効率的に動いています」

 先生の説明を聞きながら、生徒たちは自分の義肢を動かしてみる。教室には、微かな金属の音が響いた。

「細かい作動の仕組みは中等部や高等部で学びますが、魔械車《マギアカー》や魔械飛空挺《マギアシップ》など、他の魔械機器《マギアきき》も同じ原理で動いています。備え付けられた魔法石と魔械歯車《マギアギア》を、私たちの魔力を通して起動させているんですね」

「つまり——魔械義肢《マギアぎし》を使いこなすためには、私たちが“魔法使い”であることが必要不可欠なのです」

先生は一呼吸置き、続ける。

「私たちは、生まれた時から魔法が使えたわけではありません。実はお父さんやお母さんが、赤ちゃんに魔法が使えるように“魔法”をかけてくれているのです」

「昔は、魔法使いになるかどうかは家族や師匠の判断に任されていました。でも今は、生きるためにも魔法を使えなければなりません。だから、みんな魔法使いとして育つのです」

 大昔は、棒のような道具を使って魔法を操っていた時代があったらしい。治癒はもちろん、炎や水、雷を操り、日常や仕事、戦争にも魔法が使われていたみたい。

「過去の教訓を生かして、今の魔械義肢《マギアぎし》には“治癒魔法”や“自然魔法”は使えないように制限されています。現在私たちが使えるのは、『視覚』『聴覚』『触覚』『嗅覚』『味覚』の五感を基にした魔法だけです」

 すると突然、ある男子生徒が勢いよく手を上げた。

「はいはいはーい!」

 先生が指すよりも先に、男の子は勝手に話し出す。

「五感魔法の全部を使えない人っているんですかー? 例えばぁ、鼻とか口が無かったら“三感魔法”とかになっちゃうの?」

 男の子といつもつるんでいる連中が、クスクスと笑い出す。嫌な笑いだ。腹の底がざわつくような、苛立たしい音。

 先生はやや困った顔を浮かべながらも、真っ直ぐその男子生徒を見た。

「まず拓斗《たくと》くん、質問をする時は先生が指してからにしましょう」

 拓斗《たくと》はふてくされた表情を見せるが、先生は静かに続ける。

「それから、この答えはあくまで先生個人の見解になりますが……恐らく、拓斗《たくと》くんが言うような状態では、確かに“三感魔法”になるのだと思います」

 再びクスクスと笑い声が上がる。

「しかし——」

 先生の声に、ピンと教室の空気が張り詰めた。

「人間の脳は、失われた感覚を補うように、他の感覚を鋭くする力を持っています」

「例えば目の見えない人は、『聴覚』や『触覚』がとても敏感になり、魔法を使わずとも、音で空間の広さを測ったり、背後にいる人の気配を感じ取ったりできるようになるそうです」

 生徒たちが目を輝かせながら、先生の言葉に耳を傾けている。

 先生がスクリーンを映すための魔械機器《マギアきき》を操作する。大型スクリーンには、五感魔法のレーダーチャートが映し出されていた。五角形のグラフは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の力を均等に示している。

「もし、五感のうちの一部が使えなければ、その分の魔力が他の感覚に“再配分”されているのかもしれませんね」

 先生の言葉にあわせて、グラフの形が変化する。嗅覚と味覚の部分が凹み、視覚や聴覚の数値が伸びて、グラフがいびつな形になる。

 それを見た生徒たちから、「おぉーっ」と感嘆の声が漏れた。

「そんな人はきっと、近いうちに『高度魔法』を使いこなす日が来るのかもしれませんね!」

《キーン、コーン、カーン、コーン———》

 授業終了を告げるチャイムが鳴った。先生は魔械機器《マギアきき》を操作し、スクリーンを消す。

「では今日はここまでです。先生は教材を片付けてきますので、みなさんは帰りの準備をしてください」

 教科書と魔械機器《マギアきき》を抱え、先生は教室を後にした。私も鞄を取りに、教室の後ろのロッカーへ向かう。

『——莉愛《りあ》』

 名前を呼ばれて、私は足を止めた。ゆっくりと振り返る。機械混じりのその声は、私の耳に真っ直ぐ届いた。

 そこに立っていたのは、一人の男の子だった。

 淡い陽光の下、その顔は、鋼鉄でできたマスクに覆われていた。鼻から顎へ、そして耳の手前にかけて、なめらかに繋がるその表面には、魔力を通すための細やかな蔓模様が、静かに光を反射している。

 目元だけがはっきりと見えていて、そこには迷いも戸惑いもなく、ただ真っ直ぐに、私を見つめる視線があった。

「何? ——カナタ」

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未来は空にある 01
 いつからだろう。 あなたの眼差しが、こんなにも遠くなってしまったのは。 鋼鉄のマスクが、淡い光を冷たく反射する。 すれ違う瞬間、ほんの一刹那——視線が触れた。 だけど、そこにあったのはあの優しい光ではなくて、まるで心を切り裂くような、鋭く冷たい刃のような輝きだった。 以前は違った。 あの眼差しは、柔らかくて、温かくて。 見つめられるだけで、心が静かに温まった。 その眼差しが好きだった。 今は、私を拒むためにだけ存在しているみたい。「……ねぇねぇ——」『——話したくない』 あなたの機械混じりの声は、空気に溶けて消えた。 そして私の声だけが、虚空に取り残された。 廊下をすれ違う度、あなたは視線を逸らした。 学生が皆まとっている漆黒の羽織の袖が、触れそうな距離を掠めても—— それでも、あなたは私を見なかった。 声をかけても、返事はない。 まるで、最初から私なんて存在しなかったみたいに。 あなたの背中が遠ざかる度、世界から音と色が抜け落ちていった。 いつもなら立ち止まってくれたのに。 小さな声でも、ちゃんと聞いてくれたのに。 そのうち、呼び止めようとしても、喉が震えるだけで声にならなくなった—— どうして。 どうして——カナタ。 どうして、そんな目で私を見るの。 ◆ ◆ ◆ ここは初等部の六年生の教室。大きな窓から差し込む午後の陽光が、広々とした室内を温かく照らしている。 木の机と椅子が整然と並び、教室の前方には巨大なスクリーンが設置されていた。 先生はその端に立ち、生徒たちの視線を集める。「——それでは次に、私たちの生活に欠かせない魔械義肢《マギア
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門出の選択 02
 明日の卒業式に備えて、今日は真っ直ぐ帰ろう——そう思いながら、カナタを誘おうと後ろの席へと身体を捻って口を開きかけた、その時だった。「ねえ、カナタってさ、ほとんど一人だったけど、寂しくなかったの?」 教室に響いたのは、どこか無邪気さを装った、だけど、確かに悪意を滲ませた拓斗の声だった。 拓斗の背後では、取り巻きたちがクスクスと含み笑いを浮かべている。 さっきまで教室を包んでいた、温かくて少し切ない雰囲気が、嘘みたいに掻き消えた。卒業式の前日までこんなことを言いに来るなんて——怒りと呆れが胸に込み上げ、思わず言い返そうとした、その瞬間。『うん、寂しくなかったよ。……ずっと一人だったわけじゃないからね』 カナタは、拓斗と目を合わせず、帰りの支度をしながら答える。机の中が空になったのを確認して、鞄を閉じた。「それに……」 そう言ってゆっくりと立ち上がり、拓斗と同じ高さで向き合う。表情は穏やかだったけど、その目には揺るがない強さがあった。『……誰とでも仲良くなれる人って……逆に、誰とも深いところまでは繋がらない気がするんだよね』 教室の空気が、ピンと張りつめたように感じられた。拓斗の表情が、一瞬だけ硬直する。『……君は』 思ってもみなかった返しに、戸惑いを隠せずにいる拓斗を前に、カナタはふと視線を拓斗の後ろへと移した。そこにいる、取り巻きたちへと。『……どっちだろうね?』 静かにそう告げたカナタのチョーカーから、微かに空気の漏れるような音がした。それはまるで、鼻で笑ったような——そんな音だった。 カナタが嗤《わら》った? そう思ったのは、きっと私だけじゃなかった。 その声は、機械混じりなのも相待って、鋭い冷たさがあった。呆れとも言える距離感が滲んでいた。 睨みつけるようにカナタを一瞥した拓斗は、何も言わずに席へ戻り、鞄を手に教室を出て行った。取り巻きたちも、言葉を失ったまま、慌ただしくその後を追っていく。 カナタは何事もなかったかのように、静かに席に座ると、頬杖をつきながら窓の外を眺める。 チョーカーからは、溜息のような空気が漏れた。 視線はぼんやりとしているけど、まるで遠くの景色を見てるんじゃなくて、もっと遠くの、誰にも見えない場所を見ているようだった。 その横顔には、どこか大人びた静けさが漂っていて、とても儚くて、綺麗だった
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門出の選択 03
 チリリリッ、チリリリッ、チリリリッ—— 目覚ましの音が、耳の奥で柔らかく鳴り、私はその音を止める。 機械自体はそれほど大きな音を立てていないはずなのに、聴覚魔法で耳元に直接響くように施されているから、意識はきちんと現実へ引き戻される。 でも、やっぱり朝は苦手。目は覚めても、体は布団の温もりを恋しがっている。このまま、微睡んでしまいたい。 だけど今日は、卒業式。ぐずぐずしていられない。「莉愛、起きてるー? 寝間着のまま降りていらっしゃーい!」 一階からお母さんの声が響いてきた。私は寝間着の衿を軽く整えて、ぼさぼさの髪を指先で梳かし、微睡みを目元に残したまま重い足取りで階段を降りる。 ダイニングへのドアを開けると、朝の光が穏やかに差し込んでいた。キッチンには手際よく朝食を準備するお母さんの姿。 テーブルではお父さんが紅茶のカップを並べていて、利玖は羽織は着ずに制服姿のまま難しそうな本を読みふけっている。 キッチンから魔械《マギア》義肢の音がする。すると、香ばしいトーストや色取り取りの野菜を乗せた皿たちがふわりと宙に浮き、テーブルの上へと運ばれてくる。「……おはよう」 ぼんやりとした声で、家族に挨拶をする。「莉愛、おはよう。紅茶、もうすぐできるよ」 お父さんがポットに温かな紅茶を淹れている。湯気の中にふわりと広がる上品な香りが鼻をくすぐる。「……いい匂い……」「おはよう、莉愛。先に顔だけ洗ってらっしゃい」 お母さんがまだ眠気の抜けない私の様子に気付いて、優しく促す。 私は頷いて、トボトボと洗面所へ向かった。春の朝は、まだほんのり肌寒い。だけど、家の中には変わらず温かい。 洗面所に入ると、まず蛇口をひねり手元に流れ出る温かいお湯を洗面器に溜める。お湯が静かに器の中を満たしていく間に棚から柔らかなタオルを一枚、そして薬草を一枚取り出した。 この薬草は肌の汚れを穏やかに落としてくれるもの。朝の洗顔にはこれが欠かせない。 洗面器の中へ薬草を一緒に入れて、長い髪をヘアクリップで手早くまとめる。薬草の葉はじわじわとお湯の中で形を変えていく。葉の縁が僅かに揺れてしばらく待つと、薄く色付いた湯の中にふわりと何かが溶け出し、いい香りがしてきた。 タオルを入れて、その中で優しく揉み込む。ふわふわとした手触りの中に、薬草の成分がしっかりと染み込んで
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門出の選択 04
「莉愛は、どこの寮になるのかしら? 入学式が楽しみねっ」 お母さんの声が背後からふわりと届く。お母さんが丁寧に私の髪を梳かしている。櫛が髪を通る度に静かな音がして、その度に髪が整えられていく。鏡越しに目が合うと、お母さんはニコッと笑った。「十二個も寮があったら、カナタとは離れちゃうかなぁ?」 お母さんと利玖に問いかけてみると、部屋の勉強机に腕を組んで寄りかかっていた利玖がふっと笑った。「いや〜、そもそもカナタと莉愛は別の寮だろ〜」 利玖が肩をすくめて笑いながら口を挟む。あまりにも当然のように言うものだから、私は思わず頬を膨らませて口を尖らせた。「ん〜、カナタは卯月寮か文月寮とかじゃないかな? 莉愛は〜……如月寮か弥生寮か……水無月寮とかかな?」 それぞれの寮に特徴があるのか、顎に手を当てて予想する利玖の声にお母さんもクスッと笑う。「お母さんも、如月寮じゃないかって思ってるのよねぇ」 お母さんが私の髪を整えながらそう言った。柔らかな声に何だか胸がドキドキした。 未来のことはまだ分からないけど、名前だけでこんなにも想像が膨らんで楽しくなるのは、きっとこれが「はじまり」の前だからだ。「さぁ、出来ました。回って見せて」 お母さんが少し後ろへ下がりながら、嬉しそうに手を叩いた。私はその場でくるりと二度、軽やかに回って見せる。長く仕立てられた袖が空気を含んで、ふわりと舞った。「うんっ、素敵ね」 お母さんの頬が緩む。その笑顔を見て、胸の奥がふっとくすぐったくなった。嬉しくて、でも何だか照れくさくて落ち着かないような——そんな、こそばゆい気持ちが心の中をクルクル回る。「中等部の話もワクワクするけど……今日は初等部の卒業式だからね。最後の校舎に、きちんとお別れと感謝を伝えないと」 お母さんの言葉に、私は通い慣れた校舎を思い出してみる。 歩き慣れた廊下。教室の景色。いつもと違う服を着た今、あの場所にもう一度立つことが、少しだけ特別に思えた。「それじゃあ、お母さんも着替えて準備してくるから、二人共リビングで待っててくれる?」「「はーい」」 二人で返事をして部屋のドアへ向かうと、利玖もその後に続いた。 二人で並んでリビングへ向かうと、そこにはフォーマルな黒色のスーツに身を包んだお父さんの姿。常盤色のネクタイを器用に結んでいる最中だった。 ふとこ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-26
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