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第169話
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元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第192話
そのとき、真奈美がふと思い出したように口を開いた。「学士から博士の一貫課程なら、B大学でもいくつかの専攻では申請できるはず。ただ、相当ハードルは高いけどね。凛、学部では何を専攻してたの？」「生物情報学です」「生命科学研究科ってこと？」真奈美は博文のほうを見て続けた。「そっちの分野はあなたの方が詳しいでしょ。生物情報学に学士・修士・博士の一貫課程なんてあった？」その瞬間、場の視線が一斉に博文へと集まった。珠里もその一人だった。「ええっと……」博文は箸を置いて、少し考え込んでから言った。「基本的には、その専攻には学士・修士・博士の一貫課程は設けられていないはずなんだけど……」珠里はその言葉を聞くや否や、勢いよく立ち上がり、冷ややかな目で凛をにらんだ。「もう証拠は揃ったでしょ。これでもまだ何か言い訳があるの？！」だが、真奈美は博文の言い回しにふと引っかかりを覚えた。「博文、今基本的にはって言ったよね？ってことは、例外があるってこと？」博文はうなずいた。「あるよ。生命科学研究科では、毎年ごくわずか――1人か2人くらいに限って、条件付きの特別枠っていうのがあるんだ。国際オリンピックの学問系競技で金メダルを取った学生だけに与えられる枠なんだけどね。」「『条件付きの特別枠』って何？」「簡単に言えば、金メダルの条件を満たしていて、さらに他の関連資格も持っている学生が、学院側と条件交渉できる制度のことだよ。たとえば全額奨学金とか、大学院の推薦資格とか。要するに、希望を出せば学院が総合的に検討してくれるってわけ。ただ、最終的に認めてもらえるかどうかはまた別だけどね」「つまり、その条件に博士一貫課程の資格も含まれるってこと？」真奈美が確認するように聞いた。博文はうなずいた。「原則的には可能だけど、実際はかなり難しいよ。博士一貫なんて誰だって欲しがるけど、それを口にする自信があって、しかも学院に認められる人なんて、ほんの一握りだ。俺の知る限り、この10年……いや、20年でも、生命科学研究科が正式に博士一貫資格を与えたのは、たったの2例しかない。一人は上条奈津先生の弟子、内藤一（ないとう はじめ）。そしてもう一人はたしか大谷先生の学生だったけど、名前までは覚えてないな。ただ、女性で、当時のオリンピック物理・化学・生物・情報学の四つの学科
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第191話
すぐに料理が次々と運ばれてきた。朝日は香りを嗅いで、胃の中の食欲がうずき始めた。彼は鶏肉をひと切れを取ると、柔らかくジューシーな鶏肉を口に運んだ。「うまい、うまい！こんなうまい鶏の照り焼き、久しぶりに食べたよ。今日は本当に来てよかったな。」博文もその言葉を聞いて、ひと切れ取って味見した。「確かにうまい！珠里も一口どうだ？」「いらない、ダイエット中よ」博文は慌てて箸を引っ込め、料理を自分の茶碗に移しながら笑った。「じゃあ、ダイエットが終わったら、二人でまた来ようか……」珠里は呆れたように目を白黒させた。「誰があんたと一緒に来るのよ？」その隣では賑やかなやり取りが続いていたが、向かいの真奈美も上機嫌で、凛のほうを見て少し興味ありげに声をかけた。「凛、まだ聞いてなかったけど、今年で何歳？九月から大学院に行くってことは……二十二？二十三くらい？」真奈美はただ何気なく聞いただけで、特に深い意味はなかった。凛もただ何気なく答えた。特に問題はないと思っていた。「いえ、二十六歳です」しかし、周りの人々はそれを聞いて、表情が一瞬微妙になった。二十六歳でやっと大学院に合格したのか？これはちょっと……博文は黙っている陽一をこっそり見た。彼は淡々と料理を食べており、明らかに前から知っていた様子だった。珠里は眉を上げ、座ってから初めて笑みを浮かべた。「二十六歳でやっと大学院に合格するなんて、どれだけ苦労したの？何回受験したの？」珠里が口を開くと、博文は急いでテーブルの下で彼女を突いた。（落ち着いて、この子は庄司先生が連れてきた人だ。）残念ながら、返ってきたのは珠里の冷たい睨みだった。（黙れ、余計なお世話よ！）凛は淡々と答えた。「一回だけです。全体を見ると、一次試験も二次試験もそれほど難しくなかったです」「そう？」珠里は彼女が強がっているだけだと思った。「あなたが言うほど簡単なら、なぜ大学卒業後に受験しなかったの？今さら受験？何回受けたかなんて誰にも分からないじゃない？」「大学卒業後、ある事情で修士博士一貫の資格を放棄しました。今になって後悔し、再び大学院受験を選んだのですが、何か問題でも？」「……はっ！話せば話すほどでたらめ！うちで医学専攻以外に修士博士一貫の制度があるなんて、聞いたことないけど？」珠里が海外留学
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第190話
彼女の拒絶は、もはや隠す気すらないほど露骨だった。そんな態度をとられるとは思わず、場の空気が一瞬、凍りついた。微妙な視線がその場を漂う中、博文がしぶしぶ仲裁に入り、珠里に向かって言った。「おいおい、あの実験データの予測はもう俺がやっといたぞ。結果が出るのはどう頑張っても明日の午前。今日はみんな揃ってるんだから、食事でもしてリラックスしようぜ。それにさ、庄司先生がどれだけ忙しいか、みんな知ってるだろ？今日はおごるって言ってくれてるんだ。無下にはできないだろ？」珠里はまだ渋っていたが、最後の言葉を聞いた瞬間、唇を噛みながらゆっくりと顔を上げた。陽一の整った顔立ちは無表情で、シャツも隙なく着こなし、その姿はまるで俗世を離れた神のよう。にもかかわらず、強く惹きつけられる。最終的に、珠里は渋々折れて言った。「……わかったわ。みんなの気分を壊すつもりはないし」博文はほっとすると同時に、どこか寂しさも感じた。このお嬢様を納得させるなんて、庄司先生くらいしかできない――まったく手のかかる人だ。……数人は私服に着替えてレストランに向かった。予約しておいたのは隠れ家的な料理店で、辛めの味付けが特徴で、アプリの評価も高かった。辛いものが好きな真奈美にとっては、この選択はまさに大正解だった。場を盛り上げるのが得意な博文は、研究室に若い女性が少ないこともあり、凛を妹のように扱って親しげに声をかけた。「凛、何でも好きなもの頼んでいいからね。庄司先生のおごりだし、気にせずどんどんいこう。遠慮なんかいらないよ」真奈美も笑いながら冗談めかして言った。「普段の博文の話は半分も信用できないけど、今日のは本当よ」博文は苦笑した。「……真奈美さん、たまには俺の顔も立ててよ。いいこと言ってるんだから、次は黙っててね」彼のわざとらしい冗談に、場の空気は一気に明るくなった。凛も思わず口元をほころばせる。博文に対して、彼女はすでに好印象を抱いていた。ただひとり、珠里だけは黙ったまま、美しい顔立ちに冷たい陰を宿らせて座っていた。まるで誰かに全部の財産でも奪われたかのような不機嫌さだった。博文は慌ててメニューを彼女の手元に差し出す。「この前、胃の調子が悪いって言ってたよね？これ、辛くないし、さっぱりしてて良さそう。さっき珠里の好きな魚も頼んでおいた
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第189話
まず目に飛び込んできたのは、すらりとした長い脚だった。ロングブーツに包まれ、キャメル色のコートの下には白のニットを重ねている。手には、アイボリーのエルメスのバッグがぶら下がっていた。頭のてっぺんからつま先まで、洗練されていて気配りが行き届いている。大西珠里（おおにし じゅり）は陽一の姿を見つけるやいなや、瞳を輝かせた。「庄司先生、おはよう！」「おはよう」陽一は軽く頷いた。「珠里、紹介するよ。今日からうちのチームに入った新メンバーで、名前は凛。お前より2歳年下だよ」博文が真っ先にそのニュースを彼女に伝えた。珠里はその時初めて、今日の研究室に一人増えていることに気づき、笑みが一瞬止まった。凛が来るまでは、彼女がこの実験グループで最年少だった。だからこそ、皆に大事にされ、持ち上げられていた。もっとも、それも無理はない。彼女にはそれだけの「価値」があった。コロンビア大学で修士号を取得し、現在はb大学で博士課程に在籍中――その学歴だけでも注目に値する。それに加えて、陽一の研究グループに入れたということは、研究能力や学問的な素養にも疑いの余地はなかった。凛は慣例に従って挨拶をした。珠里は眉をわずかに上げると、形だけ手のひらを軽く合わせてすぐ引っ込めた。彼女は巧みに感情を隠していたが、凛にはその奥に潜む微かな敵意がはっきりと感じられた。傍らで真奈美は、ふたりの若い女性を交互に見やりながら、黙って様子をうかがっていた。「ひとつ訂正しておく。厳密に言えば、雨宮さんは僕たちの研究グループに入ったわけではない」陽一が口を開いた。「……え？」「彼女には彼女自身の研究課題がある。ただ、ここを少しだけ使わせているだけだ」場所を借りる？思わず博文の目に驚きの色が浮かぶ。陽一が研究室を外部に貸すなんて、今まで一度もなかったのに。その疑問は、他のメンバーたちの間にも広がっていく。真奈美と朝日が無言で視線を交わす。珠里は眉間に深い皺を寄せる。……陽一は凛をひとつの専用実験台へ案内した。「ここはこれから君専用だ。必要なものがあれば、直接僕に言ってもいいし、あそこにある黒板に書いておいてくれてもいい。毎日、職員さんが来て消耗品を補充するから」凛は軽く頷き、左上に埋め込まれた黒板を見た。そこには表があり、出勤記録やメ
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第188話
陽一が言った。「実験室の使用時間は自由だよ。毎日来る必要はないし、空いてるときに来ればいい」凛は今、大谷から渡された分厚い論文資料を読み込むだけでなく、関連分野の最新研究成果にも目を通していた。そこへ正式な論文課題が加わり、忙しさはさらに増していた。陽一はそのことを理解していたが、凛なら時間をうまくやりくりして、きちんとこなしていけるとわかっていた。そのあと、陽一は実験室内での注意事項を説明した。実験室は用途ごとに違いがあり、当然、注意点もそれぞれ異なる。凛は真剣に耳を傾け、要点をノートに書き留めていた。「……今、ここを使ってるのは、僕が率いてる研究グループひとつだけ。僕以外に4人メンバーがいる。機会があったら紹介する……」話が終わらないうちに、メガネをかけた四十歳前後の男性が向こうの休憩室から姿を現した。背は高く、筋肉が張った体格で、ぱっと見たところ頑丈な黒熊のような印象を受ける。だがその手には保温カップを持っていて、中には数粒のクコの実が浮かび、湯気がほのかに立ちのぼっていた。「え？陽一、うちのチームに新人入ったのか？」男は軽く探るような目つきで凛に視線を向けたが、その視線に不快なところはなかった。むしろ、好奇心を抱きつつもきちんと節度を保っていて、礼儀と分別を感じさせる態度だった。陽一が言った。「紹介するよ。こっちは金子朝日（かねこ あさひ）、僕の同僚で、グループのメンバーの一人。B大で基礎物理を教えてる」「はじめまして」男はにこにこと手を差し出した。正義感あふれる四角い顔がその笑みで一気に親しみやすくなり、「俺はまじめな人間です」とでも書いてありそうな雰囲気だった。凛は二秒ほど目を見張り、それから笑みを浮かべて手を差し出した。「金子先生、はじめまして。雨宮凛と申します。庄司先生の……」……「友達です」朝日は眉をひとつ上げ、陽一の方へ視線を向けてから、再び凛の顔をじっと見た。陽一が研究室に友達を連れてくるなんて、初めて見る。「そんなに緊張しなくていいよ。『先生』なんて呼ばなくていい、俺のことは朝日って呼んでくれればいいさ。ここは学校じゃないんだし、敬語なんて堅いこと言わずに、みんな仲間だよ。ははは……」そう言われても、凛は丁寧に「金子先生」と口にした。九時になると、他の三人
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第187話
彼女には、ある考えがあった。けれど、それを実行に移すには——もう少し、時間が必要だった。契約が満了すれば、次の一手に移りやすくなる。……その日、凛はいつも通り家を出て、図書館へ向かうつもりでいた。アパートのエントランスを出たところで、ちょうど陽一と鉢合わせた。彼は最近、新しい研究課題の準備で多忙を極めており、何日も連続で徹夜をしていたらしい。ちょうど今、研究室から戻ってきたところのようだった。「……庄司先生、おはようございます」凛はにこやかに挨拶をした。「いや、実は……授業以外では、名前で呼んでくれて構わないんだ」陽一は少し困ったように笑って言った。「そうだ、一つ相談したいことがあって。前に話しただろう？昔、僕が最後まで完成できなかったあの研究課題のこと。覚えてるか？」凛はこくりと、小さくうなずいた。彼女はもちろん覚えていた。その課題は彼女が取り組んでいる研究分野と非常に合致していた。それに……あれほど時間をかけて精査し、練り上げた研究課題が、途中で宙に浮いてしまうなんて——それがどれほどもったいないことか、凛には痛いほど分かっていた。「よく考えたか？」陽一がまっすぐに彼女を見る。「このまま、続きをやってみたいと思うか？」凛は、ためらいなく頷いた。「もちろんです。でも……今は自分の研究室がないので、データの部分を完成させることができません。だからやっぱり……」すべての結論は、確かなデータに裏づけられてこそ意味がある。そのデータは、数えきれないほどの実験と記録の積み重ねから得られる。彼女には材料も道具もなく、実験を始めることすらできなかった。「……僕の研究室を使ってもいい」陽一が、ふと静かに言った。彼は一拍置いてから、さらりと付け加える。「無料で」彼の研究室はここ数年で整備されたものだが、基盤はしっかりしており、必要な設備や器材はすべて世界最先端のものだった。「本当にいいんですか？」凛は思わず目を丸くした。こんな棚から牡丹餅のような話が自分に降りかかるとは信じられなかった。陽一は、わずかに口元を緩めた。「僕が冗談を言うように見えるか？」彼女はわずか2秒ためらった後、激しく頷いた——「やります！ありがとうございます！」陽一は口角を上げ、目に笑みを浮かべた。彼の研究室は
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