LOGINこれは、魔法と機械が共存する空の学園で紡がれる、恋と友情の物語。 地球から遠く離れた空に浮かぶ巨大な空中大陸。 魔法で自身の体のように自在に動く義肢と、魔法を日常に取り入れた暮らし。 そんな杖も呪文もいらなくなった世界で、莉愛とカナタは幼い頃から互いに支え合いながら成長してきた。 けれど、その穏やかな日常の下には、まだ誰も知らない“深い影”が潜んでいる。なぜ空の大陸に移住したのか。七賢者とは何者なのか。魔女とは。魔法使いとは。 それは、恋と友情に満ちた日々を揺らし、世界そのものの在り方へと繋がっていく。 機械仕掛けの魔法と共に紡がれる、友情と恋、そして誰かを想う優しさの物語。
View More——プロローグ——
いつからだろう。
あなたの眼差しが、こんなにも遠くなってしまったのは。
鋼鉄のマスクが、淡い光を冷たく反射する。
すれ違う瞬間、ほんの一刹那——視線が触れた。
だけど、そこにあったのはあの優しい光ではなくて、まるで心を切り裂くような、鋭く冷たい刃のような輝きだった。
以前は違った。
あの眼差しは、柔らかくて、温かくて。
見つめられるだけで、心が静かに温まった。
その眼差しが好きだった。
今は、私を拒むためにだけ存在しているみたい。
「……ねぇねぇ——」
『——話したくない』
あなたの機械混じりの声は、空気に溶けて消えた。
そして私の声だけが、虚空に取り残された。
廊下をすれ違う度、あなたは視線を逸らした。
学生が皆まとっている漆黒の羽織の袖が、触れそうな距離を掠めても——
それでも、あなたは私を見なかった。
声をかけても、返事はない。
まるで、最初から私なんて存在しなかったみたいに。
あなたの背中が遠ざかる度、世界から音と色が抜け落ちていった。
いつもなら立ち止まってくれたのに。
小さな声でも、ちゃんと聞いてくれたのに。
そのうち、呼び止めようとしても、喉が震えるだけで声にならなくなった——
どうして。
どうして——カナタ。
どうして、そんな目で私を見るの。
◆ ◆ ◆ ここは初等部の六年生の教室。大きな窓から差し込む午後の陽光が、広々とした室内を温かく照らしている。木の机と椅子が整然と並び、教室の前方には巨大なスクリーンが設置されていた。
先生はその端に立ち、生徒たちの視線を集める。
「——それでは次に、私たちの生活に欠かせない“
先生の声が教室に響く。
「私たちはみんな、生まれた時から、片方の腕か、もしくは膝から下の脚がない状態で生まれてきます。それはなぜか、覚えている人―?」
「「はーい!」」
教室のあちこちから、勢いよく手が挙がる。呆気に取られているうちに、先生はその中のひとりを指名した。
「大昔の人たちが治癒魔法に頼りすぎたせいで、体が弱くなったからです!」
「そうですね。治癒魔法に過剰に頼った結果、人間が本来持っていた免疫機能——自分で病気やケガを治す力が弱ってしまったのです。では、どうしてそれが腕や脚を失うことに繋がったのでしょうか?」
今度は誰も手を挙げない。「うーん」とうなる子や、隣の子と小声で相談しあう姿があちこちで見られる。
少しざわついてきた教室を、先生の声が再び静けさに戻す。
「じゃあ、今日は何日だったかな……はい、それでは
問題の答えは知っている。でも、今日という日付が、少しだけ恨めしい。
「はい、えっと……魔法使いが免疫機能を治したけど、その代わりに腕や脚を維持する力がなくなってしまいました」
「はい、その通りです。人々の体がどんどん弱くなり、それに伴って人口も減ってしまいました。そこで、大昔の偉大な魔法使いたちが見つけてくださった解決策が、今の私たちの姿です。
私たちの“今の姿”。私の場合は、生まれた時から左腕がなかった。だから、私の左腕は義肢になっている。
確か三歳くらいの時、右手での生活が安定したタイミングで装着された。魔法で眠っている間に施されて、目を覚ました時、初めて自分の義肢を見た。
その時の衝撃は、今でもはっきり覚えている。
「
先生の説明を聞きながら、生徒たちは自分の義肢を動かしてみる。教室には、微かな金属の音が響いた。
「細かい作動の仕組みは中等部や高等部で学びますが、
「つまり——
先生は一呼吸置き、続ける。
「私たちは、生まれた時から魔法が使えたわけではありません。実はお父さんやお母さんが、赤ちゃんに魔法が使えるように“魔法”をかけてくれているのです」
「昔は、魔法使いになるかどうかは家族や師匠の判断に任されていました。でも今は、生きるためにも魔法を使えなければなりません。だから、みんな魔法使いとして育つのです」
大昔は、棒のような道具を使って魔法を操っていた時代があったらしい。治癒はもちろん、炎や水、雷を操り、日常や仕事、戦争にも魔法が使われていたみたい。
「過去の教訓を生かして、今の
すると突然、ある男子生徒が勢いよく手を上げた。
「はいはいはーい!」
先生が指すよりも先に、男の子は勝手に話し出す。
「五感魔法の全部を使えない人っているんですかー? 例えばぁ、鼻とか口が無かったら“三感魔法”とかになっちゃうの?」
男の子といつもつるんでいる連中が、クスクスと笑い出す。嫌な笑いだ。腹の底がざわつくような、苛立たしい音。
先生はやや困った顔を浮かべながらも、真っ直ぐその男子生徒を見た。
「まず
「それから、この答えはあくまで先生個人の見解になりますが……恐らく、
再びクスクスと笑い声が上がる。
「しかし——」
先生の声に、ピンと教室の空気が張り詰めた。
「人間の脳は、失われた感覚を補うように、他の感覚を鋭くする力を持っています」
「例えば目の見えない人は、『聴覚』や『触覚』がとても敏感になり、魔法を使わずとも、音で空間の広さを測ったり、背後にいる人の気配を感じ取ったりできるようになるそうです」
生徒たちが目を輝かせながら、先生の言葉に耳を傾けている。
先生がスクリーンを映すための
「もし、五感のうちの一部が使えなければ、その分の魔力が他の感覚に“再配分”されているのかもしれませんね」
先生の言葉にあわせて、グラフの形が変化する。嗅覚と味覚の部分が凹み、視覚や聴覚の数値が伸びて、グラフがいびつな形になる。
それを見た生徒たちから、「おぉーっ」と感嘆の声が漏れた。
「そんな人はきっと、近いうちに『高度魔法』を使いこなす日が来るのかもしれませんね!」
キーン、コーン、カーン、コーン——
授業終了を告げるチャイムが鳴った。先生は
「では今日はここまでです。先生は教材を片付けてきますので、みなさんは帰りの準備をしてください」
教科書と
『——
名前を呼ばれて、私は足を止めた。ゆっくりと振り返る。機械混じりのその声は、私の耳に真っ直ぐ届いた。
そこに立っていたのは、一人の男の子だった。
淡い陽光の下、その顔は、鋼鉄でできたマスクに覆われていた。鼻から顎へ、そして耳の手前にかけて、なめらかに繋がるその表面には、魔力を通すための細やかな蔓模様が、静かに光を反射している。
目元だけがはっきりと見えていて、そこには迷いも戸惑いもなく、ただ真っ直ぐに、私を見つめる視線があった。
「何? ——カナタ」
体育館に着くと、四つのコートをぐるっと囲むようにして並んだ座席に、もうたくさんの同級生たちが座っていた。前の方からどんどん埋まっていって、広いはずの体育館なのにどこか落ち着かない空気が漂っている。 クラスごとにまとまってはいるけど、席順が自由だからか友達同士で小さく笑い合う声も混じっていて、少しだけお祭りみたいな雰囲気だった。私たち五人もなるべく前の方の座席に腰掛ける。 体育館の真ん中に、銀色の支柱で組まれた即席のステージが置かれていた。 その周りを取り囲むように、折り畳みの椅子がずらりと並んでいる。椅子の金具が光を反射していて、何だかちょっと緊張感がある。 私たちが座る席は、床よりも高いところにあった。だから、真ん中の体育館を上から見下ろすみたいに全部見渡せる。座席の下には扉や通路があって、先生や先輩たちが出入りしている。 その中には、生徒会役員の利玖の姿もあった。(そう言えば、生徒会の説明もするって、さっき言ってたっけ)「利玖先輩もいるねっ。生徒会の説明もあるの?」 私の隣に座る拓斗のさらに隣にいる詩乃ちゃんが、体を前に少し倒して顔をひょっこりと見せながら私に尋ねた。「うん、そうみたいっ」 答えながら私は自然と視線を利玖の方へ戻す。即席のステージに立つ利玖は、真剣な眼差しで生徒会役員たちに確認しながら指示を出している。姿勢はきびきびとしていて、周りの役員たちもそれに応えるように頷いたり少し緊張した顔で資料を確認したりしていた。 その中心に立つ利玖の表情は落ち着いていて、どこか余裕すら感じられる。口元に微かな笑みを浮かべながらも、視線は鋭く仲間を見渡し必要な言葉を的確に投げかけているみたい。(まさに、生徒会副会長だ) 兄として知っている、いつもの優しい利玖とは少し違う。みんなを引っ張る姿は頼もしくて、胸の奥にじんわり高揚感が広がっていく。私はその感覚を隠すように、ただ黙って利玖たちの様子を眺め続けた。・・・ 準備が進んできたのか、説明してくれる先輩たちが次々とステージの周りの椅子に座り始めた。 委員会の先輩たちはまだ手元の資料を開いて、隣の人と小声で確認し合っている。ピリッとした空気があって、何だか「ちゃんとしてる」って感じ。 一方で部活動の方はもうすっかりリラックスしていて、笑いながら話している人も多い。そっちはそっちで
私たちが他愛もないお喋りに夢中になっていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いた。慌ただしく席に戻る生徒たちの気配の中、私と玲央くんも立ち上がる。 カナタの机に寄りかかっていた私は、そっと横を振り向くと、カナタと目が合った。(バイバイっ) 心の中で呟きながら小さく手を振ると、カナタもほんの一瞬だけ目を軽く見開いた後、小さく手を振り返してくれた。その控えめな仕草にほんのり胸が温かくなる。 自分の席へ戻った私は、窓を背にして椅子に横座りして玲央くんに体を向ける。もう少しだけ昼休みのあの空気を楽しみたかった。「次、体育館だよな? 委員会と部活かぁ、絶対入らないといけないのかなぁ」 玲央くんが、少し気怠そうに呟く。「どうだろうね? もしそうだったら、何に入ろうかなぁ」 私も同じように空を仰ぐ気持ちで答えた。昼休みの余韻と、これから始まる午後の時間。その狭間で、ちょっとだけ時間が止まったみたいに感じた。 教室はどんどんクラスメイトが戻って来て、日向先生が来るのを待つ。・・・ 扉の開く音がすると、教室の視線が一斉にそちらへ向く。日向先生が手に資料を抱えて入って来た。「皆さん、もう席に着いていますね。助かります」 にこやかな笑みを浮かべながら、先生は教壇に立つ。「では、五時間目からは体育館に移動してもらいます。委員会と部活動と、ちょっとした説明がありますので、案内に従って着席してくださいね」(あれっ、出席番号順じゃないのかな?) ほんの少し胸の奥に期待が芽生え、自然と笑みが溢れた。 先生は続ける。「体育館では席は出席番号順ではありません。委員会はともかく、部活動は交流の場でもありますから、相談するために友達とまとまって座っても構いません。その代わり、はしゃぎすぎないこと。私たち教員がしっかり見ていますからね」 日向先生の声が教室に響くと、ふわりとした安堵の空気が広がった。それと同時に、どこか背筋が伸びるような緊張感も漂う。「よかったなっ」 後ろの席から玲央くんが小声で囁きかけてきた。振り返らなくても、ニッと笑っている顔をしているのが目に浮かぶ。私は思わず小さく頷いてしまった。「では、これから配る資料を持って廊下に並んでください。ただし——騒いだら、出席番号順に並んでもらいますからね」 先生が手にした束
それからカナタはいくら話しかけても黙り込んでしまい、教室に着いたらすぐに自分の席に腰を下ろした。 とは言っても、詩乃ちゃんたちと席は近いから、別に何の問題もなかった。私はふぅと小さく溜息を吐いて、カナタの机に寄りかかりながら詩乃ちゃんたちの方を向いた。 私たちより早く戻っていた三人は、楽しそうに話し込んでいた。「瑛梨香先輩……あの人の振る舞いが、まさにあたしがなりたい姿かもしれない……」 優ちゃんは夢見るように目を輝かせて、まだ頭の中に残っている瑛梨香先輩の姿を追いかけているみたいだった。「分かる〜! 瑛梨香先輩、ほんっと綺麗だよね。入学式で初めて会った時も、みんなうっとりしてたもん!」 詩乃ちゃんが、手を胸の前で組んで強く頷く。「確かに綺麗な人だったな。何ていうか……『実は妖精でした』って言われても、信じちゃいそう」 玲央くんが感心したように言う。「あれっ? 信じないんじゃなかったっけ?」 私はすかさず茶化すようにツッコミを入れる。「その信じない俺が信じそうなくらい、綺麗ってこと!」「なるほどっ」 確かに妙に説得力がある言い回しに、思わず私も納得してしまった。 そんなやり取りをしていると、ちょうど食堂から拓斗が戻って来た。「拓斗くん、おかえり〜っ。何食べたの?」 詩乃ちゃんが勢いよく問いかける。「和食」 短くも律儀に答える拓斗。初等部の頃では考えられない雰囲気に、私は少し驚いた。「うまかったぁ?」 今度は玲央くんが拓斗の前の席に寄りかかりながら、ごく自然に問いを重ねる。「あぁ、うん。……誰?」 自分の席に座ろうとした拓斗の視線が、玲央くんに向く。「玲央っ。よろしく〜!」 屈託のない笑顔と共に差し出される言葉に、拓斗はほんの僅かに間を置いてから頷いた。「……よろしく」 その律儀な返事に、何だか場の空気がふっと和やかになるのを感じた。 そしてふと、私はさっき優ちゃんが口にしていた聞き慣れない言葉のことを思い出した。「ねぇねぇ、優ちゃん。『エス』って何?」私が尋ねると、詩乃ちゃんと玲央くんも「知りたい!」って顔をして優ちゃんの方を見る。 拓斗は拓斗で「エス?」と眉を寄せ、頬杖をつきながら不思議そうに目を向けていた。 優ちゃんは小さく笑うと、ゆっくりと説明を始めた。「『エス』っていうのはね、尊敬する上級生
食堂を後にした私たちは、教室へ戻るために鏡に向かって廊下を歩いていた。すると背後から元気な声が飛んできた。「莉愛ーっ、カナターっ!」 私とカナタはお互いが呼ばれたことに小さく驚いて、顔を見合わせてから振り向く。「あっ!」 そこには利玖と瑛梨香先輩、そして隣に初めて見る、多分上級生の男子生徒が立っていた。玲央くんよりもずっと髪が長くて、ひとつに結んでいる。何だか寡黙な人で、どことなくカナタに雰囲気が似ている。 私は利玖に手を振り、瑛梨香先輩と隣の先輩に軽くお辞儀する。カナタも同じように頭を下げた。「こんにちはっ」「こんにちは。ご飯、美味しかった?」 瑛梨香先輩の柔らかい笑顔に、私は自然と顔が綻ぶ。「はいっ、美味しかったです!」 瑛梨香先輩は、ふふっと微笑んだ。 すると利玖が、ふと玲央くんの顔を見つめて目を瞬かせた。何か思い出したように少し目を見開くと、少し間を置いて口を開いた。「あれっ、確か玲央くん、だっけ?」「えっ、すご。もう名前覚えてくれたんですかっ!?」 玲央くんの目が一瞬、キラリと輝いた。先輩に名前を覚えてもらえたことが、玲央くんにはちょっとした自信になったんだと思う。「昨日の歓迎会で喋ったしねっ、さすがに印象は残ってるよ。昨日は楽しかった?」「はいっ! 楽しかったっス!」「それはよかった。てか、莉愛と同じクラスになったの? カナタも?」『そうみたい』「すげーな。全クラス二百組あるんだぞっ?」 利玖は信じられない、という顔で目を丸くして笑った。 その表情に、思わず私もクスッと笑ってしまう。二百組もの中で偶然同じクラスになるなんて、確かに運命みたいだな、と心の中で呟いた。 利玖が瑛梨香先輩たちに私たちを紹介して、その後私たちにも先輩たちを紹介してくれた。「莉愛は知ってるよな。生徒会副会長の瑛梨香と、こっちも生徒会副会長の学」 瑛梨香先輩と学先輩は、揃ってペコリと頭を下げる。私たちも自然にお辞儀を返した。「生徒会副会長って、三人もいるんすね」 玲央くんは目を丸くして驚いた様子で呟く。それを聞いた瑛梨香先輩と利玖は、ふふっと微笑んだ。「いいえ、七人よ」「し、七人っ!?」 玲央くんの声が少し高く弾んで、思わず私もクスッと笑う。副会長の人数の多さに、廊下の空気が少しざわついた。「まぁ