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第2話

Author: 十一
食卓にて。

海斗:「どうしておかゆがないんだ?」

「おっしゃっているのは養生粥のことでしょうか?」

「養生粥?」

「そうです、雨宮さんがよく作っていた、あわに長芋、ユリ根、ナツメを一緒に煮込んだあれですよね?あら、それじゃあ準備する時間がありません。ユリ根やハトムギ、ナツメだけでも前日の夜から水に浸しておかないといけませんし、翌朝早く起きて煮込まないといけないんです」

「しかも火加減が特に重要で、私は雨宮さんほど根気強くずっと隣で見ていられません。私が作ったのもきっと同じ味ではなりませんし、あと……」

海斗は言った。「牛肉のソースを取ってくれ」

「お持ちいたしました」

「……なんか味が違うけど?」海斗は瓶を一瞥した。「パッケージも違うぞ」

「あの瓶はもう空になっていて、これしかありません」

「後でスーパーに行って2瓶買っておいてくれ」

「買えませんよ」

「?」

田中さんは少し気まずそうに笑った。「これは雨宮さんの手作りのソースでして、私もレシピがわからなくて……」

ガタン!

「えっ?坊っちゃん、もうお食事をおやめですか?」

「そうだ」

田中さんは彼が二階へ上がっていく背中を見送りながら、訳が分からない表情をしていた。

どうして突然機嫌が悪くなったのかしら?

……

「ねぼすけ!起きなさい!」

凛は体をひねり、目を開けずに言った。「うるさいな、もう少し寝かせて……」

庄司すみれはメイクを終えてバッグを選びながら言った。「もうすぐ8時よ、あなたの入江坊っちゃんに朝食を作りに帰らなくていいの?」

以前、凛はたまに泊まることもあったが、夜明け前には帰らなければならなかった。

それは胃の弱い海斗のために養生粥を作るためだ。

すみれはこれに対してとても呆れていた。

海斗って体が不自由でもあるまいし、スマホを取り出して出前を頼むのはそんなに難しいの?

どうして人をこんなに振り回すのか。

要するに、すべて甘やかしてできた悪い癖だ!

凛はぐっすり眠っていて、話を聞いて手を振った。「帰らない。別れたよ」

「おお、今回は何日間別れるつもり?」

「……」

「じゃあ、ゆっくり寝てて。朝食はテーブルに置いてあるから。私は仕事に行くわね。夜はデートがあるから私のごはんは作らなくていいわ……まあ、どうせあなたはそのうち帰るでしょうし、出かけるときにベランダの窓を閉めておいてね」

凛はお腹が空いて目が覚めた。

親友が作ってくれたサンドイッチを食べながら、窓の外の明るい陽光を眺めていると、最後に自然に目覚めたのがいつだったか思い出せなかった。

朝食を昼食として食べ終え、服を着替えた後、凛は銀行へ直行した。

まずは十億円分の小切手を現金化するのだ。

お金は手に入れてこそ安心できる。

それから隣の別の銀行へ行った。「プライベートバンキングの担当者をお願いします。2億円を預けたいのですが」

最終的に支店長が出てきて、なかなか良い金利を提示してくれたが、凛はさらに2%上乗せを要求し、最終的に快く契約が成立した。

同じやり方で、凛はさらに別の2つの銀行へ行き、それぞれ2億円を預けた。

金利は銀行ごとに高く交渉できた。

最後の銀行のドアを出るとき、凛はすでに3つの銀行のブラックカードを手にし、預金6億円、流動資金4億円の金持ちになっていた。

「別れも別にいいことだね」

一夜にして大金持ちになった、ということだ。

繁盛しているヘアサロンを通りかかり、凛はドアを押して入った。

その場で4万円を払ってVIPカードを作り、順番待ちをスキップする資格を得た。

鏡の前に座り、茶色の大きなウェーブの髪をした自分を見つめ、彼女は初めて嫌悪の表情をした。

「お姉さん、髪のケアがとても上手ですね。まるでお人形さんみたい……」

カールにしていたのは、海斗が長い髪や雰囲気を好んでいたからだ。

毎回ベッドを共にした後、彼の手はいつも彼女の髪の間を遊ぶのが好きだった。

しかし、美しい巻き髪は、それだけ手入れに多くの時間を費やすことを意味する。

凛は微笑んで、美容師に言った。「短く切って、ストレートにして、黒く染めてください」

どんなに美しい人形でも、所詮はおもちゃだ。

誰がそれになりたいならなればいい、彼女はもう付き合わない。

美容院を出ると、凛はすっきりした気分で、ちょうど隣にあるユニクロがセールをしていたので、白いTシャツとジーンズを買って、そのまま着替えて行った。

今日のスニーカーにはぴったり服装だ。

歩き続けていると、いつの間にかB大学の正門の前に辿り着いていた。夕陽の下、自転車に乗って出入りする学生たちを見つめ、凛は思わず立ち止まった。

「宮本先輩!ここです——」

若い男子が凛を通り過ぎていった。「なんでみんなここにいるんだ?」

「みんな大谷先生を見舞いに行きたいくて……」

宮本蒼成は言った。「こんなにたくさんじゃ、病院は入れないよ。じゃあ、生物情報学専攻の代表2人と一緒に僕が行くよ」

生物情報学……大谷先生……

凛の表情が変わり、急いで前に出た。「今、誰が病気だって言ったのですか?」

宮本蒼成は目の前の清純で美しい女性を見て少しどもった。「オ、大谷先生」

「大谷秋恵先生?」

「はい」

「どの病院ですか?」

「京西病院だ」

「ありがとう」

「えっと……君、どこの学部?君も大谷先生の学生なのか?」

男の質問を後にして、凛はその場を早足で去った。

アパートに戻っても、凛の心は長い間落ち着かなかった。

あの怒るとすぐに飛び上がって人の頭を叩くおばあちゃんが病気になったの?

重い病気なんだろうか?

彼女は電話帳を開き、「北川彩子」という人の番号を見つけたが、何度か迷った末に結局電話をかける勇気は出なかった。

あの頃、彼女は入江海斗と一緒にいるため、いわゆる愛のために、「修士・博士一貫コース」を迷わずに放棄した。

さらに、大学卒業後は一日も働くことなく、男に依存する専業主婦になってしまった。

あのおばあちゃんはきっと彼女に失望しているだろう。

「え?凛ちゃん、まだ帰ってないの?」すみれは靴を履き替えながら驚いって言った。

凛は苦笑した。「どうしたの?私を追い出したいの?」

「へぇ、今回は結構長く頑張ってるじゃない。前回なんて、海斗と別れてから確か30分も経たないうちに、彼から電話があって、すぐに戻っていったし」

「鍋にお粥があるから、自分でよそって食べて」

すみれの目が輝き、すぐにキッチンに駆け込んで一杯をよそい、飲みながら感慨深げに言った。「海斗のやつ、本当に幸せだよね。毎日こんなに美味しいものが飲めるなんて……」

凛は言った。「飲み終わったら皿と鍋を洗って、片付けてね。先に寝るよ」

「え、本当に帰らないのか?」

彼女に返事をしたのは、閉じられた寝室のドアだった。

すみれは軽く舌打ちした。「今回はやるじゃないか……」

同じ夜の下、川沿いの別荘。

「社長、銀行の方で確認が取れました。雨宮さんご本人が直接現場に来て、十億円分の小切手を換金したのは今日の12時5分のことです……」

海斗は電話を切り、冷たく夜景を見つめた。

「凛、お前また何を企んでるんだ?」

もし彼女がこんな手を使って自分を取り戻せると思っているなら、それは大間違いだ。

自分が決めたことに後退はない。

「悟、一緒に飲みに行くか?」

30分後、海斗が個室のドアを開けると、悟が最初に笑顔で迎えに来た。「海斗さん、みんな揃いましたよ、海斗さんのことを待っていました。今夜は何を飲むっすか?」

海斗は部屋の中に入った。

悟は動かず、彼の後ろを見た。

「何をぼーっとしてるんだ?」

「凛さんは?駐車してるっすか?」

海斗の顔色が少し曇った。

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