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第444話

Author: 十一
「まだ付き合ってない」

「おお~なるほど、まだ口説き中ってわけか!」

誰かが茶化すように声を上げたが、陽一は何も答えなかった。

その沈黙を、男たちは肯定と受け取ったらしい。

「知り合ってどれくらいなんだ?」

陽一は一瞬考えた。「一年以上だな」

「マジかよ!そんなに経ってんのにまだ落とせてないのか?それはちょっとヤバいぞ。せっかく背も高くて顔もイケてんのに、もったいねえって!」

陽一は黙っている。

「よし、俺が奥義を伝授してやる。これ使えば、九割九分の女はイチコロだぜ……」

陽一は興味なさげな顔をしていたが、相手が本題に入ると、つい耳を傾けてしまっていた。

……

帰り道、凛はふとつぶやいた。「……先生のあのシュート、すごくかっこよかったです。フォームもきれいで……」

歩きながら、凛は身振りを交えて嬉しそうに話していた。

陽一はその隣を歩き、時おり相槌を打ちながら、口元にはずっと笑みを浮かべていた。

薬局の前を通りかかったとき、陽一がふと立ち止まる。「ちょっと待ってて」

そう言って、店の中へ入っていった。

出てきた時、手には塗り薬が握られていた。

陽一は凛の額を指差した。「おでこ、まだ少し赤い。たぶん明日あたりアザになるかも。これ、塗っとけば早く治るよ」

凛は、彼が薬局に入ったのが自分のためだとは思ってもいなかった。

「ちょっとした傷ですし、明日には治ると思います。そんなに気を遣わなくても……」凛は慌ててそう言って手を振ると、陽一は軽く首を傾けた。

「顔にアザができると見た目よくないだろ。女の子って、そういうの気にするんじゃないの?」

「女の子って?」凛が眉をひそめると、陽一はあっさりと答えた。

「ああ、すみれもそうだったから」

「……じゃあ、ありがとうございます」そう言って凛が塗り薬を受け取ろうとしたその時だった。

陽一は、それを渡す素振りも見せず、黙って医療用の綿棒を取り出した。

「自分じゃやりにくいだろ。僕がやるよ」

そのために、彼は薬局の中でわざわざ手を洗い、消毒スプレーまでしてから戻ってきたのだった。

凛は思わず口を少し開け、驚いたように陽一を見上げた。

陽一はすでに黙々と塗り薬を綿棒に含ませていて、片手でそっと彼女の額にかかる前髪を払った。赤くなった部分が、やわらかな照明の下で露わになる。

その指先が
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